第二十八話 迷宮の下層
次の日は少し遅めの出発となり、昼過ぎに緑翠の迷宮へと到着した。
俺達はゴーレムが倒れた後の場所へとやってきている。付近に他の冒険者達の姿はない。
下層への扉は開き、次の場所へ向かう石の階段の先は明るく照らし出されている。
リュイン達は、ただその先を見つめていた。
恐らく、ここから先は前人未到の場所。
更には今までの常識が通用しないこの迷宮、さすがにSランクパーティと言えど戸惑いがあるのだろう。
「いよいよね……罠がないかどうか確認しながら、慎重に進みましょう」
リュインがパーティメンバー全員に言い聞かせるように言うと、リオネスを見た。
そして、いつもと同じように聖騎士であるリオネスが先頭となり、ゆっくりと広い階段を下っていく。
そうしてどのくらいの間、足を動かし続けただろうか。
階段は上層から中層に至るまでと比較すると、かなりの段数があった。
やがて長かった階段がようやく終わると、その先の出口からは光が溢れていた。
全員で、光に向かい歩く。
「こ、これが緑翠の迷宮の、下層……」
「こいつはすごいぜ!」
リュインとリオネスが感嘆の声を漏らす。
階段を下りた先にあったのは、最早ここが迷宮であることを忘れてしまう程に広い空間だった。
「……草ばっかり」
どこまでも続くかのように思える平原と、生い茂る草木。
上層や中層にあった安全地帯がそのまま広がっているように見える。
かろうじて石畳で造られた道らしきものは存在するが、この下層は全て新緑に支配されていた。
(……これが緑翠の迷宮の真の姿なのかもしれないな)
この下層のどこかにシャドウキメラを生み出した元凶、そしてこの迷宮の自然を制御している何かが存在していると考えて間違いないだろう。
「もしかしたら、ここもモンスターが出ないのかもしれないな。そうだったらどれだけ楽な事か……」
リオネスがそう言ってすぐに、この下層中に地響きが聞こえはじめた。
『ヴオオオオオオオオオッ!!』
そして聞こえてくる複数の獣の咆哮。
今までに聞いたことがないものだった。
「くそっ、そうそう上手くはいかねえようだッ!」
「この声って……まさか……」
リュインがリオネスと目を合わせ、剣を抜き放った。ファティナも何か異様な気配を感じ取ったらしく、声の聞こえた方角を見つめた。
やがて、雄叫びを上げながらモンスターの群れが姿を現した。
その手に持っているのは、一体誰が用意したのかも分からない、おおよそ人の身には扱えないであろう巨大な戦斧。
その頭は、前方に向けて捻じ曲がった角を持つ牛頭。
そしてオーガやキリングベアをも超える大きさに、真っ黒な獣毛に覆われた筋肉質の体。
それはダンジョンの奥深くに生息し冒険者達を待ち受けるというAランクモンスター、ミノタウロスだった。
その数は全部で十体。
ミノタウロス達は一斉に地面に生えた草を踏み荒らしながら、真っ直ぐにこちらへと向かってくる。
「ミ、ミノタウロス……か、数が多すぎる……」
「そ、それも十体だと!? そんな馬鹿な!」
リオネスがその数の多さに驚き叫ぶ。
Aランクモンスターなど、どんなに深いダンジョンであっても早々大量にいるものではない。
仮にリオネスが【挑発】で敵を引き付けたとして、繰り出されるすべての連撃を受け止めきることはできそうにないだろう。
(……これがミノタウロス。俺でも聞いたことがある有名なモンスターだ)
目を赤く光らせながら猛進する彼らを凝視する。
ミノタウロスは冒険者達から迷宮の番人とも呼ばれている。
それがこうして現れるということは、きっとこの先には何かがある。
──俺は直進してくるミノタウロス達に向かって走り出した。
「お、おい! 何をしているんだ!? すぐに下がれ!」
「いや――俺がここで仕留める」
このミノタウロス達は、全て生物。
アンデッドでも、魔術で創られた物でもない。
つまり、俺の【即死魔術】が効かないはずがない。
「《クアドラプル・デス》」
四倍撃の《デス》をすべてのミノタウロスに叩き込む。
空中に現れた複数の《デス》の魔術は、ミノタウロスに向かい放たれた。
『ギアアアアアアッ!!!』
漆黒が体に吸い込まれ、一気に七体のミノタウロスが力を失い、前のめりに、あるいは横向きに地面へと倒れ込んだ。
その衝撃で地面が僅かに揺れた。
倒したのは七匹、撃ち漏らしたのは三匹。
どうやら即死魔術にある程度耐性があるようだ。
『スキルレベルがアップしました。ポイントを割り振ってください』
久々にスキルレベル上昇のメッセージが表示された。
(……やはり、Aランクモンスターともなると経験値が高いようだ)
キリングベアやシャドウキメラを倒した後は大きくスキルレベルが上昇した。
下層のモンスターを倒せば一気にレベルを上げることができるだろう。
『グオアアアアッ!!!』
叫びながら俺の目の前まで辿り着いたミノタウロス、その巨大な斧が振り下ろされる。
それを僅かに横に移動して回避する。
ミノタウロスの攻撃は、随分と遅く感じられた。
残りの三匹も苛烈に持っている武器で殴打を繰り返すが、その動きは全て見えていた。
「《クアドラプル・デス》」
残りの三匹に再び《デス》を放つ。
『グォオオオオ!』
ミノタウロス達は持っていた武器をその場に落とし、崩れ落ちた。
『スキルレベルがアップしました。ポイントを割り振ってください』
またスキルレベルが上昇した。
「ステータス」
レベルアップのメッセージを確認し、ステータス画面を表示する。
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【基本ステータス】
名前:アーク
職業:魔術師
レベル:1★
HP:9000/9000
MP:9000/9000
攻撃:4000
防御:4000
体力:4000
速さ:4000
知性:4000
【所有スキル】
・即死魔術 Lv37
【所有能力】
・魔力消費半減 Lv1
・有効範囲アップ Lv2
・成功確率アップ Lv2
・死者の棺
・魂の回収
・クアドラプル
・マルチプルチャント
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ステータスと能力一覧のボードが表示される。
ミノタウロス達を倒したことで、一気に全てのステータスが上昇していた。
「う、嘘でしょ……私達ですらそう易々とは倒せないミノタウロスを、一瞬で……」
「たった一人で、あのミノタウロス達を全て倒したというのか……」
「……ありえない」
リュイン達は、動かなくなったミノタウロス達を見ながら唖然としている。
「そうなのか?」
「そうなのかなんてもんじゃないわっ!」
一気に倒したことに驚いたらしい。
「ここからは俺が主に敵を倒す。なるべく皆の魔力の消費を抑えたい」
パーティにおいて特に重要なのは、ベロニカの魔力だ。
彼女の魔力が尽きた場合、治癒魔術が使用できなくなる。
そうなれば各自が持っているポーションを使うことになり、それが尽きた時が探索の終わりを意味している。
だから、俺の【即死魔術】で相手にできるモンスターは全て倒したほうが魔力を節約できるだろう。
「分かりました。でも、もしも魔術防御を持つ敵が現れた場合には私も一緒に戦います」
「ありがとう。そうしてくれると助かる」
そう言ってくれたファティナに言葉を返すと、彼女は微笑んだ。
「アーク、本当に助かった。俺達だけならば、きっとひとたまりも無かっただろう」
リオネスが頭を下げてきた。
「いや、気にしないで欲しい」
「そうか……ではこのまま進むとしよう。だが無理だと思ったらすぐに言ってくれ。俺達は、今は目的を共にする仲間なのだからな」
リオネスが言うと、他のメンバーが少しだけ顔を綻ばせた。
「ありがとう」
「さて、それじゃ気を取り直して行くか!」
リオネスは注意深く辺りを見回しながら、再び下層の奥へ向かって歩き始める。
(……ん?)
ふと、表示されているステータス画面に違和感を覚えたのでもう一度見直す。
全てのステータスの値は『4000』を指して止まっていた。
(ステータスが思ったよりも上がっていない……いや、すべて一定で止まっている?)
シャドウキメラを討伐した時点から換算すれば、ミノタウロス十体分のステータスを『魂の回収』で得た場合にはもっとステータスが上昇してもいいはず。
不思議に思っていると、突然視界に新しいメッセージが表示された。
『ステータス値が現在の限界に達しています』




