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第百話 救済の代償

 ……。

 …………。

 ………………。


 いくら待てども最期の時は訪れない。


「なんだ、これは……」


 代わりに現れたのは、停止した世界だった。


 あらゆるものが、その動きを止めている。

 自分だけが世界から切り離されたかのように思えた。


 この止まった世界は一体何だろう。

 薄れゆく意識が見ている幻覚のようなものだろうか。


「……ううっ」


 四肢に力を入れようとするが、微動だにしなかった。血を流しすぎたらしい。

 分かっているのは、自分が死にかけていることだけ。

 できることは、もう何もなかった。


 思い出すのは、かつて今と同じような状態だった自分だ。

 冒険者になってすぐの頃、森に入ったところでモンスターに襲われ、今のように木の幹にもたれかかっていた。


 あれからまだ、ふた月と経ってないのか。

 わずかな間ではあったが、人生の中で最も濃密な時間だったのは間違いない。

 英雄になれずとも構わない、普通でもいいと思っていた俺が、モンスターどころかSランク冒険者を相手に戦ってきたのだ。


 嘘みたいな話だが、それもじきに終わりを迎える。

 唯一心残りがあるとするならば、何も成し得ることができなかったことだ。

 俺に向かって何かを必死に叫んでいるファティナ。

 恐怖に支配された瞳でイオを見つめるメル。


 すまない。

 助けることができなかった。

 結局、俺はどこまでも無力だった。


 視界が暗くなっていく。

 しばらくそのままでいると、辺りはすっかり闇に閉ざされて、しまいに何も見えなくなった。


 静寂だけが支配する暗黒の中に、俺は一人でいた。

 時間の感覚は失われていき、思考にもやがかかり始め、自分の姿も思い出せなくなっていく。


『やはり駄目だったか』


 不意に、聞き覚えのある厳かな声が聞こえてきた。

 暗闇の中から二つの赤い光が現れて、うっすらと巨大な竜の頭の輪郭が浮かび上がる。


「……ラギウス」


 闇を蠢くその姿は、白い蛇。

 先ほど炎熱回廊で出会った、エルダーワームのラギウスだった。

 真っ暗だったはずの空間が、色を取り戻した。

 さっきまでの光景──カシムが俺めがけて斧を振り下ろしている場面のままだ。


「お前の仕業なのか」

『この空間内の時を止めた。とはいえ、私の魔術はアスタル様の真似事に過ぎない。あまり長くは保たないだろう』


 信じられない。

 時間を停止させるなどという魔術が、この世に存在するのか。しかし、目に映る光景がそれが事実であると物語っている。


『アーク、我はお前に期待していた。このような結果となってしまったことは非常に残念だ』


 ラギウスの口調は、洞窟で話した時と同じように落ち着いていて、しかし落胆も感じられた。


『間もなくお前は命を失い、その魂は在るべき場所へと還ることになる』


 要するに死ぬということだ。

 そんなことは言われずとも分かっている。


『だが、お前が二つの鍵を集めてこの地にたどり着いたこと。それは我にとって価値あるものと判断した』

「お前は嘘を()いたな」


 ラギウスの言葉を遮り、続ける。


「あの時、『鍵のことなんて知らない』と言ったはずだ」

『気が変わったのだ。我は、お前と取引がしたい』

「応じるとでも思うのか」

『我が望みを聞き届けてくれるのならば、この惨劇を回避する術を授けよう』


 望み。

 ラギウスの望みとは、なんだろうか。


『立て』


 体が意思とは無関係に立ち上がった。

 手に付いていた血が──腕を這うようにして体内へと戻っていく。

 カシムに負わされた傷は、まるで時間が巻き戻るかのように閉じて、斬られたはずの外套すらも元通りになった。


「……な」


 ラギウスがやったのだ。

 その力は、もはやモンスターと呼ぶには異常すぎる。

 人智を超えた、何かだ。


『お前には二つの道どちらかを選ぶ権利を与えよう』


 こちらの困惑を無視して、ラギウスは赤く輝く眼を細めながら告げた。


『一つは現状の維持。お前はこのまま目の前の男に殺される。当然だが、残る二人も生き延びることはない』


 奇跡でも起こらない限り、いずれファティナはライルによって倒される。

 メルなんて肩に短剣が突き刺さっているのだ。カシムのスキルによって治癒魔術も封じられているため、放っておけば回復もできずに死んでしまう。


『もう一つは、私の()()を受けることだ』

「処置?」

『魔術により、お前の精神構造を書き換える。そうすれば、お前は【即死魔術】の力をより強く引き出せるようになる。結果として全員が救われる』


 精神の書き換え。

 それをすることで、俺は強くなれるというのか。


『【即死魔術】は極めて高度な魔術だ。加えて、アルベインがこの世界に施した大封印を回避するための式まで組み込まれている。正攻法であれば、魔術を学び、段階を踏んで術式を習得するところだが、時間が掛かりすぎるためこの方法は使えない』

「何を、言ってるんだ……?」


 ラギウスの話が、何一つ理解できなかった。


 魔術は生まれ持つスキルにより、レベルが上がれば勝手に覚えるものだ。それがこの世界の常識であり、レベル上限1の俺がこうして冒険者として生き延びられたのは、スキル自体が成長するという特異な能力のお陰だったはずだ。


 アルベインとは誰だ。

 ラギウスが口にするアスタルという人物のことも、俺は何も知らないのに……。


『さあ、どちらか好きな方を選ぶがよい』

「即死魔術とは何なんだ」

『お前の選択如何によっては、知る機会が訪れるやもしれぬ』

「質問に答えろ! お前は一体何者なんだ!」

『時間の停止は長くは保たないと言ったはずだ。それに、お前には他にすべきことがあるのではないか?』


 ラギウスが頭を向けた先には、ファティナとメルがいる。

 大切なのは、二人を救い、鍵を手に入れること。

 選択肢などあってないようなものだった。


 ラギウスは、俺が死の運命を選ばないと知っている。

 だからこんなにも余裕があるのだ。


「『処置』を受けたら、俺はどうなるんだ……」

『今の人格は消え去り、新たな人格がお前の体を支配する』


 それは、まったくの別人になるということではないのか。

 外見は俺のままで、中身は別物。

 ラギウスの提案を受け入れることで、本当に二人を救うことができるのだろうか。


「望みは何だ」

『それはお前が生きることを選んだ時に教えよう』


 ダメだ。

 全てをはぐらかすラギウスを信じてはいけない。

 けれど、選択を受け入れなければどのみち二人は助からないのだ。

 敗れ去った俺はどうなっても構わない。けれど、せめて二人だけでも無事に帰したい。


「俺の命でどうにかなるなら、今すぐに二人を助けてやってほしい」

『そうではない。お前が死ぬことは我の望みではないからだ』

「なぜそこまで俺にこだわる」

『…………』


 また黙るか。

 好きにすればいい。


「処置とやらを受ければ、本当に二人は助かるんだな」

『案ずるな。我が保証しよう』

「……分かった」

『取引は成立だ。書き換えはすぐに済む。少しだけ待つがよい』


 俺が頷くと、頭上に不可思議な紋様が浮かび上がった。転移魔術を使った際にラギウスが見せたものと似ている。


『ここに契約は成った。我が望みを伝えよう』


 咆哮がひとつ聞こえると、視界が光に包まれた。

 あまりの眩しさに目を閉じる。


(なんじ)、即死魔術使いアークに命ずる──立ち塞がる者どもを破滅させ、三つの鍵を得て女神の祭壇へと奉じよ』


 俺たちの目的と同じだった。

 これが奴の望みなのだろうか。


()()()()


 口が、勝手に動いた。

 本当に人格が書き換えられ始めているのだ。


『敵対するホムンクルスの【超集中】(ハイパーフォーカス)には気をつけろ。過去の戦いではあれに何人もの魔術師がやられた。対処が難しいようであれば死霊術師(ネクロマンサー)を送る』

「分かった」

『それと、クレティアの娘は頃合いを見計らって殺しておけ。術者は不明だが、精神操作を受けている』

「分かった」


 ──は?


 約束が違う!

 二人の命は保証すると、そう言ったはずだ!


『【即死と破滅の魔術師計画】は、我らの悲願。邪魔する者に容赦は要らぬ。アルベインが何か仕掛けてくる可能性はあるが、予測が確かならば戦いにはなるまい』


 騙された。

 叫ぶこともできないまま、思考が徐々に俺ではない何者かに取って代わられていく。


 最後に()が見たのは──景色に亀裂が走り、音を立てて崩れ去る瞬間だった。

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