第二十五話 下層への道を守る者
それからしばらくの間、俺達は空洞で休息した。
メンバーの中でも特に休む必要があったのはベロニカだ。
戦闘中パーティの盾となって攻撃を耐えるリオネスに治癒魔術をかけている彼女は、魔力の消耗が激しいらしく携帯食料を食べ終えた後はその場で寝ていた。
それにしても、ダンジョンの中で寝るというのはよほど神経が図太くなければできない芸当だ。
これもSランク冒険者の風格というものだろうか。
ファティナとリュインは二人で楽しそうに会話をしている。同性同士だから話が合うのかもしれない。
リオネスは座りながら大盾の手入れをしている。
パーティを守るという役割は非常に重要で、彼の力なくしては安定した戦いはできないだろう。
「はっ」
そうして小一時間ほどが経った後、突然ベロニカがカッと目を見開いて上体を起こした。
「……完全回復した」
「アークさんの方は大丈夫? 私は魔術は少ししか使ってないから平気だけど」
「ああ、俺も問題ない。俺は【即死魔術】で倒した相手のステータスと魔力を吸収できるから、あまり気にしないでほしい」
リュインに魔力のことについて聞かれたのでそう返すと、三人とも凍り付いたようにその場で固まった。まるで先程のホブゴブリンのようだ。
「……なにそれ? ちょっと反則すぎじゃない?」
「そんな能力は聞いたこともないな……」
「……だからステータスが上がってた」
「アーク様の能力は、普通ではないのですか?」
ファティナがリュインに尋ねると、彼女は大きく首を横に振った。
「聞いてる限りだと、普通なんてもんじゃないってば。でもまあ、アークさんがレベル上限1でそこまで強いのにはそういう理由があったのね……納得した」
リュインが腕組みしながらうんうんと頷く。
俺の場合は『魂の回収』の能力があるため、即死魔術が効く相手がその場にいればステータスと一緒に魔力を吸収し、ほぼ無制限に《デス》を発動させることができる。だからモンスターがいる限りは連戦が可能だ。
即死魔術に耐性を持つ相手の場合には『クアドラプル』による四倍撃の《デス》を放つ必要があるため多量の魔力を消費するが、シャドウキメラから『魂の回収』でステータスを吸収した今の俺ならばかなりの回数が撃てるはずだ。
そして、これはまだ試してはいないが恐らく『マルチプルチャント』の能力と『クアドラプル』は同時に使用することができる。
ただしその場合は魔力を一気に持っていかれるはずなので、使用する際には気を付けなければならないだろう。
魔力は精神力とも言えるようなもので、完全に枯渇すれば足元も覚束ない状態となり最後には倒れると聞く。もしも戦闘中に枯渇が起きれば実質戦闘不能と同じことになる。魔術師としては最も気を付けなければならないだろう。
「さあ、引き続き行きましょうか!」
魔力が十分に回復した俺達は、すぐに出発の準備を始める。
「リュインさん、今日はどこまで行かれるのですか?」
「うーん、正直二人がここまで強いとは思わなかったから、初日だしすぐ戻ろうかと思ったけど……今日は中層の終端まで行ってみましょうか! アークさんもそれでいい?」
「ああ、構わない」
というわけで、早速俺達は空洞を抜け更にその先へと進むことになった。
空洞の先はまたしても広い道が続いていたが、石壁の至る所から太い木の根が出ている。
(日の光があるわけでもないのに、奥に行くほどに緑が深くなっていくようだ)
緑翠の迷宮とはよく言ったものだ。うっかり生え出している根っこに足を引っかけてしまわないように気を付けるべきだろう。
「ここからは、危険だと感じたらすぐに戻りましょう。私達も、中層の最奥に何があるのかまでは分からないしね」
「中層の奥に行く人はあまりいないんですか?」
「どうやらそうみたい。ほら、冒険者って命あっての物種みたいなところあるじゃない? だから、BランクとかAランクの熟練冒険者であっても、やっぱり下層のモンスターと鉢合わせするのは嫌みたい」
以前ガストンに言われたことだが、ダンジョンにはたまに生息域を越えて移動するモンスターが現れるという話があった。
中層のモンスターが上層にやってくる程度であればランクの高い冒険者パーティがいれば倒せるが、下層のモンスターともなると一匹でかなりの強さになるため一筋縄ではいかないのだろう。
逃げるにしても中層の終端から地上までは距離がありすぎるし、運が悪ければ途中で別のモンスターに出会って挟み撃ちにされる。
よほど腕が立つような、例えばSランクパーティでもなければリスクが高いのだろう。
そんな考え事をしながらしばらく歩き続ける。
そうしてしばらく経ち、恐らくパーティメンバー全員が異変に気付いた。
何故かモンスターが一向に現れないのだ。
「……モンスターが出ない」
ベロニカが沈黙を破り、多分皆が思っていたであろうことを最初に言った。
「確かにおかしいわね……どうなってるのかしら」
「うーん、近くに気配もなさそうですね」
「俺達を見て逃げ出したんじゃないのか?」
不思議に思いながらもそのまましばらく進んでいくと、急に目の前に黒い扉が現れた。大体パーティ内で最も身長が高いリオネスの二倍ほどの高さだろうか。
扉は鉄か何かでできているようだが、重厚で動かせるかは分からない。鍵穴らしきものもなかった。近くにあるのは大きめの岩石だけだ。
「何でこんなところに岩が沢山置いてあるんでしょう?」
ファティナが地面に落ちている大きな岩を眺める。
確かに不思議ではあるが、ただの岩なので当然反応はない。
「ここに来ていきなり扉が出てきたのか? まあ、とりあえず開けてみて中を調べるか……」
リオネスは怪訝そうにしながらも扉に触れる。
すると、突然地面にあった岩がカタカタと音を立てて動き始めた。
「えっ!? な、なんですかこれ!?」
「リオネス戻って! 罠よ!」
リュインの言葉に、急いで引き返してきたリオネスが肩に背負っていた巨大な盾を前に構える。
バラバラになっていた岩石達は突然宙に浮き始め、やがて人の形を成していく。
『グゴゴゴゴォォォ……』
空気を震わせるような低音の声を発して現れたのは、巨大な人型の石像──ゴーレムだった。門と同じぐらいの丈があり、目の前に立つリオネスがまるで子供のように見える。
その体を形作っている岩石同士の隙間には赤い炎のような光が走っており、それによって各々の岩を連結しているようだ。
「どうやらこいつがモンスターがいなかった原因みたいだな!」
「ゴーレムなんて古い遺跡にしかいないはずのAランクモンスターじゃない! なんでこんなのがダンジョンの中層なんかにいるわけっ!?」
リュインが突然の事態に慌てながらも、剣を抜き放ち構える。
ゴーレム、それはモンスターというよりかは魔力で動く生物の一種だという。
魔術で作られたそれは、モンスターと同様に遺跡の奥に向かおうとする者を無差別に攻撃するとして冒険者達の恐怖の対象だった。
やがて鳴くのをやめたゴーレムは、地面を揺らしながらこちらへと向かってくるのだった。




