第三十七話 町の陰り
鍵を破壊する──王女は俺達にそう告げた。
「ダンジョンにある鍵を全て壊すのですか?」
「曖昧な答えですみませんが、私には何かとても嫌な予感がするのです。それに各ダンジョンを攻略すればモンスターの増加は止められるはずで、鍵なんて必要ないと思います。そうすればきっと父も正気に戻ってくれるはずです」
王女はきっと、王国を救いたいと願っている。そしてそれと同じくらい、変わってしまった父親の事を想っているのだろう。
「よく分からないが、その鍵ってのは三つもあるのなら一つを処分すればいいんじゃないのか?」
確かに普通であれば、店主の言う通りだろう。
「父は依頼した冒険者達に対し、『鍵は三つ揃わなければ本来の力は出ない』と嘘を教えています。しかし、本当は一つでも効果を発揮できると記されていました」
「だが、その古文書とやらの話が適当だっていう可能性もあるんじゃないのか? んで、兄ちゃんが持ってるこの鍵には何かとんでもない効果でもあるのか?」
淡い光を放ちながら宙に浮かぶ鍵をしげしげと眺めながら、店主が尋ねてきた。
「ああ。この鍵にはレベル上限を上げる効果がある」
「ふむ……って、はああっ!? レベル上限が上がるだと!? 完全に伝説級のレアアイテムじゃねえか!?」
「やはりそうなのですね。そのような物が存在するという噂が広まれば、必ずや奪い合いが起きるでしょう。いえ、もう始まっているのかも……悪用される前に、何としても破壊しないと」
王女はそう言って緑翠の鍵をじっと見つめた。
「アーク様……」
先程までは王女を助けると意気込んでいたファティナだったが、今の話を聞いて急に不安気な顔をし始めた。俺がどう考えているのかが気になっているのだろう。
「──分かった。二つのダンジョンに行って鍵を探そう。俺にも鍵の力が必要な理由がある」
そう王女に向かって答えると、ファティナの表情はぱあっと明るくになった。
どちらにせよ、俺がこれ以上強くなるためには残りの鍵を得て上限解放をする必要がある。
今のところスキルポイントも、新しく解放された能力一覧の追加部分もあるので成長の余地はあるが、ステータスが頭打ちになるのは避けたい。
残り二つのダンジョン──『流水洞穴』と『炎熱回廊』を突破し、鍵を入手後に破壊する。
「私も一緒に行きますっ!」
「いいのか?」
「大丈夫ですっ! それに……元々アーク様についていくつもりでしたから」
ファティナははにかんだような笑顔で俺の事を見ていた。
ふと、先程一緒に露店で会話をしていた時のことを思い出す。
途中で言葉が遮られてしまったが、彼女があの時言いかけたのは──もしかしたらこのことだったのかもしれない。
「皆さん……ありがとうございます」
王女は目の端に溜まった涙を指で掬いながらお辞儀をした。
「──アーク様、沢山の足音が聞こえます」
突然、ファティナが耳に手を当てながら話し掛けてくる。
裏通りを大勢の人間が歩くことなど滅多にない。
ということは、恐らく王女を探すクレティア兵達だろう。
「まずいな……姫さんはとりあえず寝室の方に隠れてくれ! 後はこっちで何とかする」
「は、はい……」
店主がカウンター奥の扉を開き、王女を招き入れる。
やがて沢山の地面を走る足音が近づいてきて、そのまま離れて行った。
巡回ではなかったようだ。
「行ったみたいですけど、何だったんでしょうか? 少し急いでいたような音でしたが」
(……町の出入り口を封鎖した可能性があるな)
巡回による女王の捜索から、ボルタナの出入り口をすべて封鎖する方針に変えたのかもしれない。
もしもリュイン達がまだいたならば、魔術か何かを使って怪しまれずに城壁を飛び越えることも出来たかもしれない。
だがもう彼女達はいない。そのため、この四人で何とかする必要がある。
「……行ったか?」
店主がファティナに向かって聞き、彼女は話さずに頷いた。
「ああ、巡回ではなかったようだ」
「ふう……危なかったぜ」
店主が寝室の扉を開きこちらに来るよう促すと、王女は申し訳なさそうに出てきた。
「ご迷惑をお掛けします」
「まったくだ、事が済んだら王宮御用達の店にしてもらうからな」
相変わらず店主は商魂逞しいようだ。
「でだ、とりあえず姫さんはその見た目をどうにかした方がいい。ここを出れないことには、この先どうしようもないだろう?」
店主は王女を上から下まで眺めた。
彼女の服装は既に兵士達も把握しているはずなので、このままだと外に出たらすぐにバレてしまうだろう。
「服やら何やらはこっちで用意するとしてだ……ちょっと人を呼んでくるから少し待っていろ」
店主はそれだけ言うと、さっさと入り口から裏通りに出て行ってしまった。
そうしていくらか待っていると、また戻ってきた。
「ゲイルさん、おかえりなさい……あれっ? そちらの方は?」
店主のすぐ後ろには、大きめの革袋を持った一人の女性がいた。
「彼女は裏通りに住んでいる知り合いの仕立て屋さ。それ以外にも色々と得意だから、丁度良いと思ってな」
「初めまして。この町を救ってくれて、どうもありがとう」
女性は長めのスカートの裾を持って恭しく礼をした。
「ゲイルから聞いたわ。色々と大変な目に遭ってるらしいわね? じゃあ早速だけど始めましょうか」
彼女は持っていた革袋の中からハサミやクシを取り出してカウンターの上に置いていく。
「あ、あの……一体何をするんですか?」
ファティナが不思議そうに置かれた道具を見ると、女性は笑顔をこちらに向けた。
「外に出るにしても、まずはその子の見た目を変えないといけないでしょう。最初に髪型を変えましょうか」
「だったら隣の部屋を使ってくれ」
「分かったわ。じゃあこっちに来て」
「はい、よろしくお願いします」
女性は王女を連れ、寝室へと入っていった。
「……外は兵士達がうじゃうじゃいたぞ。これは怪しまれずに町を歩くのは難しいかもしれんな」
寝室の扉が閉まった後、店主は椅子に座って独り言のように呟いた。
「そんなに沢山いるのか?」
「ああ、そのせいか町の中も変な雰囲気になっちまってる。一国の王女がいなくなれば当然かもしれないが、少し異常だな」
「アーク様、どうしましょう?」
王女がボルタナにいると判断されている以上、この町に居続けるのは得策ではないだろう。
(だとすれば、早々に町を脱出したほうがいいだろうな)
このままではダンジョンを攻略するどころではない。
行くとするならば、どちらかのダンジョンの近くにある場所が良いだろう。
例えば『流水洞穴』が近くにあるトラスヴェルム。
そこであればしばらくの間は追手から逃れることができるかもしれない。
「王女を連れてボルタナを出て、トラスヴェルムに向かうのは?」
「トラスヴェルムか……まあ、どのみちこの町に長居するのは無理だろうからな。行くというなら数日はかかる。俺は今のうちに馬車を手配しておく」
「巻き込んでしまってすまない」
「やれやれ……もう慣れたよ」
店主はそう言うと、苦笑しながらまた店を出て行った。




