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第十八話 それぞれの道

「だめだわ。今日はもうこれ以上は無理ね。戻りましょう」


 ボルタナから更に北。通称北のダンジョンと呼ばれる洞窟。


 その下層に入ったところで、上等なレッドドラゴンの皮から作られた軽鎧に身を包んだ盗賊兼斥候役のフィオーネが淡々と告げた。


 ボルタナのギルドで思わぬ騒動があってから数日後、彼らアレンのパーティはクレティア国王からの依頼を遂行するため、再びダンジョン下層の探索を続けていた。


 彼らの足元付近には、いくつもの動かなくなった大型モンスターが転がっている。


 下層のモンスターはかなり手強く、綺麗には倒せなかったのであちこちがボロボロに切り裂かれたり焼け焦げたりしていた。奮戦したのだろう。


 アレンは一人黙ったまま、疲弊したパーティメンバー達を見ていた。


 フィオーネは常に周囲に気を配り続けているが、それは先に進もうとしているのではなく、帰り道の安全確認のためだった。


「確かにフィオーネの言う通りかもしれないわね……」


 聖騎士のエリスは大盾を地面に突き刺すように落として、疲労を回復している。


「……」


 そのエリスのすぐ後ろにいるのは、黒髪の女魔術師ドロテア。

 紫色のドレスを纏い、その上から黒い魔術師用の外套を羽織る彼女は何も語らないが、その顔には疲労がにじんでいた。


「はぁ……はぁ……」


 そして、神官のリーン。

 彼女の魔力は既に底を尽き、杖を支えにかろうじて立っている状態だった。


 リーンの現在のレベルは27。

 その成長速度は速く、レベル上限やスキルにも恵まれている。


 とはいえ、このダンジョンの下層に向かうにはレベルも経験も不足していた。


 では何故今、そんな彼女が下層にいるのかといえば――リーダーであるアレンがそう決断したからだった。


「いや、まだいけるでしょう。リーンさん、回復を」


 フィオーネの提案を受け入れようともせず、穏やかな表情でアレンがリーンに声を掛ける。


「す、すみません……もう魔力がなくて……」


 そう答えている途中で、リーンは地面に倒れ込んだ。


(クソッ! これでは下層を攻略できない……!)


 アレンは数日前の冒険者ギルドでの一件以来、ずっと苛立っていた。


 アレンのレベル上限は90。

 そしてスキルはリーンと同じ3つ。


 この生まれ持った能力こそが彼の誇りであり、自分が他に類を見ない特別な存在であるという証明でもあった。


 だがそれはあの日、ことごとく打ち砕かれた。


 ギルドで会った、レベル上限100というファティナの存在だ。


 彼女がもしもアレンよりも少し下程度のレベルであったなら、迷わずパーティに誘っていただろう。


 それをできなかったのは、単純に自分よりも更に特別な存在を認めたくなかったからだった。

 アレンのプライドが許さなかったのだ。


 そして、レベル上限1でありながらアレンを超える正体不明の能力を持つ魔術師のアーク。


 馬鹿にしていたレベル1に負けたということ、それはアレンにとって耐えがたいほどの屈辱だった。


(有り得るわけがない……一体どういうことだ……?)


 アークに腕を掴まれた時、それを振り払うことすらできなかった。

 アレンは何故あんなにもアークが強いのか何度も考えたが、答えは出なかった。


(『鍵』さえ手に入れば……)


 クレティア国王が求める『鍵』。

 それを手に入れることができれば、きっとこの苛立ちからも解放される。

 そんな風にアレンは思うようになっていた。


 だからこうして、強行軍をしてでも下層の探索を進めようとしていたのだった。


「はぁ……はぁ……」


 地面に倒れたまま、荒く呼吸しながらリーンは苛立つアレンを見た。


 リーンもまた、アレンと同じような感覚の持ち主だった。


 リーンはアークと共に初めて訪れた冒険者ギルドで受付嬢からレベル上限とスキルの事を聞いた瞬間、自分が物語に出てくるような選ばれた人間であると考えた。


 そして、畳みかけるようにしてSランク冒険者であるアレンがパーティに勧誘をしてきた。

 まるで自分が伝説の中の存在であるかのように思えたのだった。


 だから、あっさりと、当たり前の様にレベル上限1だったアークから離れることができた。

 自分と彼では、住む世界が最早違うのだ、と。


 だが、その順風満帆なはずの人生に狂いが生じ始めていたのだった。


「……地上に帰還しましょうか」


 アレンのその言葉に、パーティメンバー達は一時の安らぎを得たのだった。


           ◇◇◇


 それから数日後、ギルドから依頼の開始連絡を受けた俺達は東のダンジョンの入り口へとやってきた。


 地下への入口の両脇には、同じ鎧を着た男達が並んで立っていた。

 それは、町で何度か見掛けたことがあるクレティアの兵士達だった。


(……クレティア兵か)


 その数は全部で十人。いずれもそれぞれに長剣や斧などの武器を携えている。


 今回の依頼はクレティア王国により発行されたということなので、多分冒険者達がきちんと仕事をしているかを確認しに来たのだろう。


 そしてダンジョンのすぐ目の前にある開けた場所には、俺達と同じ依頼を受けたであろう大勢の冒険者達が集まっていた。


 俺とファティナがその中に入ると、周りにいた冒険者達がわあっと集まってきた。


『よう! アンタも来てたのか! 心強いぜっ!』

『おっ! 【即死】の兄ちゃんじゃねえか! よろしく頼むぜ!』


 その言い方だと俺が即死するみたいに聞こえる。


『獣人の姉ちゃん、この前Sランクのアレンに立ち向かったんだってな! やるじゃねえか!』


「あ、あれはその、アーク様を馬鹿にされたのでつい……」


 アレン達の態度に腹を立てたファティナが受付嬢から聞いたところによると、彼らはこの町で借りていた宿屋を引き払い別の町に移動したらしい。あれ以来彼らには会っていない。


「揃ったようだな。それでは、冒険者諸君への依頼内容について今一度説明する」


 クレティアの兵士の一人はそう告げると、数歩前へと出てきた。

 冒険者達の視線が一気に声の方へと注がれる。


「既にギルドで聞いていると思うが、今回の目的はこのダンジョンの入り口から上層の終端、つまり中層の入り口までのルートの確認となる」


 そこで、兵士は一呼吸置いた。


「だが、キメラが退治されてからダンジョンに入った者はいない。中のモンスターの行動範囲が以前から変化している可能性も十分にある。我々はここで待っているから、確認がとれたらまた戻ってきてくれ。健闘を祈る」


 そう言って彼はまた元の位置へと戻った。


 それと同時にぞろぞろと冒険者達が移動を始めた。

 俺とファティナもダンジョンに入ろうと歩き出す。


「おい」


 その途中、ふと説明をしていた兵士が俺に向かって近付いてきたので立ち止まる。


「お前がキメラを倒したという冒険者か?」

「別に俺だけじゃない。皆で倒したんだ」


 そう答えると、兵士はしばらく間を置いてから頭を下げた。


「俺の代わりに町を守ってくれて、感謝する」


 彼はそれだけ言うと何事もなかったかのように定位置へと戻っていった。

 もしかしたら、ボルタナの出身者か何かなのかもしれない。


 そうして、上層の探索が開始された。


 歩きながら、能力一覧を表示する。

 半透明のボードが目の前に表示されるので多少視界が悪くなるが、今のところモンスターが出そうな気配もないので問題ないだろう。


 ボードの上には【レベル:30 残りポイント数:10】と記されている。


(あの防御を貫通するような能力は、何かないか……?)


 キメラの山羊頭がしてきたような魔術防御をするモンスターは、今後必ず現れるだろう。


 そのため、できればそれに対して何らか対抗できるようなものがあればいいのだが。


 だが、探しても見つからない。


(ということは、今進める部分を更に解放していくしかないか)


 残りのポイントは10。

 『クアドラプル』に続き、複数の対象に《デス》が使用可能となる『マルチプルチャント』の能力があるので、ここからは今までレベル1で止めていた『有効範囲アップ』をレベル2にすることにしよう。


 俺は『有効範囲アップ』のシンボルに5ポイントを割り振る。

 するとシンボルが輝き、『有効範囲アップ』がレベル2に変化した。

 それと同時に、残りポイントは5へと減った。


(残りの5ポイントを使える場所は……残ってないな)


 今レベル2の能力をレベル3に上げるためには8ポイントが必要だ。

 あと3ポイント足りない。


 またしばらくレベルを上げなければならないだろう。


「妙だな? モンスターがまったくいやしねえ」


 冒険者が言う通り、ダンジョン内を歩いているがモンスターが現れない。


「気を抜くなよ! いつどこから襲ってくるか分からないからな」


 上層の何度も通った道を、全員で警戒しながら歩いていく。

 ファティナを見ると、彼女も念のためか剣を抜いて警戒しながら歩いている。


 そうしてどれくらいの時間歩いただろうか。


 気付けば、モンスターに一度も出会わないまま階段を下りた先の空洞まで来てしまっていた。


 空洞の中の森にはモンスターはおらず、最初に来た時と同じように平和だった。


「なんだ、拍子抜けだな!」

「ホントにな! ついでだから、ここで休憩しておいたほうがいいだろうな」


(今度は逆にモンスターがいなくなってしまったな)


 いなくなる分には平和でいいのだが、ダンジョンといえばモンスターとセットのようなものなので違和感が拭えなかった。


「アーク様、私達も休憩しませんか?」


 ファティナがそう声を掛けてきたので、こちらも森の中に腰を下ろしてしばし休むことにしたのだった。

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