第十話 Sランク冒険者アレン
ボルタナの町の一角にある、貴族の屋敷と見紛うほどの豪華で大きな宿屋。
普段は貴族や大商人など地位の高い人間しか中に入ることができないその場所で、夜中、一人の少女が背の高い男に向かって何度も頭を下げていた。
「アレンさん! 今日はありがとうございましたっ! 私、これからも役に立つように頑張りますっ!」
彼女が頭を下げる度に、身に纏う白く艶のある大きめのローブが揺れた。
「いやいや、リーンさんの成長ぶりは素晴らしい。私の見立て通りで安心しましたよ。ものの二日足らずでレベル15に上がる冒険者など見たことがありません!」
「そ、それもアレンさんのお陰です! 私は何も……!」
リーンと呼ばれた神官の少女は、何とも申し訳なさそうにただおろおろとするばかりだ。
それに対して、アレンは優しく語りかける。
「この結果も、貴女の類稀なる才能と努力あってこそです。我々は仲間です。協力は惜しみませんよ。明日はもっとダンジョンの奥に行ってみましょうか」
アレンがそう告げると、リーンはその大きな瞳を輝かせた。
「はいっ! 頑張ります!」
「ええその意気です。今日はもう遅いですから、ゆっくり休んで明日に備えてくださいね」
「はいっ! では失礼します!」
リーンは深々と頭を下げると、早足で部屋を出て行った。
そしてアレンがその姿を見送ってからしばらくの後、部屋にまた別の女性が入ってきた。
「やあエリス、何かありましたか?」
アレンのパーティメンバーの一人、エリスは聖騎士という盾役に位置付けられる職業だ。
リーンと同じくレベル上限80という稀な存在である彼女もまた、アレンと同様にSランクの冒険者である。
彼女の持つ大盾による鉄壁の防御はモンスターからのあらゆる攻撃を防ぎ、パーティの戦闘を安定させている。
とはいえ、宿にいる今は鎧を脱いでおり、白いシャツに長めのスカートという普段着姿だった。
その姿はそんな血生臭い世界とは一切縁のない、長く赤い髪の美しい女性にしか見えなかった。
エリスは部屋にあるソファーに座り、腕組みしながら目を閉じる。
「また王様から連絡が来てたよ。『鍵』の探索はどうなってるのかって」
「やれやれ、我々も努力しているというのに国王様は本当に気が短いお方ですね」
貴族の屋敷にでもあるような背もたれに上等な象嵌が施された椅子に腰掛け、アレンは苦笑しながら呟いた。
アレン率いるSランク冒険者のパーティがボルタナの町にいるのには、理由があった。
だが、それは町の冒険者達が噂しているような、ただのモンスター討伐のためではない。
この地を治めるクレティア国王からの直々の依頼。
それはこのクレティアに点在するダンジョン、その最下層のどこかに存在するという『鍵』の探索だった。
その『鍵』とは一体何なのか。何に使うのかまではアレン達にも伝えられなかった。
だが、そんな依頼をアレン達が引き受けたのには理由があった。
提示された報酬が、爵位と領地だったからだ。
それはいくら冒険者をして金を稼いだところで絶対に手が届かないような破格の報酬だった。
(しかし、本当に妙な話だな……)
アレンは今一度考えを巡らせる。
突然冒険者にそのような報酬を与えるなどと言い出せば、クレティアの他の貴族連中が黙っているはずもない。
ということは、それを封殺できるほどの価値が『鍵』にはあるということになる。
(『鍵』には何らかの使い道があり、爵位や領地などとは比べ物にならないほどの利益をもたらすと考えるのが妥当だ)
だとすれば、爵位などよりもそちらをそのまま奪った方がより多くの利益が得られるだろう。
そうアレンは考えていた。
「で、あの子の事、いつまでああして甘やかしているつもりなの?」
「焦ってはいけませんよエリス。我々以外に下層のモンスターを相手にできる冒険者はごく僅か。無理に急ぐ必要はありません」
アレンのパーティには今まで回復を専門とするパーティメンバー、ヒーラーがいなかった。
実際にいなくとも何とかなっていたからだ。
だが、ボルタナの周辺にあるダンジョンだけはそれが通用しなかった。
他のダンジョンに比べて、異様にモンスターの数が多いのだ。
下層に近づけば近づくほどにモンスターは増え、それらはまるで侵入者を拒むように立ち塞がってくる。
どのくらい広いのかも分からず、勝手が違う迷宮はアレン達が予想していた以上のものだった。
そのため彼らは下層に入り探索をしたものの、戦闘が長く続いたためポーションが底を尽き途中で帰ることを余儀なくされてしまった。
それを解決するため、アレンはヒーラーを探すことにした。
だがアレン達に見合うほどの能力を持つヒーラーなど早々見つからなかった。
そうして冒険者ギルドをたまたま訪れていた時、高いレベル上限を持ち、神官のスキルを三つ保有するリーンを見つけたのだった。
アレンが交渉すると、リーンはすぐにのこのこと付いてきた。
そうして彼女のレベル上げを手伝いながら、着実に探索をする方針に変更したのだった。
そして実際、アレンは本当に焦っていない。
何故かと言えば、ボルタナの町に今現在いる冒険者のほとんどはダンジョンの下層はおろか中層にすら到達できない者達ばかりだったからだ。
「けど、何日もあの子の成長を待っていたら『鍵』の探索が遅れる。バルザーク達が先に見つけてしまうかもしれない」
国王は、アレン以外にも複数のSランク冒険者パーティに同じ命を与えているらしかった。バルザークのパーティもまた、同じく国王から招集された。
「一つだけあっても仕方ないでしょう。それに、最後の最後に私達の手の中にあればいいのです」
クレティアの国王から聞かされている話によれば、王国の領土内に存在する鍵は全部で三つだという。
確かにエリスの言う通りバルザークはアレン達と同じSランク冒険者で、同じく王命を受けた厄介な相手だ。
だがしかし、アレンは彼らに負ける気は一切していなかった。
バルザーク達のパーティにもヒーラーはいないはずだからだ。だからそれほど奥までは行けないはず。
更に彼らは悪名ばかり轟かせているため、わざわざそんなパーティに入ろうとする者はボルタナにはいないだろう。
「何か新しい情報は?」
「今のところは何も。バルザーク達は西の方に行ってるし、東の『緑翠の迷宮』はまだ手付かずのまま。昨日、中層のモンスターが上層に出たって話で冒険者ギルドが慌てていたみたい」
「たかだか中層のモンスター程度で騒いでいるようであれば、尚更下層に到達することなどできないでしょうね」
「今のところは、そういう冒険者はいなさそうね」
これもアレンが予想していた通りだった。
(いずれにせよ、最後に全てを得るのはこの私だ)
そう考えながら、アレンは窓の外に見える夜の町を眺めたのだった。