第三十二話 ギルドへの報告
緑翠の迷宮の下層から、ゆっくりと地上に戻る。
外に出ると日が高かった。
長い間迷宮にいたせいか、時間の感覚はすっかり分からなくなっている。
鍵を手に入れてからは体調は徐々に回復しており、既に普通に歩けるまでになっていた。
ファティナはずっと心配そうに俺の事を見ていたが、体調が回復してからはまた元気さを取り戻したようだった。
俺達はモンスターがすっかりいなくなった森を抜け、ボルタナの町へと戻った。
「休みたいとは思うけど、先に冒険者ギルドに行きましょ。ダンジョンを攻略したことを先に報告しておかないとね!」
とりあえず町に着いたところでリュインがそう言ったので、冒険者ギルドへと向かった。
建物の中はいつも通りの賑わいを見せていた。
そんな中を五人でカウンターに向かって歩いていく。
「あら? こんにちは皆さん。本日はどうされましたか?」
受付嬢はいつもと同じようにカウンターの椅子に座り、俺達を見た。
「ええ、東のダンジョンを攻略したから一応報告しに来たわ」
リュインが普段通りの口調で言い放つ。
それに対して、受付嬢はうんうんと頷いてみせた。
「ははあ、なるほど。そうなんですね……って、今、東のダンジョンを攻略したって聞こえましたが!?」
受付嬢が急に大きな声を出したので、ギルド中の冒険者が怪訝そうにしてこちらを振り向いた。
「うん、そう。五人で東のダンジョンの下層まで行って、奥にいたドラゴンっぽいモンスターを倒したわ」
『えっ!?』
『うそ! あの東のダンジョンを!?』
『まさかダンジョン攻略者が出たのかよ!?』
冒険者達は一様に驚きの声をあげた。
受付嬢も思いもよらぬ発言のせいか、絶句している。
「そ、それは本当ですか!? い、いえ、リュインさん達に加えてアークさんとファティナさんが一緒に行ったのなら、十分有り得ますね……」
「ま、まあ、俺達はおまけみたいなものだったからな。特に下層のモンスターは全部アークが倒していたしな……」
「……死ぬかと思った」
リオネスとベロニカが思い思いの感想を述べる。
「エリヴィラさんっ! 私達があのダンジョンを攻略したのは本当ですよ! あと、町を襲ったモンスターを生み出していたのは下層の奥にいたドラゴンでした」
ファティナがそう受付嬢に説明すると、彼女は更に驚いた。
「ド、ドラゴンって……あのSランクモンスターのドラゴンですか?」
「はい、そうです! すごく強かったですけど、アーク様が倒してくれました!」
「なるほど、そんなドラゴンは聞いたことがないですが……でも、これでもう町にモンスターがやって来ることはなくなったというわけですね」
「ええ、多分大丈夫だと思うわ」
「そうですか……また助けられてしまいましたね」
受付嬢は俺達に向けて微笑んで見せた。
「ま、それもこれも、ここにいるアークさんとファティナさんのお陰だけどね。二人がいなかったら生きて戻れなかったし!」
リュインは仰々しく言って俺とファティナを交互に見た。
『まじかよ! 【即死】があの東のダンジョンを攻略したのか!?』
『すげえな! よくこの町を守ってくれたなっ!』
『まあ、稼げるダンジョンが無くなっちまったのは少し残念だがな!』
辺りにいた冒険者達の間で笑いが起こる。シャドウキメラとの戦いで俺達の事を覚えてくれていたのだろう。
それを見て、リュイン達も互いに顔を見合わせながら肩をすくめて笑った。
「さて、それでは──」
受付嬢が改めて、といった感じで言葉を切る。
「詳しい事情はまた今度伺うとして、ダンジョンを攻略するという偉業を成し遂げたアークさん達には、これからランクアップが通達されることになります」
「ランクアップ? ですか?」
受付嬢の聞きなれない言葉に、ファティナが尋ねる。
「冒険者ギルドに登録された冒険者にはそれぞれランクというものがあって、それがその人の実績と強さを表しています。通常は冒険者ギルドで発行されているクエストをこなしたりすることで上がるものですが、その他にも条件があるんです。未踏破ダンジョンの攻略などもその一つですね」
受付嬢がファティナに向かって丁寧に説明する。
「へええ、そういうものなんですね」
「ランクが上がればより難易度の高い依頼を引き受けることができるようになりますし、町や都市にあるお店によっては割引などの優遇を受けることもできるんですよ」
「そうなんですね! だったら高い方がいいですね!」
俺とファティナの冒険者ランクは現在、新人であることを示す『E』のままだ。
俺達は依頼をこなしたりもせずにひたすらにモンスターと戦っていただけなので、全く上がっていないのも仕方ないことだった。
「まあ、俺達は既に最高のSランクだからこれ以上になることはないが、アーク達は上がるだろうし良かったじゃないか」
「はい、リュインさん達は残念ながらそうなってしまいますが……」
リオネスの言葉に、受付嬢が申し訳なさそうに返す。
「私達の事は気にしないで。それよりも二人の方をお願いね」
「……別に気にしない」
三人はランクについてあまり気にしていないようだが、それでも一緒に戦ってくれたので感謝するべきだろう。
「俺達だけランクが上がってすまない」
「ううん、私達はそもそもあんまり活躍できなかったからね。それに、お礼ならファティナさんに言ってあげてよ。アークさんが倒れそうになった時にそばで支えながら、ずっと声を掛け続けてたんだから」
「い、いえ! あれは別に大したことじゃなくて……その……」
ファティナは両手を胸の前で大袈裟に振って否定した。
確かに、あの時ファティナが声を掛けてくれなければ俺の生命力は《ルイン》によって全て無くなっていたかもしれない。
シャドウキメラの時といい、今回といい、彼女には心配をかけさせてしまったようだ。
「ファティナがいてくれなかったら、俺はあの時どうなっていたか分からない」
「い、いえ……今度は私がアーク様の力になりたいって思ったから、私がそうしたかっただけで……」
ファティナは横を向いて俯いてしまった。
「いや、いつも心配ばかり掛けてすまない。本当にありがとう」
「アーク様……」
ファティナがこちらへと向き直る。
頬を朱に染め、俺の目を見ていた。
ふと気付くとギルドの中が静まり返っており、全員の視線が俺達に集中していた。
「……ん? どうかしたのか?」
俺が周囲に向かってそう尋ねると、何故かギルドの建物中がげんなりした空気に包まれたのだった。
シャドウキメラの討伐は、冒険者全員でやったことというカウントになるのでランクアップは発生しないものとなります。(念のため)




