第十七話 中層への合同調査
キメラを討伐してから一週間あまりが経った。
俺とファティナは数日振りに、ボルタナの冒険者ギルドを訪れた。
以前の宴の跡はすっかり消え去っており、ギルドは相変わらずいつも通り数多くの冒険者を相手にして営業をしていた。
別の町に行った時に、ここでギルドの職員と冒険者達が夜通し酒を飲んでいたなどと言ったらどんな顔をされるだろうか。
俺はここしばらくの間、ずっとファティナと一緒に地上でモンスターを退治していた。
地上のモンスターでは恐らくもうスキルレベルは上がらない。
そのため、まだレベルが上がる可能性があったファティナに倒してもらうことにした。
ファティナの村は今、町から送られてくる人員と資材によって急速に復興しているそうだ。
キメラを倒した後、この辺りのモンスターの数は大きく減ったらしい。
そのお陰で懸念だった周辺の移動も襲われることなくできるようになり、復興速度も一気に上がったという。
これまででは考えられないような話だが、東の森で夜にキャンプをしても安全なぐらいになったのだとか。
当のファティナはといえば、村で手伝いをするよりもモンスターを退治していたほうが貢献できるからという理由で俺と一緒に行動していた。
俺としても特に拒む理由はないし、今のところ地上にいるモンスターを倒すことしかできなかったので問題はなかった。
ちなみに何故地上でモンスター退治をしているのかと言うと、今は東のダンジョンに入ることができないからであり、それには理由があった。
あまりにも予測不能な事態が発生し過ぎたため、しばらくの間、東のダンジョンが封鎖されることになってしまったからだ。
何でも、無暗にダンジョンで何かをしてまた同じことが起きるのを避けるための措置だそうだ。
またキメラと同じような強さのモンスターが町を襲ってきたら大変なので、これは仕方ないかもしれない。
今回の事件については冒険者ギルドだけでなくクレティアの王国騎士団も調査を行っているらしいので、クレティア国王の耳にも入ったようだ。
「あら、こんにちは。アークさん、ファティナさん」
カウンターの前に立つと、受付嬢がこちらに気付いたようで話しかけてきた。
「こんにちは! エリヴィラさん!」
ファティナが挨拶をした。いつの間に受付嬢から名前を聞いたのだろうか。
「本日はどのようなご用件ですか?」
「ファティナのレベルを確認したいので、水晶玉を使わせて欲しい」
「かしこまりました。それでは冒険者登録の時と同じように、水晶に手をかざしていただけますか」
「はいっ」
ファティナが手をかざすと、登録時と同様に紙に文字が記されていく。
受付嬢は紙を眺めた。
「まあ、ファティナさんのレベルはもう30ですね」
「うーん、結構モンスターを倒したと思ったんですけど、まだまだ100までは遠いですね」
「でも、全員レベル30まで上がっているパーティだと大体Cランクのモンスターが一体だけなら倒せる腕前があるということになりますからね。それに【剣聖】のスキルがあれば、もっと格上のモンスターも倒せるはずですよ。アークさんと一緒であれば、中層に行っても問題ないでしょう」
「はいっ! これからも頑張ります!」
予想していた以上にファティナの成長は早いようだ。
もしかしたら、【成長補正】のスキルにはレベルアップが早くなるような仕組みもあるのかもしれない。
「それともう一つ、東のダンジョンの封鎖についてその後の状況を聞きたいんだが、何か進展があれば教えて欲しい」
「実はそのことについて、丁度アークさん達にも声を掛けようと思っていたところなんですよ」
「私たちに、ですか?」
ファティナが自分の顔を指差しながら首を傾げる。
「この度、クレティア王国と冒険者ギルドとの話し合いにおいて、東のダンジョンの状況を調査するため調査隊を派遣することになりました。調査隊は、複数の冒険者パーティによって結成されるものとなります」
「バラバラにではなく、皆で一緒に行くっていうことですね」
「ええ、そうですね。ただパーティの数が多くなることが予想されますので、モンスターから得られる素材の入手量は少なめになると思いますよ」
今回のような合同での調査依頼というのは、新しいダンジョンが発見された時ぐらいにしか発行されない珍しいものだと聞いていた。
「この依頼はギルドから発行されたものなのか?」
「いえ、クレティア王国から正式に発行されたものになります。既に達成報酬分はもらっておりますのでご安心ください」
クレティア王国も何が起こるか分からないダンジョンをこのまま放置しておけないと考えたのだろうか。
だが兵士の数が足りないので、その分冒険者を使うことにした、ということか。
「分かった。詳細を教えて欲しい」
俺がそう告げると、受付嬢は横に積んである紙束から一枚を取り出してカウンターに置いた。
「それではご説明しますね。今回の依頼における目的は、東のダンジョンにおける地上から中層入口までのルート上の安全確保です。途中遭遇するモンスターは討伐対象となります。参加は最大三十人までで、報酬は一人につき金貨三枚です。モンスターの素材は倒したパーティのものとなります。ランク制限はありません」
一人あたり金貨三枚をもらえるという点だけを見れば割の良い仕事に見えなくもない。
だが封鎖される前、確かあそこは上層なのに中層のモンスターが現れる危険地帯と化していたはずだ。
「じゃあ、何も無ければ行くだけで金貨がもらえるということなんですか?」
「そうなりますね。でも、あのキメラとモンスターの大群が現れた後ですから。何が起こるかは我々ギルドとしても予測がつかないのです。ですので、参加される場合には十分に気を付けてくださいね」
俺は差し出された依頼の紙を手に取って眺める。
受付嬢の言う通り、この依頼で最も厄介なのは何が起きるか分からないというところだ。
それを見越しての金貨三枚なのだろう。
だが、危険だからといってここでこうしていても始まらないというのもまた事実だった。
クレティア王国内のダンジョンは他にも北に一つ、そして西に一つ存在する。
だがどちらも東のダンジョンに比べるとボルタナから少し距離がある。西のダンジョンに至っては別の町を拠点にした方が近いくらいだ。
もしもまだ封鎖が解けないようであれば、西の町に移動するのも手かもしれない。
「説明は以上となります。もしもアークさんとファティナさんが一緒に参加していただけますとギルドとしましては大変助かります」
「分かった、その依頼を受けよう。参加させて欲しい」
「私も参加します!」
「ファティナはダンジョンに行っても大丈夫なのか?」
「えっ?」
受付嬢ではなく、何故かファティナが驚いた。
「村を襲ったキメラの討伐は終わったし、復興も始まった。つまり、もうファティナにはそこまでして戦う理由がないだろう」
「そ、それはそうなんですけど……」
元々彼女から言われたのは、あくまでキメラを倒すのを手伝って欲しいというところまでだ。
確かに彼女にはキメラ戦で助けてもらった。だからと言ってこれから先の戦いに巻き込む理由はないだろう。
「ええとですね……やっぱりまだ何か起こるかもしれないので、調べた方がいいと思うんです。あのダンジョンのことを」
ファティナの言うことももっともだった。
キメラを退けたからといって、もう次にダンジョンから何かが現れないという保証はどこにもない。
「それに、またキメラと同じように魔術が効かないモンスターが現れた時には私が協力しますから!」
痛いところを突かれてしまった。
「ありがとうございます。それではアークさんとファティナさんは参加ということで連絡しておきますね」
俺達は依頼書にサインをすると、受付嬢はそれを机の中にしまった。
「メンバーが揃い次第出発となりますので、その時はまた声を掛けますね」
「はいっ! よろしくお願いします!」
二人はカウンターの上で握手を交わした。
いつの間にこんなに親しくなったのだろうか?