第二十一話 異変の調査
「えっと、緑翠の迷宮? それがあの東のダンジョンの名前なんですか?」
ファティナがリュインに尋ねる。
近くの村に住んでいる彼女も初めて聞いたようだ。
「ええ。その反応からすると、やっぱり知らなかったみたいね」
リュインは座ったまま腕組みしながらそう言った。
「ファティナも聞いたことがないのか?」
俺が質問すると、ファティナは首を横に振った。
「はい、私はずっと村で育ってきましたけど、ダンジョンの名前なんて今初めて聞きました。エリヴィラさんはご存じでした?」
「い、いえ……私もそういう呼び方があったとは今まで知りませんでした」
ファティナの隣に座っていた受付嬢も不思議そうにしている。
(……ギルドでも認識していない情報もあるのか?)
受付嬢が知らないということは、この事はボルタナの冒険者ギルドですら把握していないかもしれない。
いや、もしかしたら一般の職員が知らないというだけで、もっと役職が上の人間……例えばギルドマスターなどであれば知っている可能性もあるが……。
だとすると、この呼び名は一部の人間達だけが知っている情報であるということになる。
「一体どこでその名を?」
「どこから得た情報かはまだ言えないけれど、手伝ってくれるのなら他にも私達が知っている情報を提供することはできるわ」
間髪容れずにリュインはそう切り出してきた。つまり、彼女達の仕事を手伝えば何らかの報酬とあわせてその情報をくれるということか。
「……リュイン、そんな言い方をしたら警戒されるに決まっているだろう。もっと普通に話せばいい」
目の前に座る、金髪をオールバックにしている聖騎士のリオネスがそう言って溜め息を吐いた。
「リュインは話を早く持っていきすぎる」
今度は神官のベロニカまで言った。
二人に言われて、リュインの顔が次第に赤くなっていく。
「わ、わかってるわよ! その、ごめんなさい! 別に二人を体よく利用しようとか、そういう気は本当にないから!」
リュインは慌てて両手をぶんぶんと振って否定した。その姿は、今まで出会ったSランクパーティに比べるとあまり貫禄が感じられなかった。
だが、そんなリュインの姿を見てファティナの顔が綻んだ。
二人のお陰でこの場の緊張が和らいだようだ。
そして今の会話ですっかり肩の力が抜けたのか、リュインは穏やかに話し始めた。
「まず、アークさんとファティナさんにこの話を持ち掛けた理由を説明させてもらうね。私達は、別に二人が強いからという理由だけで声を掛けたんじゃないの」
「えっ? じゃあどうしてなんですか?」
「私が……ううん、私達三人が気に入ったのは貴方達が多くの人を助けたことかな。だから信頼に足る人物だと思ったの。二人ってボルタナにいる他の冒険者からものすごく慕われてるし」
「そ、そうなんですか……?」
俺達が慕われているかどうかは置いておいて、リュインは嘘を言っているようには思えない。
そのため彼女の話を信じるにしても、詳しい話を聞いてから判断したほうが良さそうだ。
「とりあえず、手伝いの内容についてもう少し詳しく聞かせて欲しい」
俺がそう答えると、リュインはにこりと微笑んだ。
「じゃあ手短に説明するね。二人には私達と一緒に緑翠の迷宮を進んで、今回の異変の発生原因を調査して欲しいの」
「リュインさん達と一緒に調査を? ですか?」
「うん。私達がこの町にやってきたのもそれが理由なの。あの迷宮では今、何かが起こってる。そしてその発生源は恐らく中層を更に越えた先にある下層──そこにあるに違いないわ。だから下層を目指したいの」
下層、それはつまりダンジョンの最深部のことか。
俺達は今のところ上層までしか行っていないが、彼女達は更にその先へと進むつもりのようだ。
だが、今の話の中で俺達の力が必要だという件については少し気になるので尋ねてみる。
「世界に数えるほどしかいないSランクパーティであれば、ダンジョンの攻略なんかもそれほど苦戦しないんじゃないか」
Sランクというのは冒険者ランクの中でも最高の証であり、おいそれとなれるものではない。
それ相応の実力を持ち、凶悪なモンスターの討伐などの功績をギルドから認められた者にしか与えられないはず。
「う、痛いところを突いてくるわね……。この際だから白状するけど、凶悪なモンスター一体を相手にするなら私達三人でもいけると思うけど、あの長いダンジョンを進むのはちょっと荷が重すぎると思ってるわ。ギルドから事前に得た情報によると、他と比べてモンスターの数が多すぎるし」
「確かにキメラが討伐されるまでは、ダンジョンのモンスターは増加傾向にありましたね。冒険者の方はボルタナにはかなりの数がいるはずなんですが……」
受付嬢が申し訳なさそうに言った。
他のダンジョンには行ったことがないからこの程度だと思っていたが、ボルタナの近くにあるダンジョンだけは他とは違うのか。
つまり、いかにSランクパーティが強いとはいえ、あまり長時間は戦うことができないというわけなのか。
「そういうわけで、本格的に調査を開始する前に急遽パーティメンバーを増やそうと思ったの。二人に入ってもらえると心強いわ」
リュインからの説明は終わったようだ。
部屋の中はすっかり静まり返った。
どのみち俺が強くなるためには中層から下に潜る必要があるし、いつかは下層にも行くことになるだろう。
それに、ファティナはこのダンジョンで何が起きているのかを知りたいと以前言っていた。
ここは彼女の意見も聞いてみることにしよう。
「ファティナはどうしたい?」
「わ、私ですか?」
「俺達はパーティだろう。二人の意見を出し合った方がいいに決まってるさ」
俺がそう言うと、ファティナは安心したような笑顔を俺に向けてきた。
「私はこの異変の原因を知りたいと思っています。もう前みたいにモンスターに村が襲われるのは嫌ですから」
ファティナならば、多分そう言うと思っていた。
「俺も彼女と同じ意見だ。だから、緑翠の迷宮を攻略するまでは調査に協力しようと思う」
俺がそう答えると、三人はほっとしたような表情をした。
「ありがとう! じゃあ早速だけど、明日から肩慣らしに中層に向かいましょうか!」
こうして俺達は、リュイン、ベロニカ、リオネスと共に東のダンジョン──緑翠の迷宮の調査を開始することになったのだった。




