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第百一話 堕ちたる魔術師アーク

 カシムの斧が頭に命中する直前で、その刃を素手で掴んだ。


「なっ!?」

「えっ!?」

「何だと!!」


 予想外の展開に、バルザークパーティの三人が同時に驚愕の視線を浴びせてくる。


 体力も気力も、この体には満ち満ちている。

 気分がいい。

 勝手に湧き出す高揚感のせいで、自然と声が漏れてきた。


「──ね、──ね」


 立ち上がり、狼狽(うろた)えるカシムを真っ直ぐに見据える。

 そして──


「死ね」


 両手でその首を絞めながら、呟く。

 びくりとカシムの身体が震えると、四肢がだらりとぶら下がった。

 目を見開き、動かなくなる。

 即死していた。


「カシム!?」


 困惑するイオを睨みつけながら、物言わぬ骸を地面に投げ捨てる。

 この手を汚すことへの罪悪感も、躊躇(ちゅうちょ)も、すべて消えた。


 ラギウスから様々な知識を与えられた今ならば分かる。

 行く手を遮る者は何もかも排除すべきだった。

 最初からこうしておけばよかったのだ。

 ここに来て、ようやく()は一つの真実へとたどり着いた。


「アーク様!」

「こ、これが【即死魔術】なのか……! イオ! 先に奴を殺せ!」


 対峙する二人が声を発した次の瞬間には、剣戟音が鳴り響いていた。

 【能力無効】が解除され、本来の力を取り戻したファティナとライルが戦いを再開する。

 両者とも強力なスキルを有する故か、判断が早い。


「あなたの相手は私だったはずです!!」

「チッ! 調子に乗りやがって!」


 ライルが薙ぎ払いを放つと同時に飛び退り、距離を取る。


「アイツ、傷が塞がってやがる……一体どうなってんだ」


 ラギウスとの会話は他の人間には聞こえていない。当然の反応だ。


 イオとライルは、こちらに向かってくる気配はない。

 即死攻撃を受けない距離を測っているのだろう。


 その間に、ファティナへと歩み寄る。

 はっきり言えば、戦力にならないので邪魔でしかなかった。


「退けファティナ。相手は俺がする」

「そ、それよりも傷は大丈夫なんですか!?」

「問題ない。このまま戦える」

「だったら、私も一緒に──」

「お前が他の誰よりも大切なんだ。これ以上怪我をして欲しくない。ここまでよくやってくれた」


 わざと芝居がかった口調で話す。


 ──ホムンクルスは、創造主たる人間の愛を求めている。

 愛されたいがために人間に手を貸し、気を引かせようと行動する。


 ファティナも例外ではない。

 自らの好意がまやかしに過ぎないことを、本人は一切自覚していないのだから。


 それにしても、彼女が『転身』していないのは幸いだった。

 転身と呼ばれる現象が起きたホムンクルスは、この制約から外れるのに加えて特別な力を得る。

 今のイオがそれだ。


「離れていろ。分かったな」

「はい」


 戦いの最中にもかかわらず、ファティナは恍惚とした表情を浮かべると文句の一つも言わずに後ろに下がった。


 正面右には、肩に短剣が刺さったままのメルが横たわっている。

 イオは危険を察知してか、早々に彼女のそばから離れた。


 王女は殺害対象だが、その気になればいつでも殺せる。

 何者かによって精神操作を受けているらしいが、仮に抵抗されたとしても戦闘能力は大したことはない。


 ステータスを呼び出し、能力を確認する。

 『能力一覧』には赤いバツ印が引かれていた。

 触れても何も反応がない。


 代わりに、別の半透明の板が現れた。


 『エクスティンクション:不可視の即死魔術を放ち、対象を即死させる。この魔術は詠唱を必要としない』


 その下には、いくつかの言葉が続いている。


 『術者にはラギウスより常に魔力が供給される』

 『鍵の探索を拒否した場合、術者は死亡する』

 『巫女に転身したホムンクルスを排除できなかった場合、術者は死亡する』


 ラギウスは、俺という存在が必要だと判断しつつも自由を与えるつもりはないらしい。


 おおよその状況は把握した。

 ライルへと視線を移す。こちらを警戒して身構えていた。


「っ!? 危ないっ! ライルよけて!」

「あ?」


 イオが叫ぶ。

 ガシャン、と金属が地面にぶつかる音がして、ライルはうつ伏せに倒れた。


 不可視の《エクスティンクション》が命中した。

 自分が魔術で攻撃されたことすら認識できないまま、槍使いの男はあっけなく絶命した。

 意味不明なほどに弱かった。


「ああっ……」

「次はお前の番だ」


 イオは苦々しい表情をしているが、構えた弓を手放してはいない。

 まだ完全に心が折れたわけではないようだ。


「……はっ! メルさん! しっかりして!」


 我に返ったファティナがメルのもとに駆け寄り、刺さっていた短剣を引き抜いた。治癒の魔術で彼女を回復し始める。


 余計なことを。

 まあいい。


 落ちていたラギウスの剣を拾い上げ、イオに向かって走り出す。


「ッ!」


 岩を穿つほどの威力で連射される矢を紙一重で避けつつ、後退するイオを追いかける。


 互いに空中に飛び上がった瞬間、イオが三本同時に矢をつがえて放った。

 正面と左右から迫る、頭部を正確に狙った攻撃──普通の人間には到底不可能な芸当だった。

 それらをすべて、剣で弾き飛ばす。


 着地してすぐに、頭上めがけて剣を振り下ろす。イオが腰の鞘から短刀を引き抜いてそれを受けた。


 衝撃波が巻き起こり、足元の地面が大きく(えぐ)れる。

 お互いに成長する能力を持つ者同士の戦いだ。

 イオのステータスも、俺と同等かそれ以上だろう。


 突きを放つ。うまく剣先を逸らされた。

 こちらの速度によく反応している。


「よくも……よくもあたしの仲間を!」

「先に仕掛けてきたのはお前だろう。それに──あのクズどもがそんなに大事だったのか? 弱すぎて気が付かなかった」

「っ!! 殺す!」


 イオは、首筋や心臓など急所を狙う一撃を次々と繰り出してくる。

 しかし、その動きは鈍い。

 仲間を失ったことで集中力を欠いているようだ。

 これは好機(チャンス)だ。


 剣による攻撃の合間にすかさず《エクスティンクション》を放つ。 

 すぐに察知したのか、イオは横っ飛びでかわした。


 通常では視認できない微弱な魔力の流れを感知している。

 【超集中】(ハイパーフォーカス)の恩恵だ。


 だが、ラギウスから無限の魔力が供給されるためいくらでも魔術を撃ち続けられる。

 長期戦になればなるほど、こちらが有利になる。


「時間の無駄だ。さっさと死ね」

「あたしは死なない! こんなところで死ぬわけがない!」

「仲間が死んだのはお前のせいだ」

「違う!」


 再び刃が交わる。

 すぐ目の前に、苦しげなイオの顔があった。


「お前の死は運命によって定められている。決して覆ることはない」

「ふ、ふざけるな……ここで死ぬのはあたしじゃない!! お前のほうだ!」


 防戦一方だったイオが、懐に飛び込んでくる。

 攻撃を繰り返すほどに、速さと精密さを増していく。

 それでも、刃が俺に当たることはない。


「くそっ! くそくそっ! なんで、なんで……これまで上手くいってたのに!」

「安心しろ。バルザークもすぐに後を追わせてやる」

「黙れ!」


 心臓を狙う致命攻撃をかわし、イオの頭を掴む。

 そのまま地に激しく叩きつけた。


「がはっ!!」


 硬い地面に亀裂が入り、陥没が生じる。


「話にならんな」

「あ、ああ……嘘だ……こんなの。あたしは、死にたくない……」


 イオの体から力が抜けて、ぐったりとする。

 うなだれているイオの髪を掴み上げ、顔を覗き込むと──焦点の合わない瞳が、こちらへと向けられていた。


 ボルタナの冒険者ギルドで出会った時の自信に満ちた彼女とは、まるで別人のようだ。

 いまさら、あの時の光景を思い出す。

 そう、これはあの日の出来事の再現なのだ。


「――どけ、ゴミ」


 容赦なくイオの頭を踏みつけ──それから、彼女に向けて手をかざした。

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