第三十三話 お礼
ギルドで緑翠の迷宮を攻略したことを報告し、疲労のため宿屋で丸一日寝た次の日のこと。
突然リュイン達に呼び出された俺とファティナはまたギルドにやって来ていた。
「あーところで、あれはどうすればいいんだ?」
リオネスがギルドのカウンターの先を指差しながら戸惑っていた。
その先には、椅子の背もたれに寄りかかったまま目を閉じている受付嬢の姿があった。
どうしてそんなことになったのか。
その理由というのが、緑翠の迷宮攻略メンバーのステータス変化だった。
なんとリュイン達三人のレベル上限が突然上がったというのだ。
ベロニカが鑑定し、更に念のためさっき受付に置かれている能力鑑定用の水晶玉でも確認したのだが、どうやら本当らしい。
昨日の迷宮攻略の報告に続き、あまりにも常識外れな事態が複合したため精神的に耐えられなくなった受付嬢は遂に意識を手放してしまったらしい。
レベル上限が後から上がった人間などこの世にはいないと言われている。
そんな常識を覆す人間が突然目の前に現れたので驚きを通り越してしまったのだろう。
「そういえば、エリヴィラさんが東のダンジョンが攻略された件で報告書を作成するのにとても忙しいって愚痴ってましたよ」
「……じゃあ眠かったんじゃない」
「いや、今まで普通に動いていたしそれは多分違うだろ……」
リオネス達は受付嬢を心配そうに見ながらも、水晶玉による鑑定結果が記された紙を手に取ってしげしげと眺めた。
「やっぱり間違いないな、俺はレベル上限が10も上がったぞ」
「……私は20」
リオネスが拳を胸元で握りしめ、ベロニカは無表情のままピースをしていた。
「私は10ね。ファティナさんはどう?」
「私は30ですねっ!」
「も、最早次元が違うわね……」
どうやらファティナにも上限アップの効果が発生していたようだ。
「ずっと探し求めていたものだから嬉しいは嬉しいけど……どうして急に上がったのか気になるわね。もしかしてあのドラゴンを倒したせい?」
だがリュインはどうにも素直に喜べないらしく、困惑してるような様子だ。
鍵を入手した後、俺のステータス限界は解放された。
そして、リュイン達やファティナのレベル上限も上がった。
ということは、もしかしたら緑翠の鍵の効果によるものなのかもしれない。
「何にせよ、これもアークさん達のお陰だわ。本当にありがとう……」
「いや、皆であのモンスター達と戦ったんだ。俺だけじゃない。こちらこそ助かった」
迷宮の攻略という彼女達との約束を果たすことができて良かった。
「よう、久しぶりだな」
「あ、ガストンさん。こんにちは!」
ファティナが俺達の後ろからやって来た人物に挨拶をする。
声を掛けてきたのはガストンだった。彼の後ろにはパーティメンバーの盗賊と神官もいて、俺達に笑顔を向けている。
「聞いたぞ、Sランクパーティと一緒に東のダンジョンを攻略したらしいな。おめでとう」
「ありがとう。色々と世話になった」
「なに、俺がしたのはほんの些細な事だ。気にするな」
ガストンはそう言うが、きっとファティナや彼の協力が無ければ俺はシャドウキメラには勝てず、町を守れなかったはずだ。
彼には何かお礼をしたいと以前から思っていた。
もしもレベル上限を解放できるのならば、そうしてやりたい。
そう思ったら、急に俺の体からドラゴンを倒した時のような小さな光の粒子が出て、ガストン達の体に吸い込まれた。
彼らは何も言って来ないので、どうやら見えていないようだ。
「何か体に変わったことはないか?」
「ん? 言われてみると、どうしてか急に少し体が軽くなったような気がしたが」
「そうかあ? 俺は別に今まで通りだけどよ」
「私もそうですね……特に何かが変わったようには……?」
ガストン達は自らの体のあちこちを見回すが、特に見た目的な変化は起こっていない。
「受付で能力鑑定をしてみてくれないか?」
「急に何だ? まあ、アークがそう言うならやってみるか……」
ガストンが水晶玉に触れ、紙にステータスの詳細が記述される。
「こ、これは……!?」
手を震わせながら紙の内容を見たガストンは俺の方を振り返り、目を見開いた。
「事情を話すと長くなるから省くが、どうか受け取って欲しい。何度も助けられたからな」
「そうか……ありがとう……本当にありがとう……」
俺の言葉に、ガストンはあえて何も尋ねずに何度も頭を下げた。
「ガストンさん、良かったですね……」
すぐ横で一緒に見ていたファティナはおおよその事情が飲み込めたのか、穏やかな表情で微笑みながら俺の顔を見ている。
やっと彼らに恩を返すことができたようだ。
リュイン達は王女からの依頼を果たし、望みであったレベル上限の解放が行えた。
ファティナも村を襲っていた脅威をすべて倒すことができた。これで安心して暮らすことができるだろう。
だが、少しだけ引っ掛かることもあった。
(……もしかして、王女はクレティアに点在するダンジョンが何なのかを知っていたのか?)
誰も知らないはずの情報を知る王女。
それだけがふと気になった。
◇◇◇
「緑翠の迷宮が……攻略……された?」
ボルタナの町から更に北に移動した先にある別の都市。
そこにある宿屋を拠点している真白な鎧を着た金髪の男、Sランク冒険者のアレンは同じパーティメンバーであるエリスが突然告げた言葉に、今までにない焦りを感じて立ち上がった。
その顔にはいつもと異なり、焦燥感が溢れ出ている。
「ど、どこのパーティだ……まさかバルザークが!?」
急に大声を出したアレンに、報告をしていたエリスとフィオーネが驚く。
「『魔剣士』リュインのパーティだそうよ」
「……リュイン? リュインだと!? 何であの女がクレティアにやってきている!? それに奴らは三人しかいないパーティで、しかも神官のレベル上限は低かった! 下層の大量のモンスターを相手に最深部まで進むことなどできるわけがないだろうッ!」
怒鳴り散らすように喋るアレンだが、その論は至極当然だった。
下層のモンスターを普通に相手にしていれば、神官は盾役に防御用の魔術をかけ続けながら負傷したパーティメンバーの回復をしなければならない。
いくらポーションを持っていたとしても、戦闘の度に神官の魔力は常に減り続けるため、レベル上限60程度の魔力では到底持つはずもない。
つまり、仮にリュイン達が本当に緑翠の迷宮を攻略できたとしたら何かがおかしい。
何らかの方法をとったと考えるのが妥当だ。
(私のように新しい仲間を募ったのか? それとも、下層の敵と戦わずに最奥まで到達する方法を見つけた……? いや、まさかそんなはずは……)
アレン達は正攻法で北のダンジョンを攻略する以外の方法を考えたこともあった。
だが、それは結局のところどれも実現できずに終わった。
無駄な戦闘を避ける方法としては、姿を隠したり音を消す魔術もあった。
だがそれをパーティメンバー全員にかけて長時間移動するともなれば、魔力の消費は激しく現実的とはいえない。
そしてアレンを苛立たせているもう一つの要因が、クレティア国王がまた新しいSランクパーティを探索のために呼び寄せたというものだった。
(国王め、私に隠れて密かにあの女を招集し迷宮を探索させたとでも言うのか……?)
自らが期待されていないと考えたアレンは、ぎりと奥歯を強く噛み締めた。
クレティア国王がSランク冒険者のパーティに直々に声を掛けていたという事は知っていた。
具体的にどのパーティがそうなのかまでは知らなかったが、同じタイミングでボルタナに現れたバルザーク達を見たアレンには、彼らがそうであることが何となく察しがついていた。
だが、後からリュインのパーティが追加され、探索を行なっていたということは完全に予想外だった。
「そんなに慌てる必要はないわ。『流水洞穴』の下層の入り方は他の冒険者達には知られていない。それにこれまで数回戦ったから、モンスターの数も徐々に減ってる。きっと鍵はもう近いはず」
フィオーネはなだめるようにアレンに言い聞かせた。
「……確かにそうですね。リュイン達が手に入れたであろう鍵については何とでもなる。さあ行きましょうか」
フィオーネの言葉にアレンは普段の冷静さを取り戻し、再び探索を再開した。