第十三話 ダンジョンの異変
「はあっ!」
『ギオオッ!!』
ファティナが手に持つ銀の剣を振り抜くと、ゴブリンがまた一匹ダンジョンの地面へと倒れた。
『ギギギィィィッ!』
続けざまにゴブリン達が一斉に彼女へ向かって襲いかかるが、それをまるですべて見切っているかように攻撃を避けながら効率良く次々に斬り伏せていく。
今日初めて剣を握ったとは到底思えないほどの鮮やかさだった。
これが【剣聖】のスキルの効果なのだろう。
類稀なる才能、と言われても納得できた。
「《デス》」
『ギッ!?』
俺の放った即死魔術により、最後に残ったゴブリンが倒れた。
「ふう……終わりましたね」
ファティナが剣を鞘に納めながら息を吐いた。
俺達は念のため森に入らないよう大きく迂回して東のダンジョンに入った。
レベル上げをするならやはり森の中を歩くよりもダンジョンの方が効率が良い。
店主から聞いた話によれば、不思議なことにファティナの村が襲われた後、あのモンスターには誰一人遭遇しておらず、そういう報告も上がっていないという。
忽然と、どこかに消え去ってしまったのだ。
一体どこに消えたのかわからないが、あれだけのモンスターが逆に捕捉できていないということのほうが危険なので、現在はクレティアの兵士達と冒険者ギルドが共同で捜索を行っているらしい。
「それにしても、本当にアーク様は一撃でモンスターを倒せるんですね」
ファティナはボルタナの町で着ていたような普段着姿ではなく、今は厚手の服の上から銀色の小手とブレストプレートを身に付けた姿になっている。
まだレベル1なのでまだこの装備は重いのではないかと思ったが、店主はすぐにレベルが上がるだろうから気にしなくていいと言っていた。
「耐性を持っている相手には効きにくかったり色々と条件はあるが、成功すれば今のところは一撃のようだ」
俺はここに来る途中、ファティナに自分のスキルについて包み隠さず説明をした。
スキルのレベルがアップすること、ポイントを消費して新たな能力を得ることができるということなど。
パーティを組むにあたり、その辺を説明しておいたほうが良いと思ったからだ。
ファティナは特に驚く様子もなく、『変わった能力なんですね!』と言うだけだった。
(人に話さないほうがいいと思っていたのは、俺の考え過ぎだったのだろうか)
「あ、そういえばなんだか途中で体が軽くなってきて元気になりましたけど何でしょうか?」
「それは多分レベルアップだな。俺もスキルレベルが上がった時にそうなるから」
「では、これを続けていけば強くなれるんですね!」
今日の目的はあくまでファティナのレベル上げだ。
モンスターは本人が倒さないとレベルが上がらないため、俺はあくまでサポート役に徹することにしよう。
それにしても、ファティナにこれだけの能力があるとは思わなかった。
これでは上層のモンスターでは彼女の相手にならないだろう。
となると、次は中層を目指すべきだろうか?
「それにしても、ダンジョンってモンスターが多いですね!」
ファティナが服に付いた埃を払いながら言った。
実は俺も気にはなっていた。
(おかしい、モンスターの数が明らかに多い)
ダンジョンに入ってすぐに現れたのは、ゴブリン二十体。
俺が初めて訪れた時の二倍だ。
ダンジョンに行くのは俺達だけではない、他にも多くの冒険者パーティが入っているはず。
それなのに、いったいどこからこれほどの数が湧いて出てきたのか不思議だ。
「……ん? 変だな」
「アーク様、どうかしましたか?」
「いや、ゴブリンの数が合わない」
何故か地面に残っているのは七体ほどだった。
俺は『死者の棺』を使用していないし、ファティナが何かするはずもない。
つまり、残りはどこかに消えてしまったということになる。
(どういうことだ……?)
「アーク様、この先から誰かの叫んでいるような声や物音が聞こえます」
ファティナがそう言いながらダンジョンの更に奥を指し示す。
「声? 何も聞こえないが」
「狼人族は耳が良いんです。あ、また聞こえました」
ファティナが真っ白な獣毛に覆われた耳を動かしながら言う。
ここからは、以前訪れた安全地帯まではほぼ一直線だ。
別のパーティが戦っているのだろうか。
「よし、行こう」
「はいっ!」
俺達は走ってダンジョンの道を奥へと進む。
そしてしばらくすると、先の方から人の声と何かがぶつかり合うような音が聞こえてきた。
最初に見えたのは、オークだった。
ただし数匹どころではない。
全部で三十体以上はいるのではないだろうか。
ぞろぞろと集まっているオーク達の視線の先、その中心にはそれぞれ武器を持った四人組の冒険者パーティがいた。
『なんでこんなに数が多いんだよッ!』
『クソッ! これじゃあキリがないぞ!』
『密集陣形で各個撃破していくぞ! 全員離れるなよ!』
腰に差していたブロードソードを抜き放ち、オーク達の群れに切り込む。
補助武器として店主からもらったものだ。
「《デス》」
『グブォォッ!!』
即死魔術を放ちながら、それとあわせてブロードソードで別のオークを倒す。
『グアアアッ!!』
俺にはファティナの持つような剣を上手く扱えるスキルはないが、オークに対してであればステータスに差があるため斬りつけるだけでも十分にダメージを与えることができる。
ブロードソードでモンスターを倒した場合、『魂の回収』の効果は発動しない。
だが、一匹一匹に即死魔術をかけていては時間がかかりすぎるので、今回は走り抜けながら斬った方が早いだろう。
「はっ!」
ファティナも戸惑うことなくオークの群れに斬りかかっていく。倒すごとに、動きにキレが出てきているように見える。
二人でオークの集団を斬り進んでいく。
そうして他の冒険者達と共になんとかオーク達をすべて殲滅することができた。
「大丈夫か?」
俺が声を掛けると、四人は持っていた武器を地面に落としその場にへたり込んでうなだれた。
「た、助かった……あっ! あんたは確か、ギルドで……!」
ギルドで俺を見たということは、冒険者登録の時の事だろうか。
ほんの数日前の出来事なのに、すっかり過去のことのように思えた。
「う、うう……すまねぇ! 俺はあの時、あんたのことを最弱冒険者なんて笑って……!」
男はその場で涙を流しながら謝罪をしてきた。
「俺はもう気にしていない。だからそっちも気にするな」
「ううっ……本当にすまねえ!」
「ところで、どうしてオークがあんなにいたんだ?」
「わ、わからない……いきなりダンジョンの壁から現れるようにオークがうじゃうじゃ湧いてきたんだ」
別の鎧姿の冒険者がそう返してきた。
壁からモンスターが湧く?
ふと地面を見ると、やはり倒れている数はさっきよりも少なかった。先程のゴブリン達と同じだ。
ということは、ダンジョン自体がモンスターを生成しているということなのだろうか。
だとしても、今までそんなことはなかったはず。
「何か様子がおかしい。とりあえずここを出たほうがいい。歩けるか?」
「ああ、大丈夫だ。そうさせてもらう。皆、行こう」
冒険者達はダンジョンの出口に向かって走りだした。
俺達はその後姿を見送った。
「他にも冒険者が残っているかもしれない。この先に安全な場所があるから、そこまで行こう」
「わかりました!」
道の先にある階段を降り、安全地帯である空洞の森へと入る。
『まずい! 逃げろ!』
『なんでオーガがいるんだッ!?』
そこには赤い筋肉質の巨体に短い角を生やしたモンスター、上層には出現しないはずのオーガと、逃げ惑う冒険者達がいた。
やはり中層のモンスターは上層の安全地帯でも行動可能なようだ。
『ガアアアアッ!!』
オーガはその場にいた冒険者達に向けて拳で殴りつけようと近づいてくる。
冒険者達はひたすらにそれを避けながら逃げ回っていた。
「私が行きます!」
ファティナが剣を抜き、オーガへと迫る。
そして走りながら奴の足首を斬りつけた。
『グオオオオッ!!』
すると、痛みのあまりかオーガがその場に膝をついた。
ファティナはオーガの体を足場にして一気に駆け上がると、その眉間に銀の剣を突き刺した。
オーガは言葉を発することなくその場に倒れ込み、ぴくりとも動かなくなった。
冒険者になったばかりだというのに、もうCランクのオーガが倒せるとは凄まじい速さの成長だった。
【剣聖】と、【成長補正】のステータス上昇によるものだろう。
「た、助かったよ! ありがとう!」
「とにかくこのダンジョンは危険だ。今すぐに出た方がいい」
「あ、ああ! 本当にありがとう!」
冒険者達は、負傷した仲間達と外へと歩き出した。
「アーク様、私達はどうしますか?」
「俺達も一旦戻ろう。このままだとレベル上げどころじゃないしな」
このダンジョンで、いや、ボルタナで何かが起ころうとしている。
嫌な予感がしながらも、俺達は一時的に町へと帰還することにしたのだった。