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第百七話 呪われた人々

「アーク、貴方はラギウスに騙されたのよ」

「お、俺が騙された?」

「貴方は全ての鍵を祭壇に納めたら何が起こるのか知らないでしょう?」

「それは……鍵を破壊できると君が言ったんじゃないか」


 この旅が始まった時、メルは古文書に記されていたという鍵の破壊方法を俺に伝えた。彼女の言葉を信じたからこそ、ここまでやってきたのだ。


「真実は違う。鍵を納めればこの世界を覆っていた封印が消滅し、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 レベル上限とスキルが、消える?


「そんな馬鹿な!?」

「信じられないのも無理はないわ。この封印は三千年前に施された。今では覚えている人間はごく僅かだもの」


 俺はレベル上限が1で、外れスキルの【即死魔術】だったから苦しんだ。

 俺だけじゃない。数えきれないほどの人間の人生が歪んでしまったんだ。

 その原因が誰が作ったのかも分からない仕組みのせいだったなんて、おいそれと納得できるはずがなかった。


 メルが鞄から古文書を取り出す。彼女が肌身離さず持ち歩いていたものだ。


「この古文書は改竄(かいざん)されている。どこかの時代で、誰かが封印を解かせるためにわざと書き換えたんでしょうね」


 無造作に広場の外側へと放り投げられた古文書は、音もなく落下し視界から消えていった。


「じゃあ、俺達がしてきたことは──」

「とにかく、貴方の役目はこれで終わった。でも悪いことばかりじゃなかったでしょう? 冒険者として活躍できて、強くもなれて、邪魔者はみんな排除できた。私も危うく死にかけたけれど、なかなか刺激的で楽しい旅だったわ」


 ここに至るまでの出来事を思い返してか、メルはくすくすと笑った。


「お父様、上手くいったわ」

「我が娘よ、よくやった。これで我らの望みが叶う」


 メルの手の中で輝く鍵を見つめながら、国王が応える。

 そもそも冒険者に鍵を集めさせたのは国王だ。俺達はこの二人の手のひらの上で踊らされていただけに過ぎなかったということになる。


 だったら、ファティナはなんのために死んだんだ……?


「どうしてなんだ。封印を解くのが君の目的だったのか?」

「いいえ。そんなことをすれば世界中が混乱に陥るのは目に見えている。ラギウスは貴方に封印を解かせようとしていたみたいだけれど、それは私達の望むところではないの」

「あの蛇は貴殿をそそのかし、世界に再び混沌を招かんとしておりました。姫様はそれを未然に防いだのですぞ」


 メルの隣に立つ老人が賛同する。


「私とお父様の目的は鍵を集めること。そして、この力で望む世界へと作り変えること」

「望む世界? でも君は鍵を破壊するのが目的だとあの時言ったじゃないか」

「『あの時は』ね。魔術で善人になるように頭の中を弄られて、実際そのとおりに行動していたもの」

「そんな……」


 まるで自分は何一つ悪くないとばかりに彼女は語った。

 もう言い返す言葉が無かった。


「今この国は貴族同士のいざこざのせいでとても不安定なの。手始めに私達に従わない連中を片っ端から討ち滅ぼして、地盤を固めてから隣国に侵攻する。鍵が揃った今なら難しくはないわ」

「冗談だろう!? 戦争を起こすつもりなのか!」

「陛下と姫様が力を合わせれば、必ずやこの世界を平和へと導けることでしょう……ヒヒヒ」


 老人がニタニタと笑う。

 所々歯が抜け落ちていて、得体の知れない恐ろしさを感じた。


「そのために今日まで兵力を温存してきたのだ。予想外の結果ではあったが、女神が我らに味方してくれたようだ」


 国王が冒険者に鍵を集めさせた理由はそれだったのか。

 これまでの何もかもが、この男の思惑どおりであると思い知らされる。


「ねえアーク、私は貴方がとても気に入っているの。だから一緒に来なさい。私と共に、この腐った世界を変えるのよ」


 ──狂っている。

 どの国もモンスターの相手で手一杯なのに、そこに戦いを仕掛けるだなんて。そんなことになれば、あらゆる場所が戦場と化すだろう。


 止めなければならない。

 ファティナのこと。リーンのこと。俺にはまだやるべきことがある。


「言っておくけど、貴方の幼馴染の女ならとっくに死んでいるから戻っても無駄よ」


 眩暈(めまい)がした。


「なんで、どうしてリーンが……」

「私達以外にも鍵の存在を公にされると困る人間がいるということよ」

「誰なんだそれは!!」

「さっきから質問ばっかりね。私は貴方の母親じゃない。だから答えてあげる義務もない」


 確かにリーンは俺から離れてアレンの仲間となり、対峙したこともあった。けれど、最後に俺に語ったことは真実で、本当の気持ちだったんだ。

 ただ英雄に憧れて、なりたかっただけなんだ。

 そんな気持ちを利用され、周囲の人間に流されてしまったに過ぎない。自分のために鍵を集めようとした俺と大差なんてなかったんだ。


 どうしてあの時、リーンをトラスヴェルムに置き去りにしてしまったのだろう。無理を言ってでも近くにいるべきだったのに。


「別にいいじゃない。貴方を裏切った女のことなんて」


 違うんだ。

 何が良いとか悪いとかを決めるのは他の誰かじゃなく、俺自身なんだ。


「メル、最後に一つだけ答えてほしい」

「なあに?」

「君はファティナが死んだことについて何も感じていないのか」

「…………」


 メルはしばらくの間黙って俺を見つめていたが、やがて口を開いた。


「獣人の一人や二人、毎日どこかで死んでいるでしょう。いちいち気にしていられないわ」


 最悪の返答だった。

 メル──いや、王女メルレッタは俺が思っていたような人物ではなかった。

 この女を助けようとしていたファティナの気持ちはいとも容易く、あっけなく踏みにじられた。

 俺達が必死に戦い抜いてきた日々は何もかもが無駄で、無意味だった。


「さあ、アーク。私に忠誠を誓いなさい」


 ──ああ。

 失った今だからこそ分かる。

 俺が力を得ても狂わなかったのは、ファティナが傍にいてくれたからだった。

 周囲の人間が自らの利益のために行動する中で、ファティナだけが常に自分以外の誰かのために戦っていた。

 彼女こそが俺の最も近くにあった良心で、善なる者で、見守ってくれていた存在だったんだ。


 だが、そんな彼女が大切に想っていた存在は消え失せてしまった。

 ファティナが生きていたという事実もやがては人々の記憶から薄らいでいき、忘れられる。


 そんなことが果たして許されるのだろうか。

 いや、許されない。許してはならない。


 誰もしないなら、俺がやってやる。

 君の死が無駄ではなかったと証明する。

 ファティナ、君は確かにここにいたんだ。


「お前は存在するべきではなかった。地獄でファティナに詫びろ」


 王女メルレッタは眉をひそめた。


「聞き間違いかしら? とても無礼なことを言われた気がしたのだけれど」

「メルレッタ、お前にはここで死んでもらう」

「貴方には無理よ。私を愛しているから」

「それはお前じゃない」

「……何度も裏切られて騙されて、いよいよ頭がおかしくなったようね」

「姫様、ここは私めにお任せを」


 老人が、王女の前へと歩み出た。


「いいわ。でも殺してはダメよ。適度に痛めつけて」

「ヒヒ、承知しました」


 老人の身体がふわりと宙に浮き、ゆっくりとこちらに近付いてくる。広場の中心を挟み、俺と向かい合う位置へと着地した。


「ご挨拶が遅れましたな。私はクレティア王国宮廷魔術師の筆頭、魔術師団の将を務めるダルムドと申す者にございます」


 自らをダルムドと名乗ったその老人は、薄気味悪い笑みを浮かべながら告げた。


「兼ねてより貴殿の活躍ぶりには目を見張るものがございました。是非とも我らと共に力を合わせてこの世界を──」

「《デス》」


 問答無用で《デス》を放つ。

 御託はもうたくさんだ。今はメルレッタを殺すことが最優先であり、無駄話をしている場合ではない。


 放たれた《デス》は、あっという間にダルムドのもとへと到達する。


「ふむ……」


 ダルムドが手をかざした。すると、突然奴の前方に半透明の障壁が現れて《デス》が阻まれた。それは、モンスターとの戦いにおいてこれまでに何度も目にした光景だった。


「魔術防御?」


 人間であるはずのダルムドが、なぜか魔術防御を使っていた。


「ヒャッヒャッヒャッ!!」


 俺の反応がよほど面白かったのか、奴はさも愉快そうに笑った。

 どうして魔術防御を使えるのかは分からない。しかし、こちらには幾多の戦いで魔術防御を突破してきた《ルイン》がある。その身に受ければ態度も変わるだろう。


「──少しばかり、魔術の手ほどきをして差し上げましょうかな。貴殿は《サイクロン》という魔術をご存知か?」


 ダルムドは、急にそんなことを尋ねてきた。


 《サイクロン》の魔術は見たことがある。緑翠の迷宮でリュインが使ったものだ。

 小さな竜巻が相手を包み込み、風の刃で切り刻む。しかし魔術防御が施されたゴーレムには無力だった。

 今の俺のステータスならば恐れることはない。すぐに避けるなり受けるなりすればいいだけのことだ。その後は接近し、《ルイン》を当てる。


 もう二度と失敗しないように、剣を強く握り締める。

 それを答えと受け取ったらしく、奴は何度目かの下卑た笑みを浮かべた。


「ではお見せしよう────《大嵐(サイクロン)》の魔術を」


 そう言って、手に持っていた棒きれを天へと向けた。

 棒きれの先端部分にラギウスがやってみせたような紋様が現れ、光り始める。


 明らかに仕掛けてくる予兆だと感じ、身構えた。

 奴が使うのは《サイクロン》だと言っていた。魔術が見えたら、無理矢理にでも接近しよう。


「……?」


 急に生温かい風が吹いて、独特の匂いがした。

 この匂いは知っている。嵐の訪れを告げるそれだ。

 頭上の分厚い雲が轟音を響かせながら流れ始め、降り注ぐ水滴が広場の地面を濡らしていく。


「これは──」


 数度の瞬きをする間に、視界が遮られるほどの大雨が降り始めた。

 風はだんだんと勢いを増して、無視できないほどに強くなる。


 想像していたような攻撃ではなかった。

 辺り一帯の天候が、がらりと変化している。さらに異様なのは影響を受けているのが俺だけということだ。

 ダルムドや国王達は何事もなく平然と立っていて雨に濡れてすらいない。


「はっ!?」


 すぐ上から大きな音がして、とっさに後方に跳んだ。その直後、立っていた場所に飛来したのは稲妻だった。

 うねるような雷撃が、広場を焼いている。

 頑丈そうに見える白い床はあちこちが焦げて煙が上がっていた。

 もしもあの場に留まっていたら……一瞬で黒焦げになっていただろう。


「《大嵐(サイクロン)》は様々な属性と相性がよい。こうして自らの領域を創り出し戦いを有利に進めることも魔術の基本ですぞ」


 複数の属性を同時に扱えて、詠唱すらも必要としない。俺の知る魔術とは根本的な何かが違っている。

 ラギウスとの繋がりが切れた今、魔力の供給は途絶えている。消耗したら回復するための手段はない。打ちつける風雨の影響に加えて瘴気による防御でどれくらい魔力が削られるか判断できないことから、迂闊に距離を詰めることはできなかった。


 どう攻めようか決めあぐねていると──今度は幾重もの刃のような物体が眼前に迫ってきた。前に見た《サイクロン》によく似ている。


「くっ!」


 身体を切り刻まれる寸前で、どうにか伏せて回避した。

 攻撃の予兆らしきものが一切無い。原因は恐らくこの場を覆う《大嵐》の魔術によるものだ。しかし、頭では理解しているものの対策の施しようがなかった。


 強すぎる。

 勝てるというイメージがまったく思い浮かばない。

 どうしてこんな奴が今になって現れたのかという疑問しかなかった。


「負けを認めなさい、アーク! そうすれば私への非礼も許してあげるわ!」


 それでも、絶対に負けたくないんだ。

 ここで死んだらファティナに申し訳が立たない。


 再び空気を切り裂く音がして、今度は左右から首を狙うように風の刃が飛んでくる。


「うあっ!!」


 今回は避けられず、瘴気の壁を使って防いだ。

 魔力がごっそりと削られた。


「ぼんやりしていると首が飛びますぞ! ヘヒャヒャヒャ────むっ!?」


 突如、ダルムドの正面で大きな爆発が生じた。煙はすぐさま風に吹かれて霧散したが、奴の余裕は消え、代わりに険しい表情が見えた。


「ファティナ?」


 気が付けば、広場の中心に女が立っていた。

 何らかの奇跡が起こってファティナが生き返ったのではないかと期待したが、すぐに人違いだと分かった。

 その見知らぬ女は白の修道服を着ていて、髪も肌も何もかもが真っ白だった。それに加えて、頭の両側からは角が生え出ている。


「だから言っただろう。あの娘はもっと早くに始末しておくべきだったのだ」

「まさか……ラギウスなのか」


 その喋り方は特徴的で、聞き覚えがあった。


「ヒヒヒ、やはり現れたなラギウス。性懲りもなく無様に生き永らえていたようだ……」

「お前が来ることは予測がついていた。今日こそ決着をつけよう」

「汚らしい蛇の分際で、よくもこの私に大口を叩けたものだな。ええ? ラギウスよ」

「黙れ! お前はアスタル様を裏切り、この世界を裏切った!」

「それは違う。私以上にアスタル様の御心を理解している者などおらぬ」

「もうお前の口車には乗せられない。アークこそが我らに残された最後の希望。絶対に邪魔はさせん」

「とうの昔に廃棄された計画にみっともなくしがみつくとは哀れだな。所詮は魔物、何を説いても無駄だったか」

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