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第十一話 一人では対処できない問題も二人なら

「いつつ……」


 椅子に座りながら変な体勢で眠っていたせいか、体の節々が痛い。


 一瞬、自分がここで何をしていたのか忘れていたがすぐに思い出した。

 狼人族の女性をこの裏通りの店まで運び、その後すっかり寝てしまっていたのだった。


 一緒に眠っていたはずの店主の姿は既になかった。

 もしかしたら、と思い寝室に足を運ぶ。


「よう、おはよう」


 扉を開けると、そこには腕組みしている店主と、相変わらずベッドで眠ったままの狼人族の女性がいた。


「ん……」


 俺達の話し声が聞こえたからだろうか。

 女性はゆっくりと目を開いた。やっと目を覚ましたようだ。


「こ、ここは……」

「お、ようやく起きたか。ここはボルタナの町だ。調子はどうだ?」


 彼女は何度か瞬きして、ゆっくりと上体を起こした。


「大丈夫か?」

「は、はい。この度は危ないところを助けていただき、ありがとうございました。あの、私はファティナと申します。えっと……」

「アークだ」

「アーク様、命を救っていただき本当にありがとうございます」


 ファティナと名乗った女性は俺に向かって、獣の耳が生えた頭を深く下げた。


 狼人族の者に多い特徴的な銀色の長い髪が、部屋の窓から差し込む日の光を受けて眩しいほどだった。

 顔立ちからすると、年の頃は大体俺と一緒ぐらいかもしれない。


「ま、無事でよかったな」


 彼女が目を覚ましたことで店主も安心したようだ。


「で、早速で悪いが、もし良かったら何があったのか聞かせてもらえないか?」


 店主がそう尋ねると、女性は少し俯きがちになり話し始めた。


「私は、ダンジョンの少し南にある村に住んでいる者です」

「ああ、確かにあの辺りには村があったな。ここからかなり近いところだ」


 俺はこの辺りの地理についてよくわかっていないが、彼女と出会った場所まで走ってこれるぐらいの距離だということは、ボルタナからはそれほど離れてはいないのだろう。


「夜、私達の村に急にあのモンスターが現れたんです。それで私は森の中を走って逃げて……」


 ファティナの言葉に対して、やっぱりか、とでも言いたげに店主が顎を手で触った。


「モンスターというのは、例の森の中まで追ってきた奴か」

「はい、村にたまに現れるのはゴブリンやオークくらいで、普段は兵士の方達や、村の魔術師が倒してくれました。でも昨日のモンスターは今まで見たことがなく、一切歯が立ちませんでした」


 ファティナの言葉に店主は驚きの表情を浮かべた。


「それが本当なら、かなりやばいな……。高レベルの冒険者や騎士でもいれば話は別だが」

「モンスターは一匹だけだったか? 複数いたはずだ」

「いえ、一匹だけだったと思います。ただ、夜でしたし、逃げながら遠くから見ただけだったので、ちゃんとは……」


 であれば、あの時逃げて行ったのは一体何だったのだろうか。


「そういえば、あのモンスターには魔術が一切効かなかったんです」

「魔術が効かない?」

「はい、村の魔術師が放った魔術は全部モンスターの体に当たる前に消えてしまうんです。それで段々不利になって……」


 一部のモンスターの中には、魔術を無効化する存在がいるという。

 そういう場合には剣士などが率先して敵の下へ行き、魔術師は支援にシフトして戦う。


 しかし即死魔術しか使えない俺にとって、それは絶対に勝てない存在であることを意味していた。

 スケルトンオーガの場合のように効きにくいのとは根本的に異なる。


「村の人達も最初は戦いましたが、勝てないと分かるとすぐに逃げ出しました。それでみんな散り散りになって……それからどうなったかはわかりません」


 村の人々も逃げるとするなら、恐らくは最も近いこの町を目指すだろう。


「皆を探しに行かなきゃ──あっ」


 ファティナがベッドから出ようとしたところで、その体がぐらついた。

 その体を受け止める。


「まだ体調が万全じゃないんだろう。もう少し休んで行ったほうがいい」

「あ、ありがとうございます……でも、私は行かなければ」


 彼女は何とか一人で立ちあがった。


「このご恩は決して忘れません。失礼します」


 それだけ言って、ファティナはふらふらとした足取りで部屋を出ていこうとした。


 だがそれを店主が慌てて引き留める。


「おいおい嬢ちゃん! そのボロボロの恰好のままで行くのはやめたほうがいい。売り物に女物の古着があるから、それに着替えてくれ。あと飯もな。人を探すにも体力をつけなきゃならねえ」

「しかし、そこまでしていただくわけには……」

「悪かった、正直に言おう。そんな恰好で俺の店から出て行ったところを他のやつに見られたら評判が下がってしまう」


 店主がそう言うと、ファティナはそれ以上何も言わずにそのまま店主の後をついて行き、次に寝室から出てきた時にはようやくまともな普段着に着替えたのだった。


 店主の言葉は半分本音で半分嘘に違いない。


 どうやらその外見からは想像もつかないほどに面倒見が良い性格のようだった。



 それから俺たちは三人で遅い朝食を済ませた後、町の中で人探しをすることになった。

 ボルタナに辿り着いた人々がいるかもしれないからだ。



 そして中央にある広場に辿り着いたところで、急にファティナが走り出した。


「みんな!」

「ファティナ! 無事だったのかい!」


 ファティナと同じように、獣の耳の生えた狼人族の女性が彼女に声を掛けた。


 広場にはあちこちに怪我をした人々と兵士達がいた。


 兵士達は村を襲ったモンスターについて話を聞いているようだ。

 ボルタナにも村の被害状況が共有されたのだろう。


 全員なのかはわからないが、ある程度は町に逃げることができたようだ。


「見つかって良かったな」


 彼女の願いは叶ったのだから、俺がここにいる理由はもうない。

 そう考え、その場を後にしようと歩き出す。


「あ、あの!」


 ふと、ファティナが後ろから声を掛けてきた。


「お願いです! どうかあのモンスターを倒すのに力をお貸しいただけませんでしょうか! 私にできることなら何でもします!」


 彼女は突然そう言って俺を見つめた。今までになく真剣な表情だった。


「私は早くに両親を病で亡くし、村の人達に育ててもらったんです。だから、私にできることなら何でもして、育ててくれた恩を返したいんです。だからお願いします! どうかっ!」

「ファティナ……そんなに私達のことを……」


 彼女は村の人に恩義があったから、こうして心配していたのか。


 確かにあのモンスターは脅威だ。

 あれが存在している限り、村に帰ろうと考える者など現れないだろう。

 つまり、彼らは今から別の場所を探して住まなければならなくなる。

 クレティアに兵士が足りていない現状では、いつ討伐が行われるかも分からない。


「悪いが俺は魔術師だ。魔術が効かない相手を倒すことはできない」


 残念だが、今はそう答えるしかなかった。


 即死魔術が使えないとなると、『魂の回収』で強化された今の俺のステータスで、武器を持って戦うことになる。


 しかしその場合、問題になるのはスキルだ。


 俺にはスキルが即死魔術しかない。

 つまり、剣士などが持つような武器を有効に扱うスキルがないため、持ったところで振り回すだけになってしまう。

 圧倒的なステータス差でもなければ有効打を与えることができないということだ。


 そんな状態で、果たしてあのモンスターを倒せるだろうか?

 恐らくそんなに生優しい相手ではないだろう。


「おう、それだったら良い案があるぜ」


 店主が突然ニヤリと笑う。


「案?」

「ああ、嬢ちゃんとパーティを組んで鍛えるんだよ。そうすれば勝てる可能性も一気に増えるわけだ。兄ちゃんは一度モンスターを撃退してる。つまり二人が同じぐらいの強さになれば勝てるってことだ」

「そんな無茶な──」

「未だに一人でいるってことは、何か事情があってパーティを組めないんだろう? だったら物は試しだ」

「私はそれでも構いません。どうかお願いします! 私を一緒に戦わせてください!」

「……」


 彼女は本当に、心から村の人々の事を想っているのだろう。

 そうでもなければ、自ら戦おうなんて言い出さないはずだ。


 確かに俺一人では奴を倒すことはできないだろう。

 でも、ファティナがもしも物理攻撃系のスキルを持っていれば倒せるかもしれない。


「……分かった。ただし、能力の鑑定で必要なスキルがあった場合だけだ」

「よし、決まりだな」

「は、はい! よろしくお願いします!」


 こうして俺達二人は冒険者ギルドへと向かうことにしたのだった。

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