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第六話 書物の在処

 大通りへの道を教えてもらってから店を出た。道を歩きながら、手の中にある銀貨を見つめる。思わぬところで金を得られたのは幸運だった。


「しかし、いきなり銀貨を渡されるとはな」

「あのアルバートって人、よほど裕福なんでしょうね」

「育ちもよさそうだ。俺達とは正反対だな」


 アルバートという男から依頼されたことは二つだ。面白い噂話だとかを集めてくることと、この地について書かれた古い書物を手に入れること。特に書物の方は上手くいけば金貨二十枚……銀貨で換算すれば二百枚だ。当分は食うに困らない。こんな機会(チャンス)は逃すに惜しい。


「さっきの話、どう思う?」

「あくまで印象だけど、犯罪とは縁が無さそう。それに、私達を適当にあしらうだけならお茶でもてなして銀貨を渡す必要なんてないもの」

「それもそうだ。方法はありそうか?」

「面白い話はギルドとか酒場で聞けば何かあるかもしれないけど、書物は見当がつかない。この町で買えるような品であれば、とっくに手に入れているだろうし」

「金で解決できそうにない話ということか」

「そういうこと」


 リーンの推測は当たっていそうだ。アルバートは、ウォレスの店に足繫く通っていそうな様子からもボルジャナート近辺に住んでいるようだし、つい先日やってきた俺達よりもはるかにこの町には詳しいだろう。彼がわざわざ俺達のような者にまで依頼をしてきたということは、簡単に手に入る代物ではないと考えるのが妥当だ。


「となると、探すべきはアルバートが行かなそうな場所か」

「他の町で探すか、昔の物品が残っていそうなところになるけど」


 別の町に行くにしても徒歩では無理だ。馬車を使えば金がかかるし、そもそも書物の値段が分からない。運よく見つかればアルバートに知らせて報酬を得られそうだが、そうでなければ無駄足になる。

 考えられるもう一つの方法は、古い書物が残っている可能性がありそうな場所に行くことだ。


「森の奥にあるダンジョンなら残っているかもしれない」

「正気とは思えない提案」

「言うと思った」

「私達は普通の冒険者みたいにモンスター相手に戦ったりはできないでしょ。武器どころかレベル上限もスキルも不明なままなんだから」


 ダンジョンにはモンスターがいる。経験豊富な冒険者やどこぞの騎士団でもなければ奥に進むのは危険だ。当然だが俺達はそのどちらでもないし、むしろ不利な点が目立つ。


「大体、本なんて何百年もそのまま残っているはずないでしょ」

「だが金貨二十枚だぞ。それだけあればもっと豪勢な飯が食える。なんでもいいからそれらしい物を渡せばアルバートは満足するかもしれない」

「その時まで命が残っていればね。行くにしても、私が納得できるような案を出してからにしてよ」


 リーンは呆れている。やり方を考える必要がありそうだ。

 薬草を納品した時、エリックは言っていた。金を稼ぎたければもっと頭を使え、と。

 俺達の所持品は、さっきもらった銀貨三枚、そして獣人の女から渡されたランタンが一つのみ。銀貨を使えばナイフを買うことはできるが、モンスターと戦うこと自体が得策とは思えない。

 となると、モンスターと戦わずにダンジョンの奥に行く必要があるが……。


 そこまで考えて、一つ方法をひらめいた。


「まったく危険がないとは言わないが、方法を見つけた」

「具体的には?」

「ひとまず、ギルドに行こう」


 首を傾げるリーンの手を引いて、冒険者ギルドに向かうことにした。聞いたとおりに道を歩き、ようやく大通りに出ることができた。途中の店でランタンの油を買い足してからギルドの建物に入る。

 ギルドは昨日と変わらず大勢の冒険者達で溢れていた。新人が来ないのか、エリックは今日も暇そうに何をするでもなくカウンターに座っている。俺達に気付いたのか、無言のまま視線を送ってきたので寄ることにした。


「まだ二人とも生きているみたいだな。今日はどうする? また草むしりか?」

「いや、依頼を受けて古い書物を探している」

「書物? そんな依頼、掲示板にあったか?」

「この地方について書かれた昔の本を探しているという人に会った。困っているようだから力になりたい」

「へえ、そいつはご苦労なことだ。ウチの業務と関係ないならどうでもいい」


 実際に困っているのは金がない俺達だが、そこは伏せることにした。エリックは本当に興味がないらしく、頬杖を突いて怠そうな顔をしている。


「そんなのはどこかの商人にでも頼んだ方が早そうだがね。冒険者の、しかもお前らに頼むとはどういう……ん? いや、待てよ」


 エリックが額に手を当て、なにやら考える仕草をした。それから急にはっとした表情になる。


「お前達に依頼した人物だが、もしかして若くて身なりの良い男性じゃなかったか?」

「知っているのか?」

「何年か前にギルドでまったく同じ依頼を受けたことがある。その時は品名が具体的ではないからとイサラが説明して取り下げさせたはずだが、まさかまだ探していたとはな」

「そうだったのか。でも、どうしてそんなに長い間調べているんだ?」

「念のため確認するが、何と名乗っていた?」

「アルバート」


 エリックは急にきょろきょろと辺りを見回すと、手招きしてきた。もっと顔を近付けろということらしい。不思議に感じながらも、リーンと一緒に指示に従う。やがて、エリックは声を潜めて話し始めた。


「どうしても何も、アルバート様はこの地方の領主だ」

「えっ? それって、貴族様ということですか?」

「そうだ。少なくとも、伯爵様は俺達みたいな一般人がおいそれと会えるような相手じゃない。どうやって知り合った?」

「裏通りの店に入った時に少し話をしただけだ。仕事を探していると説明したら、依頼をされた」

「粗相はしなかっただろうな」

「してない……とは思う。してないよな?」

「だって、護衛の人もいなかったし、そんなすごい人だなんて思わないでしょ」

「俺も同じだ。そもそも仕事は従者に任せるのが一般的じゃないのか?」

「理由は俺にも分からん。だがあの方は自分なりに領地の心配をしているようだ。最近じゃこの辺りもモンスターが増えてきているからな。特にダンジョンについては入念に調べているらしい」

「ダンジョンって、あの森の?」

「そうだ。これは公にはしていない情報だが、このあたりの水質や生態系が森のダンジョンの影響を受けているという調査結果もある」

「生態系って……そんなとんでもない場所なのか?」

「お前達が薬草を楽に採取できたのもそれが理由だ。勝手に生えてくるとはいえ、成長速度の異常さはこの地方だけだ」

「言われてみればそうなのかも。茶葉が特産品だって」

「ずいぶんと楽しそうね、エリック」

「っ!?」


 いつの間にか、エリックのすぐ後ろにイサラが立っていた。振り向いたエリックは、いかにもバツが悪そうな顔で後頭部を掻いた。


「いや、別にそういうわけではないが。少し助言をしていただけだ」

「それは貴方の仕事じゃないわ。裏で人手が足りないそうだから手伝ってあげて。ここはもういいから」

「……お前達、くれぐれも危ない真似はするなよ」


 言い返せるような立場でもないからなのか、エリックは席を立つと建物の奥に歩いていった。


「貴方達も、長く冒険者をやりたいなら余計なことに首を突っ込まない方が身のためよ」


 イサラは冷ややかな口調で告げると、すぐにその場を立ち去った。


「どうするの?」

「細かい事情は知らないが、それでもやることは変わらない」


 それにしても、アルバートがこの地方を治める貴族だったとは思いもよらなかった。だが身元はしっかりしているし、古文書を手に入れても約束を反故にされる心配はなさそうだ。もしかしたら、もっと吹っ掛けられるかもしれない。こちらとしては金が得られれば文句はない。


 ギルドの壁際に移動して、聞き耳を立てながらじっと待つ。

 上手くいけば、労せず益を得られる。


「少し待ってみよう」

「貴方が何を考えているのか、大体理解した」


 どうやらリーンも俺の考えが分かったらしい。正攻法ではないからか、あまり良くは思っていなさそうなのが顔に出ていた。

 しばらくして、期待していた会話が耳に入る。四人組の、いかにも経験豊富そうなパーティだ。装備もしっかりとした品を揃えているように見える。


「揃ったな。ではダンジョンに向かうとしよう」


 四人がギルドを出て行ってから、二人でその後をつけることにした。

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