第一話 最弱認定
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→2022/05/05 内容を一部修正しました。
「能力の鑑定、どうなるのかな」
「そうだな……」
──数多くの冒険者で賑わう町であるボルタナ。
俺と、幼馴染のリーンは、その一角にある冒険者ギルドを訪れていた。
理由は、冒険者になるためだ。
冒険者とは、各国に支部を置く組織である冒険者ギルドに自らを登録し、様々な依頼をこなして報酬を受け取る者のことを指す。
ある者は人々の暮らしを脅かす凶悪なドラゴンを討伐し、英雄として名を馳せ──またある者はダンジョンの奥に眠る財宝を持ち帰り巨万の富を得た。
そんな冒険物語を読みながら故郷の村で幼少期を過ごしてきた俺達は、成人となる十六歳を迎えたら二人でパーティを組もうと誓い合っていた。
──自分が物語に出てくるような英雄になれるとは思っていない。
それでも、冒険者としてのこれからの生活に期待せずにはいられなかった。
「……ふぅ」
はやる気持ちを抑えるように、息をゆっくりと吐きだす。
今、俺達はギルドのカウンター前に出来た列に並んでいる。
『冒険者登録』、『能力鑑定』──この二つをしてもらうためだ。
自身の潜在的な能力を確認できるのが、『能力鑑定』だ。
本来なら有料だが、ギルドで冒険者登録をすれば無料で受けられる。
随分と大盤振る舞いに見えるが、これはギルドが常に優秀な能力を持つ冒険者を求めているからだそうだ。
「何だかドキドキするね……。私には、どんな能力があるのかな」
隣に立っているリーンは、馬車を降りてからずっとそわそわしっ放しだ。
そんな、彼女の横顔を眺める。
長く美しいブロンドに、吸い込まれそうな蒼い瞳。肌は雪のように白く、ただの村娘とは思えない美人だ。上等なドレスを着れば、それこそ貴族の令嬢に間違えられても不思議ではないだろう。
「アーク? どうかした?」
「いや……何でもない」
視線に気付かれて、彼女から慌てて目を逸らした。
──俺は冒険者として依頼をこなし、ある程度金が貯まったら指輪を買って、彼女に告白しようと考えていた。
ずっと一緒に育ってきたし、これからも一緒にいたい……そんなふうに思っていた。
それを達成するためにも、これからは俺が彼女を守らなければならない。
だから、そんな能力が欲しいと思っていた。
「次の方、どうぞ」
カウンターに座る受付嬢さんの声が聞こえてきた。
ついに俺達の順番が回ってきたようだ。
運命の時である。
リーンの背中をぽんと軽く叩いて、声を掛ける。
「先に行ってきなよ。俺がとんでもない能力だったら、その後じゃ肩身が狭いだろ」
彼女の緊張が解けるよう、冗談めかして言う。
「もう、何言ってんだか……」
リーンが呆れた口調で返すが、先程までと違い、その表情は幾分か柔らかい。
「それじゃあ、私が先ね」
リーンは目を閉じて深呼吸を一つしてから、「よしっ」と意気込んで受付嬢さんの座るカウンターへと歩いて行った。
そうして、少し離れた位置でしばらく待っていると──
手に持った紙を眺めていた受付嬢さんが突然、「こ、これはっ!」と声を上げた。
「リーンさん、あなたの能力は英雄クラスです!」
「えっ?」
受付嬢さんの言葉に、冒険者達の視線が一斉にリーンへと注がれる。
「あなたの『レベル上限』は80! 『スキル』は【治癒魔術】、【大司祭】、【女神の加護】です!」
「レベル上限80!? ウソだろ!?」
「どれも神官としては最高峰のスキルばかりじゃないか!」
「スキルが三つあるってだけでもとんでもないのに!」
あちこちから、称賛の声が聞こえてくる。
「え? ええと……?」
が、当の本人であるリーンはただオロオロとするばかりだ。
本当に自分に起こった出来事なのか、信じられないといった様子だった。
「冒険者ギルド一同、リーンさんの今後のご活躍をお祈りしております!」
三人並んでいる受付嬢さんと、更にはカウンターの後ろにいる職員まで、全員が笑顔で喜んでいる。
予想を超えた、とんでもない奇跡が起こったかのようだ。
この結果には、俺すらも驚いてしまった。
「は、はいっ! ありがとうございますっ!」
リーンは何度もカウンターに向かって頭を下げると、俺のところに戻ってきた。
「すっ……すごいじゃないか! リーン!」
「う、うん! 自分でもびっくりした!」
「まあ……そりゃびっくりもするよな……」
──人は生まれながらに『レベル上限』と『スキル』という二つの力を持っている。
『レベル』は一定以上モンスターを倒すと上がり、様々な能力が上昇する。
だがそれには上限が決まっており、一般人ならば20から30、50なら上級騎士相当、70以上なら英雄クラスと言われていた。
また、『スキル』はその人の才能とも呼べるものであり、リーンのように【治癒魔術】を持つ者は傷を癒す魔術を扱うことができる。
普通ならスキルは一つだけだが、ごく稀に複数持つ者もいるという。リーンの場合はそれが三つもあるというのだから、驚かれるのも無理はない。
「リーンの職業はもう神官で決まりだな」
治癒の専門職である神官は、大半のパーティには必ずいる重要な職業だ。
もっとも、神官と呼んではいるものの、実際に神に仕えているわけでもなく、昔から慣習的にそう呼ばれているというだけなので、信仰心が必要なわけでもないのだが。
「そうだねっ! アークならきっと剣士とか聖騎士のスキルだよ!」
「ああ! 任せとけ!」
剣を片手にモンスターを片っ端から倒していく自分の姿を想像しながら、俺はカウンターへと向かった。
「冒険者登録をお願いします。名前はアークです」
「かしこまりました。それでは、置かれている水晶玉に手をかざしてください」
リーンが神官になるなら、俺は前衛の職業に関係するスキルが組み合わせ的には最高だ。
理想を言えば、剣を扱えるスキルが良い。
俺は言われた通り、水晶玉に向かって手をかざす。
すると玉が輝きだし、すぐ横に置かれていた紙に文字が浮かび上がった。
受付嬢さんはそれを手に取って眺め──
──そして、「ぷっ」と噴き出した。
「あなたのレベル上限は1。スキルは【即死魔術】です」
「は?」
その途端、ギルド内は大爆笑に包まれた。
『ぶははははっ! 聞いたかよ今の! レ、レベル1だってよ!!』
『レベル上限1なんて初めて見たぜ!! 世界最弱じゃないのか!』
『しかもスキルが【即死魔術】って! 両方大外れだ!』
冒険者達が腹を抱えて大笑いする中、俺はただ一人愕然としていた。
俺のレベル上限は1──つまり、どんなにモンスターを倒してもこれ以上強くなることはない。
さらに、所有するスキルは【即死魔術】。
これは魔術を扱うためのスキルの一つだが、はっきり言って評判は最悪だった。
なぜならば、即死魔術は成功すればどんな相手も一撃で倒すことができる代わりに成功率が異常に低いと聞いていたからだ。どのくらい低いかと言うと、この世界で最弱と言われているモンスター、スライムにもほぼ成功しないぐらいの確率だという。
要するに、まったく役に立たないスキル──外れだった。
俺は受付嬢さんから差し出された冒険者カードを受け取ると、おぼつかない足取りでリーンのもとへと戻った。
「ア、アーク……大丈夫?」
リーンも不安げな表情で俺の顔を見ていた。
大丈夫なわけない。
これでは冒険者としてやっていくことなど到底無理なのだから。
──もしかして、これは夢か何かではないのだろうか。
そんなふうに思って、頬をつねってみる。
しかし、何も起こらない。ただ、現実の痛みだけが確かに残っていた。
「少し、よろしいですか?」
そうして絶望していたところで、声が聞こえた。
振り向くと、そこには真っ白な美しい鎧で身を包んだ、背の高い男が──優しげに微笑んでいた。
彼のすぐ後ろには、三人の女性達がいる。いずれもリーンに負けず劣らずの美人揃いだった。
「あの、あなたは……?」
「私の名はアレン。Sランク冒険者パーティのリーダーをしています。突然ですが、リーンさん。神官として、貴女に是非私のパーティに加わっていただきたいのです」
彼の言葉に、周囲の人々が驚いた。
「えっ!? あれがSランク冒険者アレンのパーティなのか!」
「アレンのパーティといえば、全員がレベル70超えの化け物揃いって話だろ?」
「国王様が直々にお会いになる方なんだって!!」
『ランク』とは、最低の『E』から始まる冒険者の功績に応じて分類される序列のようなものだ。
その中でも、Sランクというのは最高位──ごく限られた、一部の最強と呼ばれる冒険者にしか与えられないという。
でも、どういうことなのだろうか。
どうしてそんな人間が、ついさっき登録を終えたばかりのリーンをパーティに勧誘するのだろうか……。
経験や知識どころか、レベルだってまったく追いついていないはずなのに。
「えっ!? で、でも私、まだ冒険者になったばかりで……」
「気にしなくとも大丈夫ですよ。パーティに入ればすぐにレベルは上がります。貴女の才能は本当に素晴らしい。その才能を私達のため……いや、人々のために役立ててはくれませんか?」
アレンと呼ばれた男はそう告げると、リーンに向かって微笑んだ。
「すげぇ……! 新人なのに、アレンのパーティに入れるだなんて!」
「まさに、俺達とは住む世界が違うってことか……」
ざわめくギルドの冒険者達の声を受けて、俺の心は不安でどうにかなりそうだった。
リーンならもちろん断るに決まっている。
俺と一緒にいてくれるはずだと……。
それなのに──リーンの表情には、今まで見せたことのない迷いがあった。
「な……おい、待ってくれよ、リーン。村を出た時、俺と一緒にパーティを組んでくれるって……」
言いたいことが、上手く言葉にできない。
それでも何とかリーンを思い留まらせようと必死に話すが、彼女は──少しも目を合わせようとはしなかった。
「……ごめんなさいアーク。私は、貴方と一緒には行けないわ」
「そ、そんな……」
その場で腕組みしながら事の成り行きを見守っていたアレンは、俺達の会話を聞いた後、笑みを浮かべた。
「アレンさん、私をパーティに入れてください」
「良い判断ですね。では早速、装備を一通り揃えに行きましょうか。それから、冒険者としての心構えなど、私の知る限りをお教えしましょう」
「はい。どうかよろしくお願いします」
アレンは馴れ馴れしくリーンの肩を引き寄せると、仲間達と共に颯爽とギルドを出て行った。
──このやりとりの中で一つだけ理解できたことは、Sランク冒険者であるアレンにとって、俺の存在は認識すらされないものだったという事実だけだった。
「なんか、ここまで来るとアイツ可哀想だな」
「まあ、今回ばかりは相手が悪かったと思うしかねぇな……」
ただ一人取り残された俺は、ただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
残されたのは、レベル上限1と、【即死魔術】のスキルという──どうしようもない組み合わせの能力だけ。
「……駄目だ」
──追いかけなければ。
そう思った。
追いかけて、リーンを連れ戻さねばならない。
それでどうにかなるのか、事態が好転するのかは、正直俺にもよく分からない。
だとしても、今はどうしてか、そうしなければいけないと思った。
気付いた時には走り出していた。
しかし、ギルドの扉をくぐろうとしたその直後、突然強い衝撃を受けた。
あまりにも咄嗟のことだったため、何もできずにそのまま床へと倒れ込む。
「ぐっ!?」
何とか起き上がろうとしたところで、恐ろしい気配がしたような気がして、上を向いた。
そこにいたのは──重厚な漆黒の鎧を着込んだ大男だった。
髪は白く、顔に大きな傷痕がある男だ。
「――どけ、ゴミ」
その鋭い眼光に睨まれた俺は、何も言えずにただ見つめ返すことしかできなかった。
「あ……あ……」
今何かを口にすれば──きっと殺されると感じたからだ。
身体はがたがたと震えて、動くことさえままならない。
「ちょっとちょっとぉ、そんな言い方ってあるー?」
男のすぐ後ろからひょっこりと現れたのは、獣の耳と尻尾が生えた獣人である、猫人族の少女だった。
「君さぁ、ずっとそうしてると殺されちゃうよ?」
少女は俺の顔を見下ろしながら、けらけらと笑った。
そんな彼女の言葉ではっと我に返った俺は、すぐに立ち上がり、なんとかギルドの壁際まで移動した。
「……バルザークのパーティだ……」
「噂じゃ、口論になった他の冒険者を半殺しにしたって話だぜ……何でボルタナにいるんだよ」
「しっ! 声がでけえよ……目を付けられたら、何されるか分かったもんじゃねえ」
「バル、ザーク……」
バルザークという大男のすぐ後ろには、先程声を掛けてくれた猫人族の少女と二人の男の冒険者が歩いていた。
全員、見たこともないような素材で作られた鎧や服を着ている。
彼らを見て、理解してしまった。
俺は、ここにいてもいい存在じゃないのだと。
リーンを追いかけようという気持ちは、既に失われた。
そして──俺はただ、冒険者ギルドを去るしかなかった。