第百四話 人狩りのバルザーク
攻撃してこないのならば、こちらから動くことにする。
イオ達が覚えていたように、バルザークは既に俺の攻撃手段が【即死魔術】であることを知っている。
恐らくは、目視できる魔術であると踏んで斬りかかってきたが、当てが外れたことで一旦距離を取ったのだろう。
だが、魔術師と剣士では有利な間合いが異なるのに加えて、こちらはラギウスから魔力が供給され続けている。距離が離れればひたすら魔術を撃ち続けるのみだ。
《エクスティンクション》を放つ。
すると、また一瞬だけバルザークの前の空間に揺らぎが生じた。
二度、三度と繰り返してみるが、その都度同じことが起きる。
魔術防御のようだが、これまで目にしてきたものは障壁が展開されていたのでそれらとは性質が違うように感じる。
バルザークは構えを解かず、視線も逸らさない。
当然だが、何かしらの言葉を掛けてくるような様子も無い。
この男は、これまで対峙してきた冒険者達のように無駄話をするほど愚かではない。重装の剣士なのでひたすらに前に出てくるだけかと思いきや、意外にも冷静だ。
バルザークが、ついに構えを解いた。
力強く重剣を地面へと突き刺すと、おもむろに右手を前へと出す。
「……!」
炎が、奴の手元で燃えていた。
その中心で輝きを放っているのは、深紅の宝石が嵌め込まれた鍵。
俺の身体と一体化している二つの鍵の共鳴が、一際激しくなる。
──【炎熱の鍵】!
奴は鍵を使って何かを引き起こそうとしている──そう判断し、すぐに魔術を放つ。
だが、またしても命中する直前で何かに阻まれた。
踏み込むべきか判断に迷っていると、バルザークが炎を握り潰した。それと同時に、周囲に黒い霧が立ち込める。
無形だった霧は徐々に形を成していき、やがては人型へとその姿を変えた。
これが、バルザークのスキルの正体なのか?
ざっと数えて三十は超えるであろう、影のような人型達。
その外見はまちまちだった。
鎧を着た戦士らしき者もいれば、外套を着た魔術師、中にはぼろを纏った山賊のような風貌の影もいる。共通しているのは、本来目があるべき部分に白い二つの穴が開いているという点だけだった。
──まるで、生きた人間の影をそのまま抜き取ったかのようだ。
さらに観察すると、全身鎧に身を包んだ影が半数を占めていることに気が付いた。
いずれも形状が同一の剣や槍を持っていて、規則正しく横に並んでいる。思い浮かんだのは、どこかの国の騎士や兵士というイメージだった。
この影が《エクスティンクション》による即死攻撃を受け止めていたのか?
影が一斉に走り出した。
こちらも後ろに下がりながら《エクスティンクション》を撃って応戦しようとして──
「ぐっ!!」
──いきなり目の前で複数の爆発が巻き起こった。
てっきり接近戦になるかと思い込んでいたせいで、完全に油断していた。
見れば、奥の方で魔術師の影達が一斉に杖を天へとかざしていた。
影の行使する《エクスプロージョン》の魔術が、俺を狙ったのだとようやく認識する。
バルザーク自身の強さに加えて、人型の影による連携攻撃。もはや一人で何もかもが完結しているほどの異常な能力だった。
アレンやリュインも同じSランク冒険者という括りではあったが、それでもまだ想像できる範疇の強さだった。しかし奴はそうではない。仮に鍵を奪い合って彼らが衝突したら、一方的に殺されていただろう。
それにしても、バルザークはなぜこれほどまでの能力を有しているのか。
今のところ考えられるのは、トラスヴェルムでアレンが【流水の鍵】を用いてその身を竜へと変えたのと同じように、バルザークも鍵の力を利用している可能性だけだ。
「……ッ!!」
魔術師の影に気を取られている間に、今度は騎士の影が迫る。
影達はまるで軍隊のように統率が取れた動きで、あっという間に取り囲んできた。
飛んで後方に逃げるか?
だが影の騎士は想像以上に足が速い。それでは同じことの繰り返しとなるだろう。特に気をつけなければならないバルザーク自身による攻撃もあるかもしれない。
攻撃に備え、身構えた矢先だった。
不意に、何かが聞こえてきた。
「……?」
それは一つ一つの影から発されるひそひそ声だった。
『──気が触れ──』
『何をしているのか分かって──』
『これは反──』
『やめろ──助け──』
『家族がいる──』
『違う──悪気は──』
それぞれの影が、何事かを囁いている。
会話の内容はバラバラで、怒ったような口調だったり、命乞いをしているような声も聞こえた。
「ああ……そうか」
この影の正体は。
ついに、影の一つが飛び出してきた。
剣で斬りかかってきた影を横に避けると同時に、《エクスティンクション》で反撃する。
人型は形を保てなくなったのか、霧散していった。
残った影達は、特に気にも留めていない様子だった。それぞれが独立した自我を持って行動しているようにも見える。それとも、バルザークが操っているのだろうか。
奴らの相手をするうえで一番の問題は、やたらと数が多いことだ。
すべての影を同時に仕留めるには『マルチプルチャント』の能力が必要だが、なぜか発動できなくなっている。
能力一覧に赤いバツ印が付けられてしまったことと関係がありそうだ。強化された身体能力まで失わずに済んだのは不幸中の幸いだったが、一発ずつ魔術を撃ち続ける攻撃方法では後手に回る一方だ。詠唱不要とはいえ、間髪入れずに《エクスティンクション》を撃つことはできず、多少の時間が必要になる。これではいつまで経ってもバルザークまでたどり着けない。
別の騎士──今度は槍を構えた影が突撃してきた。
かわしざまに後頭部めがけて剣を突き刺そうとするが、横から盗賊らしき影が突如現れて短刀で突きを放った。
すんでのところで避けて剣で胸を貫くと、影は消え去った。
「一体どれだけ殺してきたんだ」
確信がある訳ではないが、見当はついた。
レベル上限が定められているこの世界において、バルザークが超人的な身体能力を得た理由──それは恐らく、奴の所有するスキルが人間を殺すことで能力が上がるものだからだ。
俺の持つ、『魂の回収』と似た能力の持ち主、それが奴の正体だ。
スキル本来の能力か、あるいは鍵の力によって人型を投影できるまでに至ったか。
「っ!!」
後方に立っている魔術師の影が再び杖を振る。
思い切り跳躍すると、今まで俺が立っていた空間が爆発した。
間一髪と思いきや、前方に黒い刀身が見えた。
影に気を取られている間に、バルザークが接近していた。俺が空中に逃げるのを先読みして、奴も跳躍していたのだ。
──しまった!
振り下ろされた大剣を、こちらも剣で受ける。あまりの衝撃に視界が揺れた。
空中で体勢が大きく崩れそうになるのをどうにかして堪え、着地と同時に一気に後退する。
バルザークは、既に影達の中に紛れて姿を消していた。
「……まさか、ここまでとはな」
奴の強さは冒険者と呼ぶには次元が違う。転身したホムンクルスであるイオが付き従っていたのも頷ける。
影が、さっきよりも増えていた。
その数は既に百を超えていて、この広場を埋め尽くそうとしている。
きっと、次で勝負を決めるつもりなのだろう。
「…………」
今のままでは駄目だ。
もっと強力な魔術が必要だ。
《エクスティンクション》を超える、どんな怪物をも慈悲無く、確実に葬り去る魔術が。
文字通りの必殺の一撃が、今こそ。
かつて、強敵と対峙した時の俺はどうしていた?
初めて苦戦したのは、緑翠の迷宮だった。
様々なことが重なって一つ目の鍵を探すことになり、鍵の守護者であるドラゴンと戦った。
そこで、《ルイン》という力を見出したのだ。
今ならば分かる。あれは確かに俺のスキルが願いに反応して、新たな魔術へと変化したのだ。
ならば、再び願うことが、きっと俺の力になる。
──【即死魔術】スキル。
もう一度、俺に力を寄越せ。
どんな代償を支払ってでも、敵を討ち滅ぼす無敵の魔術を。
そう強く願った瞬間、ぞわぞわとする感覚が全身を駆け巡った。
影だけの集団が、目前に迫っている。
ステータス画面を開く。
そこには、新たな魔術に関する記述が付け加えられていた。
『アナイアレイション:直線状に波動を放つ即死魔術。魔術防御を破壊する。この魔術は詠唱を必要としない。ただし、術者は寿命の半分を失う』
呼び声に応え、スキルが新たな魔術を創り出す。
どういう仕組みなのかさっぱり分からないが、今度は《ルイン》のように体力を失うどころでは済まなかった。
この魔術があれば、奴を倒すことができるだろう。
ただ、一度使えばその代償として、寿命──人生の残り時間を半分失うのだ。
どうでもいい。
どのみちこの男を殺さない限り、俺に未来など無いのだから。
そもそも未来とは何だ?
もうよく分からない。
さあ、決着をつけよう。
最後の鍵を手に入れるために。