第50話 『とある打診と条件と』
記念すべき第50話目となります!
……あと今回は文章ちょっと長めかもです。先にご了承いただけると幸いです。
「無理だな」
半巨人が手にしていても違和感の無い、ちょうど良い大きさをした一枚の羊皮紙を広げながら、ボッフォイは首を横に振る。
「そこをなんとか……!」
俺は、今度は“要求”の意味で頭を下げていた。
頭の上でスリスリしている両手も同様である。
「……。フゥ…………」
眉根を寄せるボッフォイは、岩でもひょいっと掴めそうな大きな手で禿頭をさすると、“作業台”――種々雑多の工具類が整列している脚長・横長の机――の一角に置いてある、ピアニストの指のような“骨(?)”を左手に、細かく刻まれた“乾草”のような何かを右手の指でつまんだ。
“骨”の先端には上向きの丸い穴が空いていて、ボッフォイはそこへ小刻みの“乾草”を器用につめると、めらめらと燃え立つ竈の炎にサッと通してから“骨”の反対側を口にくわえ、フゥー……と一息つく。
水色の、ほのかに酸味のきいた果実の香りがする煙が辺りをただよった。時たま店内を満たす、調理や調合の際に使われる薬草の匂いにどこか似ている。
それを口にくわえたまま、ボッフォイは朝食の席につく昭和のオヤジのような動作で再び紙を広げ――視線を落とし……また首を横に振る。
終いには紙を折りたたんでプラプラと振ると、
「……。念のため聞いておくが……お前は俺に、この世に無い物をイチから生み出せと言っているのか? ……すなわち“神”になれと?」
「できないか?」
「……チッ。ハァ…………。できる・できない以前の話だ。この……『じ……てん、しゃ』? というのか……? こんな見たことも聞いたこともないゲテモノを、外形だけの半端な知識と拙技とありあわせの想像から作り上げ、なおかつ事故の起きないよう安全に駆動させろだと?」
フッ、とボッフォイは鼻で笑う。
それから腰を引いて座り直した。
「俺はひどく正直者だ、そして鍛冶師を生業として長い、だから親切にハッキリ言っておいてやる――できっこねえな。俺の腕でも……っ。……仮にやったとしても数ヶ月は要する」
「…………でも。それでも……! そこをなんとかっ! 神様職人様いいえボッフォイ様ァッ!」
「人の話を聞いていたのか、このボンクラは……。俺はあくまで“鍛冶師”だ、何でも屋じゃねぇ。そもそもなぜ必要なんだ……? あのトンチキジジイの頼みとやらで、俺の“長剣”をリカード王国まで届けに行くのは分かったが……わざわざ荷台付きのそれなど必要なかろうが。となり町の馬車駅までなら歩いて行ってこい。その二本の脚は飾りか?」
「いや、それが……最初はそうだったんだけどよ、なんつーかこう……せっかく行くんだから、ついでにリーベラの商品も載せていって、現地でパーッと売ってさ、『豊富な品ぞろえですわよ~』なんつって、店の宣伝も兼ねればいいかなーとか思って。めったにない遠出だしな」
「……。それは、お前の判断か……?」
「い、いやもちろんフランカと相談してのことさ。そうにらむなよ……コホン! フランカも『いっぺんにお客さんが押し寄せてきても戸惑っちゃいますけど……私の大好きな『LIBERA』を、少しでも色々な方に知っていただくというのは、それはそれで嬉しい気持ちになりますね!』って乗り気だったし、店が繁盛すること自体は何も悪いことじゃないだろ? な? だからここはひとつ、“自転車づくり”に腕を振るってはくれねぇかボッフォイの旦那よ。見飽きたかもだが、この通りだからさぁ」
「やめろ。貴様に“旦那”と言われる筋合いはない」
「ったく、あの御方もお戯れが過ぎる……」とぼやきながら、ボッフォイ頭を掻き掻き、羊皮紙――俺が手書きで作成した自転車の図面に煩わしそうに眼差しを向ける。
“図面”と言っても、先ほどのボッフォイの発言にもあるように、内容は非常にざっくりとした外形だけでしかない。俺は自転車屋さんでもなければ、趣味で自転車を走らせているわけでもなければ、内面の構造に詳しいわけでもないからだ。
たしかに図々しい要求だとは思う……今さらではあるが。それでも俺は、「ボッフォイならやってくれるのではないか」と、“鍛冶師”としての、あるいは“物づくり”としての才能を信じている。だからこうして頼んでいるのだ。
それに以前、異世界ならではの食材を使って、フランカが現実世界の『ハムカツ玉子サンド』を再現させた例もある。材料さえそろえば『ジテンシャ』も製造可能なのではないかと、フワッとした、微細ながらも熱の高い好奇心にそそられたのが事の発端だった。
とはいえ、ボッフォイは俺の瞳の奥をのぞこうとはしないため、当然ながらその色を知るはずもなく……。
鉱山を思わせる、筋骨の浮き出た荒々しい見た目とは裏腹に理知的で物静かな鍛冶師は、図面とにらめっこを続けている。
時たま片手を“骨”の方へ委ね、ひと吸いして戻し、また吸い……をボッフォイは繰り返した。
繰り返すたび、煙の色は濃く、また増えたような気がした。
ビタッ、ビタッと、足の指も徐々に忙しなく動くようになっていった。
そんな静寂の隙間を埋めたのはやはり、パチパチという音をもって薄闇の中で軽やかに踊る竈の火の子たちだった。
…………。
……。
煮え切らないまま時が経つ…………と。
ようやく思考が熟したのか、ボッフォイは片手で図面を閉じると――ついでに目も閉じ、少しだけ頭を前へ傾けた。
「ハァ……………………………………………………。……やってやる」
「……え? ほ、ホントかっ!?」
「――ただし」
釘でも刺すように、ボッフォイはピシッと俺に“骨”の先端を突きつける。
「お前も手伝うんだ」
「お、俺も……?」
「ああ、そうだ。そして材料費もお前が負担しろ。……とはいえ、これは店に関わる問題だから、一部は俺が払ってやる。だが、その他はお前がなんとかするんだ」
「なにィ…………」
言葉に、俺は苦い顔をし、おまけに驚きで両手を前に出してしまう。
対してボッフォイは「フン」と鼻を鳴らし、
「当然だ。まさかタダでやってもらえるなどとは思っていなかっただろうな、図々しいヤツめ。……客は、代金を支払ってくれるから……こちらで材料を用意し、商品を提供するんだ。今回はどうだ……? 未知の代物を作るうえに、材料もどれだけ必要なのか分からない、経費もある程度の推測で算出するしかない……こんな状況だ、まさか俺に二度も『神に成れ』とでも言うまい。ま、お前が金額をはずんでくれるのなら、話は別だが……」
ボッフォイの性根と、俺の要求するほとんど無茶ぶりな内容を踏まえ、さすがに二つ返事で了承されるとは思っていなかった……。
だから何かしらの条件を提示してくることは想定内だったが、そこに“肉体労働”が含まれているのは想定外だった。
薄暗い地下で黙々と鎚を振るい続ける、ただの偏屈でお堅い職人様ではなく、時と場合によっては相手の懐に手をすべりこませ、損得関係の天秤に抜け目なく均衡の印をつける……ボッフォイもそんな“商売人”の一人であることを改めて実感させられた。
わざとではないが、分かりやすいほどゴクリと喉が鳴る。俺は、恐る恐る尋ねてみた。
「ち、ちなみに……なんですけど……お、俺はおいくら支払えばよろしいのでしょうか……?」
「――『銀貨四枚』。金貨一枚ですべて請け負う」
「払えるかァああああああ――ッ!!」
思わず素で突っ込んでしまっていた。
その勢いから、俺も雑巾の一つでも投げつけてやりたかったが、生憎と手元に無かったため、秘技――『空中手刀・横薙ぎ』で我慢しておくことにした。
ちなみに、下級魔術師――三流魔術師における一部の上位層を除いた者、もしくはそれ以下の“数流”に属する者――の一ヶ月分の給料がおよそ銀貨六枚に相当する。
さらにちなみに、その“銀貨”十枚で金貨一枚と等価値である。
……そう、まさに「払えるかァ――ッ!!」なのである。
「銀貨四枚ィいいいいいい~~? はァああああああああ~~ん!? 何をどうやったらそんなトンデモ算術ができあがるんですかァああああ~~~~!? 地下にながらくコモりすぎてて頭イカレちまったんじゃねぇのかおじいちゅあ~~ん? てか、短期間でどうやって稼げばいいんだよ! 銀貨四枚なんてよッ! こちとらまだ給料すらもらってねぇ身なんだぞつーか早くお給料をお恵みくださいませフランカちゅわぁああああああ~~~~んっ!!」
「そんなもの自分で考えろ。曲がりなりにも商売人なんだろ? 俺が銀貨一枚の負担として、お前が銀貨四枚……これは負けられないからな。無理だと言うのならこの話は白紙に戻す――それだけだ」
丸め直した『ジテンシャ』の設計図を軽く振り、ボッフォイはそう平然と言ってのける。
「くっ、ごっがっ! おま、ま、まじおまっ……! ……くぁっ! かぁ…………。……………………」
こいつマジか……冗談でも何でもなく正気で言ってやがるのか……と、俺はどこぞのジャクソンよろしく、“月面歩行”並みにドン引きしていた。
けれど、イチ商売人としてのボッフォイの態度が間違っているとは思えないし、予約に次ぐ予約でネコの手どころか子イヌの手まで借りたいであろう本職の合間をぬって手伝ってくれるわけだから、“製作協力”と“材料&費用調達”の条件は不釣り合いではない気がする。
それに、こちらとしては是非ともボッフォイ殿に理想の『ジテンシャ』をお作りいただき、リカード王国にて千客万来ばんらいばんらいらい――雑貨やら食材やらを招きネコ蹴っ飛ばすぐらいに売りさばき、少しでも店に貢献したい……。
すべては、フランカの笑顔と、キャッキャウフフなすうぃ~とらいふに、より豪勢な華を添えるため……。
「ぐぬぬぬぬ~~……」
というか、考えようによっては、銀貨四枚程度で未知の物をイチから作ってくれるというわけで……俺にとってはむしろ好条件なのかもしれない。
なんだか段々とボッフォイの話している内容がまともに思えてきた。いや、オレが取り乱しているだけで、初めからボッフォイは至って真面目なのか……。
熟慮し、今一度情報を整理すると、頭に落ち着きが戻ってくる。
ガクンと肩から力が抜けた俺は、「タハァー……」と白い息を吐き、
「……へいへい、分かりましたよ。稼げばいいんでしょうがッ! やってやんよ!!」
「フン、分かればそれでいい」
「フン!!」と、こちらも負けじと鼻クソが発射されそうな勢いで鼻を鳴らしてやった。
きびすを返し、俺は大股でその場から立ち去ろうとする。カツッ! コツッ! とうるさい足元からはついでに、プンスカプンという音色まで響いてきそうだ。すると心なしか、『ファクトリー』の随所から絶え間なく吹き荒れている“蒸気”も同じような調べとして聞こてくる。
こちらが依頼をしに来たはずなのに、気付けば反対に依頼をされて帰っている……なんだかボッフォイに上手く丸め込まれたようなのが無性に気に食わない。
「――ちょい待ちな」
「あ? ンだよ、まだ何かいやらしい商魂燃やしてんじゃあ……」
そう言って振り返った瞬間――――ズドォオオオオオオ――ン!! と。
みぞおちド真ん中に、小型の長方形らしき“何か”の頭が時速三五〇キロぐらい(体感)の速度でストライクショットしてきた。
「ぐぼはゥわァああああ……ッ!!」
……冗談ではなく、内部の肉のアレ的なやつが多分ねじれて、メリメリッと悲鳴を上げた。
『メリメリッ』って何ですか? 人生で初めて聞きました。
それに『ぐぼはゥわァああああ……ッ!!』って…………ボク、こんな声出せたんですね。知らなかったです。人生で初めて言いました。
「ぬゥううぐああああ…………い、いったいなに……ハァ……なに、が起きて……?」
強烈な痛みに耐えながらも、四センチぐらいへこんだみぞおちからヌボッと飛来した“何か”を抜き取り――あぁ、普通に取れるのね――見てみると…………おそらくだがこれは、俺の知り得る知識と照らし合わせてみて最も正解に近いものは――“メガネ容器”だった。
「……っ!」
俺は冷や汗ダラダラの顔を上げ、前を向く。
と、骨太な指の影が一つ、こちらに伸びていた……。
「前に言っていたメガネだ。度数もおそらく問題ない。ありがたく受け取れ」
「……。ハァ…………。……っ。こりゃあ、何から何まで至れり尽くせりだことで……」
にこ~~っと、目元と眉根を歪ませ、口を横に裂き、今できる精一杯の笑顔を作った。しかし左の瞼だけは、どこぞのハイブリッジ名人のごとく高速で上下に動いている。
そうしてありったけの礼を尽くしたところで、早速容器から中身を取り出してみる。
――ボストン型のメガネだ。
フレームは全体的にやや太く、耳にかけるところはスラッと細く、先端はまた太く……特筆すべきはレンズ上部のフレームが直線的にカットされていることか……。
色は“黒”を基調としているが、レンズとレンズをつなぐ“橋”のような部位と、レンズと耳にかけるところをつなぐ部位に関しては白色のような銀色のような……前方からの光に持ち上げてかざしてみるが、よく分からない。
透明なレンズは、新品の証なのだろう、角度を変えると時折チラッと七色に輝いてみせた。
なんだよ、ジジイのくせして洒落たセンス持ってんじゃねぇか……。
メガネとの久々のご対面である。
物は試しでそれをかけてみると、
「おぉ……。おおぉ……! ふォおおおお…………!!」
――――世界が、目に吸い込まれるようだった。
人生で初めてメガネをかけたときの衝撃を、俺はいま二度目としてハッキリと実感していた。
何もかもが輪郭を帯び、線と色と空間認識的な距離感をもって、“実体”としてそこに在ることをある種暴力的なまでに知らしめてくる。
言い過ぎだろうか……俺が今まで生きていた世界は、それこそ虚構だったのではないかと錯覚させられるほどに、自分を取り巻く万物が明るく鮮やかに、そして美しく見える。
現に俺は、その“視える”という当然の喜びに感動し、目尻には薄っすらと涙が浮かぶほどだった。
ふと、視界の端で武具のような何かをとらえ……そこに俺の顔が反射して映っていた。
ふむふむ、サイズも俺の顔にぴったりだ。よく似合っているのではなかろうか。
「かっこよくしてくれ」という俺の要望に忠実に応えてくれた、まさに逸品である。
というか、ここまで素直に作ってくれていると逆に気持ち悪い……。外注したんじゃないだろうな……。
まぁ、デカっ鼻にデカ眉毛にぐるんぐるんの口ひげと、オモシロパーティメガネでも渡してこようものなら、なけなしの頭髪引っこ抜いて『空中手刀・横薙ぎ』をお見舞いしていたところだが……。
――その時。
上方より蒸気の音に負けないぐらいの大きさで、カーン! カーン! と、鉄に鉄を打ちつけたような甲高い音が響き渡った。
直後、「お客さんのおな~りでぇイ! おなぁ~~りでぇイ!!」と、どこからかカルドの上調子でおちゃらけた声が空間に覆い被さる。
「……って、浮かれてる場合じゃねぇな。どうにかして、早急に銀貨四枚を調達せねば……」
せっかく視界が晴れ晴れしたにもかかわらず、我に返った途端、心にどんよりとした雲が引き延ばされた。俺はメガネを外す。
まぁ、何はともあれ、
「ボッフォイあり…………」
言いかけて止まる。
……彼はすでに、本職の作業に没頭していた。俺のことなど記憶の彼方に置き去りにしたとでも言わんばかりに。
竈の炎と重なってぼんやりと揺れるその背中が、いつもより随分と大きく見えたような気がする。
「……。……フン、じゃあなクソジジイ。ちょっくら稼いできてやるから、いつでも製作に取り掛かれるよう、準備だけは怠るんじゃねぇぞ……!」
聞こえていたかどうかは定かではないが、それよりも何か一言置いていってやらないと気が済まなかった。
俺はそう啖呵を切ると、今度こそ『ファクトリー』を後にした――――。
「しっかし、銀貨四枚……どう稼いだものか……」
『ファクトリー』から雑貨店へ戻る道すがら、俺は腕を組み、眉間にシワを寄せていた。
威勢よく飛び出したは良いものの、俺には“銀貨四枚”という大金を短期間で効率よく稼げる目処や糸口など無い。
とはいえ、いくらこうしていても、何かすばらしい妙案がひらめくわけでもなく……。
「ま、時間もねぇし……うじうじ考えても仕方がねぇよな。フゥ…………っし。行動あるのみ……!」
パンっ! と、両手で頬を叩いてカツを入れる。
すると、先を急ぐ気持ちに追いつこうと、俺の歩調は自然と速くなるのだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「……ん? おぉ! イトバの兄ちゃんじゃねぇか! どうしたよ、こんな頃合いに訪ねてくるなんて、えらく珍しいじゃねぇか」
「ああ……。いやぁ、実はその、ですね……オッチャン。一つ、折り入ってご相談したいことがありまして……」
夕刻のポルク村にて。
俺は、普段から親しくさせてもらっている中年の野郎――オッチャンの元へ足を運んでいた。
「あん? ウチで短期で働きたい?」
「そうなんです、どうかお願いします……!」
「……。またどうして」
顔を上げると、俺の焦燥感が伝わってしまったのか、オッチャンは目を丸くし若干動揺していた。そして当然の疑問を投げかけてくる。
「いやぁ、まぁ……それがですね…………」
オッチャンの反応を見て俺は一度落ち着きを取り戻し、頭を掻くと、再び口を開いた。
――村長の頼みで、長剣をリカード王国まで届けに行くこと。
――そのついでとして、『LIBERA』の雑貨やら食材やらを売り込みにいこうと思っていること。
――けれど、そうするためには“荷馬車”のような、大量の荷物を運べてなおかつ長距離を効率よく移動できる何かが必要であり、ボッフォイに新しい運搬車の製造を頼みに行ったこと。
――すると、“銀貨四枚”の稼ぎを条件に引き受けてくれることとなり、俺はむなしくも“雑貨店定員”としての給与をまだフランカからもらっていないため、こうして別の稼ぎ口を探しに来たということ。
以上の経緯を、合間にあるもろもろの事情含めて、なるべく簡潔に説明した。
すべてを聞き終えたオッチャンは、
「なるほどなるほっど…………うん、ワケは分かった。でもよ、店はいいのかよ……?」
「あ、それに関してはフランカからすでに許可をいただきました。昼休憩と、加えて少しの時間だけなら兼業してもいいと……」
「おぉ、そうだったか……」と、オッチャンは驚いたように言う。
それからわずかに眉をひそめ、頭の後ろに手をやって後頭部を掻いた。
「んー、いやまぁ……ウチは別に構わねぇんだけどよぉ、兄ちゃんの身体が心配だぜ。完治したって言っても、ほとんど病み上がりみてぇなもんだろ? 大丈夫か……?」
「あー……はは、お気遣い感謝します。でもですね、依頼で預かった物はなるべく早く配達したいですし、それに“銀貨四枚”の条件をアタマ・カタオのキャツがどうしてもゆずらないと言うので、こうして無理してでも稼がないといけない状況になったんどす……。おいどん、苦し悲しの身の上なんどす……ヨヨヨ……」
「ハハハ、そいつは大変だな。まぁ、汗水たらして働くってのは良いことだが、くれぐれも無理のないようにな! そこだけは用心してくれよ兄ちゃん! にしても……ヘヘッ、何と言うか、ボッフォイさんは優しいなぁ……」
「……?」
優しい……?
オッチャン、たった今キャツのことを“優しい”と言ったのか……!?
俺が小首を傾げていることに気付いたのか、何やらニヤついているオッチャンは「失礼」と俺に向かってかざすように手を上げると、もう片方の手の指で鼻下をこすった。
「たしかに、兄ちゃんの不服な気持ちも分からんでもないが……そういうのは、俺の目から見れば…………ボッフォイさんの珍しい態度だよ……」
「そ、そうなの……んですか……?」
「ああ。ボッフォイさんは、そういう人だ」
「……。そういうものなのか…………」
なんだこの、俺だけ置いてけぼりを食らってる感は……。上手く言いくるめられたような気がしなくもないが……。
俺にはまだ、その“優しさ”とやらの味が分からないということだろうか……?
“大人の味”ってやつなのだろうか……。
「ともあれ、だ。短期間になるかもだが、よろしくなっ!」
「あ……――は、はい! 精一杯働かせていただきますっ!」
「お? 言うじゃねぇか兄ちゃん。けどな、兄ちゃんも分かってるとは思うが、商売はそんなに甘くはねぇ……。働くからには、ウチの売り上げにはみっちり貢献してもらうぜ?」
「み……未熟者ですが、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします……!!」
「おうよ! せいぜいこき使ってやるぜ! ナハハハハ……!!」
こうして、俺はケガする以前にも増して重労働をする羽目になった。
けれど、存外悪い気はしていない……。むしろ“リカード王国への配達”という冒険に旅立つその日を今か今かと待ち遠しく想う感情はどこか懐かしく、懐かしくも新鮮で……全身のエネルギーはウズウズと沸き立つように、また心はワクワクと弾むようだった。
売り上げガポガポ、ウッハウハ~♪
フランカらぶらぶ、ウッハウハ~♪
妄想の切れ端を拾っただけで、仕事中でも口元がニヤけて仕方がなかった。
感想、評価など何でもどうぞ!