第二十六話 協力と勝利と
岩の継ぎ目から放たれる赤い光を輝かせながら、ゴーレムの巨体が突進してくる。
全身が岩石でできているとは思えないほどの軽快さだった。
「全員、俺の後ろに来てくれ!」
リオネスが叫び、リュインとファティナも彼の後ろに移動する。
ゴーレムはパーティの先頭にいたリオネスの前までやって来ると、人の体よりも巨大な拳を振り上げる。
「光よ、かの者を守る盾となれ──《プロテクション》」
後方にいたベロニカが詠唱をすると、リオネスの全身が淡い光に包まれる。
神官が扱う防御力を上昇させる魔術だろう。
『ゴオオオォォ!』
そして──放たれたゴーレムの拳が正面からリオネスの盾にぶつかる。
「ぬうううおおっ!!」
圧倒的な質量から放たれる重い一撃をリオネスが受けた瞬間、周囲を突風が吹き抜ける。
【不屈】のスキルのお陰で吹き飛ばされずに耐えたようだったが、あまりの衝撃にリオネスの足は地面にめり込んでいる。
「なんつー力だよっ! こいつは普通のゴーレムじゃないぞ! 気をつけろ!」
「あれを一撃でも受けたらひとたまりもないわ! 絶対に避けてっ!」
リュインが全員に対して警告をしながら剣を構える。
「私が行きます!」
ファティナがシャドウキメラの剣を抜き、ゴーレムの足を斬りつける。
だが、岩石で出来た体はその刃を通すことはなく、それどころか剣を跳ね返した。
「えっ!」
ファティナが驚き、一瞬動きが止まる。攻撃されたことに気が付いたであろうゴーレムは、彼女を捕まえようと手を伸ばす。
「ファティナ!」
俺はファティナの下に向かって駆け出し、彼女の体を突き飛ばす。
シャドウキメラを倒したことで、素早さが大幅に上がったお陰だ。
接近した俺を狙うゴーレムの腕を避けながら、地面に倒れたファティナが立ち上がったことを確認する。
アンデッドですらなく、表情が一切読めないゴーレムは、今まで戦ってきたモンスターとは異質な存在に感じられた。
「《クアドラプル・デス》」
これ以上戦闘を長引かせないために、一気に『クアドラプル』による四倍撃を使う。
右手から放たれたドクロで溢れる漆黒の波動はゴーレムに向かって飛んでいき──そして岩の腕に触れた瞬間に立ち消えた。
それは、《デス》が失敗したというよりかは、むしろ何もない空間に飛ばして外した時に近い感覚だった。
(……手応えがない? というよりも、岩に向けて撃っただけのように感じるな)
「風よ、我が敵を嵐に飲み込め──《サイクロン》」
リュインの詠唱とともに、彼女の目の前に三つの竜巻が発生し、ゴーレムに向かって突き進んでいく。そして竜巻は一つになりゴーレムの巨体をすっかり飲み込んだ。
「よし! これで……なっ!?」
リオネスが勝利を確信した瞬間、竜巻の中から再びゴーレムの腕が現れた。
それに気づいたリオネスは再び大盾で防御するが、今度は踏ん張りが利かずに弾き飛ばされた。
「ぐううっ! どうなっているんだ!?」
竜巻が晴れると、そこには先程と変わらない姿でゴーレムが佇んでいた。
「ただの岩石で出来てるだけじゃない……? まさか、岩に魔術防御まで施されてるとでもいうの?」
呟くリュインの頬から、地面へと汗が流れ落ちる。
「普通はそんなことはないのか?」
「うん。岩石なら風の魔術で削れるから、そこから体のどこかにある心臓部──コアを破壊できれば倒せていたんだけど……」
「他に弱点は?」
「弱点が風なのよ。でも魔術が効かないならどうにかしてコアを破壊するしか方法はないと思う」
つまり、コアを露出させることさえできれば勝てる可能性が出てくるということか。
「光よ、かの者の傷を癒したまえ──《キュア》」
「おっと、助かる」
ベロニカがリオネスの受けた傷を魔術で癒す。
このままだと倒せないまま終わってしまいそうだ。
それでは下層に行くことができなくなる。
(……ま、物は試しか)
俺はリオネスの前に出て、ゴーレムと対峙する。
「ど、どうする気なの?」
「岩自体には【即死魔術】は効かないかもしれないが、あの光はどうだろうな?」
右手を突き出し、詠唱をする。
「《クアドラプル・デス》」
俺は岩に対してではなく、岩石の隙間にある沢山の光に向けて《デス》を放つ。
『クアドラプル』を乗せた二十を超える波動が空中に出現し、ゴーレムの四肢を繋ぐ光の線に向けて吸い込まれていく。
『ゴオオオォォォ……!!』
その途端、ゴーレムが突然唸り声をあげ、その形が崩れ始めた。
即死魔術によってゴーレムを構成する岩同士の結びつきが崩壊したのだ。
岩はそれぞれが空中で分解されたような状態となって、すっかり人型ではなくなった。
そして一際大きかった胴体の岩の中から、明らかに異質な黒い八角形型の水晶が露出した。
「あったわ! 胴体の中心部! あれがコアよっ!」
リュインの言葉を聞いたファティナが浮遊する岩石を足場にして飛びながら接近し、無防備になったコアを漆黒の剣で両断する。
「はあっ!!」
水晶は真っ二つに割れ、地面へと落下した。
すると浮いていた岩石は震えながら落ち、やがて完全に動かなくなった。
それを見た瞬間、全員が大きく安堵の息を吐いた。
「さすがに今回ばかりはダメかと思ったぜ……」
「……あせった」
リオネスとベロニカがその場にへたり込んだ。
「危なかったわ。それにしても、今回は本当に二人に助けられたわね! ありがとう!」
「いや、これは全員の成果だ」
「あはは! そうかもね!」
リュインはすっかり上機嫌で、俺達に笑顔を見せている。
「でもやっぱりこのダンジョンはおかしいわね? 下層にこんなモンスターが大量にいるとしたら、Sランクパーティですら普通に攻略することなんて不可能だと思う」
「ハッハッハ! でも、俺達なら何とか攻略できるかもしれないな!」
リオネスがそんな彼女の言葉を笑い飛ばす。
「ファティナ、怪我はないか?」
「はいっ! 大丈夫です! それに、今ので多分レベルが沢山上がった気がします!」
ファティナに声を掛けると、彼女は元気に返事をした。どうやら大丈夫そうだ。
「さっきは突き飛ばしてすまなかった」
「えっ? い、いえ、そんな」
ゴーレムとの戦いの途中で突き飛ばしてしまったことをファティナに謝る。
「アーク様、どうか気にしないでください。むしろ、また危ないところを助けられてしまいました」
「いや、俺の方こそいつも助けられてばかりだ」
感謝の言葉を伝えると、ファティナは何故か頬を紅潮させて俯いてしまった。やはり何か攻撃を受けてやせ我慢をしているのかもしれない。
「ポーションもあるぞ」
「え? いやそうではなくて……」
「ファティナさんって、とっても大事にされてるのね?」
急にリュインが俺達の間に割り込んできた。
「えっ……ええと、その……」
「これはチャンスよ……がんばってね!」
「あ、ありがとうございます……」
「一体何の話だ?」
「別に? さあ、とりあえず今日のところは疲れたしもう戻りましょうか!」
何を話していたのかよく聞き取れなかったので尋ねるが、リュインはさっさと帰り道を歩き始めてしまった。
仕方なく俺もついて行こうとしたところで、ベロニカがじっと俺を見つめていた事に気付いた。
「……超鈍感男」
「いきなり何だ」




