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即死と破滅の最弱魔術師  作者: 亜行 蓮
第二章

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第八話

 大急ぎで道を引き返したおかげか、モンスターに遭遇することなく無傷で町に戻ることができた。こんな奇跡は二度と起こりそうにない。もう日が落ちかけているので、すぐにウォレスの店へ向かうことにした。


 リーンは三冊の本を抱えている。装丁はどれも同じで真新しく、古文書と呼ぶほどの貫禄はない。


「三冊全部渡したら、もっとお金を貰えそう」

「見せるのは一冊だけだ。まだ見つかるかもしれないと伝えれば交渉を有利に進められる」

「交渉って? 失敗したらどうするつもりなの?」

「エリックが言うには、アルバートは何年も本を探していたらしい。この好機を逃すとは思えない」


 今の俺達は状況に恵まれている。上手くいけば、冒険者を続ける必要もなくなる。


 裏通りの店に到着すると扉はまだ開いていた。ウォレスが定位置とでも呼べる机の前で、パイプを咥えて分厚い本を読んでいる。俺達の存在に気が付くと、椅子から立ち上がってカウンターまでやってきた。


「アークにリーンか。こんな時間によう来たのう。昼に美味いパンを買ったから、よければ一緒に食わんか」

「ありがとうございます。ですが、先に見て欲しい品物があります」


 手に入れた本のうち、一冊を差し出す。ウォレスは本を受け取り、すぐに開いた。細く皺だらけの指で、文章をなぞっていく。ややあって、ウォレスは顔を上げた。


「どこで手に入れた?」


 その視線と言葉には、疑念が含まれているように思えた。盗品か何かだと考えているのだろうが無理もない。何年も探していた品を、俺達のような新人冒険者がその日のうちにあっさりと用意したのだから。


「盗んだ品ではありません。出所については、アルバートさんに買い取っていただけるならお話しします」

「ううむ……少しだけ待っておれ。確認してみよう」


 ウォレスは唸ってから、机に戻った。別の本を広げ、交互に見比べ始める。突き合わせながら解読を始めたようだ。


「なるほど。この書は──」


 ウォレスの次の言葉を待つ。

 頼むから歴史書であって欲しい。


「日記じゃな」

「に、日記……?」

「若い女性の書いた日記に見える。もう少し読み進めないと詳細は分からんが、少なくとも歴史書の類ではない」


 あまりにも簡単に手に入ったからどこか怪しいとは思っていたが、まさかそんな品だったとは。三冊とも装丁が同じだったのもそれが理由なのか。

 危険な状況を潜り抜けてどうにか持ってきたというのに、徒労に終わってしまった。


「じゃが、内容によっては買い取ってもらえるかもしれん」

「本当ですか?」

「編纂された資料ではないからこそ、正しく記されている可能性もある。アルバート様の求めている答えに近いかもしれん。すぐに解読を始めるから、明日の昼間にでもまた来るとよい」


 二人で深く頭を下げ、店を出る。解読作業に入ったので、邪魔しないほうがよいだろう。

 あの本が歴史書ではなかったことは残念だが、希望はまだ残されている。ダメならもう二冊も渡してみるしかない。

 緊張が途切れたせいか、急に疲れを感じ始めた。腹も減った。


「なんだか一気に疲れたな……」

「今日はすごく頑張ったから。初めてダンジョンまで行ったんだもの」

「また昨日の酒場に行って、何か食べるか」

「うん。良くしてもらったし」


 裏通りの酒場に向かい、食事をとることにした。そこそこ高い物を注文する。豆やベーコンなんかが入ったスープに、大きな丸パン、分厚く切られ焼かれたハム。一人あたり銅貨二十枚かかるが、今日だけは特別だ。

 腹を満たした後は、宿屋で少し上等な部屋を借りた。一泊で銅貨二十五枚だが、ふかふかのベッドだ。何日かぶりに湯を手に入れて体を洗った。疲れていたのか、リーンはベッドに寝転がるとすぐに寝息を立てた。この生活水準を維持し続けることが、俺達の目標かもしれない。



 目を覚ますと、もう昼を回っていそうな時間帯だった。あまりにも疲労が溜まっていたせいだろうか。リーンを起こして宿を出た。

 みすぼらしいこの服も、いい加減買い替えたほうがいいだろう。何にせよ今日の結果次第だ。


 ウォレスの店の前までやってきた。意を決して扉を開けると、紙束を持ったアルバートがカウンター前に立っていた。ウォレスは椅子に座ったままいびきをかいている。夜通しで解読を行っていたのだろうか。


「やあ、来たようだね」

「はい。昨日、ウォレスさんに本を渡しました」

「そのようだ。しかし……正直言って驚いているよ。まさか、君達が本当に目的の物を手に入れてくれるとは」

「そ、それじゃあ──」

「ああ。約束通り、金貨二十枚で買い取らせてもらおう」


 本当に上手くいった。

 でも、ここからが俺にとっての本当の勝負だ。


「アルバートさん、報酬の件でご相談があります」

「おや? 金額について不満なら、いくらか検討することはできるよ」

「お金は要りません。どうかリーンに、安全に働ける場所を与えてもらえませんか」

「えっ? ちょっとアーク、どういうこと?」


 リーンは驚き、慌てている。俺だけが考えていたことだから当然の反応だ。

 彼女を危険から遠ざけるにはこうするほかない。これ以上冒険者として生活を続ければ、遠からず命を失う。そんな結末は絶対に避けたい。


「二人一緒に働ければありがたいですが、リーンだけでもかまいません。本は差し上げます。もう何冊か、似たような品を用意することもできます」


 アルバートは腕組みしながら、黙って俺の話を聞いていた。


「なるほど。では君の気持ちを尊重しよう。二人の働き口を探しておくよ。数日かかるけれど、平気かい?」

「はい。どうかよろしくお願いします」


 リーンと一緒に頭を深く下げる。彼女の方を向くと溜め息を吐かれた。でも、すぐに明るい笑顔を見せてくれた。本当に良かった。これでまた、いくらか生き延びることができるだろう。


「それにしても、君達はどうやってこの本を手に入れたんだい? 長年探しても一向に見つからなかったのに」

「ダンジョンで見つけました」

「ダンジョンだって? まさかあんな危険な場所まで行くとは……すまなかったね」

「いえ、二人で決めたことですから」


 アルバートにダンジョンで起こったことを伝えた。リーンだけが開けることのできる隠し通路、そしてその先にあった部屋で日記を発見したこと。ついでに、残り二冊についても隠していた理由を打ち明けてからアルバートに渡した。


「リーンさんだけに反応する扉か……。やはり、あそこにはまだ何かが隠されているようだ」

「モンスターもいましたが、下の階にはなぜか森がありました」

「ええ。太陽があって、小さな川まで流れていました」

「ウォレスさんが日記を途中まで解読してくれた。おかげで色々と分かってきたよ」


 アルバートが手に持っている紙束を掲げてみせた。


「どうやらあのダンジョン──いや施設とでも呼ぶべきか。正確には『エヴラールの地下庭園』というらしい。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──というのが当時の謳い文句だったそうだ」


 東のダンジョンはそんな名称だったのか。たしかに、地下にあった森は庭園と呼んでもおかしくはない。ある種の芸術作品のようなものなのだろうか。


「これがウォレスさんが解読してくれた部分だよ」


 差し出された紙を受け取る。紙にはびっしりと文字が書かれていた。


『私に妹ができた。名前はシャディヤという。赤みがかった褐色の肌、白銀色の長い髪に、瞳の色は青く澄んだ空のよう。美人で、思わず抱きしめたくなるような容姿をしている。私よりも少し背が高い』


「どうみても日記だな」

「『妹ができた』って書いてあるけど、一緒に住むことになったっていう意味みたい」


 次の文章を読み進める。


『シャディヤは父さんがギルドで創造した新種のホムンクルスだ。狼のような耳と尻尾はふわふわで、いつまでも触れていたくなる。だけど……あまりにも巫女のシャルナ様にそっくりだ。聖都を歩くと誰もが振り返る。学院に連れて行ったらきっと大騒ぎになるに違いない。アスタル様はどう思っているのだろう?』


「いきなり内容がよく分からなくなってきたな……」

「僕も最初は創作の類かと思ったけれど、事実かもしれない。この新種のホムンクルス、シャディヤという子の容姿は近くに住む狼人族に似ているし、聖都はセイラムのことだ。他にも現実と一致する点が妙に多い」

「それでは、人間が獣人を創ったということになりませんか? そんなこと、本当にできるんでしょうか」


 リーンの指摘はもっともだ。現実の話とは思えない。


「この日記を書いた女性は、どうやら錬金術師ギルドの長の娘だったらしい。一見荒唐無稽にも思える内容だけど、地下庭園を造れるほどの技術力があれば可能かもしれない」


 急に背筋が寒くなってきた。とんでもない話に足を突っ込んでいる気がする。人間が、人間そっくりの生物を生み出していたとでもいうのか。

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