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異世界道中のお道具屋さん  作者: 一色創
第一章  普通でない日常の始まり
7/65

第5話 『その道具屋、普通にあらず』

どうも一色です。約一ヶ月の更新停滞、本当に申し訳ありませんでした。。

その間に読者の皆様から沢山の評価をいただきまして、本当に嬉しい限りです。

さて、お待たせいたしました!更新再開していきます!

でも、毎日更新は少しキツイかもです。。三日か四日に一度を目安にしていければ良いかなと笑

これからも『異世界道中のお道具屋さん』をよろしくお願いします。感想、評価、レビューなども是非是非お願いします!

「ほーん。つまり、純真無垢なアウトドアフランカちゃんが陰気な趣味に走り出したのはその歳だったっつーわけか」


 ――明け方から一時間経った現在。

 異世界の何でもお道具屋・『LIBERAリーベラ』は、本日ものんびりまったり営業していた。


 つい先刻、本日最初の来店者――赤い頭巾帽子を被った初老の女性が、『マンドレイクの秘薬』という少し値の張った商品をご購入。前々から予約してあった商品らしい。

 『マンドレイクの秘薬』と言えば、その一滴喉を通すと、たちまちどんな怪我や重病でも治ってしまうという異世界ならではの代物だ。

 失礼ながら、その用途を尋ねてみると、


「実は先日、孫が外で遊んでいるときに大怪我を負いまして……」


 それはそれは、とフランカが店の奥から花を一本、商品の入った茶色の袋に添えた。

 そして帰り際、入店前の非礼のお詫びとして、ついでに腰痛や肩凝りに効く『ニキニキポーション』をプレゼント。

 老女は大変心を砕いた様子で受け取りを拒んだが、最後はフランカの慈悲に押し切られる形となってしまった。


「本当にありがとうございます。実を言いますと、最近腰の調子がどうも良くなくて困ってたところで……。はぁ、今日の私は一体どうしてしまったのかしら?」


 と、頰に手を当てて嬉しそうに微笑んだ。

 含みのある言い方に俺とフランカは顔を見合わせ、「「何かあったんですか?」」と老女に尋ねる。

 しかし老女は、ただ静かに首を横に振り、


「いえ。……今日まで神様に捧げてきた祈りが、ようやく報われたというだけですよ」


 と、それだけを答えた。本当に嬉しそうな表情で。




 そして、老女を店頭まで見送ってから幾分か時が経ち――。

 第二号の客人は中々現れず、かと言って店内の掃除も備品の完備も既に終えていた。

 そこで暇を持て余していた二人は、こうして雑談にふけっていたというわけである。


「まあなー、あの年頃は闇を抱えだす時期だしなー。とりあえずご愁傷しゅうしょう様です」

「ちょ、ちょっと待ってください! なんでそんなあわれみ深い眼差しを向けてくるんですか!?」

「安心しろフランカ。俺もついこの前に“闇堕ち”したばかりだから」

「何を安心しろって言うんですか! もう、ユウさんは一体何を聞いてたんですか。私の身の上話を勝手な方向で解釈しないでください」

「え? ‬三歳の頃に初めて水彩で世界地図書いたんだっけ? ……布団の上の傑作けっさく

「いやああああああ!! ‬それは忘れてくださいってさっき――」


 直後、カランカランと軽やかなドアベルが来客の到来を告げる。本日二人目のお客様だ。


「あっ……!」


 フランカは直ぐに佇まいを直す。


「コホン……。いらっしゃいませ! 便利の旗印はたじるし、何でもお道具店・『LIBERAリーベラ』へようこそ!」




「ユウさんユウさん。お客様からの注文が入りました。『パピヨンの喉笛』と『チャブナブルの肝臓粉末』と『ピーッコリのロウソク』二本を別々に二つずつ、それと――」

「……ピーッコリのロウソク二本を別々に二つずつっと。へいへい、それで?」


 俺は手近にあった羽ペンを手に取り、羊皮紙に注文内容を箇条かじょう書きにしていく。


「それと、『魔術基礎 〜これであなたも一流魔術師〜』が欲しいそうで……」


 しぶるように、フランカは後ろをチラチラと確認しながら小声でそう言った。

 その本のタイトルを聞き、俺の記憶の中に浮かんできたのは一〇〇ページ弱の薄っぺらい一冊の本。一ヶ月前、穴が開くまで目を通した本のことだ。


「あぁ〜、あのアフィス・モーゲルの? 懐かしいねぇ。もうあれから一ヶ月近く経つのか……」


 久々に聞いた名前にポンと手を叩き、俺は一ヶ月前に基本魔術――『指火ファイアー・フィンガー』習得に葛藤していた自分を懐古かいこする。

 しかし、一方のフランカは眉根を寄せて難しい顔をしていた。


「いえ、まぁそうなのですが……」

「どったの? 在庫無かったっけ?」


 珍しく動揺するような素振りを見せるフランカに、俺も声を抑えてフランカに尋ねる。

 普段から天然ぶりを遺憾いかんなく発揮しているためか、真剣な様子のフランカは俺の心を無意識に騒つかせた。


 すると、フランカは最後にもう一度だけ背後を確認し、


「いえいえ、そういうことでもなくて……。ただ、魔術の本――それも魔導書や歴史書になってくると非常に高価な物になるんですよ。前に話しましたよね?」

「そういや、そんなこと言ってたな」


 この世界において、“本”というものは非常に希少で値打ちのある代物だということを一ヶ月前にフランカの口から聞いていた。


 そもそも本を発行するには、セリウ大陸の一流魔術師、もしくはそれに並ぶレベルの権威と見識がなければならない。しかし、それだけで著作できるわけではなく、国に申請を出したり何日にも渡って審議されたりと段階を踏んで、初めて特許――国家資格を取得できる。

 見ての通り、非常に手間がかかるらしいのだ。


 半月ほど前、俺はこの話を『LIBERAリーベラ』に来訪した女性の客人から聞いた。

 その客人も大量の物品と魔導書を、しかも何冊も買い求めてやって来たので驚いたものだ。


 “店員見習い”だった当時の俺はまだ店内の商品には触れられなかったので、フランカが尻尾をパタパタさせながら「しょ、少々お待ちください〜!」とせっせこ注文品を掻き集めていたのを覚えている。

 その間、退屈そうに欠伸あくびをし、うーんと伸びをしていた客人(残念ながらまな板でした)に俺が声をかけたところ、与太よた話に混じってこの話をされたのだ。


 やけに詳しいな、と俺は饒舌じょうぜつに語る客人を怪訝けげんに思ったが、フランカがいつも羽織っているローブに似た真空まそら色のローブを頭から被っていたので、“本を書くことにあこがれている魔術師さん”だと思うとに落ちた。

 フランカによれば、この世界において本を執筆することが許されているのは三十人にも満たないそうで。

 何しろ『魔術師』という職業が流行している昨今だ。さぞ夢に見る者も多いことだろう。


 と、かなり話は脱線したが、


「でも、本買ってった人ならこれまでもいっぱいいたじゃん。ほら、半月前にウチに来た“顔無しペッタンコ姉さん”とか」

「お、お客さん対して――ていうか女性に対してなんて失礼なアダ名付けてるんですかっ!! まぁ、確かにローブで顔はあまりよく見えなかったですし、そ、それに胸だってそんなには……むねもそんなにはスーン…………すーん……て」


 そう言いながら、フランカは自分の巨峰きょほう二つをそっと持ち上げる。


「ん? 何してんの?」

「何でもありません何でもありません」


 俺の声で我に返ったフランカは、パッと巨峰から手を離し、勢いよく首を横に振った。

「ふーん」と大して気にも留めなかった俺はため息を一つ吐き、


「しっかし、魔導書ねぇ……。あの本ってそもそも魔導書の類に入んのか?」

「一応“参考書”という部類にはなってるんですけど、魔術取得方法と『属性魔術』・『五行魔術』などの詳細な記載があるため、魔導書でないとは言えないですね……」

「『五行魔術』って、確か『攻撃魔術』とか『防御魔術』のことだよな?」

「そうです。己の体内に宿る魔力マナに自然・外気に含まれる魔力マナを結合し、使用する――――“魔術発動”の根源とも言える、超基本的な五つの魔術形成方式ですね。学校でも何でも、魔術を習う者全てがまずここから学びます。あ、ちなみに『属性魔術』や『派生魔術』は全てこれらを元に構成され――って、そんな話じゃなくて今は本の話ですよ!」


 一人でテンパり、一人で突っ込み、そしてムッとした表情を俺の鼻先まで近付けるフランカ。

 ああ、フランカ。今度結婚しよう。


「う―ん、まぁ、いいんじゃない? だって、本人が購入を希望してるんでしょ?」

「それは、そうですけど……でもあんな幼気いたいけな子供ですよ!? 下手したら家一軒買えるぐらいの価値がある魔導書のお金なんてどこにあると思いますか!?」

「お、落ち着けフランカ。まずは深呼吸だ。そしてなぜそんなにヒステリックなんだ?」

「ハァ……フゥ……ハァ……フゥ……」


 俺の言うことに素直に従い、フランカは大きな深呼吸を何度か繰り返す。

 そして幾分か冷静さを取り戻すと、今度はすすり泣き始めた。


「グスッ……きっと、きっと、魔術を習うことを周りに反対されて、とうとう禁忌きんきを犯してしまったんですよ。私も似たような境遇だったんで分かるんです」

「いやいやおいおい、情緒不安定か。それとその危なっかしい部分を“禁忌”って言葉で一纏ひとまとめにすんのはやめろ妄想フランカ。危険な匂いがプンプンしてくるから」


 自分もその禁忌とやらに手を出したんかい、と俺は続けざまに言いかけたが、このままではらちが明かないことに気付いて口をつぐんだ。

 どうしたものかと天を仰ぎ、チラリと背後に視線をやると、ドア付近に置いてある三脚の丸い椅子スツール客人そいつは座っていた。


 低身長で可愛らしい少女だ。歳は十歳前後だろうか。

 癖っ毛のある銀の長髪は黄色のリボンらしきもので二本に束ねられており(要するにツインテール)、丸々とした大きな瞳はそれと相俟あいまって子供の純粋さと無邪気さをありありと象徴していた。しかし一方で、瞳の奥に潜む紫陽花あじさい色は子供にそぐわないしとやかな印象を与えている。


 他にも特筆すべき点は、白色のブラウス、臙脂えんじ色の外套がいとう(ポンチョに似ている)、首に巻いたチェック柄のマフラー、そして胡桃くるみ色をした紐付きブーツなどの服装にある。

 それらは全て清楚せいそな文学少女を連想させる風貌ふうぼうなのだが、まだまだ大人の真似事まねごとで背伸びをするマセガキのようだ。少女の着ている服はどれもブカブカで、しかもなぜか全体的にすすか何かで黒く汚れていた。


 今はカッタンカッタンと椅子を前後に揺らしながら、物珍しそうに店内を見回している。


「なんだ、別に普通の女の子じゃん。特別売れない理由もないだろ。本格的な魔導書ならまだしも入門書みたいなやつなんだし」

「う〜ん、でも……でも、じゃあなんで煤だらけなんですか?」

「――今それ聞く!? そりゃあ、あれだろ、あれ。……えっと、そうだな。んー………………」


 二人して腕を組み、首を傾げながらもう一度少女の方に頭を巡らせる。


「「はぁ……」」


 おそらくこの時、俺たち二人は全く同じことを思っていた。

 “本当にどうでもいいことで悩んでるな”、と。


「まぁ、誰だってあれぐらいの年齢だったら、いつだって泥まみれのまっくろくろすけだろ。俺もガキの頃はそんな感じだったし。よく泥団子作ったり野球したり、木に登ってセミ捕りしてたなぁ……」

「ま、まっく…………?」

「それはさて置きだ。とにかく、そんなに気になるなら直接本人に聞きゃあいい」

「……えっ? ユウさん、それはどういう意――」


 フランカが言葉を最後まで言い終える前に、俺は少女のいるドア付近にまで足を運ぶ。

 すると、少女は突然大股で近付いてきた俺に驚いたのか、ビクッと体をすくませた。


「あ、驚かせてごめんねー。さっき注文してくれた魔導書なんだけどさ、お値段の方が非常〜に高くなってしまうんだけど大丈夫?」


 膝を折り、少女と目線の高さを合わせるようにして、俺は出来る限りやんわりとした口調と柔和にゅうわな声で少女に尋ねた。

 マフラーに顔を半分埋めて警戒の念を濃くしていた少女は、どうやら俺の笑顔と声色に心を許したようで、あごを少し上げるとコクリと首を縦に振る。

 相手をいぶかしむような目付きも、自然と和らいだように見えた。


 いやはや、中学校の職業体験で訪問した幼稚園でわずか一日にして園児たちの人気を掻っさらい、“託児所の申し子”と称され一躍いちやく人気者になった経歴は伊達だてではない。

 特別子供好きというわけでもないのだが、なぜか子供に好かれる体質らしい。


「それとね、魔導書を購入するときは“誓約書”っていうこんな四角い紙に名前をサインしなきゃダメなんだけど、できるかな?」


 両指で空中に小さな長方形を描くジェスチャーをする。

 コクリ、と少女は無言で二度目の了承。

 偉く寡黙かもくな子なんだな、と俺が内心で呟くと、少しだけ少女の眉尻がピクリと上がった気がした。

 気にせず、俺は話を続ける。


「で、その誓約書は結構大事なものだったりするから、君のお名前と何歳かっていう年齢を教えてもらいたいんだけど……」

「………………」

「本当は君のお父さんかお母さんが一緒だったら都合が良かった――」


 と、その瞬間。


 少女は俺の声をさえぎるように、椅子スツールの下に置いてあった黒の手提げかばんを乱暴に引っ張り出すと、突然中身をまさぐり始めた。

 これもまた矮躯わいくの少女に見合っていない大容量の手提げ鞄(見た目はボストンバッグ)だ。何やら色々な物が詰まっていそうで、やけに重量感を感じる。


「……お、おい」


 一体何事だよ、そんな『今からブツ取り出しますよ』みたいな真似をして……と少女に口を開きかけた俺。


 ……いや待てよ。

 この幼気な少女、年齢不相応の服装や手荷物からかんがみるに、もしやすると実は裏組織のヤベェ連中とつるんでる可能性もなきにしもあらずだ。

 異世界ここは俺にとって、まだまだ未知に満ち満ちた世界。元の世界では黒服着用且つエッジの効いたアンちゃんらがドンパチやってるイメージだが、異世界こちらではこんなチビッ子も世間様にオラオラ言って跳梁跋扈ちょうりょうばっこしているのやもしれん。

 や、ヤベェ……最近のロリッ娘、超怖ェ……。


 思案を巡らせれば巡らせるだけ、ガタガタと体の震えが治まらなくなってくる。

 しかし既に手遅れで、口を開きかけた寸前、俺の目の前にジャラジャラと騒がしい音色を奏でるクリーム色の皮袋ブツが姿を現す。


「――! こ、これは……ッ!!」


 ――パンパンに膨れ上がった皮袋。

 大きさは俺の頭一つ分程度だろうか。中身は随分と詰まっているようで、今にもはち切れんばかりの量だ。


 その時、俺はようやく少女の意図をみ取ることができた。


 ほぅ、なるほどなるほど。私を子供扱いしないで……ってか?

 よかろう。ならば、今からお前にほんの少しだけ“大人”ってやつを味わわせてやる。

 本物の“大人”ってやつをな――。


 だから、


「この度のご無礼、大変失礼致しました。もう少々お待ちくださいませレディ。ただちにお品物をご用意させていただきます」


 その場に立って背筋をピンと伸ばし、片足を一歩後ろへ下げる。

 それから胸に手を当てて静かにお辞儀。それ以上は敢えて何も言わない。

 一方でしかめっ面をしていた少女はどこか満足気にコクリとうなずく。くもっていた表情も、今や花が咲いたように晴れやかだ。


 よし、場は整ったな。


 スゥー…………と、俺は鼻から大きく息を吸い上げると――



「マイファ〜〜ザ! マイファーザ! 魔ッ王ゥ〜がぁ〜今ぁ〜〜〜〜!!」



 フランツ=シューベルト作――『魔王』。

 僭越せんえつながら、大声ファルセットで歌い申し上げた。


「ーーッ!?」


 ガタン! とこれまた大きな音がしたかと思うと、眼前の少女レディ椅子スツールから転げ落ちた音だった。


 おやおや、どうやらあまりの美声に腰を抜かしてしまったらしい。やはり大人の真似事で満悦まんえつするだけの、仕方のないロリッ娘だ。音楽界が認め()()()()、この歌声の良さが解せんとは……。

 今からそんな調子じゃあ、終盤のサビが来たらどうする――と、おっとまたサビが来てしまったようだ。ククク。


 サビ前で、今度は先程よりも一層大きく息を吸い込み――


「マァイファ〜〜ザァ! マイファーザッ! 魔ッ王ゥ〜〜がぁ――へぶっ!!」


 少女が手提げ鞄で俺の横顔を力一杯ブン殴ったことにより、一時いっときの独奏は閉幕した。

 あぁ、単にうるさくてビックリしただけなのね……。


「し、しかし……殴るとは中々に乱暴じゃないか。日課の筋トレメニューの合間にちょいとネックトレーニングも挟んでいたから良かったものの、お兄さん、今のはかなり痛かったぞ?」


 そう言って再び笑顔――眉と口端がピクピクと微振動している――を近付けるも相変わらず少女は無言で、ツンとそっぽを向くと椅子スツールに座り直した。


 ……お分かりかもしれないが若干キレております。

 だって、首の骨折れて死ぬんじゃね? と思えるほどの衝撃だったし、今でも頭がグワングワンしていて平衡へいこう感覚を保てない。

 だがここで紳士の姿勢を崩して激昂げっこうを露わにすれば、それは俺が敗北を認めたことになる。あくまでも冷静に、冷静にだ。

 相手は少女ロリータ、俺はほぼ大人同然の青年クールガイ。たとえここが異世界だろうと相手が裏社会の一員だろうと、その立ち位置を決して忘れてはならない。


「そんな悪事オイタをする子には……」


 故に仕返し――というチープなことを、最低限所持している男のプライドもあるためするわけはないが、このまま何もしないで引き下がる……というのも、なんだか腹の虫が治まらない。少女の素っ気ない態度も含めて。

 そこで俺は一つ妙案みょうあんを思い付き、ガサゴソと衣服のポケットをまさぐると、こちらもブツを取り出した。


「こうだ!」

「――ッ!?」


 マッチ箱だ。

 それを見て少女は一瞬身構えたが、「チッチッチ」と俺は少女の前で指を左右に振り、もう一方の手で指パッチンの構えを取る。


 そして――パチン! と。


「『指火ファイアー・フィンガー』ッ!!」


 掛け声と共にポッ、と俺の指先に灯ったのは黄金こがね色の光。

 風に攫われる前のタンポポの綿毛のような形をしたそれとマッチ箱の両方を前に差し出し、俺は得意げに鼻を鳴らしてみせる。

 その様子を見た少女は、訝しげに寄せていた眉根にさらにシワを増やした。


 ――クックック、そうだそうだ。俺はその表情が見たかったのさ。


 そう、このロリッ娘は今日『LIBERAリーベラ』に魔術の入門書を買い求めに来た。

 つまりそれの意味するところは、これから魔術を習い始めるということ。魔術の“ま”の字も知らないド素人しろうとということだ。

 対して俺は、この一ヶ月(主にフランカさんのせいで)精神的に地獄のような鍛錬を積み重ね、もはや詠唱を行わずとも『指火ファイアー・フィンガー』を自在に操れるぐらいにまで成長している。

 さてさて、そんな魔術においても人生においても先輩である年上オレに、所詮しょせん大人の真似事をすることが関の山のただの少女マセガキは何で対抗できるというのか……。それに裏社会に属しているのであれば、上下関係は尚更なおさらだろう(あまり考えたくはないが)。


「フゥハハハハハハ!! さぁさぁ、今からこの指先の光に火をけたマッチを近付けると一体どうなってしまうのか……その二つの目でしかと刮目かつもくしてくださいまし――――って、あら?」


 声高々に語り終え、いざ“魔術ショー”を行おうとマッチ箱を握っていた方の手をニギニギしてみた――が、そこに先程までの重量感は影も形も無く、くうを掴んでいただけだった。


 と、そのことに不可解な違和感を覚えた次の瞬間――。

 シュッ! と鳴って、ボッ! と。


「ん?」


 音がして。

 そちらを見やると、俺の手中にあったはずのマッチ箱をいつの間にか手にしていた少女が、箱の中からマッチ棒を一本取り出して火を点けていた。

 しかも、黄金色の光が弱々しくまたたく俺の指先に一切の躊躇ためらいなく近付け――――引火させた。


「ア……アッツゥううううううううううううッ!?」


 ボゥ! と火力の増した炎が、たちまちにして俺の指一本を丸ごと飲み込もうとする。


 突如発生する炎症。

 あっつ! あっつ! と、そのあまりの痛みに耐えきれず、直ぐに消火しようと俺は指を乱暴に振り回す。

 このままでは俺の指が丸焦げになってしまう。……いや、それぐらいで済めばまだマシだが、万が一『LIBERAリーベラ』に引火でもしたら洒落しゃれにならない。そうならないよう、早くなんとかしてこの火を消さねば……!


 そんな思考が焦りを誘い、次は口で何度か息を吹きかけるも中々消えてくれない。焦りはさらにつのった。

 もういっそフランカに水を要求しようかと思った――その時。


 フゥ、と前方からそよ風が吹いた。



「………………え? ――あ、あれ……?」



 たちどころに痛みがやわらいだかと思えば、燃焼による焦げ臭さも途端に消えた。

 それどころか、見るも無残な黒焦げと成り果てているはずの俺の指は――恐る恐る覗いた俺の視界に映ったその指は、実に健康的な肌色をした指だった。火傷やけどあとなど微塵も無く。


「…………っ」


 何が起きたのかいまいち判然とせず、冷や汗で盛大に濡れている顔をゆっくりと少女の方に向けると。

 同じくこちらを見つめていた少女だが、その双眸そうぼうが次第に細まり、



「――へっ」



 したり顔で小馬鹿にされた。素晴らしく悪い顔をしている。


「こ…………このガキャァァアアアアアア――へぶっ!!」


 俺の怒りの沸点がついに限界を迎えたところでまた殴られた。

 あの鈍器のような重々しい手提げ鞄で、同じところを二回もだ。

 俺はその場で崩れるようにひざまずいた。


 ――負けた。

 紳士たるべき自分にも、何から何まで、俺はこのロリッ娘に完敗したのだ。

 不意に一筋の涙が頬を伝いそうになるが、今度は男としてのプライドが最後まで俺をそうさせなかった。男はつらいよ、マジで。


「そ、それでは、お預かり致します……」


 ヒリヒリと痛む頰を押さえつつ、敗者オレは少女から丁重に皮袋を受け取ると、少女に軽く一礼。勝者しょうじょも鼻息荒く頷き返す。

 フラフラと、到底スマートとは言いがたい歩調でカウンターまで戻ってきた。


 ほ、本当に……あ、危うく首がもげそうだった……。


 そして、その一部始終を遠目からハラハラと見守っていたフランカはいの一番に俺の元へ駆け寄り、事の詳細と身の安否を確かめようとしてくる。


「ど、どうでしたか……? ユウさん、突然大声で歌い出したり、奇声を上げたり、かと思えばあの女の子に手提げ鞄で二回ほど思いっきり引っ叩かれたりしてましたけど……大丈夫ですか?」

「そこまで見てたなら助けに来てくれよ……」


 少々文句はあるが、俺の気なんて知るはずもないフランカは既に俺の両手に収まりきらない皮袋のボリュームに興味を移し、目を丸くしていた。

 そんな愛らしい彼女をひしと抱きしめたいところではあるが――しかし、俺は手で制した。

 僅かに天を仰ぎつつ、


「今日、ボクは初めて知ったよ。世界の広さを。ロリッ娘って、実は凶暴な生き物だったんだね……」

「え、それはどういう――」

「話は後だ。それよりフランカ、いつも通り紙袋を用意しといてくれ。『ピーッコリのロウソク』は包み紙を二枚な」

「…………えっ――あ、はい! わかりました!」


 一瞬反応が遅れて、フランカは俺の言葉を飲み込んだ。

 先程とは打って変わってひょう々とした雰囲気を纏っていたからか、変にかしこまって敬礼までしている。


「それと、これで会計を済ませておいてくれ」


 俺はカウンターに乗っている羊皮紙の束や机を照らす小ランプ、羽ペン立てその他諸々を少し退かすと、そこにできた空きスペースにドサっと皮袋を置いた。

 口紐が緩んでいたのか、重心が傾いた皮袋から数枚の金貨がチャリリンと床に落ちる。


 数秒ほど、静寂が場を支配した。


「……か、会計ですね!! わかりました任せてください!! と、ととところでユウさんは?」


 貧相な皮袋の中でも、決して己の存在価値を見失わずに傲然ごうぜんと光り輝く金の光沢――。

 普段からあまり見慣れない金貨を見たことによって、フランカの興奮が最高潮にまで達する。


 それもそのはずだ。俺の知る限り、かつてこんな大金を背負って店を訪れた客人はペッタンコ姉さんの他にいなかった。

 大抵は生活用品で足りなくなった物や仕事に必要な物を取り揃えるため、高額な買い物をする客人が『LIBERAリーベラ』にはいない。ごくまれに異郷の冒険者が武具や防具を買いに来ることもあるのだが、それでも多くて金貨数枚を見るか見ないかだ。


 ちなみに、貨幣制度は大陸によってそれぞれ違いがある。俺の元いた世界で、国ごとに貨幣が違っていたように。

 セリウ大陸では『セリウ金貨』・『セリウ銀貨』・『セリウ銅貨』の三種類の硬貨を使用し、それぞれの価値として“セリウ銅貨百枚でセリウ銀貨一枚”、“セリウ銀貨十枚でセリウ金貨一枚”になる。

 相場として例を出すと、本日最初の客人だった老女が購入した商品――『マンドレイクの秘薬』はセリウ銀貨六枚。これは、下級魔術師の一ヶ月分の給料に相当する。


 つまり、“金貨”というのはこの世界においてそれだけ貴重な価値を持つ存在なのだ。

 それが今、目の前に置いてある皮袋の中で湯水の如く溢れている。一億円が入ったジュラルミンケースを想像してもらえると分かりやすい。

 感情を抑えられるはずがないだろう。


「俺は早急に“地下倉庫”へ行ってくる」

「え? 今からですか?」

「そうだ。今すぐに、だ」

「魔導書なら、店の三階にまだ在庫があったような気が……」

「はぁ……フランカよ、それでこの前、俺たちは一つ大きなミスを犯したではないか。忘れたのか? 『チャブナブルの腎臓粉末』をお買い上げになられた、リカード街道三丁目にお住いのロプツェンさんみたく」

「わ、忘れてませんよ。あの時はそうでしたが……でも確かに魔導書は――」


 チッチッチ、と。

 前のめりになって肉薄しかけていたフランカの鼻先で、俺はメトロノームのように、人差し指を小刻みに振ってみせる。


「“もしかしたら”、という言葉は大変危険な魔力を秘めた言葉なんだぜハニー。念のため、さ。直ぐに戻る」


 うーん、とフランカがキツネ耳をピョコピョコ動かし、逡巡しゅんじゅんすること数秒。


「……わ、わかりました。では、お気を付けて行ってらっしゃいませっ!」

「うむ、行って参る」


 ビシッ! と見事な敬礼を交えて見送ってくれる彼女に、俺もバキューン! と熱いウィンクをかましてやった。


 それからパタパタと尻尾を振り振り、落ちた金貨を拾い上げようとするフランカ。しかし、庶民が手にすることすら阻まれる神聖な光輝はあまりにも眩しいようで、手が小刻みに震えていた。

 そんなフランカを尻目に、俺は颯爽さっそうと店の奥へと消えていく。僅かばかりの緊張に喉を一つ鳴らして。


「――半月前……そういや、ペッタンコ姉さんが来て以来か」


 “地下倉庫”――その茫漠ぼうばくとした地下迷宮へと足を踏み入れるために。




「のわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ――――!? 死ぬぅぅぅぅぅぅうう――――ッ!!」


 ――地下十四階まで広がる『LIBERAリーベラ』の地下倉庫。


 周囲一帯は冷たい闇に覆われていた。

 直径十メ―トルほどの四角い木柱が一定の間隔を空けて何本も連なり、それが大容量の四方棚を形成している。所々の各所には面白い形状をしたウォールランプ(みたいなやつ)も幾つか吊られていて、それが地下倉庫において唯一の目印となり、“光”となる。

 また、階層ごとに木製の線路レールが敷かれており、その上に荷物運搬用の小型トロッコが一台ずつ配置されているのだが、


「だからこれ死ぬってぇぇええええ!! 速度制限考えてない上に命綱も無しってアメリカの新ネタアトラクションかよぉぉおお――!!」


 二度目のけたたましい悲叫ひきょう――。

 その音源は、たった今“地下九階”を猛然もうぜんたるスピードで疾駆しっくしているトロッコからだった。もっと厳密に言えば、トロッコの真上に伸びている“木のツタ”から。


 はい、俺です。


「安全座席があるならまだしも、それが無い上にトロッコに生えた木とツタにしがみつけってマジでどうかしてんじゃねぇのか!?」


 けれども。

 そんな俺などお構い無しに、木柱と木柱の隙間を紙一重かみひとえり抜けていくトロッコ。

 通過した場所にはドップラ―効果が生じた。

 それに、俺が幾ら阿鼻叫喚あびきょうかんしたところでトロッコが線路レールを走る足を緩めるわけでもなければ、この際限の無い闇の中へ誰かが救いの手を差し伸べることもない。

 トロッコは縦横無尽じゅうおうむじんに闇を切り裂き、俺を紐切れのように連れて目的地へと向かう。ただそれだけだ。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁああああ――!! 頼む! 頼むから普通にしてくれぇぇええええええ――――ッ!!」



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 結局、「あれ? そういや半月前、“地下倉庫ここ”に来たついでに魔導書のいくつかを店の三階へ移動させたような……」と思った時は既に遅く。

 チーン、と速度を落としたトロッコが目的地への到着を知らせ、その甲高い馴染なじみのベル音でフラグは無事に回収された。

 その後、獰猛どうもうな獣でもひるんでしまうような凄絶せいぜつな咆哮が地下倉庫中にとどろいたことは言うまでもない。


 仏具さん。

 今回もご登場いただき、誠にありがとうございました。


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