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〜三人寄っても色気は出ないのに謎の扉は出る〜



6月。曇りと雨を繰り返す天気。

昼間だというのに夕方のような暗さを帯びたどんよりした空気が人々に纏わりつく。

髪が湿気でまとまらない。

自転車で行けない人もバスに乗って満員になる。

傘を手に持つのが邪魔。

水たまりの泥が跳ねて服も靴もぐしゃぐしゃ。

外で遊べない。


多くの不満が湧き上がってはため息となり吐き出され、霧散していく。


前田千代は頬杖をついてぼんやりしていた。

今日の天気はいっそ清々しいと言えるほどの雨でいつもは空席がちらほらとある駅ビルのカフェも、今日ばかりは満員だ。窓から外を見たところで不規則に窓を流れる雨に景色を歪められてしまっては、スマホを見るしか時間を潰せそうにない。行くあてもなく、だからといってこの傘など意味を成さないような雨の中を帰るのも気が引ける。この湯気を立てるホットココアを最初は少しずつ飲み進めていたが、飲みきってしまってはここにいる確固たる理由がなくなるような気がして、あと二口分くらいを残しソーサーに置いた。

もう少し、もう少しだけとスマホをいじりながら様子見をしているのは一人ではなく、それもまたこのカフェの満員状態に拍車をかけていた。

一歩外に出れば叩きつけるような雨の洗礼を受け、駅ビルに入ればひんやりとした風が通り濡れた体をじわじわと冷やしていく。店が立ち並ぶ二階には多種多様な衣料品や食料品が売られており、梅雨シーズンにオススメのニューアイテムなどと謳ったコーナーもあるものの、この一時の不快感から逃れるためだけに何かを購入するというのも、躊躇われる。1度その術を知ってしまえば、いつ終わるともわからない梅雨のシーズンに散財を繰り返してしまうかもしれない。それを繰り返せるほど持ち金に余裕もない。

再検討の結果、導き出された最善の策は結局カフェに居座ることであった。


不意に、停滞した状態に終わりを告げる音がする。その音の発信源であるスマホに手に取り、通知されたメッセージを開く。


『お仕事おわた!!!!』


端的な言葉の中に、仕事が終わった喜びが顕著に表れている。


『おつかれー! どこいる?』

『今、従業員通路歩いてたから本屋の前で待ってて!! 踊っててもいいよ』

『本屋ね、了解』

『スルーしないで!!』


最後のツッコミは通知のみで見て、既読にはしない。その意図に気付いたのか、大量のスタンプが送られてくる。鬱陶しいほどゴリラ推しで通知が溜まる。ピロン、ピロンと鳴るのも腹が立つ。

そっとマナーモードに切り替え、本屋へと急ぐ。会ったらまずこの鬱憤を晴らそう。そう決めた。


※※※


「……ねえ、これひどくない?」


千代は先程までやり取りをしていた伊達彩子と無事に駅ビル内にある本屋で合流することが出来た。

いたずらに挑発するようなスタンプを大量に送ったのは彩子自身であったが、報復に何かされるのではないかと内心ビクビクしていた。しかしながら、予想に反して千代は笑顔で「お疲れさま」と労わるようにさりげなく手を差し出した。

ほっとした彩子はなんの躊躇いもなく労いの握手を受けると咄嗟に手を離す。

千代のにこにことした表情は変わりがないが自分の手を見るとベチャベチャに濡れていた。


「めっちゃ濡れたんだけど」

「やったね。さっきのスタンプの代わりに傘についた水滴手でなぞって握手してやろうと思いました」

「なんでよ!!」

「同じくらいの不快感は与えられるかなって」

「いやいや、こっちの方が不快だし!」


彩子がちゃっかり千代の服に拭こうと手を伸ばすと、千代はヤンキーばりのメンチを切って威嚇をした。その瞳が恐ろしすぎて思わず「ひぇぇ……」と声が出る。

可愛子ぶって震えていると、ふと、もう1人の友人がいないことに気がつき、チャンスだと言わんばかりに口を開いた。


「ってかタケナカまだ来てないの?」

「うん、まだみたい」

「マジかよ遅刻じゃん、夕飯奢らせよ」

「いいね、あと一分以内に来なかったら夕飯奢らせよ」

「ラッキー! いやー、タケナカあと五分くらい遅れて来ないかなー?」


二人はこういう時ばかり意気投合して、早く来ないようにとしょうもない祈りを捧げている。

しかし、無情にも通路の奥から小走りで駆け寄ってくる見慣れた姿を発見してしまい深いため息をついた。


「お待たせぇ」

「おつかれさまー」

「待ったわ! 遅刻だから夕飯奢って!」

「ええ、いきなり何この人……。まだ約束した時間前じゃん」

「うちより遅くきたから遅刻なの!」

「うっわ。理不尽極まりない、引くわ」


合流した竹中怜佳は会って早々にふっかけられる無茶苦茶な言い分の彩子に対して軽く腹パンを喰らわす。彩子はウゴォ、と大袈裟な呻き声を挙げると同様に怜佳のお腹へパンチを繰り出す。しばらくその応酬は続く。

やっていることはまるで猫のじゃれ合いのようだが、アラサー女子の“それ”など可愛くもなんともない。

その光景に見慣れすぎた千代は呆れた目で見つつ、目的地へと向かう新幹線の時間を確認していた。


「はいはい、そこのいつまで経っても小学生みたいなお二人さん。そろそろ時間ですよ」

「はーいマエダ先生」

「マエダ先生、彩子ちゃんが一向にパンチを止めてくれませんいじめですぅ」

「怜佳ちゃんが何度もやり返して来るから更にやり返しているだけなのでわたしは悪くありませんー」

「君たちは小学生以下だわ」


一度事態は収拾しかけたかのようにみえたが、燻った火は再度勢いを取り戻しパンチの繰り出し合いが始まる。

いつまで経っても話が進まない二人を見かねて、千代はスマホをポケットにしまうと向かい合う2人の右手をそれぞれ掴んだ。


「ひ、ひぃ……」

「あっ、あっ……」


千代は口元に笑みを浮かべてはいるののの、目は決して笑っていない。加えて握られた手からはギリギリと音がしてどんどん血の気が失せていくのがわかり、二人は連動したかのように震えていた。


「くだらないことやってないでさっさと仲直りの握手しようねー。ちゃんと出来るかなー?」

「すみません出来ます! すぐします! ね、ダテ」

「え、えータケナカと握手なんて…いたたたた! いやいや嘘です嘘ですちょっと言ってみただけなんですすぐ握手しますしたいですさせてくださいうちらちょう仲良しなんで仲良く手を繋いで歩きたいくらいです!」


すぐに身を正した怜佳と違いもうひとふざけしようとしていた彩子は、孫悟空の頭の輪の如く腕を締め付けてくる痛みと口元からすらも笑みが消えかけた千代の顔を見て、恐怖から一気に思ってもいないことまで口に出してしまった。

長年の付き合いがあるこの三人。彩子がそんなことを言えば次の展開がどうなるかなど容易く予想が出来てしまい、怜佳は掴まれていない方の手で顔を覆う。そんな怜佳の様子を見て冷静な判断が戻った彩子が慌てて口を開こうとしたが、もう遅かった。

千代は彩子の言葉に不敵な笑みを浮かべると掴んだ手を近付け握手をさせ、言った。


「そっか! じゃあ二人とも新幹線に乗るまでそのまま仲良く手を繋いでてね! 離したらダメだよ」


こうなったが最後。

言われた通りに実行するほかない。実行しなければそれよりも恐ろしいお仕置きを喰らう。

「さ、行くよ」と改札へ向かう千代の後ろをついて行く彩子と怜佳は、いい年したアラサー女子二人が手を繋いで歩くということへ好奇の視線を全身に浴びながら羞恥に耐えていた。

お互いに視線は合わせない。

しかし、お互いの手は鬱血しそうなほど強く握り合っている。


「あそこでダテが余計なこと言わなければこんなことにならなかったのに…」

「うるせー、うちにパンチをした辺りで共犯だから。その後の発言責任も半々だから」

「責任転嫁するなし! そもそも理不尽なこと言ったのはそっちだ!」

「それに対して物理攻撃してきたのはタケナカだし! 暴力ゴリラ!」

「ゴリ……!? そっちなんかアホゴリラだわ!」

「はん、暴力ゴリラよりアホゴリラの方が愛されるもんねーやーい暴力ゴリラー!」

「うっわちょう腹立つ別に人間にしろゴリラにしろモテないくせに!」

「はあああ? おま、言っていいことと悪いことが」


「仲良くしろって、言ってんだよお前ら」


二人の言い合いがヒートアップしていった中で、急に氷河期が訪れる。

千代の体は前を向いているが肩越しから二人を見る目には殺意にも似た鋭さがある。元ヤン、とまでは行かないが誰をもその鋭い目つきと反論を許さない口調で恐れさせていた実績を持つ千代に、バカばかりやっていた彩子ものほほんとして生きてきた怜佳も敵うはずがない。

命の危機を本能的に感じ取った二人はお互いに模範的な笑顔で、汗ばみながら握っている手を見せびらかすかのように前後へ振りながら歩き出す。

さっきとは打って変わってスキップでもしそうなほど足が軽やかである。


「えー、マーちゃんどうしたのー? うちらマブダチだからちょう仲良しだよ?」

「そ、そうそう! 今のも仲良すぎて人間の枠を超えてゴリラに見えてきたみたいな意味だし!」

「(意味わからんけど……)だよね! もうゴリラ語でも話せるくらい仲良し! ウホ、ウホホッ」

「(こいつ何言ってんだ……)う、うほ……ぶはっ!」


突然彩子に仕掛けられたゴリ語会話に怜佳は笑いながら必死についていこうとしている。仲の良いところを見せなければ旅行先が天国になってしまうかもしれない。

その努力の甲斐もあり、暫く絶対零度の目で見ていた千代は「ちゃんと仲良くね」と言い再び前を向く。

なんとか龍神の怒りを鎮め、安堵して気を抜いていた二人が気付くことはなかったが、この後暫く千代は口元を押さえ肩を震わせながら、必死に笑いを堪えていた。


無事に発券を終え改札を抜ける。

行き交う人々はさまざまな格好や荷物で、旅行や出張あるいは帰省、部活の遠征など目的の想像を促す。特にも今日は木曜日で旅行目的なのか、三人と同様に大きなキャリーバッグを引き待機している人が多い。

千代は発券したチケットと電光掲示板を見合わせて乗り場を確認する。


「はやぶさ東京行きは十二番線だからあっちのエスカレーターだね、……なにやってんの?」

「さっきタケナカが改札通る時に足引っ掛けてきたから靴脱げてちょう恥ずかしかったんですけど!」

「だからごめんって言ってるじゃん! ただの事故だしそもそも急に立ち止まるダテも悪いじゃん」

「うまく切符が取れなかったの!」

「どんくさいな!」

「いつもポヤポヤしてるタケナカにだけは言われたくないね!」

「……はあ」


千代は大きく深いため息をついた。

新幹線に乗るまで手を繋いでいるように指示をしたものの、大きなキャリーバッグを手に改札を抜けるのは流石に難しく、他の人へ迷惑をかけてしまうかもしれないからと一時的に離すことを許可した。

別口の改札を使った千代と違い、並んで改札を抜けようとしていた彩子と怜佳は早々に問題を起こし、先程から絶え間なく文句の言い合いをしている。

三人が友人になってから今年がちょうど十五年になるのだが、仲の良さが増す一方で実にくだらないやりとりが増えた。険悪さのない口喧嘩など微笑ましく思う人もいるが、あまりにも内容が小学生のような、もしかしたら小学生以下ではないかと思うほど中身がない。そんなやり取りが十五年。アラサーと呼ばれるいいオトナにもなったのに、仕事もするしお酒だって飲めるのに、いつまで経ってもこの三人の感覚は変わらず出会った頃のままだった。

だからこのやり取りもいつものことといえばその通りではあるが今回は時間に限りがあるのだから、いつまでも無駄に時間を使われては困る。

千代はもう一度大きくため息をつくと二人に向かって口を開いた。


「ちょっと」

「暴力ゴリラ! ウッホホ星人!」

「二人とも」

「アホゴリラ! 星人なら人じゃんやったね! ゴリラはダテだけだわ!」

「いい加減に」

「じゃあウッホホ星ゴリラ!」

「しないと」

「それただのウッホホ星に住むゴリラみたいじゃん!」


話を聞かない二人に温厚に済ませようとしていた千代の堪忍袋の尾が切れる。

ゆらり、と言い合いをしている二人に近付きそれぞれの手をそっと握る。優しく包み込まれた手に二人が驚いて千代の顔を見ると優しく微笑んでいた。

しかしこの三人、長い付き合いがあるからこそ千代のこの笑みはやばい笑みだということを知っていた。先程の痛みが記憶から蘇る。


「ひ、ひぃ……」

「あっ、あっ……」


完全にデジャブである。

ただ、先程と違うのは千代が手を優しく握った後指を滑らせ親指と人指し指の間を挟むようにしていることだった。

二人がはっと気付いてももう、遅い。


「二人とも普段仕事で疲れて鬱憤が溜まっているんですねぇ。わたし、ツボ押し得意なのでやってあげます、ねっ!」


ギュッと指に力を入れられれば体の芯に響く痛みにもはや声も出ない。

無駄に丁寧な言葉遣いもまた恐怖を駆り立てた。

もう絶対にこいつとは喧嘩しない!と人生で既に何回も立てた誓いを気持ち程度、もう一度立てた。


「まったくもう、御縁記念十五周年というめでたい旅行時に喧嘩なんてしないの。怪我でもしたらどうする」

「あ、あの、今のマエダさんのやつが一番……あ、いえなんでもないです!」

「ダテのバカ! 余計なことを言うな! 死ぬぞ!」


鋭い視線を向けられた彩子は秒で姿勢を正す。怜佳は爆弾ばかり落としてくる彩子に内心ハラハラとイライラを覚えていた。


「大変申し訳ございませんでした……い、いのちだけはお助けを……」

「君たちわたしをなんだと思ってる」

「それはとても私共の口からは……」

「それだけでもうわたしに失礼だわ! まったく、ほらエスカレーターでホーム行くよ! 本当に時間ギリギリだよ」


千代はズカズカと十二番線のホームへ繋がるエスカレーターへ向かう。彩子と怜佳も慌ててその背中を追うが、エスカレーター前で千代が急に立ち止まり、それに合わせて二人も急ブレーキをかけた。


「あっぶな!」

「まさかのマーちゃんにトラップを仕掛けられるとは!」

「いや、ちが。……二人とも、なんか違和感ない?」

「あー、確かにいつもイタズラを仕掛けるのはダテが多いけど私からしたらマーちゃんも結構イタズラ好きだからそんなに違和感ないかな」

「わかる。結構マーちゃんイタズラしてくる」

「そこじゃねーわ」


二人に冷静なツッコミを返しつつ、千代はエスカレーターを指差す。

つられて二人もエスカレーターをじっと見る。


「……あ、上りのエスカレーター、一本増えた?」

「ほんとだ。前は上りと下り一本ずつだったかのにね」

「改修工事してたとかも一切聞かなかったし、そもそもそんなに簡単に増やせるとは思えないんだけど……」


下りのすぐ左横にある上りエスカレーターのさらに左横にはもう一本のエスカレーターが正常に動作している。

混雑緩和のために設置したとも考えられるが、数日前に彩子が東京へ出張した際にはなかった。

建設に関する専門的な知識のない三人にこれ以上の追究は出来ない。しかし短期間で誰の耳にも入らずホーム行きのエスカレーターなど設置できるのだろうかーー。違和感だけは拭えなかった。


「ま、まあ何人か利用してる人もいるみたいだし大丈夫っしょ!」

「ダテは相変わらずテキトーだな……」


その時、アナウンスと共に新幹線がホームへ入ってくる音がする。


「やば! 来ちゃったじゃん!」

「背に腹はかえられないよね、行こう!」

「あ、ちょっ……、仕方ないか」


違和感に後ろ髪を引かれながらも三人は急いで空いているエスカレーターへと足をかけた。


新幹線の姿を確認し慌てて近くの扉から中へと入る。

妙に貫禄のある扉だと、ふと三人の頭に過ぎったもののそれを熟考している暇はなかった。

チケットを確認し該当の号車へ行くと駅のホームでの混雑が嘘であるかのような静けさだった。

ちらほらと席には乗客がいるようだが、顔はよく見えない。


「あれ、思ったより人いない……乗るの間違えてないよね?」

「今日木曜日だからでは?」

「一応内装は見覚えあるし、東京行きって書いてあるから大丈夫だとは思うんだけど……」


見渡してみても明らかに変な部分はない。

ただ、静かで、自分たち以外誰の声も聞こえないことが不気味であった。


「……もしかしてどっかの号車に、体は子供、頭脳は大人な薬で小さくなった探偵さんとか乗ってない?」

「え、乗ってたらやば。殺人事件起こるじゃん」

「既にこの号車で殺人事件が起こり、名推理が行われ、解決はしたものの事件があった号車には誰も乗りたがらずこんなに閑静である……。どう?」

「それだわ」

「間違いないね」


三人は常にシリアスな空気の中にいることが出来ない性分であった。

根拠のない迷推理を披露した彩子に千代と怜佳も適当に賛同する。もう新幹線は動き出しており、どうしようもないと開き直ると指定された三列席に窓側から千代、彩子、怜佳の順に座る。

大きなキャリーバッグは頭上にあるスカスカの荷物置きに、三人の中で一番力持ちな怜佳が乗せた。


「タケナカありがとー」

「ゴリラありがとう」

「おいこら、まだいうかアホゴリラ!」

「君たちどんだけゴリラ好きなの」


呆れた、と千代はため息をつき鞄の中から東京観光情報誌を取り出す。

この三泊四日の旅行は三人が友達になって、今も親密に付き合いが続いていることへと記念旅行であり、なおかつ小説家になりたいと日々精進する千代が行き詰まっていたことを知り二人が息抜きを兼ねて計画したものだった。


「マーちゃんどこ行きたいんだっけ?」

「とりあえず定番のスカイツリーと東京タワーの展望スペースから街を見下ろして如何に自分の悩みがちっぽけであるかを自身へ実感させて、出版社を外から眺めてモチベーションを上げたい」

「おお、ちょう目的具体的じゃん」

「いいねぇ、がんばるねぇ」


昔から変わらず夢を追い続け、時には諦める道を迷いながらも、会社員として勤めつつ空き時間に小説を書き続けている千代をずっと応援してきた。

そのため、二人は千代から夢に関わる話題が出る度に良い話はもちろん、たとえ悪い話であっても嬉しく我が子を見守るようなほっこりした気分になる。

二人とも菩薩のような面持ちで千代を見るが、あまりにもその顔がそっくりで千代は軽く引いた。


「そ、それ以外は何でもいいから二人に任せてたけどどこ行くの?」

「あー、行きたいところはたくさんあるんだけどまだ決まってなくって。ダイバーシティ東京とかで買い物したいしアメ横行きたい。アクアパーク品川も気になる」

「私は大江戸温泉とか東京国立博物館とかに行きたいんだよねー定番だと雷門も行きたいんだけどー」

「ふふ、行きたいところたくさんあるね」


それぞれ、イベントや出張で何度か東京には訪れていたが、今回のように三人が集まり観光を目的として来ることはなかった。

地元で育ち就職した田舎者三人衆にとって、東京は色々な物や文化が揃っている憧れであり夢の場所だった。大人なら就職をした今、行こうと思えば行けるのに行かなかったのは単に金銭面の問題だけではない。

無理して遠くへいかなくても、三人が揃えば場所など関係なく楽しめる。その思いからいつもなら移動に時間を取られずにたくさん話をすることを優先する。

今回の旅行は記念ということで特別だった。

しかし基本的な部分は変わらず、どこに行っても楽しいのなら、ホテルだけ予約をして行き先はその時に行きたい所にしようと意見がまとまったのである。


「行きたいところがたくさんあるのはわかるけど、全部は難しそうだから、予約したホテルから余裕を持っていける範囲にしようよ。ホテルの予約任せっぱなしにしちゃってたけど、どこにしたの?」


彩子と怜佳の動きが止まる。

つられて千代の動きも止まる。このタイミングで黙られてしまったら嫌な予感しかしない。


「え……まさか、予約してないの……?」

「いやー、そのなんというかちょっとタケナカとの情報交換不足が招いた思いがけないハプニングと申しますか……」

「最初ダテが予約してくれるってなったんだけど、しようとしたら私が集めてるポイント貯まるっていうから『タケナカが予約する?』って聞いてくれて、でもそこまで必死に集めてるポイントでもなかったからお断りの意味で『いいよ!』って返したら」

「ダテが、タケナカが了承の意味で言ったと思い予約しなかった、と」

「……はい」

「日本人でも間違える日本語表現の難しさと厄介さが今回の事件を引き起こし、尚且つ確認しなかったわけだな」

「返す言葉もありません……」


千代は天を仰いだ。

二人に呆れた、というよりいつもなら細かく予定を確認するのに今回は何故か安心しきってその作業を怠った自分への後悔の念が強かった。


「もしかして現金で準備しといてねって今日の朝にメッセージ送ってきたのって……」

「クレジットカード使えないってことはないと思うんだけど万が一使えないホテルしか空いてなかったら大変だと思いまして……」

「判断としては正しいね。そっか、わかった」

「申し訳ございませんでした! ……え、マエダ様怒らないんですか……?」


二人はお説教とデコピン一発くらいは覚悟していた。

しかし、意外なことに千代は軽くため息をついただけで怒っているような気配はない。それどころか呆れたように笑っている。


「ここでもそんなドジをやらかすか! って気持ちはあるけど、どうにかなるような問題だしね。折角の旅行でイライラしてももったいないっしょ」

「い、イケメンんんん……!」

「マーちゃんが寛容すぎる件。ありがたやありがたや」

「苦しゅうない」


拝みながら下げていた頭を上げた二人には千代の向こうの窓が目に入った。そのまま、不安げに凝視する。

動かなくなった二人を不思議に思った千代は二人の視線を追って窓の外を見る。


「お、真っ暗。トンネルか」

「う、うん多分……。……あのね、マーちゃん、さっきからちょっとおかしいなって思ってたんだけど、走り出してすぐから今まで、ずっと同じのような……」

「え、そんなバカな」

「いや、今回ばかりはタケナカに同意するわ。さっきからずっと真っ暗な様子が見えてて……うちが窓の外見る度に、偶然トンネルで暗かったのかなって思ってたんだけど」

「私もそう思ったけど流石に長すぎるって! しかも今時計見たら、うちらが出発してもう二十分以上経つのに花巻にすら着いてない……」


三人はドアの上にある電光掲示板を見る。

各地の天気予報の文字は流れているがたまに文字なのか数字なのか記号なのかわからないものが混じっている。

ザザッとノイズが入ると急に不気味さが増してくる。


「おおう……急なホラー展開……わたしらやばいのに乗っちゃったんじゃないかい……!」

「あーもう無理! ほんと無理! 怖いのマジで無理! ホラー映画もホラーゲームも無理なのにリアルホラーとかいきなりハードル高すぎ! うちを食べても美味しくありません!」

「あ、やばい怖すぎてちびる。でも着替え持ってきてるから別にいっか。へへへへへへへ」

「ダテもタケナカも恐怖で壊れてる!」


次第に車内の電気も暗くなっていく。

恐怖で縮こまっている二人とは対照的に頭が冴えていく千代は周りを見渡した。


「! だ、だれもいない……!」

「ああもうダメだ死ぬんだ殺されるううう」

「こんな最期は嫌だああああ」


車窓から見える景色は相変わらず真っ黒で動いているのかさえわからない。

このまま状況が動くのを待つのが得策か、それとも移動したり一か八か逃げるのが得策か考えあぐねていた。

視界が、歪む。


「あ、れ……?」


車内の電気が完全に落ちるころ、いつのまにか三人は意識を失っていた。

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