第三十四話 兆候
「リュインさん、今まで本当にお世話になりましたっ」
「ううん、こちらこそ手伝ってくれてありがとう! また何かあったら絶対声を掛けるからね!」
ギルドでの報告から五日が経ち、迷宮の攻略が終わったので別の町に移動するというリュイン達を見送るため、俺とファティナはボルタナの門の前にやってきていた。
彼女達の前には幌馬車が止まっている。これに乗って移動するのだろう。
あれ以来、緑翠の迷宮では特に目立った問題は発生していない。
モンスター達はすっかり消え去ったらしい。
「これからどこに向かうんだ?」
「ああ、まずは……レベル上げだろうな。まさかSランクになってからもう一度レベル上げをすることになるとは思いもよらなかったがな! ハッハッハ!」
「……」
俺が尋ねると、リオネスはいつものように笑いながら答えた。
その隣には、相変わらず無表情のベロニカが佇んでいる。
確かにリュインとリオネスは10、ベロニカに至っては20もレベル上限がアップしている。
しばらくの間は彼らもレベル上げに時間を費やすことになるだろう。
「本当に鍵は持っていかなくていいのか?」
「うん、例の鍵はアークさんが好きにしていいよ。使い道もよくわからないし、それに私達が協力したとはいえ、あのドラゴンを倒したのはアークさんだから」
リュイン達にはもしかしたらこの緑翠の鍵にレベル上限をアップさせる効果があるかもしれないと伝えておいたのだが、自分達の上限が上がった今となってはあまり興味が無くなったようだ。
「残りのダンジョンに行くなら気を付けて。今回の件、私達も気になるから調べてみる」
「ああ、分かった」
リュインがそう言うと、三人は幌馬車に乗り込んだ。
リオネスは親指を立ててみせ、ベロニカはこちらに向かってぺこりとお辞儀をした。
馬車はゆっくりと動き始め、町の入り口から繋がる街道を進んでいった。
「行ってしまいましたね」
「そうだな」
それからしばらくの間、三人が乗る馬車をただ眺めていた。
「さて、折角ですから市場で何か食べませんか?」
「ああ、そうだな。小腹も空いてきたし」
時刻としては昼を回ったところだったので、ファティナと二人で市場にある露店で何か食べ物を買うことにした。
「私が案内しますねっ!」
「ああ、助かる」
ファティナに連れられて、二人で大通りを通って市場へと向かう。しばらくすると、開けた場所へと出た。
「ここが市場か」
「はいっ! 私は何度か来たことがありますけど」
今まで訪れたことがなかったボルタナの町の市場に入ると、そこは大勢の人で賑わっていた。
中央の広場やそこに続く小さな道には沢山の露店が立ち並び、食べ物やモンスターの素材、更には武器や防具までありとあらゆる物が売買されていた。
そんな中を二人で話しながら歩く。
「そういえば、ランクアップできてよかったですね!」
「ああ、一気に二つも上がったな」
今回の成果により俺とファティナの冒険者ランクは『E』から『C』へと昇格した。
受付嬢によれば俺とファティナの実力ならばもうAランクでも問題なかったとのことだったが、今回そうならなかったのには理由があった。
まず単純に俺とファティナが冒険者になってから一年すら経っていない新人だということ。
そしてリュイン達Sランクパーティに混ざって緑翠の迷宮を攻略したことだ。
だがそれでも、冒険者ギルドとしては新人冒険者がこの短期間で二段階もランクアップするというのはほとんどない例だそうだ。
「ところで、ファティナの村は大丈夫だったか」
「はい、お陰様ですっかり元通りどころか、家も綺麗になってもう町みたいです。これもアーク様のお陰です」
「俺だけではなく、ファティナも頑張った結果だろう」
ファティナは数日間、自分の村に戻っていた。
村の復興状況の確認と、今回の探索で得たお金を渡してきたそうだ。
中層と下層で倒した大量のモンスターの素材についてはギルドで買い取ってもらい、それを全員で分配した。
特にミノタウロスの素材は高額で、また傷が一切無く品質が非常に良いとのことで一気に全部で金貨千枚以上になった。
俺の場合は仮にそれだけ受け取ったとしても持ち運ぶのは面倒なので、受け取りは保留にしてもらった。
「アーク様、あの食べ物なんてどうでしょう? とてもいい匂いがします!」
ファティナがその中にある露店の一つに近寄っていく。俺も後に続いた。
店からは、何とも言えない香ばしい匂いが漂ってくる。
「やあいらっしゃいお嬢さん。一つ銅貨二枚だよ」
「二つください!」
「はい、毎度あり」
ファティナが銅貨を渡し、店主から長細い食べ物を受け取る。
「はい、どうぞ!」
「ああ、ありがとう」
ファティナから受け取った串には香ばしく焼かれ、食べやすいように一口分に切られた何かの肉のようなものがいくつか刺さっている。
そのうちの一つを口に入れてみる。
魚か何かの切り身を甘辛いタレを付けて焼いたもののようだ。
「んー! 美味しいです!」
一口食べる度にファティナの頬が緩んでいた。
ボルタナの近くに海や湖はない。そのため、この魚がどこで穫れたものなのかが気になった。
「この魚はどこから?」
「ああ、北にある商業都市トラスヴェルムを知っているかい? あそこは海が近くて良い魚が獲れるんだ。これはそこで仕入れたものさ。魔術師に頼んで凍らせてから運ぶから、鮮度も十分さ」
店主は火で炙っていた串をひっくり返しながら答える。
(トラスヴェルムか……)
ふと、リュインから聞いた話を思い出す。
リュインが町を出る前に言っていた話によれば、王女から連絡を受けたというダンジョンは全部で三つ。
一つ目は、ここボルタナの近くにある『緑翠の迷宮』。
二つ目が、ここから北にある『流水洞穴』。
リュインからは、流水洞穴はトラスヴェルムとボルタナのどちらからでも行ける場所にあると聞いた。
次に行くとすれば、やはりそこだろうか。
「アーク様、どうかされましたか?」
「……ん? いや、何でもない」
「あの、少し聞いて欲しいことがあるのですが……」
急にファティナが何か言いたげにこちらを見つめてきた。
「私は──」
「どけ! 道を空けろッ! 巡回だ!」
ファティナが言いかけたところで、急に市場に大声が響き渡った。
声のする方を振り向くと、露店の並ぶ道から鎧を着た男達がやってきた。
男たちは全く同じ形の鎧兜を身に着けている。その姿は町で何度か見掛けたことがあった。
「クレティア兵か?」
現れたのは冒険者ではなく、クレティア王国の正規軍である兵士達だった。
兵士達は道の途中でバラバラに分かれると、立ち並ぶ店に入ったり露店を探ってはまた次の場所へ向かっていく。
それは巡回や警備をしているというよりは、まるで何かを探しているようにも見えた。
「なんだか落ち着かない様子ですが、一体何でしょう?」
ファティナも慌ただしく動き回る彼らを前に、不思議そうにしている。
(……何かを探しているのか?)
「やれやれ! 一体何なんだ? あんな風にまるで暴れ回るような巡回なんて初めて見たぞ」
露店の店主もその光景に驚いている。やはり普段の彼らからは考えられない行動らしい。
「とりあえず、巻き込まれる前に横道に移動するとしよう」
「そうですね」
急いで串の魚を食べ終え、二人で露店のある道から更に横道に入り歩いていく。
「一体何だったんでしょうね? 随分と荒い巡回でしたけど……」
「ああ、まるで何かを探していたみたいだったが──」
「きゃっ!」
ふと、道を曲がったところで胸に軽い衝撃を受ける。
すぐ目の前では、茶色いマントを身に着けた背の低い人物が尻もちをついていた。
どうやら曲がり際にぶつかってしまったらしい。
フードを深く被っているため性別や年齢までは分からない。
『見つけました! こちらです!』
すると、突然また別の五人組の兵士達が奥の道から現れた。
先程の兵士達も合わせると、ただの巡回にしてはいくらなんでも数が多すぎる気がする。
「……っ!」
兵士達の姿を見たフードの人物は、すぐさま立ち上がると俺達の後ろに隠れた。
「おい、そのお方をこちらに引き渡してもらおうか」
兵士達は剣を鞘から引き抜き、俺達を囲むようにしてじりじりと距離を詰めてくる。
(……ただの通行人相手にいきなり剣を抜くのか?)
ファティナも兵士達の行動に何かが変だと感じたのか、剣の柄に手を掛けている。
「断る」
「な、なんだと!」
「構うな! 許可は出ている! 斬り捨ててしまえ!」
隊長らしき男が叫んだ。
それを聞いた兵士の一人が、持っていた剣をいきなり俺に向かって振り下ろしてきた。
それを少し後ろに下がって躱し、同時に兵士の腹に蹴りを叩き込む。
「なに!? ガハッ!」
兵士はすぐ横の壁に強く叩きつけられ、もたれかかるような体勢になったまま気絶した。
「き、貴様……! 我らの邪魔をするつもりか!」
男がこちらを睨みながら怒鳴る。
どうやらクレティア兵達に比べ、俺のステータスは大きく上回っているようだ。
これならば即死魔術を使わなくとも十分に対応できるだろう。
2020/03/17
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