第十五話 忘れた信頼
「アーク様! あのモンスターです!」
ファティナが俺の傍に来て、黒いキメラを指で指し示す。
雰囲気からして間違いない、あれは夜の森でファティナを襲ったモンスターだった。
キメラは咆哮の後、前にいるモンスターすらも蹴散らしながらこちらに向かって一直線に走ってくる。
「気をつけろ! あいつが指揮官のモンスターだ! 戦える者は奴を集中して狙え!」
ガストンが叫ぶが、彼を含めすぐ後ろにいる冒険者達は今はまだ他のモンスターを倒すことに手いっぱいのようだ。
俺はモンスターの群れをかき分けながら、キメラの下へと走る。
奴さえ止めればこの戦いは終わるのだ。
それにこれだけのモンスターの数だ。長く戦闘が続けばガストン達も疲弊しきってしまうに違いない。
それに、ファティナはキメラには魔術が効かなかったと言っていたが、俺の即死魔術ならばもしかしたら有効かもしれない。
即死魔術には成功確率という通常の魔術にはない制約があるが、決まれば一撃だ。
俺はただ、その一撃を見舞うことだけを考えればいい。
『ガオオオオオオッ!!』
キメラの獅子頭は走ってきた勢いを殺さずに、俺へと飛び掛かってくる。
だが、俺はそれを見越して先に後方に飛んで距離を取る。
キメラはその巨体に反して動作は俊敏だ。
奴が動いた後に反応していたらやられてしまう。
回避するためには、奴の背中を取るように動き続けなければならない。
すると、キメラはこちらへと向き直り、獅子頭が目の前に現れた。
俺は左腕をキメラに向けて突き出し、即死魔術を発動させる。
目の前にいる今ならば、十分に魔術の有効範囲内だ。
「《クアドラプル・デス》」
俺は『クアドラプル』の能力を発動させ四倍撃となった《デス》を獅子頭に目掛けて放つ。
手の平から放たれた大量のドクロを含んだ漆黒の波動は、一直線に目標へと向かう。
恐らくあの夜の森でこのキメラと出会った時は、蛇に即死魔術が効いた。
だから尻尾に位置するあの蛇だけがアンデッド化したのだ。
ということは、魔術の無効化は常にではない。
発動には何らかの条件があるはず。
『メエェェェ……!!』
その時、キメラの背中にある山羊頭が突然鳴き声を発した。
その途端、奴の周囲に紫色の壁のようなものが現れ、《デス》はそれに阻まれて立ち消えた。
(本当に立ち消えたな)
すかさず反撃に移ったキメラの前足による薙ぎ払いを走ってかわす。
今の動きから、どういう原理で魔術が効かないのか大体推察ができた。
あの山羊頭の鳴き声が、魔術を通さない障壁を作り出しているのだ。
実際、尻尾の蛇を倒した時にはあの鳴き声は聞こえなかった。
ならば、どうすれば即死魔術が通るのかは簡単だ。
「死角、か……」
つまり、山羊頭がこちらを向いていない時であれば魔術を防御されることはないはず。
キメラの動きは猛獣さながらに荒々しいが、一撃を見舞うことができればこの騒動を終わらせることができるはずだ。
横に回り込み、再度、《デス》を放つ。
「《クアドラプル・デス》」
『メエェェェ……』
だが俺の行動を警戒していたのか、すぐに山羊がこちらを向いて鳴いた。
再び障壁が現れ、《デス》はまたしても消えた。
「アーク様、やはりあのモンスターには魔術は効かないようです!」
ファティナが言っていた通り、このままでは即死魔術は通らないだろう。
「炎よ、我が敵を焼き尽くせ──《ファイア》!!」
近くにいた冒険者の魔術師が、キメラに向けて炎の魔術を放つ。
放たれた大きな炎は、キメラの胴体目掛けて飛んでいく。
『メゲゲェェェェェ!!』
先程と同じように山羊の頭が鳴き声を発すると、炎の魔術が体に当たる直前に掻き消えた。
『シャアアアアアッ!!』
「なっ!? うわあああああっ!」
アンデッド化した蛇の胴によって魔術師が薙ぎ払われ、吹き飛ばされる。
「クソッ! あのキメラ、魔術が効かないのかよ!」
近くにいた冒険者がキメラを見ながら叫ぶ。
一匹のモンスターを相手にしているはずなのに、まるで複数と戦っているような違和感を覚えた。
体に少しずつ疲労が溜まってきているのを感じる。
《クアドラプル》は効果の説明にもあったように、多くの魔力を消耗する。
はっきりと記載はされていなかったが、多分、四倍どころではないのだろう。
何か、奴を倒す手段をすぐに考えなければならない。
「アーク様!」
ファティナが周囲のモンスターを倒しながら、俺の下へと再びやってくる。
「アーク様、何でも一人で解決しようとしていませんか?」
「え?」
ファティナが俺の目の前で急にそんなことを言い出した。
「私たちはパーティです。どんな時も、一人で解決しようとする必要なんてないんです。私にできることがあれば何でも言ってください」
別にそういうつもりではなかったのだが、今まで俺はそんな風にファティナから見られていたのだろうか?
「……恐らく、あの山羊の頭が魔術を防御している張本人だ。あれを何とかすることができれば、キメラに即死魔術が通るようになるかもしれない」
俺の言葉に、ファティナは大きく頷いた。
「分かりました。では、少しの間あのモンスターを引き付けておいてください!」
「待て、一体何をする気だ?」
ファティナはそれだけ言ってモンスターの群れの中を突き進みながら、キメラの背中側へと陣取った。
彼女が何をしようとしているは分からない。
だが他に方法が無い以上、今は彼女を信じてみるしかなかった。
「俺はこっちだ! 《デス》!!」
キメラの至近距離で《デス》を使用する。
『メゲェェッ!!』
再び山羊頭が鳴き、即死魔術が打ち消される。
「はあああっ!」
しかしその直後、山羊の頭のすぐ後ろにはファティナがいた。
奴が魔術を打ち消した隙に、キメラの背中に上っていたようだ。
なんという無茶を思いつくものだ。
そして彼女は、山羊頭の首元にその手に持つ銀の剣を深々と突き刺した。
『メゲゲゲゲーーーッ!!!』
山羊頭は首を激しく振りながら抵抗するが、剣はしっかりと刺さっているため抜けることはない。
やがて、山羊頭はぐったりとしたまま動かなくなった。
今この瞬間から、奴は魔術を防ぐことができなくなった。
ファティナのお陰で、即死魔術のための道が開かれたのだ。
「《クアドラプル・デス》」
俺が放った即死魔術は暴れまわる獅子頭へと入り込み、そして消えた。
『ゴアアアアアア!!』
シャドウキメラはその場で苦しそうにのたうち回り、やがてその巨体が横倒しになると、地面が揺れた。アンデッド化していた蛇の体は形を維持できなくなり、バラバラになって地面へとばらまかれた。
それからしばらくして、辺りにいたすべてのモンスター達が行動を停止し、光の粒子となって宙へと消えていく。
「た、倒したのか……あのキメラを……」
ガストンが大きく目を見開き、地面に倒れたキメラの巨体を見つめながら呟いた。
『スキルレベルがアップしました。ポイントを割り振ってください』
レベルアップのメッセージが表示されたので、指をスライドさせて消す。
『特殊なモンスターを倒したことにより、新たな能力を獲得しました。ステータスを表示します』
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【基本ステータス】
名前:アーク
職業:魔術師
レベル:1
HP:8075/8075
MP:5080/5080
攻撃:2530
防御:2308
体力:2280
速さ:2470
知性:2180
【所有スキル】
・即死魔術 Lv30
【所有能力】
・魔力消費半減 Lv1
・有効範囲アップ Lv1
・成功確率アップ Lv2
・死者の棺
・魂の回収
・クアドラプル
・マルチプルチャント
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眼前に、俺にしか見えないステータスと能力一覧のボードが表示された。
右下の枠には、スケルトンオーガのすぐ右横にキメラの獅子の顔に似たシンボルが追加された。
『マルチプルチャント:シャドウキメラから得た能力。一度の詠唱で即死魔術の対象を複数取ることができるようになる。対象の数の分だけ魔力を消費する』
シャドウキメラを倒したことにより、新たなスキルを獲得した。
今までは一体ずつに即死魔術をかける必要があったが、この能力があればこれからは一度で複数のモンスターを対象にとることができるようになるだろう。
辺りからは、歓声が響き渡った。
『やったぜ! モンスターどもが消えやがったっ!』
『勝ったんだ! 俺達!』
『町も無事だ! やったぞ!』
「アーク様! ついにやりましたね!」
ファティナが俺へと駆け寄り、笑顔で言う。
「どうやらそのようだ」
キメラを討伐したことで、この戦いがようやく終わりを迎えたのだった。