表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界道中のお道具屋さん  作者: 一色創
第二章  リカード王国滞在記
58/66

第54話 『出発前夜。風呂場にて』

 

 ――『風呂』も、普段通りだった。


 俺は、クソジジイが温度調節をしている(らしい)湯にまったりと()かりつつ、ヒマつぶしがてら、『ファクトリー』の管理人であるカルドと声を投げ合う。

 カルドは風呂場にいるわけではない。風呂場の……傘のように八方へ広がった木製の天井に付いている、拡声器らしきものの向こう側にいるのだ。


「――――……とまぁ、ンなわけでよぉ~、あっさり別れちゃったわけ。いやぁ、俺としてはさぁ、なんつーかこう……もっとこう、アレ……惜別(せきべつ)の情、的な? ……うん、そう、パッション。情熱(パッション)が欲しかったわけ。いや、無理強いするつもりはハナから無いし、期待も無かったんだけど……でも、いざこう何も無しでバイバイしたら、今になってさぁ……スー……後悔が、ねぇ…………」

「カーッカッカッカ!! なるほどなーるほどねぇ……アニィの気持ち、分からなくもないですぜ。女はメンドクサイと男は言いますが、男も大概(たいがい)メンドクサイですからねぇ~。着ている(ガワ)が違うだけで、中身の根っこにある、気にかけたい繊細な宝石は……もしかすると、一緒だったり? そうでなかったり? カッカッカ」

「そうだろだろだろ~?」

「とはいえとはいえ~? アニィよ……風呂場へ来たとき()()()()だったじゃないスかァ……。アレは……………………そこそこ満足してたんじゃないので?」

「――バッ!? ぎ、ぎんっ……ってねぇよ!! 全然なってねぇよ()()にはよォ!! てかおまっ、バカやろう!! 突然オーバー・エイティーンになってんじゃねぇよ!! 俺は今宵(こよい)はオーバー・ドライブできねぇんだぞ!! さっき話しただろーがッ!!」

「え? じゃあビンビン?」

「どっちもアウトじゃボゲェええええええええ――――ッ!!」


 手近にあった木桶(きおけ)っぽいものをスパァーン! と、拡声器に向かって放り投げる。


「チッ。まったく……やっぱおめぇはロクなやつじゃねぇな。分かってはいたけどよ……」


 どぶんっ! と、再び、湯船に体を沈める。


 ――――。


 ……眉間にシワを寄せて、しかめっ面になっている自分の顔。

 水面に、それが描かれていた。


「……でも。ありがとよ、カルド。フランカと仲直りできた要因の……まぁ、小さじいっぱい分ぐらいは、お前のおかげかなぁなんて、思ってる……」

「……。いやいや~! おいらは別に何にもしてやせんぜ~?」

「またまたぁ~! こういう時に限って謙遜(けんそん)なんてしちゃってもう~!」

「いーえいえ、それは謙遜でも何でもなく、マジマジの本音(マジ)なんですってばアニィ。おいらの助言を素直に聞き入れ、実行に移したのは、(まぎ)れも無くアニィ本人なんですから! ていうか、それより感謝すべきはオヤビンの方では? なんか……なんでしたっけ? 『ジテンシャ』……ですか、そうですアレの製作協力はもちろんのこと、旅に必要な道具も一部そろえて――って、ハッ! とっとっととと、そういえばぁ~……」


 …………ピタリと、声が止んだ。

 それから一向に、カルドの方から音が生まれてこない。


「……? カルド……?」


 不思議に思った俺は、背後(うしろ)を振り返る。

 ……無論、()()はずはない。相変わらず、拡声器らしきものが木柱の上方に付いているだけだ。

 話もそこそこにどこ行きやがったんだと、不意に消えたカルドの奇妙さに落ち着かない俺は、きょろきょろと(こうべ)を巡らす――と。



 ジジジジ……ジジジジ…………音がして。

 俺は、もう一度背後を振り返り、そして()()()()



 ――桶が落ちてきていた。

 先ほど俺が投げた桶……ではなかった。


 真新しい木桶がゆっくりと、クレーンのアームのようなものに何本かの(ヒモ)で吊るされ、まるでワイヤーを伸ばした時のような音を引き連れ、下降していた――。

 間もなくしてそれは、湯船の(フチ)に着地した。


 カ、ッコン、と乾いた音が鳴る。


「……。なんか、前にもあったな……こんなの」


 俺は頭を()き掻き、ジャブジャブとその元まで歩み寄り――湯船の端まで来ると、桶を手前へ手繰(たぐ)り寄せた。


 するとそこには、


「お、おいおい……。こいつぁ……」


 ――『モミールク』が入った牛乳ビン(らしきもの)と、それからもう一つ、パープル色の液体が入った小瓶(こびん)

 桶の中には、それらが一本ずつ収まっていた。


 キン……と、鳴った甲高い音色が、耳と耳の間を通り過ぎて、熱のこもった体からガスを抜いてくれる。


 天から降ってきた(ナゾ)のお恵みに少々戸惑うものの、これはラッキーと舌を()め、俺はまず小瓶の方へ手を伸ばし――


「オヤビンからですぁ」


 よみがえったカルドの声に、手が止まる。

 声が当たった衝撃だけではない。重ねて、言葉の内容も”驚き”をもたらしたからだ。


「あ? クソジジイ? ……。……コレがあ?」

「”差・し・入・れ”――ですってよ。まぁ、オヤビンの気まぐれは……おいらにもよく分かりません」

「…………。こっちの……小瓶の中身は?」

「さあ~? たぶん栄養剤(ポーション)(たぐい)では?」

「たぶんって……。……………………」


 はっきりとしないカルドの物言いに、額にシワを寄せる俺は、ますますそれらに怪しげな眼差しを送ってしまう。

 とはいえ……ゴクリと。現在の、水分を失いカラッカラになった肉体は、ひどく欲望に忠実であり、到底逆らえるわけはなかった。


 まずは……『モミールク』の方を手に取り、キュポッ! と、ビンのふたを開ける。

 腰に手を当て、口をつけ、一気にあおって飲み干した。

 なめらかな口当たりに、ひんやりと冷たい喉越(のどご)し――うん、普通にウマい。


 ではでは、()()()は……。

 ……………………。

 …………。


「……んん? どうしたんです? 飲まないんですか?」

「う、うるせぇな……。飲むよ……」


 手に持っているもう一つの()()も、きゅぽっと、今し方と同じようにビンのふたを開け、口をつけ……――一気にあおって飲み干した。

 ゴクリっ! …………………………………………。


「なんだ、こっちも普通にウメェじゃねぇか。……ちょっと(にげ)ぇけど」

「それはそれは」


 そうなると、逆にますます気持ち(わり)ぃな……。

 あの、いけ好かないクソジジイが、ひん曲がったゲテモノではなく、健全な”差し入れ”をしてくれただと……?


「どういう風が吹いたのやら……」

「――”手拭(てぬぐ)い”の一つでも買ってやれば……」

「? 何か言ったか?」

「いえ、まぁ……アニィは今回、せっかく遠出するわけじゃあないですか。ならば、おみやげの一つでも欲しいところではありますなぁ~……と。夜風に独り言を乗っけていたわけですよ……」

「……! チッ……やっぱコレはそういう魂胆(こんたん)かよ……」

「いえ、今のはあくまでもおいらの希望でして……オヤビンは関係ありませんよ?」

「……っ。…………。まぁ、考えとく……」

「ぜひとも、前向きなご検討を~」


 まったく、ホント調子のいいボケガイコツだぜ……。

 …………。

 ……しかし、


「いろいろ、迷惑かけちまって……悪かったな、カルド……」

「なんのっ、今さら水くさい。()()()のは体臭だけにしてくださいよ! ……なんつって。アニキ、お身体には、くれぐれもお気を付けて……」

「ああ……。お前もな――って、そういや身体は()ぇんだったな。”骨”だから」

「カッカッカ! なんとまぁ、まさか! まさかまさかですよ、アニィにそう言われる日が来るとは! アニィもおいらのこと分かってきてるじゃないですか~! このこの~!」

「フッ……うるせぇよ」

「……。良き(あきな)いができますよう…………貴殿(きでん)に祈りを」

「おうおう、わかってらい。ちょっくら任務こなして……ついでにちょっくら(かせ)いで、すぐに帰ってくるからよ。このスーパー雑貨店店員・イトバに任せんしゃい」


 こちらの姿が見えているかどうか定かではないが、グッと、拡声器の方に向かって右腕を伸ばし――親指を立ててみせた。

 それを機に、俺は風呂から上がった。

 ……思っていたよりも、随分(ずいぶん)と長く湯に()かっていたらしい。体が冷えぬよう、注意せねば。


 チャリン。


「……?」


 と、大きめの布で入念に体を拭き終え、服を着ていたところ……ズボンのポケットから一枚の硬貨が転げ落ちた。

 拾い上げ、空にかざすと――銀色が、青い月の光と相まって、より神聖な輝きを放っていた。


「……しゃあねぇ。たまには、ジイさん孝行してやりますか」



 ぶぇあっくしょい!! …………冷たい暗黒に、俺のくしゃみが響き渡る。



 今日の星夜も、見事なまでに透き通っていて、美しかった――。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ