第二十四話 五人の戦い
「アークさんが【即死魔術】を使うっていう話は他の人達からも聞いてたけど、本当だったのね」
スケルトン達を倒し終えた後、石でできた通路を歩きながらリュインが言った。
その顔は困惑しているような、驚いているような何とも言えない表情だ。
冒険者ならば即死魔術の評判があまり良くないことは知っていたのだろう。
リュインもこの目で見るまでは半信半疑だったに違いない。
「俺も初めて見たが凄いな。【即死魔術】がアンデッドすらも一撃で倒せるなんてのも初めて知ったが……というかアンデッドは生物なのか?」
リュインに続き、リオネスも心底驚いたように声を上げる。
「……しかも昨日よりステータスが上がってるし」
ベロニカはまた【鑑定】スキルを使って俺のステータスを見たようだ。
別に嫌なわけではないが、何となく監視されているような気分になる。
傍から見れば俺の即死魔術は非常に強力に見えるかもしれない。
だが同時に欠点も存在するのでそこは伝えておいた方がいいだろう。
「誤解がないように言っておくと、【即死魔術】は他の魔術とは違って成功する時としない時がある。だから多数のモンスターを相手にした場合には撃ち漏らしが出る可能性がある。あとは、魔術を防御する手段を持った相手には効かない」
俺がそう告げると、リュインは「あ、そっか」と言って納得したような表情を浮かべた。
「ということは、全ての敵に対して絶対に有効というわけじゃないのね? 特に魔術が効かないモンスターとか」
「そういうことになるな」
「そういう相手の場合には、私が代わりに戦いますっ!」
ファティナが漆黒の剣を構えながら言う。
確かに【剣聖】であるファティナは頼もしいし、今は同じく前衛にもスイッチできるリュインがいる。
かといって、この緑翠の迷宮を攻略するまでずっと二人に頼り切りになるわけにはいかない。
何か魔術防御を突破できるような能力を得るためにも、俺は更に多くのモンスターを倒し強くならなければいけないだろう。
それからしばらく歩くと、今度はゴブリンを少し大きくしたようなCランクモンスターであるホブゴブリン達が十数体出現した。
リオネスが【挑発】のスキルでそれらを抑えながら、残る全員で各個撃破していく。
俺は今回はリオネスの後ろで待機しつつ、回り込もうとしてくるホブゴブリンだけを狙う。
俺が強くなることも重要だが、ファティナのレベルも上げる必要がある。
彼女にとって、この階層のモンスターは丁度良い相手となるはずだ。
「――はっ!」
ファティナがリオネスの前方に群がるホブゴブリンに向かって漆黒の剣を抜き放つと、黒い斬撃が放たれ一気に三匹が一太刀の下に倒れた。
どうやらあのシャドウキメラの素材から作られた剣はかなりの威力を秘めているようだ。
素材も上質だったのだろうが、何より職人達が丹精込めて作り上げてくれたのだろう。
「弱点は氷!」
「氷よ、我が敵を抱け──《フリーズ》!」
ベロニカの言葉に続いてリュインが詠唱をすると、固まっていたホブゴブリン達は突然地面から現れた氷の柱にまとめて閉じ込められた。
(戦闘が安定しているな……さすがはSランクパーティか)
Cランクのモンスター達であれば、今のところは特に苦戦はしていない。
それぞれが役割をきっちりとこなしているということもあるが、Sランクパーティの三人は場数を踏んでいるためか動きに迷いがないからだろう。
ホブゴブリンの群れはあっという間に退治された。
「ふう、やっぱりこのダンジョンはモンスターの数が多いわね……」
リュインが額の汗を拭いながら呟く。
「そうなんですか?」
「ええ、他のダンジョンだったら出てきても四、五匹ぐらいでしょうね。この数はちょっと変。まあ広さとかもあるのかもしれないけど……」
ファティナの持つものよりも幅が狭いタイプの長剣を鞘に納めながら、リュインが答える。
やはりボルタナのダンジョンだけが異様にモンスターが多いのか。
Sランク冒険者パーティであるリュイン達であっても魔力が枯渇するような戦闘の多さでは、攻略するのは簡単ではないだろう。
「……そろそろ休みたい」
「そうね。確かこの先に休める場所があるって聞いたから、とりあえずそこまで移動しましょうか」
「もしかして、またあの空洞ですか?」
「そうそう、上層にあるのと同じものがあるって話みたいね! モンスターも入ってこないから休むのには丁度良いでしょ」
それからもリオネスを先頭にして迷宮を進み続けると、再び上層と同じような空洞が現れた。
目の前には上層よりも更に大きな森が広がり、地面にできた小川には澄んだ水が流れている。何度見ても不思議な光景だった。
「さて、予定通り到着できたし、この辺りで休憩しましょうか」
リュイン達が適当に芝生の上に座ったので、俺とファティナもそれに続いた。
「それにしても、この迷宮は不思議ね。他の場所にはこんなところ無いのに」
「あれっ? そうなんですか?」
「俺達もこれまで沢山のダンジョンに潜ってきたが、こんな風に安全地帯なんて呼べる場所があるとこに来たのは初めてだ。そもそもダンジョンっていうのは大抵が古びた遺跡とかそういう類の物だからな。地下に森なんてあるわけもないさ」
リオネスも関心したように辺りを見回しながら言う。
「ま、さすがは『緑翠の迷宮』なんて呼ばれるぐらいね」
(言われてみればその通りか……)
このダンジョンはリュイン達の知っている名称の通り、『緑翠の迷宮』という言葉がしっくりとくるほどに緑が溢れている。
そろそろこちらもその件について尋ねたほうがいいだろう。
「このダンジョンの名前は一体どこで知ったのか、できれば教えて欲しい」
「そうね……二人にもそろそろ話そうと思っていたところよ。今なら丁度他の人もいないしね」
そう言ってリュインは語り始めた。
「この依頼は、クレティア王国の王女様から直接受けたものなの」
「えっ! 王女様からですかっ! すごいです!」
ファティナが驚いた。俺もそうだが、まさか王族からの直々の依頼だったとは思わなかった。
「ええ、以前クレティアに出現した凶悪なモンスターを倒したことがあって、それが縁で知り合いになったの。その時の事を王女様も覚えていてくれたみたい。だから私に連絡をしたんでしょうね」
「それで、彼女は何を?」
「まあ、依頼というよりはお願いに近かったかな? ボルタナ周辺でモンスターが多くて困っているから、ダンジョンを探索してみてくれっていう感じ。その文章の中にダンジョンの名前がいくつか書いてあってね」
そこでリュインは一旦言葉を切り、袋から取り出した携帯食料のビスケットを頬張った。
「そんなわけでボルタナの町までやって来たってわけ。まあ、早々上手くはいかなかったけどね」
リュインはそう言って舌を出しておどけてみせた。
つまり、リュイン達の情報源はクレティアの王女だったというわけか。
「なるほど、ありがとう」
「ううん、大した情報じゃなくてごめんね」
そんな会話をしていたら、不意にベロニカが手を挙げた。
「急に手をあげてどうかしたの? ベロニカ」
「……こっちからも質問。二人はどういう関係なの」
急激に話が変な方向に行ってしまい、一瞬場が静まり返った。
「えええっ!? わ、私とアーク様はその、なんと言いますか……」
顔を赤くして身をくねらせながらファティナがぶつぶつと何かを言っている。
「モンスターに襲われて危ないところを救っていただいて、それでその……」
「俺達はパーティを組んではいるが、別にそういう関係じゃない。信頼はしているが至って普通の間柄だ」
「ふ、普通……」
俺がそう言うと、何故か三人はおろかファティナまでもが俺を見ながら異様に大きな溜め息を吐いた。
「これは重症だわ……」
「ま、まあ俺は応援するぜ。がんばれよ」
「……これはひどい」
一体何なのだろうか。
 




