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第百八話 嵐の中で

 ラギウスはこのダルムドという老魔術師を知っているらしい。二人の間に何があったのかは知る由もない。


「……アーク、お前が我を憎んでいることは理解している」


 ラギウスが近づいてくる。蛇のような縦長の瞳孔を持つ赤い眼は、どこか憂いを秘めているように思える。姿形は人間と同じだが、頭に生えた異形の角と白すぎる肌が明らかな人外であることを無理矢理に認識させた。


「だが今はまだ死ぬわけにはいかない。我には役目がある。それが済んだ時には喜んで命を絶とう。しかし、そのためにはどうしてもお前の力が必要なのだ」

「俺は……どんな理由があろうとお前を許すわけにはいかない」


 いかなる事情があろうとも、俺達を騙したことに変わりはない。たとえそれが俺の力不足によるものだったにせよだ。


「そうだろう。許す必要はない。許せるはずもない」


 ラギウスが細い腕を伸ばし、俺の胸元に触れた。

 失われたはずの魔力が体に浸透していくのを感じる。


「ホムンクルスの娘を蘇らせるための唯一の方法は、鍵を祭壇に納め世界にかけられた封印を解くことだ。さすれば望みは叶うだろう」


 ラギウスはファティナを蘇らせる方法があると言っていた。それも鍵に関連があることなのだろうか。だとしても、安易に信じることはできない。

 仮にレベル上限とスキルが消滅したとして、それがファティナを生き返らせることにどう繋がるのか。

 そんな俺の心境を察してか、ラギウスは目を伏せた。


「これまでの我の行いを顧みれば、到底受け入れられないことは分かっている。それでもお前を助けたいという気持ちに偽りはない。今は詳しく説明している時間はないが、すべてが片付いたらまた話をしよう」


 それは、今まで嘘ばかりだったラギウスにしては本当の感情の吐露にも思えた。大蛇から人の姿に変わったことで表情が見えるようになったせいだろうか。


「あやつの相手は我がする。お前はその隙に鍵を取り返して祭壇に向かうのだ。そして、もしもうまくいったのなら」


 ラギウスが顔を近づけ、そっと耳元で囁いた。


()()()()()()()

「それは──」


 どういう意味なんだと訊ねようとしたところで、ラギウスはゆっくりと身を離した。


「さて、死を迎える覚悟はできたか? ラギウス」

「それはこちらの台詞だ。今日こそ引導を渡してやる」

「私に勝てると本気で思っているのか? ただいたずらに時を浪費し続けたお前が」

「やってみなければ分からない。お前こそ、ずいぶんと老いぼれたようだ」


 雨が激しく打ち付ける中、ラギウスは臆する様子もなくアルベインと相対する。


「ラギウス、さっきはよくも私を殺そうとしてくれたわね」


 メルレッタが不愉快そうにラギウスを睨む。そんな視線を受けてもなお、ラギウスは動じていない。


「お前の隠された記憶を読み取った時、憎悪ばかりで吐き気がしたぞ。そんなに復讐が大事か?」

「他人の頭の中を覗くのが趣味ならどうかしてるわ。ダルムド、さっさとこいつを殺して」

「愚か者め、こやつはダルムドなどという名ではない。三千年の時を生きる魔術師にして世界に封印を施した張本人。アルベインだ」


 ──魔術師アルベイン。

 この老人が、ラギウスが絶対に戦うなと警告していた人物だったのか。

 実際、今の俺では近付くことさえままならない。己の無力さを改めて思い知った。


「ダルムド、今の話は真なのか。貴様も余を欺いていたのか……」


 二人の会話に真っ先に反応したのは国王だった。まさか自分が召し抱えた男がそんな化け物だったとは思いもよらなかったのだろう。


「この際誰であろうと構わないわ。私は私の目的が果たせればそれでいい。利害は一致しているもの」


 メルレッタが国王を制して会話は打ち切られた。ダルムド──いやアルベインは、興味なさげに二人を一瞥しただけで何も言わなかった。


「アルベイン。お前が何を企んでいるかは知らないが、散っていった人々の無念を今こそ晴らす」

「ほう? できるかな? お前に」


 ラギウスが右手をかざすと、何もなかった空間に長細い棒が現れた。先端に赤い宝石が浮き、金の象嵌が施された純白の杖だ。


「そうか、洗礼武具を盗んだのはお前だな」

「盗んだのではない。託されたのだ」


 ラギウスがその場に跪き、目を閉じて祈りを捧げる。杖が空中でひとりでに回転し、天上を向いて静止した。


「アスタル様、どうかもう一度私を思い出してください──≪猛火付与≫(ブレイズエンチャント)


 急に熱を感じたかと思えば、広場を囲うようにいくつもの巨大な火柱が巻き起こった。


「ううっ……!」


 燃えるような熱波が広場を包んでいる。水、風、雷に加えて炎が支配する領域と化した。

 アミュレットに嵌め込まれた宝石がパキッという音を立て、ヒビが入る。保護限界を超えようとしているようだ。

 地面をのたうつ雷撃が、炎と混ざり合うようにして溶けては消えていく。


「ゆくぞ、アルベイン」


 ラギウスが浮遊し、アルベインへと迫った。炎の柱は、まるで術者の戦いを援護するかのように無数の火球を生み出す。しかしそのいずれもがアルベインに触れる前に虹色の光となって霧散した。


「古臭い魔術だ。進歩が感じられんな」

「アーク! お前は鍵を奪え!」


 そうだ、見蕩れている場合ではない。

 今ならば国王達のもとへ辿り着くことができる。

 考えるよりも先に体が動き、駆け出していた。視界は悪いが距離はそう遠くはない。


「あくまで私に歯向かうつもりみたいね。でも簡単にいくとは思わないで頂戴────イリア!」


 王女の傍に控えていた黒竜が大きく羽ばたきながら浮き上がり、行く手を遮るように立ち塞がった。乗り手である鎧の騎士が、大弓を構えてこちらを見ている。


『ギュオオオオオオオ────!』


 叫び声にも似た咆哮が響き渡った。開かれた黒竜の顎に魔力が収束していき、球体を形作る。

 回り込むように走ると、黒い波動が放射された。警戒していたおかげで避けることには成功する。

 波動を吐き出しながら黒竜が首を下から上へと振ると、床の一部が直線状にどろりと溶けた。


「どう? 魔術で強化されたルルエの力は。これなら貴方相手でも後れは取らないはずよ」


 騎士イリアのドラゴンであるルルエは、すっかり変わり果ててしまっていた。体は肥大化し、鮮やかな水色をしていた鱗は漆黒に染まっている。眼は血走っていて、彼女の傍で大人しく座っていた頃の面影はもうどこにもない。これさえもアルベインの魔術による改良の結果なのだとしたら、あまりにも(むご)い。


 ヒュッ、という風を切る音がして何かが飛んできた。剣で切り払うと予想通り鉄の矢だった。

 竜を駆る黒い騎士、その大弓は以前見たイリアの得物と同じだった。


 背に乗っている黒い鎧の人物は本当に彼女らしい。頭をすっぽりと覆う兜を被っているため顔は隠されているが、彼女の性格を考えれば二人の計画に賛同するはずがない。精神操作によって正気を失っているとしか思えなかった。


 ──ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ。


 三連続で矢が放たれる。避けようと動き回るが、正確に射貫こうとしてくる。以前戦った時よりも一撃がはるかに重くなっている。鏃に瘴気のような黒い(もや)が纏わりついていた。ルルエの能力が変容したことで、イリア自身もさらに強化されたに違いない。もう手加減をしてどうにかなる相手ではなかった。


「すまない」


 聴こえてはいないだろうと思いつつも、謝った。

 俺にはイリアを治すことができない。できるのは、こんな状態になってしまった彼女を解放してやることだけだった。

 【竜使い】のスキルは、竜の能力の一部を主に上乗せする。逆に竜が死ねば本人は本来のレベル上限相当になり弱体化する。

 イリアを先に倒せれば決着はつくだろうが、ルルエには魔術防御があるため通常の即死魔術では防がれてしまう。接近戦をしても空に逃げられたら終わりだ。


「いい加減、無益な争いは止めにしない? それとも貴方にイリアが殺せるの? あんなにも優しい子を」

「黙れ」


 元はといえばお前が原因だろう──そう口から出かかったが堪えた。今の俺に必要なのは口論ではなかった。


 問題なのは、強化されたルルエを倒す方法だ。

 魔術防御を突破するには≪ルイン≫の魔術が必要だが、多用はできない。生命力と魔力を大量に回復する手段が無いことから、一撃で倒さねばならない。


 ≪アナイアレイション≫が使用できない今、最も成功率の高い方法は一つしかない。自滅の危険性があり、これまで使わなかった技だ。


 『クアドラプル』をかけた≪ルイン≫を使う。


 必要なのは、魔術を当てるためのほんの僅かな時間だけだ。

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