第三十話 緑翠の守護者
それから何度かモンスターを相手にしつつ、下層の草原を進んだ先にある森の中を進む。
出てくる敵はミノタウロス以外にもスケルトンやオーガなども混じっていたが、シャドウキメラのような魔術防御を使うような特殊なモンスターが現れることはなかった。
「それにしても、いったい何匹出てくるんだ……」
リオネスは視線を左右へと動かし、周囲の様子を窺いながら言葉を吐く。それから、辺りの地面を見た。
その視線の先では、ミノタウロスやオーガなど多数のモンスターが物言わぬ姿と化していた。
数にして二十体はいるだろうか。似たような構成の群れには既に二、三回出会っている。
「ここまで大量のモンスターがいるダンジョンなんて聞いたことがないわ。アークさんがいてくれなかったら、こんなに奥まで進むことなんてできなかったと思う」
リュインの言葉は少々言い過ぎかもしれないが、実際これらのモンスターは全て俺が一人で倒していた。そうでもしなければ、もっと早い段階で誰かしらかは魔力が底を尽きていただろう。
(やはりステータスは上がらないな)
どんなにモンスターを倒しても限界値に達した俺のステータスは全く変動することはなく、スキルレベルが少し上がっただけだった。
「すみません……私、ずっと役に立てなくて……」
ファティナは自分が弱いせいで何もできていないとでも思ったらしく、申し訳なさそうな顔をしていた。
ファティナは別に無力というわけではない。オーガやスケルトンであれば彼女でも十分に倒せるが、今は体力を温存しておいてほしかった。
「別にファティナが謝ることじゃないさ」
「ファティナさんのせいなんかじゃないわ。私達だって、下層に来てから何もできてないもの」
「……約一名が強すぎるだけ」
「ここから強敵が出てきたら、俺達の出番だ!」
リオネスが腰に手を当てながらニヤリと笑う。
「……そうですね! 私も頑張ります!」
「ああ! その意気だ!」
リオネスの言葉によって、ファティナも元気を取り戻したようだ。
俺ではそんなフォローはできなかっただろうから、彼の厚意には感謝しなければならない。
「……向こうに何かある」
不意に、ベロニカが森の先を指し示しながら告げた。
彼女の指差した先には、何らかの白い建造物の上部が見えた。
「建物みたいに見えるな……」
「ついに迷宮の終わりまで来たってことかもね? とりあえず行ってみましょうか」
全員でそのまま建物の見える方向へと進んでいく。
生い茂る草をかき分けながらしばらく進むと、やがて森が途切れて広場が現れた。
その先にあったのは、古びた建物だった。
尖った屋根が特徴のその形は、町にあるような教会に近い。
建物の入口付近には神殿にあるような柱が立ち並び、いずれも沢山のツタが絡んでいて今にも崩れそうだ。
前面の壁の中央には木製の扉があるが、閉ざされているため中の様子を窺い知ることはできない。
「建物か……中には何があるんだろうな」
「聖堂か何かに見えるけど……とりあえず、ここまで来て考えていても仕方ないわ。先に進みましょう。リオネス、よろしくね」
「ああ。だが何が起こるか分からないからな。全員離れていろ」
他に建物らしきものは見当たらない。
もしかしたら、ここに緑翠の迷宮に関係する何かがあるのかもしれない。
リオネスは持っていた大盾を地面に突き刺すと、両腕に力を込めて扉を押した。
すると、ゆっくりと扉が音を立てて開き始める。
「……って、何もないじゃない」
リュインが安堵と呆れが入り混じったかのような声を漏らす。
聖堂の中には何もなかった。
床の石畳はすっかりボロボロになっており、一番奥に台座のようなものが置かれているだけでそれ以外には一切何もない。
「まあ、とりあえず入るだけ入ってみるか……お宝の一つでもあったら良かったんだがな」
「もしかしたら地下室とかもあるかもしれないし、探してみましょ」
「アーク様、私達も入りませんか?」
「ああ」
とは言ったものの、聖堂の中は本当に何もなかった。
探すと言ってもそれらしきものが何かあるわけでもない。
「本当に何もないですね……」
「うーん、別の建物があるのかもね」
リュインやファティナ達が隅々まで細かく探すが、何も見当たらない。
(──本当にここではないのか?)
下層をまっすぐ進んできたが、この建物以外に何かありそうな場所は無かったように思えた。
だとすれば、他にどこかあるのだろうか?
(いや、むしろその元凶がダンジョン内を移動するとしたらどうだろうか?)
仮に原因がシャドウキメラのような何らかの特別なモンスターにあったとすれば、一つどころに留まっていない可能性もある。だとしたらここにいるのは時間の無駄かもしれない。
──そんなことを考えていると、突然どこからかギイギイと何かが軋むような音が聞こえてきた。
「ん? ……なんだ、扉が閉まっただけか」
リオネスが怪訝そうに見るその先には、開いていたはずの扉があった。
元々勝手に閉まるような仕組みでもあったのかもしれない。
「……なんだか嫌な感じがするわ! 全員、中心に集まって!」
経験から何かを感じ取ったのか、リュインがすぐに叫ぶ。
パーティーメンバー達は聖堂の中心に集まる。
ファティナとリュインはすぐに剣を引き抜き、リオネスは大盾を構える。
『グルル……』
どこからか、微かに何かの唸り声が聞こえてくる。
(今のは……)
だが、左右を見渡しても何もいない。
ということは。
「どうやら少しばかり、厄介なことになりそうだ……」
リオネスが額から汗をかきながら、上を向いて目を大きく見開く。
そんな彼を見て、全員が同じように天井に向かって顔を上げる。
そこにいたのは、全身が翠色の輝きを放つ鱗で覆われたモンスターだった。
鋭く長い爪が備えられた前と後ろの脚、そして金色に輝く大きな瞳。
それは冒険者でなくとも知っている有名なモンスター。
──ドラゴンだった。
ドラゴンは巨大な翼をゆっくりと動かしながら、前脚と後ろ脚で聖堂の天井にへばりつくようにしてただ俺達を見つめている。
「入り口に向かって走ってっ!!」
リュインが大声で叫ぶと、全員が一斉に入り口に向かって走った。
そして俺達が走り出したのと同時に、ドラゴンは聖堂の床へと落下してきた。
大きな振動が起こり、聖堂の建物全体が揺れている。
脆くなった内壁の一部が崩れ、パラパラと落ちてくる。
「くそっ! 扉が開かないぞ!」
リオネスが閉じてしまった扉を殴りつけるが、一向に壊れそうな気配もない。
Sランク冒険者のリオネスでも破壊できないということは、何らかの仕組みが働いているのは明らかだった。
『ギュアアアアアアアアアア!!』
聖堂の床へと降り立ったドラゴンは、後ろ脚で立ち上がると俺達に向けて大きな金切り声を発する。
「まさかこんなところにドラゴンがいるなんてっ!!」
リュインが両腕で目の前を覆うようにしながら叫ぶ。
ドラゴンは冒険者ランクS相当のモンスターだ。
他のモンスターと大きく違うのは、その巨体で空を飛び回り、更には強力な息を吐くことだろう。
目の前にいるドラゴンの大きさは最早ミノタウロスの比ではない。
翼も含めれば、この聖堂の中が半分埋まるほどの幅だった。
「みんな下がって! ベロニカ! 防御魔術を切らさないで!」
「……了解。光よ、かの者を守る盾となれ──《プロテクション》」
ベロニカの魔術がリオネスにかかり、彼の全身から光が溢れた。
すると、ドラゴンが突然前足で地面を踏みつけた。
そして次の瞬間、床を抉るようにして下から植物の巨大な根が現れ、リオネスに向かって直進する。
だが、リオネスはそれを大盾で見事に受け止め切った。
「一匹ならまだ攻撃を防げばなんとか……ば、馬鹿なっ!」
リオネスが驚きに声を上げた途端、彼の体を包んでいた魔術の光が砕け散ったかのように空中に霧散していく。
「こ、こいつの攻撃は魔術による防御を無視するとでもいうのか!?」
 




