1950年代の基本設計を持つ航空機が生まれ続ける悪循環の原因
ボーイング737の最新鋭機が相次いで墜落したことで、本国では737運行停止事件などと呼称され、737ショックが広がっている。
私のこれまでのエッセイをお読みいただいた読者ならこう思うかもしれない。
"なぜボーイングは古い機種をわざわざ作り続けるのか"
それをこれから解説していこう。
ボーイング737。
その基本設計は1950年代だ。
誕生こそ1960年代のボーイング737だが、
基本設計は1950年代に開発が開始された707を踏襲する。
ボーイング707と言えば米国のレシプロ機全盛期において、ボーイングがジェット機に転換を計ろうと開発を開始した機体。
当時レシプロ旅客機が普通に飛んでいる時代に新たな時代の幕開けの象徴として最先端の設計が用いられた旅客機である。
ボーイング737はこの基本設計を大幅に流用しているため、登場こそ1960年代だが実質的にはすでに10年前の航空機といえる。
以前解説したと別エッセイにて多少触れたとは思うが、ボーイングにとって707の設計は画期的でボーイングにとっては707で採用した胴体構造は基本構造となったのだ。
2つの半球状の構造を2つ組み合わせた楕円構造。
こいつを中型機においては767まで踏襲する。
つまり767までは1950年代にボーイングが確立した古すぎる設計手法であり、777以降のファミリーこそ新世代のボーイング機というわけだ。
そんなめちゃくちゃに古い737は胴体構造が当時からまったく変わらぬまま現在に至っているわけだが、今回の事件が777や787などの新世代ボーイングが採用する真円型胴体ではなかったから起きたとは思えない。(遠因となっている可能性はある)
問題は運行会社のスタンス……近年の諸所の問題を含めた大きく多面的な範囲に及ぶ。
ボーイング自体の経営的怠慢という部分も多少はある。
正直言えばボーイングはこの対応にずっと苦慮していて……
今回のCEOを含めたコメントには運行会社に対する皮肉とも言えるニュアンスの言葉を多く述べているが、筆者は割と彼らの皮肉に同情する部分がある。
経営において技術革新とは痛みを伴うものだとは言うが、これを避けようとして引き起こされた事故ではないかと思うからだ。
だから737という存在がなんで70年にも及ぶ長い間生き残っているのかという事と、それにまつわる運行業界ならびに製造メーカーのジレンマについて語った上で、個人的に分析した737墜落原因について多面的に語ってみよう。
ボーイング737。
出た当時はベストセラーになるだけの素質のあった機体だったと言える。
ボーイング737とは何かと一言で言えばジェット機の優位性を示すため、徹底的なコスト管理の下に開発されたジェット機だ。
開発コストもランニングコストも両者共に優れたパフォーマンスを実現しようと画策されたもの。
開発当時はいまだにレシプロエンジン装備の旅客機が飛ぶ時代。
ここにおいてボーイングは国際線も運行するような一級運航会社だけでなく、国内線のみ運行するような小さな航空会社に対し、一連の運行メーカーでも導入して運用できるようなジェット機を提唱しようと試みた。
737とは、そのために胴体などにおいて707などの機体を大幅に設計的に流用しつつ、翼などに当時最新鋭の技術を駆使して設計したものを採用し、小さな空港でも運用できる、当時としてはそれなりに信頼性の高い双発機として誕生したジェット旅客機。
それこそオプションにおける内蔵式タラップに代表されるように、どんな空港でも運用できるようなオプションを用意してまで販売した。
低コスト化のためにエンジンを双発にするというアイディアは後に777にまで繋がるわけであり、737は出た当時においてはそれなりの秀作であったと言える。
当初こそ燃費は決して良くなかった上にパワー不足とされた737であったが、改良を重ねるうちに整備性などの高さからレシプロ機よりも人件費が下がるとの事で、小さな航空運行会社を中心に大ヒットし生産数を伸ばしていく。
それこそが737が背負い込む事になる"737の呪い"というものの始まりだという事にボーイングが気づいたのは、こいつが生まれてから60年を経過した頃であった。
737の存在がボーイングにとって足枷となってくる事にボーイング自体が気づいたのは1990年代を過ぎてからである。
1980年代後半~1990年代にかけて航空運行会社では大きく分けて2つの要求がボーイングになされるようになった。
前者は777のような真新しい0から設計した、最新、最強、最優の機体を求める会社。
後者は当初の767のような古い機体を近代改修しただけの機体を求める航空運行会社だ。
これに対してボーイングは大型機においては2つの答えを示した。
すなわち、767の生産を継続しつつ777を販売するという手法だ。
777は大型機としては欧州を含めた各国に異例の大ヒット。
空における双発機のルールすら塗り替えてみせた傑作機。
一方で777は整備性などにおいて若干の問題を抱えていた。
そのため従来から続く767を求める需要は減る事なく、大きな資本を抱える運行会社ですらハイローミックス運用を試みようとした。
しかもそのハイローミックス運用については777の影響で767も双発機のジレンマたる運行ルートの制限を受けなくなったために行いやすい地盤が出来上がってしまっていた。
何しろ767は未だに生産され続けているわけだから、今でもそれなりに需要がある航空機なわけである。
筆者としては"古い胴体設計の航空機は製造禁止にする条約作ってくれ"と本気で考えているが……
現在の767は主に貨物機としてDHLなどに納入するばかりで旅客機需要はさほどなく、旅客機の立場は完全に777に譲ったということはボーイング自体も認めてはいる。
だが実はこのハイとローのロー運用のための導入についてはもう1つの理由があった。
航空機のライセンスの問題である。
1980年代から顕著に目立ち始めたのがライセンス問題。
最新鋭機になればなるほどシステムが複雑化。
それまでそれなりに人数の乗員を乗務させ運用していた航空機は最新になればなるほど運行時の乗務員の人数が減り、ライセンス取得に時間がかかるようになった。
こと777は当時ようやく登場しはじめたグラスコックピットであることも相まって、それまでとは使い勝手が大きく異なっていた。
ゆえに操縦桿などの形式は変わらぬものの777への機種転換は容易ではなかった。
だから運行会社はゆっくりと機種転換を行うためにローの運用もせざるを得なかったのだ。
逆を言えば欧州がエアバスから777に一気に乗り換えたのは、それが操縦士の大きな負担になるとわかっていても777を導入したくなるほどコスト的によろしくない当時のエアバス大型機の存在が経営を圧迫していたからと言える。
日本の航空機メーカーにおいても777は優れた旅客機として認識されていたものの……
それでも平行して777に匹敵する客席数を保有する767を購入し続けたのは、転換にそれなりに時間がかかると思われたからである。
767と777を同時にライセンス取得しているパイロットが日本人が極めて多いのも、両者の飛行特性が似ているだけでなく、まずは767に乗ってからという者達が多かったからだ。
このライセンス問題の影響をモロに食らったのが737ということだ。
777や767と違い、737というのは必ずしもドル箱路線に使われるわけではない。
いや、むしろ737というのはドル箱以外の採算性が極めて悪い便にこそ割り当てられた。
持ち前のコストパフォーマンスを盾に、こいつは1980年代になって各社が新世代機を相次いで登場する中、ある存在の台頭によって評価されてさらに売り上げを伸ばす。
そう、LCCである。
LCC。
より安価に、より航空機を身近に。
奇しくも737がジェット機として果たそうと生まれ持った特長はこのLCCに合致していた。
採算性が求められる空路ほど、小型、軽量、高燃費かつ整備費用がかからないこの機体は優位であり、LCCに求められるのは必然であったのだ。
結果、LCCが躍進するに従って737はその名を世に広めることとなる。
その結果悪循環が生まれたのだ。
2000年代前半。
ボーイングはこれまでに何度も737を代替する新世代機を提唱していた。
特に90年代後半にはボーイングY2計画を立ち上げ、その計画の中の1つのプロジェクトにおいて737を完全に代替する777の設計手法を踏襲した新世代小型機を作ろうとした。
ところが、複数の機体を計画したY2計画の中で最終的に形となったのは787のみとなってしまったのである。
ただ、ここで述べておくようにボーイング自体は787の小型機ナローボディ版も作ろうとはしていたのだ。
だがLCCを含めた運行会社は首を縦に振らない。
すでに大きな落とし穴が生まれていた。
それこそが新規取得のために長期に及ぶ訓練期間を必要とするライセンス制度にあったわけである。(737は古い機体であるため、Y2計画で開発される機体は完全に別物で、当然ライセンス取得は1からやり直しになる)
LCCなどの経営基盤の弱い運行会社は、当然にしてパイロットのライセンス取得を積極的に行えるような環境はない。
パイロットが風邪をひくだけで欠航が生じるほどカツカツな運営を行うのがLCC。
代わりのパイロットすらいないような環境の中で、取得に半年以上もかかるとされるライセンス取得に魅力があるわけがない。
そもそも737最大の利点は就職してからライセンス取得などしてもらう必要などないほど多くの会社で運行されて既得者が多かったので……
彼らを中途採用できることでそれらの費用負担を大幅に削減できる事にあった上、737自体が大量に運用されているだけに出回るパーツが多くて整備費用が安く、さらに中古機も多く出回っていて入手しやすいなど利点が多かったからLCCを中心に採用されたのだ。
彼らにとってはより安全な787みたいな存在よりも737の方が優れている。
安全は二の次というわけではない。
737は数々の改良によってそれなりの評価もされていたし、飛行特性も十分に理解されていた枯れた技術の航空機だったからだ。
知り尽くされた機体であるがゆえ、それが安全性に繋がってはいたのである。
元々整備性も高いが、運用する会社が多いことから整備士の確保も容易。
これらの影響でボーイングがいくら提案を行ってもメーカー側が拒否するようになってしまう。
そしてボーイング自体においても707から続く系譜に酔いしれる経営幹部や技術者が多く、737や767のような古いタイプの存在を近代改修する方が経営的負担も少ないしいいだろうと考える者は少なくなかった。
元々製造メーカーは運行会社ありき。
運行会社に対してメーカーが提案する、または運行会社側が企画することで旅客機というものは誕生していく。
737の近代改修版が登場するのは必然であった。
そして多くの運行会社から機体価格はほぼ据え置きのまま近代化した737を求められた結果誕生するのが、737NGと呼ばれる日本の航空会社も普通に運用しているシリーズである。
1990年代後半に誕生したこいつは誕生時点ですら設計が40年前という代物。
当時航空技術系雑誌では普通に酷評された。
すでに誕生していた777やライバルメーカーの航空機と比較すると劣る部分が多かったからである。
それでも安価という事から売れてしまう。
前述する問題も相まって売れた。
そうこうしているうちに新たな問題が発生してくるのだ。
パイロット不足である。
台頭するLCC。
旅費がより安価となったことで増え続ける需要により、2000年代後半から2010年代後半までに世界で運用される旅客用航空機の全体総数は信じられないことに1.4倍に増えた。
そのうちの大半がLCCであり、増えたうちの大半が737とエアバスのライバル機。
737とライバル機のライセンスを持つパイロットは世界各国で引っ張りだこ。
大型機のパイロット資格を持つよりも破格の待遇で迎えられるケースすらあると言われるほど。
その結果顕著となってきたのがパイロット不足である。
国内でもパイロットが確保できないから運行停止になった空路が出てきたほどだ。
ここで気になることがあるはず。
"花形の職業だし目指す者も多いはず、ならばパイロットを増やせばいいのでは?"
そう思う人間も多いのではないだろうか。
ところがそうはならないのだ。
需要が多いのはLCC、つまり経営基盤の弱い航空会社ばかり。
彼らは新機種のライセンス取得するための費用すら捻出したくない企業。
つまり彼らは自力でパイロットを養成する気などサラサラない企業だという事だ。
ゆえにパイロットは増えないのだ。
一流とされる運行会社で養成訓練を受けて資格を取得し、その上でその会社を中途退社したようなおこぼれを受け取る構図が出来上がっている以上、パイロットの数は一定以上のペースで増えない。
だから各社パイロット確保に困るのだ。
LCCのパイロットの年齢なんて早期退職した人間ばかりだから60代間近なんてザラ。
経験豊富なパイロットと表向き宣伝する裏側なんてそんなものである。
その悪循環が続くことにより737の需要はますます増加。
結果誕生したのがMAXシリーズである。
ここで1つライセンス制度について優遇制度があることを説明しておこう。
航空機については1機種1ライセンスが原則。
だがそれは737と737NGが同じ機種という扱いではない。
座席数が違うだけで別ライセンス扱い。
それでも尚737がもてはやされるのは"相互乗員資格"というものがあるからだ。
これこそがボーイングが苦境に陥り、エアバスに苦汁をなめさせられる原因となった制度だが……エアバスについては後述しよう。
相互乗員資格とは同じような飛行特性、同じような操縦方法、同じような操作方法をもつ航空機はライセンス取得のための訓練期間を大幅に短縮できるというもの。
自動車でいう限定解除に近いものである。
各航空機には~ファミリーと言われるものがあるがボーイングが古い機体を近代改修した存在を出し続けるのも相互乗員資格という存在が障壁となっている部分があったからだった。
この訓練期間は本当に大幅に短縮されるためLCCでも最低限このための訓練費用や訓練時の運行中断機関ぐらいの負担はできる。
だからこそ「より最新鋭の737を!」となっていったわけだ。
ここに大きな罠が仕掛けられていたのだった。
各種航空機関連の技術雑誌を見た筆者が737MAXを見た評価をするならば、胴体構造が737だけの完全に別物の機体。
707から737を作ったように名前こそ737だが797とでも名づけてもいいレベルの別物機体だということだ。
そもそもがエンジン特性すらまるで違う。
「737MAXがなんかまるで別物なんですけど!」――なんて声は海外の航空雑誌にパイロットが起稿するほどだが、何が違うのは1つずつ列挙していこう。
まず最初に前述したエンジンの問題。
MAXが搭載したエンジンは完全に既存の航空機のソレとは違う性質を誇るエンジンだ。
搭載される正式名称LEAP-Xと呼ばれるエンジンは新世代型のジェットエンジン。
何が新世代かというとターボファンで重要な正面のファンブレード、ファンケースなどが炭素複合素材なのである。
金属ではない。
これを可能とするため、LEAP-Xは従来のジェットエンジンよりも低圧、低温で駆動するよう作られている。
ここ最近自動車業界でも研究が進んでいる低温稼動型エンジンというやつである。
低温駆動型レシプロエンジンはことホンダやマツダなんかが得意で素手で駆動中のシリンダーケースを触っても人肌温度みたいなレベルだったりするが、当然自動車でもできることが航空機でできないわけがない。
技術的に言うと80年を経てようやく実用化できたものと言える。
低音駆動タービンエンジンというのはジェットエンジン黎明期から開発されていたものだ。
元を辿ると辿りつくのが筆者の別作品でも扱っているCs-1である。
Cs-1については別作品でも取り扱ったが、ここでも少し説明しておこう。
ホイットルなどが遠心式タービンを研究する中、スイスにて独自に軸流式タービンエンジンの答えにたどり着いた男がいた。
このエンジニアは結局Cs-1を完成させることができなかったが、Cs-1の構造と仕組みは80年後のジェットエンジンと同じ。
タービン軸、ファン、その他を空冷にて冷却。
おまけにタービンそのものは低圧低温駆動。
ゆえにアルミ合金でありながら稼動時間はjumo004並。
頻発するコンプレッサーストールさえなければ完璧だった。
こいつはナチスドイツの技術者には理解されなかったが、この系譜は死ななかったのである。
第二次大戦終了後、ナチスドイツに関与した多くの技術者は欧州において航空機を取り上げられた。
そのためクルト・タンクのような航空技術者は第三国を目指して本国から旅立つのだ。
スイスの技術者もこの例に漏れなかった。
しかし欧州はこの男を呼び戻す。
その最大の要因はアメリカとソ連によるもの。
ナチスドイツが白旗を揚げた後、この国が保有する多くの最新鋭技術はこの二国に独占された。
ロケットも含めてである。
欧州は後退翼すらまともに技術を獲得できなかった。
しかし強大化するソ連に対し恐怖を感じた欧州諸国。
こと大戦には何とか勝利したイギリスとフランスの危機感は強い。
両者は互いに"自国または周辺国に欧州出身でなんかすごい技術者とかいないのか!?"と血眼になって技術者を探し始めるのだ。
奇しくも両国は後の欧州のスタンダードな構造を決定付ける人材をそれぞれ見つけ出す。
一人は前述するスイスのエンジニア。
ホイットルとバトンタッチする形でイギリスの王立国家航空研究所に呼び寄せられた人物。
この男を呼び寄せるためにイギリスではダミー企業を作ってまで呼び寄せたほどだ。
未だナチスの負のイメージが強いイギリスにおいてナチスに加担したスイスの技術者をそのまま公的な機関に呼び寄せるのは世間体の問題からできなかった。
だが、この男の持つ技術は正直言って"転生した人間"と言われてもおかしくないほどであり、彼の持つ技術を自らのものとできれば、欧州を急成長を遂げるソ連の航空機の恐怖から遠ざけることができるのではないかと考えられたのだ。
もう1名がフランスにて戦前からずっとデルタ翼について研究していた男。
両名が1950年代までに残す300を超す特許については後の欧州の航空機に大きな影響を及ぼしたのは言うまでもない。
特にスイスの技術者に関してはヘッドハンティングされてからわずか数年しか存命していなかったのだが……
その間にどれだけ大量の特許をもたらしたかわからないほどだ。
そしてその彼が追い求めた存在こそ"貴重な資源を使わずに済む低温駆動可能なジェットエンジン"なのである。
一連の技術は欧州の技術交流によって共有されるようになり、最終的にLEAP-Xまで繋がる。
特許情報を見る限り冗談抜きで繋がっていることがわかる。
つまりCs-1は当時こそ日の目を見ることはなかったが、その技術がそこで失われてロストテクノロジー化したわけではなかったのであった。
完全な実用化まで80年という時間がかかったが、彼が追い求めた存在はLEAP-Xなどの新世代型エンジンとして成就する。
問題はそのLEAP-Xのエンジン特性が既存のジェットエンジンと異なる事だ。
長くなったのでそれについては後半にて説明しよう。