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異世界道中のお道具屋さん  作者: 一色創
第二章  リカード王国滞在記
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第52話 『出発前夜。地下にて』

 出発前夜。

 リカード王国への旅立ちが、いよいよ明日に迫っていた――。




「ハァ……。ったく、フランカの頼みとは言え、なんで俺がアイツのところに……ぶつぶつ…………」


『ファクトリー』地下一階・”作業場”へと向かう木製エレベーターの中で、俺は心の底から現状を嘆き、その(うれ)いをため息に変えて漏らしていた。

 ホクホクと、俺が両手を広げて持っている大きな食膳(しょくぜん)からは、食欲をそそる香ばしいにおいが立ち(のぼ)っている。


 ――今日の夕食は、”『ドッドカブ』のヂーツマ(チーズに似た食べ物)焼き”だった。

『ドッドカブ』というのは、”現実世界”でいうところの、野菜のカブに似たものである。

 他にも、『ドッドカブ』のあつあつスープ、『ミルクルミ』を練り込んだパンズーを少々、『グッピー(ブタに似た動物)』の肉を薄くスライスした”ハム”っぽいものを乗っけたサラダなど……。


 フランカお手製のそれを、早速フランカの手であ~んしてもらいたいところだったのだが……その前に、『ボッフォイさんにも、コレを届けてきてください』とフランカに言われたのだ。

 いつもは、フランカがその役目を(にな)っている。だから『今日はどうして俺が?』と尋ねると、『ボッフォイさんにもしばらく会えなくなることですし、この際に、一言だけでも挨拶すれば……』というわけで、フランカなりに気を(つか)ってくれたのだ。そんな気遣い、本来は無用なんだけどな……。

 しかしまぁ、一連の『ジテンシャ』製作に関して、かなりお世話になったことは事実であり……ここで謝礼の一つでも置いて去らねば、人としての品位に欠けるというものである。

 なにより、俺は”ジェントル糸場”である。紳士たるもの、誰かに”何か”を与えられたのであれば、素直にお礼を返そうではないか。


 ググゥ~~と、食事のにおいに反応したのか、腹の虫が大きな屁をこいた。


 そうさ、こんな用事なんかさっさと済ませて帰って、俺はフランカにあ~んしてもらうんだいっ! ……今まで一回もあ~んしてもらったことないんですけどね。




「――……クソジジイー。いるかー?」


 つまり、()()()()意味でも、今日は何やらいろいろと”特別な日”なのである。

 こんな絶好の機会がなければ、俺があの憎ったらしいクソジジイに食事を持って行くことなど、天地がひっくり返ってもするわけがない。

 だからクソジジイには……今日の食事は特に、よく噛んで味わってほしいものだ。()()()だしな。


 というか、いつもより、やけに声が響くな……。


 左右には、武具や農具・工具、装飾品などが無造作に積まれ、飾られている――。

 見飽きたそれらを横目で流しながら、それらの山々が自然に形作った狭いデコボコな通路を、つまずかぬよう転ばぬよう慎重に縦断していく。


 と、ほどなくして、通路の向こう側で(またた)いていた赤い閃光が視界を奪い――


「おーい! クソジジイ! いるなら返事ぐらいしやがれこの……」


 “作業場”の大広間へと出た。

 俺は”道具の山”のひとつから、ひょっこりと顔を出した。


 そこで一人、こちらに背を向けながら、黙々と金床(かなとこ)の上の鉄を大型の(つち)で叩いている、俺の身長の優に二倍はあるであろう大男が…………いなかった。

 そこには誰も、いなかった。

 こんなことは初めて……ではないかもしれないが、珍しいことだった。


「ったく、せっかくメシを持ってきてやったってのに……。どこ行きやがったんだ……? あんな巨体で動ける範囲なんて限られそうだが……」


 (かまど)の炎は、ピチ……パチ……と、か弱い声を上げている。

 その周りや作業台の上には、片付けられたような形跡がない。つい最近の記憶と照らし合わせてみても、ほとんどそのままに見える。ということは、どこかへ”何か”を取りに行ってるとか……?

 まぁ、別に俺が気にすることでもないし、どうでもいいんだけどな……。


 俺は周囲に視線を配りながら、作業台の方へと歩み寄る。

 コツ……コツ……と、靴音までもが、いやに反響しているように聞こえた。

 作業台の上は、毎度のことながらごちゃついていたため……とはいえ片手でどかそうにも、食膳を片手で支えるのは困難であることから、食膳そのもので他を押しのけ作業台の一部を間借りすることにした。

 押しのけられた”物”たちに関しては……その直後、位置が変わらない程度に置き直した。


「肝心なときにいやがらねぇ……。ホント、空気の読めねぇヤツだぜ……――」



 ふと、何気なく顔を上げたときだった――。

 俺の目の前――ほとんど真正面に、かすかな竈の(あか)りに照らされた、真っ黒で巨大な”影”があるのを見つけたのは。



「のぅわっ!! っと! とっ、とっ、とっとととととと…………」


 誰もいない静かな空間だったせいか、俺は思わずビクッ! と、少し()()ってしまうぐらい驚いてしまう。

 その拍子に、作業台に(ひざ)をドガッ!! とぶつけてしまい、作業台はちょっとした地震のようにゆらゆらと揺れた。

 俺はあわてて作業台の幕板(フチ)を両手でつかみ、暴れ狂うウシをなだめる闘牛士(マタドール)のごとく、どうどう……と、作業台の()()を落ち着かせた。動揺(どうよう)が引くのは、ほとんど一瞬だった。……食事は無事だった。


「フゥ……あ、あぶねぇ……」


 ドキドキと心音鳴りやまぬなか、俺は再度、顔を上げ――()()を視界に映した。

 それは、ボッフォイでも、他の巨大生物でもなかった。


 ――――完成した『ジテンシャ』だった。

 その上から、何枚かつなぎ合わされた、寝具に用いられそうな真っ白な布が、荷馬車の(ほろ)のように被せられている。


 ……そういえば、たったいま思い出したが、()()()の製作作業は、ここら辺りでおこなっていた気がする。

 作業台(ここ)へやって来るまでにコイツの存在に気付かなかったのは……おそらく”道具の山”のひとつが角度的に邪魔になっていたせいで、その巨体は作業台へ近付くことでしか(おが)めない絶妙な位置に隠れることになったというわけか……。

 ……うん。目視で確認しただけだが、推理はおおむね当たっていると言っていい。


「…………っ」


 俺も製作作業に(たずさ)わっていた一員であるためか……こうして改めて、完成した実物を前にすると、胸の奥からグッと込み上がってくる、()も言えぬ高揚感があった。

 ”高揚感”というのは、なにも完成に対する喜びや、それが実際にどう動くのか、それを実際にどう動かそうかと想像することに対するワクワクだけではない。こう……ブルルッと、おしりから頭にかけてゾワゾワが駆け抜けていく、禁断をのぞき見る”緊張感”に似た感情もあった。


 ”薄暗い空間の中で凛然(りんぜん)とその場にそびえている”――という、環境が生み出す効果によるモノもあるのだろうが、それとは別に、何か……『ジテンシャ』の周囲にただよう雰囲気というか、触れると指が切れてしまいそうな、あるいはもろく崩れ去ってしまいそうな……そんな”繊細な緊張”が、見えはしないものの、たしかにそこにあると感じるのである。

 ゴクリ……今ので二度、俺の(のど)を鳴らしている要因は、おそらくそっちだった。


「……。たしか、アイツ――――」


『俺はひどく正直者だ、そして鍛冶師を生業として長い、だから親切にハッキリ言っておいてやる――できっこねえな。俺の腕でも……っ。……仮にやったとしても数ヶ月は要する』


「――――って、言ってたよな……」


 ドキドキと……ドキドキと……。

 胸の奥底からさらに”危うげな高揚感”が湧き出て、再燃し、鎮まっていた心拍を速め、血流を熱くさせた。

 ギュゥゥゥゥ……と、気付かぬうちに、俺は右手で左胸の辺りを押さえていて、服に大きなシワをいくつもつくっていた。


 ――と、その時。グゥググゥ~~と、目を覚ますような音が鳴り。

 腹の虫が、そろそろおかんむりであることを告げていた。


 フランカも待っていることだし、そろそろお(いとま)するか……。


「…………。……じゃあ、また明日。よろしく頼むぜ……」


 二本の指をそろえて軽く振り、新たに誕生した相棒に祝福と別れを告げると、俺はクルリと(きびす)を返し――。

 コチンッ! と、足の側面に”何か”固いモノが当たった。


 床を見ると……他と比べては小さな(つち)が落ちていた。

 先ほど作業台が揺れたときにでも落ちたのだろうか……。気付かなかった。


「よっこらしょ」


 俺はしゃがんで(それ)を拾い、また立ち上がる。

 すると、竈の灯りが、まるでヘビのように持ち手の下の方から()い上がってきて……やがて”頭”の部分も照らし出した。


「……!」


 持ち手の()の部分が、ずいぶんと黒ずんでいた。

 ”頭”の部分も、本来の形状は保っているものの、小さな傷と小さな欠損でいっぱいの有様である。


 それは、決して「綺麗(きれい)」とは呼べない道具だった。


「…………」


 俺は、作業台……ではなく、竈の近くにある金床の方へと向かい、そこへ静かにそれを置いた。

 パンっ!! と、両手を合わせ――――



「……あ、ありがとうございやしたッ……!」



 深々と、一礼した。

 そして頭を上げると、すぐに踵を返し、走ってその場を後にした。


 ”木製エレベーター”に乗って地上へ帰っているときも、いざ地上へ着いたときも……ドキドキはずっと、続いていた。

 

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