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第二話 過去を覗いている時間はない

 リーンはとんでもない数値を叩き出していた。どう考えても普通ではないから、水晶玉が壊れているとしか考えられないが。


「リーン、お前すごいな」

「それほどでもないわ」

「こんなふざけた数値が正式に認められるわけないだろうが。すぐに新しい水晶を持ってくるから待ってろ」


 まあそうなるか。

 エリックは頭をぼりぼりと掻きながらカウンターの奥に姿を消すと、別の水晶玉を抱えて戻ってきた。

 水晶玉を指さしてもう一度鑑定するよう促すと、リーンが再び手をかざした。


「なんで()()()()んだよ」


 出来上がった紙を覗き込みながら、エリックが理解不能とばかりに言った。


「どうなったんだ?」

「レベル上限『1200』だ。まだレベル1なのに能力値も異常を示している。スキルについては【女神の加護】、【大司祭】、【治癒魔術】の三つで固定のようだがこれも正しいか分からん」

「レベル上限はそんなにコロコロ変わるものなのか?」

「んなわけあるか。何か妙なアイテムでも使ってないだろうな」

「持ってそうに見えます?」

「ないだろうな」

「なら、これで条件は満たしましたよね?」

「お前は後回しだ。片腕の鑑定を先にやる」


 エリックが手招きする。今度は俺の番らしい。

 入れ替わりで水晶玉の前に立つ。リーンの鑑定結果がおかしくなってしまっている以上、俺がレベル上限40以上を出すしかない。


「頑張ってね」

「頑張ってどうにかなるものでもないけどな」


 良い結果を期待しながら手をかざす。

 ところがいつまで経っても玉が光らない。そもそも反応していないようだ。


「おい、もっと気合い入れて近付けろよ」


 言われたとおりにするが変化はなかった。

 エリックが頭を抱えながら大きな溜め息を吐く。


「わけがわからん。鑑定が失敗する奴なんて初めて見たぞ。今日は本当にツイてねえ……」

「なんで光らないんだ?」

「そんなのこっちが聞きてえよ。お前本当に人間か?」

「どうしたのエリック。何か問題でも?」


 いつの間にやら、エリックの隣に女が立っていた。他の受付嬢に指示を出していた人物だ。


「イサラ、ちと厄介なことになった。ギルドマスターに話を通しておいてくれ」


 エリックが紙を見せると、イサラと呼ばれた女性は顔を強張らせた。問答することもなく、急ぎ足でカウンターの裏にある階段を上がっていく。


「少しだけ待て。確認中だ」


 しばらくして、戻ってきたイサラがエリックの耳元で何かをささやく。エリックが立ち上がってカウンターの端を開けた。


「来いよ。ギルドマスターが直接会って話をしたいそうだ」

「ギルドマスター?」

「簡単に言えばウチのボスだ」


 なんだか話が大きくなってきてしまった。俺達の能力はそんなにおかしいのか? まさか捕まって売り飛ばされるなんてことにはならないだろうな。

 リーンと顔を見合わせる。


「行くしかないよな」

「他に選択肢ある?」

「……ない」


 抗いようのない展開に仕方なく歩き出そうとしたその時だった。妙な胸騒ぎがして後ろを振り向く。自分でもよく分からないまま、ギルドの入り口を凝視していた。

 それは特に根拠のない予感だった。真っ黒い、まるで影のような男が入ってきそうな、そんな予感だ。


「アーク」

「ん?」

「何してるの。ギルドの人、待ってるけど」

「ああ、そうだったな」


 結局誰も現れなかった。どうしてか安心するも、理由が分からないせいで余計にもやもやした。


「いつまで突っ立ってんだ。早く行くぞ」


 二人に連れられて階段を上がる。エリックが廊下の奥にあった扉を乱暴にノックしてから開けた。


「ギルドマスター、例の二人を連れてきました」

「おう、すまんな」


 大きな机と本棚が置かれた小綺麗な部屋の中に、重そうな鈍色の鎧を着た男が立っている。身体が熊みたいに大きい髭面の中年男だ。


「ようこそ冒険者ギルドへ。ボルジャナート支部のギルドマスター、ゲイルだ」


 へえ、この男はゲイルというらしい。具体的な仕事内容は知らないが、ギルドマスターを名乗るだけあって戦士としての実力も相当なものなのだろう。


「それで、私達にどのようなお話でしょうか」

「そう警戒しないでくれ。レベル上限1200なんて数値を出したのがどんな奴なのかこの目で確認したかった。単なる好奇心だ」


 ゲイルが机に置かれた二枚の紙を手に取る。リーンの鑑定結果だ。


「鑑定の水晶がステータスを正しく示せなかったそうだな。あー……名前は?」

「リーンです。片腕のほうがアーク」

「リーンにアーク、か」


 ゲイルは俺達の顔を交互に見やり、それから口を開いた。


「今回の件はこちらの不手際だ。冒険者登録については許可しよう」


 何を言われるのかと思っていたが、問題があまりにあっさりと解決したので拍子抜けしてしまう。


「そりゃないぜゲイルさん。こんな奴らを冒険者にしたらウチの評判がますます悪くなっちまう」

「だが、もしも彼らに俺達でも知らないような特別な能力があるとしたらどうだ。優秀な人材を逃すのはギルドとしても損失だ」

「こいつらのなりを見たらそうでないことぐらい分かるでしょうよ」


 二人の間では意見が分かれているようだ。こちらとしてはゲイルの申し出を断る理由はないが、俺達はただの村人であり特別なんかじゃない。変に期待されるのも困る。


「俺はギルドで働いて十年になるが、今回のようなことは初めてだ。そういう噂を耳にしたこともない」


 なるほど、それが呼ばれた理由らしい。


 鑑定結果がおかしいことは俺達にとっても問題だ。能力が不確定なわけだから、今後の方針を立てることが難しくなる。解決できるならしておきたい。


「質問をしても?」

「かまわない。何かあれば遠慮なく言ってくれ」

「水晶の仕組みに詳しい人間がいるなら、問題のある箇所を特定できるのでは?」

「実は中身については俺達もよく知らんのだ。製造から輸送まで錬金術師ギルドが一貫して行っているとだけ教えられている」

「ギルドマスター、部外者に機密事項を漏らすのはおやめください」


 イサラが話を遮る。ゲイルを睨んでいるあたり、本気で怒っているらしい。


「隠すような話でもないだろう。知ってる奴は知ってるしな」


 錬金術師ギルドは、ポーションの調合などを主な仕事とする錬金術師が多く所属する組合だと聞いたことがある。

 ポーションなんて実物すら見たことがない。貧乏な俺達とは無縁の代物だ。


「つまり、ギルドではどうしようもないと?」

「有り体に言えばそうなる。だから俺の権限で登録を許可することにしたわけだ」


 と、リーンにわき腹を小突かれた。


「私達は冒険者として登録させてほしいだけです。内部の事情に興味はありません」


 リーンはさっさと話を終わらせたいらしい。色々ありすぎてすっかり忘れていたが、すぐにでも仕事をこなさないと晩飯にもありつけないんだった。


「そうだろうな。では俺からの話は以上だ。下の受付でエリックに登録証を発行してもらうといい。手間を掛けさせた」

「だそうだ。戻るぞ」


 結局何のために呼ばれたのかよく分からないまま、ギルドマスターとの面会は終わった。

 一階に戻ると、エリックが何かしらの書類を片付けたあとで薄い鋼の板切れを差し出してきた。俺達の名前が綺麗な文字で打ち込まれた登録証だ。


「ほらよ。不本意だが上が決めたことには逆らえん」

「ありがとう」

「お前達のランクは『E』だ。冒険者としての等級を示している。今後ギルドに貢献してランクが上がれば、受けられる依頼も増えるだろうよ」


 登録証をポケットにしまった。何の役に立つかは分からないが、必要になる時が来るかもしれない。


「エリックさん、質問をしてもいいですか?」

「なんだ? 金なら貸してやらんぞ」

「私達、仕事を探しているんです。何か新人でもできるようなものはありませんか?」

「お前らにもできる仕事ねえ」

「すぐにでも金が要るんだ。何かないか?」

「なら草むしりだな」

「草むしり?」


 エリックはカウンターの下から頭ぐらいの大きさの麻袋を一つ取り出すと、続けて小さな紙にペンを走らせて絵を描いた。どこかで見たことがあるような、長細くてつるりとした草だ。


「これは?」

「町を出て東側に森があるからそこで薬草を摘んでこい。袋がいっぱいになるまでな。これ以上簡単な仕事はウチにはない」


 なんとも地味な仕事だが、モンスターを倒してこいと言われるよりかはよっぽどこなせそうな現実味がある。


「あまり奥まで行き過ぎるなよ。数は少ないがゴブリンやオークがうろついていることもあるし、それ以上に危険な奴らもいる」

「危険な奴ら?」

「獣人だよ。狼みたいな耳と尾がある奴らだ。近くに町があってあの辺り一帯を縄張りにしている。巡回してるのに出くわせば面倒なことになるだろうよ」


 獣人か。村にはいなかったから詳しくないが、あまりボルジャナートの人間からは好かれていないらしい。


「ありがとうございます。行きましょう、アーク」

「ああ」

「他の冒険者に出会ったら片手を上げておけ。挨拶みたいなもんだ」

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