時には厳しく旧規格を排除しつつ、汎用性を意識した商品展開によってボーイングを揺さぶりつつあるエアバス流のコスト削減術
近年航空業界でよく話題になるのはエアバスだ。
どうしてこんなに話題になるのかといえば、現在のエアバスの航空機生産台数はボーイングに肉薄するばかりか、供給能力が足りず嬉しい悲鳴をあげているほどだからである。
しかもその生産台数及び受注台数の肉薄は2012年頃から急激にであり、冗談抜きでボーイングはうかうかしていられない状況にある。
筆者は1つ前のエッセイにて777の新型を全日空が受注した際に米国でニュースになるほどだったと主張したが……
いまやボーイングは日本の運行会社が新鋭機を購入するというだけで一喜一憂せねばならぬ有様というわけだ。
そんなエアバスの代名詞と言えばA320。
現在世界で最も売れている航空機である。
ボーイング737は世界で最も売れた航空機である一方、A320は現在の年間売り上げが737を上回る世界で最も売れている機体。
エアバスの全てはここから始まったと言って過言ではない。
1960年代~80年代にかけて航空機といえばボーイングやダグラスなどの独壇場であった。
それこそ737の直系の父親たる707などは市場を席巻しており、大型機に目を向ければ747が空の顔として王座に居座る状況。
そんな中でエアバスは奮闘せねばならなかったのである。
そもそもエアバスとはどういう会社なのかという事について多少説明しておきたい。
一行で説明するならばエアバスとは"このままでは米国勢によって欧州の航空機市場が崩壊する"と考えた欧州各国が手を結んで誕生した会社だ。
それこそコンコルドやコメットなどを作ったメーカーがこぞって手を結び、欧州の欧州による欧州が生き残るための会社として誕生している。
エアバスの製造方法はまるで第二次大戦中のドイツ軍の航空機製造方法を、さらに欧州全土に拡大してみたというようなものであり、欧州全土にてブロックごとにパーツを製造。
それを最終的に組み立てるという方式となっている。
パーツ単位で見るとあまりに納入会社が多く、数を数え切れないほどの子会社や関係会社を抱えた企業アライアンスの統括企業。
それがエアバスである。
しかしそんなエアバスも1980年代までは苦戦続き。
どう足掻いても強大なライバルに太刀打ちできぬ状況にあった。
どうにかして市場に穴を開けねばならない。
そんな状況にて誕生した機体こそA320なのである。
まずA320を作るにあたってエアバスが調査をしたのは、どこの分野ならば勝負できるかであった。
大型機はまず勝負にならないので除外するが、かといって小型機~中型機も中々に手ごわいライバルが多くいる。
当時のエアバスにとってとにかく必要だったのは企業ブランドの構築。
欧州が手を組んだだけの弱小企業のレッテルを払拭せんがために調査の末に辿り着いた答え。
それは中型~大型ばかりに目が行って開発がおろそかになっているボーイング737の市場に対し、コストと性能双方を両立した新たな新世代双発機を送り込むことだった。
そう、今や年間売り上げが世界一のA320は当初より対ボーイング737用の汎用型最終決戦兵器だったのである。
当時ボーイングは767と747で攻勢をかけていた。
一方でA320と同等座席の分野ではDC-9などが存在したものの、737の独壇場であった。
ボーイングはその737についてはマイナーアップデートこそ繰り返すものの、元々ローコスト運用を目的とした機体だけに抜本的な設計変更など出来ない。
そのため、エアバスから見れば手を抜いていた……
もしくはブランド力にものをいわせて胡坐と言える状況にあったのだ。
だが737に対抗するといっても容易ではない。
当時からボーイングが大規模な近代改修に手を出せないほど、737は経済的かつランニングコストの低い航空機である。
それはある意味で市場の穴ではあったが、737と同じ方向性でのアプローチでは100%勝てない極めて厳しい環境だったのである。
エアバスは当初より作るからには最新、最高の技術で構成された機体を作りたかった。
つまるところそれは普通に考えれば737に絶対に対抗できない高価格な機体となりうる。
しかしエアバスには勝算があったのである。
エアバスがA320に施した事。
それはあえて胴体を大型化。
その上で貨物を載せられるようにし、737と同じく幅広い空港で使えるようオプションなども用意しつつも、貨物輸送を旅客と同時に行えるようにすることで利益率を高め、運用コストを結果的に低くできるようにしたのである。
現在においても737はまともに貨物を搭載できないが、A320は小型なれどそれなりに貨物を搭載できる。
胴体を最新鋭の設計とすることでそれが可能とできるのをエアバスは理解していたのだった。
無論胴体構造はほぼ真円。
1980年代以降のスタンダードとなる構造である。
それらに加えてフライバイワイヤーにグラスコックピットなど、当時としては最新鋭のシステムをふんだんに採用。
737より価格は3割も高かったものの、貨物輸送による利益、燃費、航続距離のトータルコストで737を上回るようにしていた。
それだけではなかった。
エアバスがA320を開発する際に考えたのは、その後のエアバス機全ての基本コンポーネントを作り上げ、同時期に開発が開始された中型機までの各機体において互換性を保たせてそれにより価格を引き下げられるようにしていたのだ。
いわゆるダウンサイジングの逆であるアップサイジングを考えたのである。
つまりエアバスはその時点でいくつもの航空機が存在したが、A320で一区切りおいて仕切りなおし、全てを切り替えてしまうということをやったのだ。
機体の互換性がどれだけすごいかというと、ただの素人がA320とA330とA340とA380のコックピットを見てもまるで同じに見えるほどである。
コックピットの窓が見えない状況だと、こち亀のコラ画像ネタをガチでやられそうなぐらい似ている。
というか操作方法はほぼ同じであり、各種機器は大幅に流用されている。
エアバスはあえてサイドスティック方式にすることにより、これを達成可能とした。
メーカーの言葉を借りるなら"違うのは飛行特性だけ"である。
実際問題エアバスにおいては相互乗員資格がほぼ全ての機体で認められており、機種転換に数ヶ月かかるボーイングに対し、エアバスはA320に乗っていたパイロットが2週間+少々という短い期間でA380に乗れるようになった例があるなど、極めて運行会社にやさしい。
恐らく上記の例は日本国内でも発生しうるもので日本の場合だとさらに小型のA318からA380に転換する可能性すらある。
エアバスとボーイングではまるで操縦方法が異なるわけだが……
A380を導入する全日空はA320とA321しか所有していないため、国外でもA320からの機種転換例があるように来月からは超大型機という事もあるかもしれない。
このように徹底した互換性は、ナローボディのA320とA330で15%以上のパーツ互換性を持つなど、コスト削減のための部品共有化においては本当に努力していたと言える。
普通に考えれば航空機の世界では重量やスペースが重要となってくるので……
まったく別物のワイドボディ機にナローボディの航空機のパーツを流用するなど、どう考えても重量的にも空間的にも不利になるのだが、
エアバスはむしろそれを逆手に取り、A320のボディを大型化して貨物スペースを作ってみたりしたことで、一連の構造的優位性において他社に劣らないようにした。
また、航空機において価格を上昇させるのは内装であることを理解していたため、非常に低価格で質素な内装と、標準的な内装の2つのタイプを併売することで機体自体の価格を引き下げたりもした。
結果的にその方法は見事に成功。
A320を皮切りに傑作機として名高いA330などを矢継ぎ早に市場に送り出し、少しずつシェアを増やしていったのである。
ちなみに当初こそ事故が多かったA320だが、それは最新鋭のシステムに順応できなかったパイロットの人為的ミスが多く、機体そのものに致命的な欠陥があったりするような話はほとんど無い。
むしろハドソン川の奇跡のように割と生還している事が多い印象すらある。
ちなみに事故比率を生産数、飛行回数、飛行時間などで総合的に勘案すると、ライバルの737の1/7未満の事故率となっている。
ただこれは他の極めて事故が少ないとされる航空機よりは多く、ぶっちゃけた話737の事故率が航空機単体としてみた場合は747と並んで多すぎるだけである。
737の場合はよく機体数が多いから事故が多いのだといわれるが……
いまや規模が737の4分の3にまで迫っているA320の方が圧倒的に墜落事故は少なく、それを理由にLCCがあえて737を採用しないケースも近年では少なくない。
しかしエアバスはボーイングのように、1つの基本構成を完成させたからといってそのままという事はなかった。
787など相次ぐ最新鋭機の登場により、エアバスはそれまで30年近く基本形としていた操縦システムを新しくするようだ。
正直なところフライバイワイヤーなど含めてすでに完成されているのだが、次の時代の基本形となるものをA320の後継機に導入し、以降の新型機のスタンダードとする予定。
A320は新型機登場以降は生産終了するとすでに宣言している所からもその覚悟が読み取れる。
ボーイングとエアバスの歴史を見た場合、A340とB777のようなエアバスがやらかした例も多々ある。
しかし運行会社の負担軽減も含めた総合的な商業アプローチは、2010年代を過ぎてから運行会社に高く評価され、そして今や年間総生産数ではほぼボーイングと同じという所まできた。
ことボーイングが今青ざめているのは、ボーイングの売れ筋が737に大幅に偏りすぎている所にある。
777や787はそれなりに売れるが、全体の8割近くが737なのだ。
一方のエアバスはA380の生産を終了すると宣言したものの、売れ筋はA320であるものの全体の6割程度の比率。
それなりに満遍なく各機種が売れている状況にある。
というか、737以外はどんどんエアバスにシェアを奪われる状況なのがボーイングだ。
その状況で737が欠陥機扱いで生産に大きく響く事になったらどうなるか。
737MAX事件において米国が二の足を踏んだ最大の理由はそこにある。
しかしやはり過去の状況を見てもボーイングはやらかしたなと筆者は思うわけだ。
A320が出た当時、エアバスの後追いをすることはボーイングには容易だったはず。
787までの機体をA320のようにし、100人クラス~300人クラスまでを汎用性の高い航空機に仕上げ、737の生産を高らかに終了すると宣言することも出来たはずだった。
それが747などの大型機などに注力しすぎたせいで後手に回り、虎の子の大型機の売れ行き自体が世界全体で悪くなると、1950年代に生まれてから今だほとんど707から手が加えられていない胴体構造を持つ737を生産し続けなければならない状況となっている。
しかしその737もアップデートが繰り返されるA320にトータルコストでは勝てなくなり、付け焼刃的なパワーアップはもはや不可能な状況。
ボーイングはY1計画として737を根本から作り直す完全新鋭機を計画しているのだが、果たしてそれが登場するまで会社がどうなっているのか暗雲すら立ち込めてきた。
筆者が言えることはただ1つ。
最後に笑うのは真円の胴体構造を持つ航空機だけだ。
これから求められる航空機はむしろボーイングが示している。
エアバスA320の後継機はほぼボーイングを追う形だ。
それはつまり……
・非常に高い滑空性能がある。
・ターボファンにみせかけたターボプロップである。
・緊急時に対する冗長性がこれまで以上に確保されている。
・機内の気圧が従来より高くなり乗り心地が大幅に向上している。
・操縦時の操作性が大幅に向上し、いかなる状況でも操作ミスを起こしにくい。
これら5点を併せ持つ航空機であるわけだが、エアバスはここに"737並のトータルコストパフォーマンス性能"を付け足したものを世に出したいらしい。
一体どうやってそれを達成するかはよくわからないが、LCCがジワジワを購入して数が増えるA320neoは最後のA320であり、737のように60年生き残るつもりは毛頭ないということだけはわかっている。
安全性が最も重視される航空業界においてはそれが最も正しいはずだ。