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第十二話 VSアベラントキメラ

 地下庭園に向かうため、東の森を行軍する。


 集められた兵士の数は百を超えていて、こんなに大規模な軍隊を見たのは初めてだった。これだけいればモンスターの対処に困ることはなさそうだ。


 兵隊に守られるように隊列の中央を歩く。すぐ目の前にはバートン卿と呼ばれていた初老の騎士がいて、警戒を続けている。


 しばらくすると、前に見た気味の悪い印が付けられた地点までやってきた。


「獣人の巡回はいないようです」

「このまま進め。警戒を怠るな」


 兵士がやってきて、バートン卿に伝えた。

 どうやらあの模様は獣人が描いたものだったらしい。

 これ以上先に進むなという警告なのだろうか。


「怖いかね」


 バートン卿に声を掛けられる。


「少しだけ。ですが一度来ていますし、今回は騎士様もおられます」

「そうだったな。エントランスエリアでリタの日記を見つけたそうだが」


 ここに来る途中、日記から得られたという様々な話を聞いた。

 日記の持ち主であるリタ・エルラハージは錬金術師ギルドの長の娘であり、かつては王都セイラムで暮らしていたらしい。階級的には貴族で、裕福な家の子息が集う学校に通っていた。


 彼女がなぜ地下庭園で亡くなっていたのかは不明だが……今は考えても仕方がない。


 日記によれば、地下庭園は三つの区画に分かれているという。

 隠し部屋があった広場がエントランスエリアと呼ばれる場所で、その下にあるのが植物研究エリア、さらに下には礼拝街エリアが存在している。特に礼拝街エリアについては冒険者を含め、足を踏み入れた者はいないのだとか。


「文字は読めるかね」


 バートン卿が丸められた紙束を差し出してきた。


「はい、大丈夫です」

「地下庭園に関係していそうな解読部分をいくらか持ってきた。隠し道を見つける手掛かりになるかもしれん」

「ありがとうございます。次もまた幸運に恵まれるとよいのですが」


 過度に期待させることは得策ではない。

 そう何度もリーンが活躍できるという保証はどこにもないし、当の本人ですらどういう理屈か分かっていないのだから。


「だがこれまで一向に成果が得られなかった調査が急に進んだのだ。期待が高まるのも無理はないと思わんかね」

「まあ、そうですね」

「モンスターが増えた原因については早急に調べる必要がある。領民の命がかかっているのだ。私としても年端もいかぬ者を巻き込むのは心苦しいのだが、今回ばかりはよろしく頼む」

「善処します」


 そうとしか答えようのない雰囲気だった。

 言いたかったことの半分も伝えられていない。


 仕方なく受け取った紙束を最初から読み始めると、リーンも興味があるのか覗き込んできた。

 ウォレスによって解読された一部の写しらしい。


『今度の休みにエヴラールの地下庭園に行くことになった。庭園は【七賢者(セブン・ワイズ)】の一人である賢老エヴラール様によって最近建てられた神殿で、学院でもよく話題に上がる人気の場所だ。最初は私とシャディヤ、ライアスの三人で行く予定だったけれど、シャディヤがロディという男子生徒を誘った。ロディくんは【F】クラスの学生で、いわゆる平民出身の魔術師候補生だ。黒い髪はボサボサで、黒縁眼鏡も全然お洒落じゃない。おまけにやたらと軽薄な感じがする。だけど、ホムンクルスであるシャディヤにも普通の人と同じように接してくれるのは本当によかった。これからも妹と仲良くしてくれたら嬉しいな』


 読むだけ無駄のように感じられる文章だ。

 地下庭園の話は少しだけ出てくるが、大半が無関係だった。


「幸せそうね」

「衣食住が満ち足りた暮らしをすると、こういうものを書く余裕が生まれるらしい」


 続きを読もうとしたが、リーンが木の根に足を引っ掛けて転びそうになったので止めた。残りは中に入って調査が始まってからにしよう。


 そうしていくらか進むと、地下庭園に到着した。


「……?」


 奥の暗闇から得体の知れない気配を感じる。

 洞穴から吹いてくる生温い風を肌で感じるたびに身震いした。前に来た時にも恐怖感はあったが今回は更に酷い。

 本当に、このまま進んでよいのだろうか……。


 そうこうしているうちに、バートン卿と騎士達が集まって何事かを少し話した後、再度行軍が始まってしまった。

 元々選択権など無いようなものなので、結局流れに身を任せるしかなかった。


 相変わらずの暗い通路に足を踏み入れる。

 松明やランタンが十分に用意されていたので、この前来た時よりもずっと明るい。

 安堵していると急に兵士達の動きが止まった。先頭の方からモンスターの雄叫びが聞こえたかと思うと、すぐに静まる。

 この人数だ。モンスターに遭遇しても即座に処理できるだろう。


 そんな調子で戦闘を繰り返しながら進むと、通路の先が明るくなっていく。エントランスエリアに着いたのだ。

 聞いた話では、このエリアにはモンスターは入ってこないらしい。前に冒険者達が休んでいたことからも事実のようだ。


「後続部隊も続け! 一気に掃討しろ!」


 突然周囲が慌ただしくなる。何が起きたのかと見てみると、安全なはずの広場にはモンスターが跋扈していた。ゴブリンどころか巨人のような姿のモンスターまでいる。


 あちこちで戦闘が始まり、エントランスエリアは瞬く間に戦場と化した。


「私から離れぬように」


 バートン卿が剣を引き抜き、俺達を誘導する。

 軍人らしく、想定外の事態であっても動揺するような素振りは見せていない。


 少し先ではガストンやソフィアが部下の兵士達と一緒になってモンスターと戦っていた。日頃から訓練しているのか、どちらも動きに躊躇がなく一撃のもとに斬り伏せていく。


 案内されて森の中に隠れた俺達は、身を寄せ合いながらその光景を見ていることしかできなかった。その一方で兵士達は統率の取れた動きで驚くほど速くモンスター達を倒している。事が済むのも時間の問題に思えた。


「これほどの規模だ。どこかに群れの長がいるはずだが……む!?」


 優勢に見えて気が緩んだ直後だった。広場の奥で、大きな黒い何かが走り回っているのが見えた。

 そいつは大きく跳躍すると、俺達のすぐ近くに着地した。

 足下の地面が大きく揺れると、リーンがより強く腕にしがみついてきた。


「こやつが長か!!」


 バートン卿を挟んで対面に、奇妙な獣が姿を現す。

 全身は真っ黒。狼の頭に胴体、背には山羊の頭がさらに生え、尻尾は蛇。そして何よりも恐ろしいのは、その形相だ。


 全部の頭が長い舌を出したままにしていて、眼球はまるで後から顔に縫い付けたかのように飛び出している。生物の出来損ないとでも表現するのが相応しい異常さだった。


『ゲヘェヘェ……』

『メゲギギ』

『シャ、シャ』


 三つの頭は、開きっぱなしの口から絶えず涎を垂れ流しながら気味の悪い声を発している。


「キメラ型……しかしなんと面妖な」

「アーク! 気を付けろ!」


 駆けつけたガストンがキメラの脇腹めがけて剣で突きを放つ。だがキメラはその巨体に似合わず軽やかにステップを踏むようにして避けた。


「ぬんっ!」


 続けざまにバートン卿が接近し、剣を振り下ろす。しかし尻尾の蛇が胴体を鞭のように動かして、その一撃をたやすく弾いてしまう。生物とは思えない硬さだ。


「バートン様!」


 別の騎士が兵士達を連れて加勢に入る。

 キメラを囲い込み、一気に仕留めるつもりのようだ。


「逃がすな! 一斉にかかれ!」

「待て! 早まるな!」


 何かを察知したバートン卿が呼び止めるが、兵士達は無視して突撃していく。


『ゲエエエエエェ───!!』


 山羊頭が広場中に響くほどの叫び声を上げると、その頭上に青白く発光する複雑な紋様が浮かび上がった。全ての頭の目が赤い光を帯びる。


「危ない!」


 何か嫌な予感がして、リーンを抱きしめる。

 ほんの一瞬だけ、キメラから生暖かい空気が流れ出たような気がした。でもそれだけだ。バートン卿達にも特に変化は見受けられない。


「化け物め!!」


 再び動き出した騎士が剣を振り下ろした。

 すぐ隣にいた兵士に向かって。


「ぎゃあっ!」


 斬りつけられた兵士が地面に倒れると、騎士は別の兵士に向かって走っていく。


「な、何をしている!?」


 その様子を見ていたバートン卿が驚きの声を発する。兵士達はなぜかモンスターではなく、人間を相手に殺し合っていた。原因はあのキメラ以外に考えられない。


「おい! 正気に戻れ!」


 叫ぶガストンにキメラが飛びかかる。ガストンは持っていた盾で狼頭に嚙み砕かれるのを防いだが、そのまま押し倒されてしまった。


「クソっ! 離れろ!!」

「ガストン!」


 バートン卿が走り出そうとしたその時、二人の間に予想外の人物が飛び込んでくる。


「この先には行かせないわ」


 最悪のタイミングで現れたのはファティナだった。

 こんな滅茶苦茶な状況だというのに、落ち着き払った様子でバートン卿と対峙している。


「ベオルースの獣人剣士……まさかこの騒動は貴様の差し金か?」

「違うけど好きに思えばいい。この場所には足を踏み入れないよう警告していたはず」

「貴様らにそのような権利は与えられていない」

「このままでは全滅するだけ。誰も得をしない」


 ファティナがガストンの方をちらりと見た。

 ガストンは襲い掛かる狼頭の牙を必死に盾で押しのけ足掻いていた。そう長くは持ち堪えられそうにない。このまま放っておいたら死んでしまう。


「今は言い争ってる場合じゃないだろう! 早くあの人を助けてくれ!」

「助けたとして、貴方は私に何をしてくれるの?」

「な──」

「貴方が私の奴隷になって一生尽くすと約束するなら考えなくもない。どうする?」

「アーク、この女に何を言っても無駄よ。頭がおかしいもの」

「次に何か喋ったら本当に殺す。お前は私の気まぐれで生かされているに過ぎない」

「貴様に構っている暇はない! そこをどけ!」

「撤退か全滅か、好きな方を選ばせてあげる」

「ならば押し通るまでだ!」

「やってみれば?」


 バートン卿がファティナに激しく斬りかかるが、彼女は剣で受けることもせず最小限の動きでかわしていく。まるで最初から相手の動きを何もかも予測できているかのようで、戦いになっていない。彼女が使う見えない斬撃を放たれたら、バートン卿は確実に殺されてしまう。


 言葉では説得できそうにない。

 何かないのか。俺達にもできることが。


 ──文字は読めるかね。地下庭園に関係していそうな解読部分をいくらか持ってきた。


 バートン卿の言葉を思い出し、紙束を見つめる。

 リタの日記だけが最後の希望だ。この状況を覆すような内容が書かれていることに期待するしかない。戦う力を持たない俺達にできることはそれだけだ。


「リーン。紙束の半分を渡すから、このエリアに関する情報があったらすぐに知らせてくれ」

「今のうちに逃げたほうがいいんじゃない?」

「それは最終手段だ」


 リーンと紙束を分け、集中して一気に読んでいく。片手しか使えないので読み終わったものは地面に落とす。


『夜の礼拝堂で巫女様を見たという噂が──』


 違う。


『父さんは教団が並行して進めている計画の──』


 これも違う。


『今日はとても悲しいことが──』


 どれも今必要な情報じゃない。

 このままでは全員死んでしまう。

 頼むからあってくれ!


 そう強く願いながら、読み続けたところで。


『地下庭園は複雑な中央演算術式を介して各エリアの機能を制御していた。緊急時には外敵を排除するための機構も備わっていて、避難所としても利用できる。その制御部分はエントランスエリアの中心部に位置する大樹だというのも凝っている。自己修復機能により、外部から魔力を与えればどんなに月日が経っても施設が維持できるように設計されているのだとか。エヴラール様以外だと、アスタル様や巫女様だけが特別に操作を許可されているみたい』


「あった!」


 エントランスエリアにモンスターが入ってこなかった理由は、元々この施設に外敵を排除する仕組みが用意されていたからだ。しかし、その機能が何らかの理由で停止してしまった。

 もしも自己修復機能とやらを動かすことができれば、モンスターをどうにかできるかもしれない。


 周囲を見回し、一際大きな樹を探す。走ればそう遠くない距離に大木が存在していた。恐らくあれが制御部分だ。


「リーン、試したいことがある。走れるか?」

「具体的には?」

「あそこにある大樹がモンスターの侵入を阻んでいたらしいが、今は止まっている。リーンが触ればまた動き出すかもしれない」

「触ればいいだけ?」

「違うかもしれないが、やってみるしかない」

「分かったわ。行きましょう」


 リーンの手を取り、走り出す。

 途中ですれ違ったファティナが驚いたような表情でこちらを見ていたが、斬られないように祈りながら走り抜ける。


 大樹の太い幹が、手を伸ばせば触れられる距離まで近付く。


「今だ!」


 リーンが木に両手で触ると、すぐ目の前に薄緑色の紋様が現れた。


「頼む──」


 紋様から生じた無数の線が、枝葉を伝って広場の地面に流れ落ちていく。

 頭上の太陽のような物体はより輝きを増し、辺り一帯が朝のように明るくなる。それと同時に淡い光が外に向かって広がっていった。


『ギャウ!!!』


 ガストンに覆い被さっていたキメラが短く吠え、後方に大きく飛び退く。再び襲い掛かろうとするも、広がり続ける光にぶつかるとバチッ、という音を立てて防がれ、また後退した。

 やがて無理だと悟ったのか、キメラは気味の悪い鳴き声を発しながら広場の先の通路へと走り去っていった。


「ハァ、ハァ……」


 ガストンは起き上がることもせず、ただ苦しげに呼吸している。疲労が溜まっているようだが、怪我はなさそうだ。


 広場に残っていたモンスター達が、まるで幻だったかのように光の粒となって消え去っていく。兵士達は争いを止め、呆然と辺りを見回している。

 ついさっき騎士に斬られたはずの兵士が急に起き上がり、不思議そうに自分の体の無事を確かめていた。傷が癒えている。これも地下庭園が本来の機能を取り戻したからなのだろうか。


「余計なことをしてくれたわね」


 不服そうに言いながら、ファティナが倒れているガストンを見た。


「ガストンさん、貴方が優しい人だということは知ってる。でもこのまま進めば間違いなく命を落とすことになる」


 そう言い残すと、彼女はキメラが逃げた通路を瞬く間に走り去っていった。


 あらゆる敵の姿がすっかり消えると、ようやく戦いの終わりを感じて緊張が緩む。


 手の震えが止まらない。

 こんな恐ろしい目に遭ってもなお、先に進まなければいけないのだろうか?

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