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異世界道中のお道具屋さん  作者: 一色創
第二章  リカード王国滞在記
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第49話 『下げる頭は地下深く』

大変ながらくお待たせいたしました。

「――――おーい。……。おーい、クソジジイ。頼みたいことがある。リカード王国へ向かうための移動手段についてなんだが……――ッ!!」


 カルドとのやり取りを済ませ、『ファクトリー』一階の“作業場”に降り立った俺の元に飛んできたのは、会釈でも、挨拶でもなかった。――ボウイナイフである。

 いつぞやの出会いの時みたく、暴力と拒絶の象徴でもある刃物(それ)は、俺のこめかみ数センチ横をかすめると、背後の(たる)のような何かにグサッ!! と突き刺さった。


 あわや肉の一部が削り取られていた状況に一瞬遅れて気付いた俺は硬直し――ゴクリと、息を呑む。

 一方で、目の前の……ナイフが飛んできた方向のおよそ十歩先では、荒くれ者も思わずネコのように丸くなってしまうほどの威圧感を放っている、お馴染みの半巨人が立っていた。そして今回は、さらに数倍険しい様相でこちらを鋭くにらんでいる。


「……よくもまぁ、何の気なしにのこのこと顔を出せたものだな。え? ――“殺される覚悟ができている”という解釈で間違いないか……いいや、そうでなければ俺は人を信じることを今ここでやめよう」


 半巨人――ボッフォイのドスの利いた声が、薄暗い空間に鈍く反響する。その一音一音は、まるで鉛のように腹に落ちてくるものだった。

 ボッフォイはおもむろに手近にあるナイフをもう一本手に取り……それを視認したところで俺は我に返った。


「ちょっ、ちょちょちょちょっと待て……! 一旦落ち着けって……!」

「落ち着け……? フッ……むしろお前はよく落ち着いていられるものだな。“大罪人”のくせに……!」

「……!」


『罵倒』以上の意味合いはなくとも、その言葉はもしかするとナイフよりも良い切れ味を有していた。

 突きつけられた言葉を受け止め、俺は戸惑うわけでも、反発するわけでもなかった…………。


 ボッフォイは二度目の射出の構えを取る――――



「“あの日”の騒動のことか……?」

「ッ!」



 ピタリ、と。ボッフォイの動きが止まった。

 眉をわずかにひそめるボッフォイは、口元を固く結び直すと、俺から目を離さないままゆっくりと元の体勢に戻っていく。

 そして上半身が垂直になったところで、息を吸って、吐き、吸って………………吐いた。


「……。……ハッ、ようやく気付いたかマヌケ」


 道端にツバでも吐き捨てるかのような物言いだ。ボッフォイの、いつもの俺に対する憎まれ口である。

 けれど一方で、俺の耳はそれをどこか淡白な響きとしてとらえていた。


 ボッフォイは少しアゴを引くと、こちらに背を向ける。

 彼は再び作業に取りかかろうとした……が、止まり、だらんと垂れ下がった腕の先で未だ握り締めているナイフを持ち上げ――若干下ろし、右方に身体を持って行こうとすること二回……やはり止め、ナイフを軽く握り直し――――「クソ……ッ!」と。舌打ちを交えつつ適当な場所へ投げ捨てた。

 ガシャアアン……!! と、何かにぶつかったそれは甲高い悲鳴を上げるもそれっきりで、“作業場”の空間には余韻さえ残らない。


 ……鼻息が大きく聞こえたかと思えば、ボッフォイは禿頭の天辺にある真白いトサカを、前から後ろへ両手でかき上げる。

 と、


「貴様には……! 心底うんざりだッ……!!」


 体の横へ両腕を振り下ろし、空間にヒビが入りそうな声量でそう叫んだ。

 こちらを見てはいなかった。


「普段からのフザけた態度も目に余るが、貴様はとうとう一線を越えやがった! あの御方にッ――あの御方の心に多大な傷を負わせたッ! おまけにポルク村や、この『LIBERAリーベラ』までをも危険にさらそうとしたと聞く!」


 “怒り”が……既にあふれ出ているが()()なく感情が湧き上がってくるといった様子である。

 それを理性のフタでギリギリ抑え込んでいるがために生じる“震え”だろうか、ボッフォイの腕は、握られた拳は、声は……かすかに震えていたのだ。

 ついぞナイフで喉笛は切り裂かれなかったものの、その声には『可能なのではないか』と思わず錯覚させてしまうほどの鋭利さが含まれているように感じた。


「フッ、善意であるにせよ、守ろうとした手の爪で俺たちを引っ掻いていたとは聞いて呆れる……。――貴様はッ! 手前勝手な正義観を振りかざして周囲を巻き込み! 人も、場所も、時間も……! 俺たちがこれまで紡いできた“日常”を壊そうとしたんだ……!!」


 突きつけられる言葉に……事実に、俺はやはり何も言わない。動かない。

 十歩離れた先で盲目に牙を打ちつけるトラの背中をジッと見据え、静聴の姿勢を保つ。


 ――瞬間。

 ボッフォイの声は、ここに来て一際大きく荒れ狂った。


「これ以上あの御方のッ、村の連中のッ、そして俺の“日常”の邪魔をして泥をつけると言うのならばッ! いっそのこと今すぐ(ここ)から立ち去れ……! 消えろ! 消え去ってしまえッ……!!」



 ………………………………………………………………止んだ。

 随分と長く、ひどい土砂降りだった。



 俺は傘をさすことはなかった。相変わらずの野ざらしで、雨音に耳を傾けていた。

 間もなくして、アゴに水滴が伝うころ――耳の中に残る雨音が不鮮明になると同時に、きゅっと身が縮みそうな寒気を覚える。

 あぁ、そうか、冷たいのかと、今さらながら俺は内側に生じた感覚を認識する。

 けれど雨粒を乱暴に振り払ったり、腕をさすったりして、無理にでも熱を起こそうという気は起きなかった。

 俺の内側は、それこそ身に受けた雨音のように、最初から冷たく静かに、落ち着いていた……………………。


 ……すぐにまた降り出しそうな気配はない。改めて傘をさす必要はなさそうだ。

 だから、傘の陰から相手の様子をうかがうなどというメンドクサイこともしなくて済みそうだ。


「……っ。……………………」


 鼻から息を吸って、音もなく吐き出し――口を真一文字に引き結ぶ。

 ピンと背筋を伸ばす。

 拳を解いた五指を二組、体の側面それぞれにピタリとくっつける。

 併せてそろえた足を片方前へ出そうと……出した。もう片方も後に続く。


 俺が今すべきことは、ひとつ――――





「――――すみませんでした」





 深々と頭を下げ、ただ謝罪することだった。


「……おっしゃられる通り、“あの日”発生した出来事の数々は、すべて私の……私の、独りよがりのうぬぼれた価値観に基づく行動が招いた失態に他なりません。フランカを初めとした周囲の方々に多大なご迷惑をおかけしましたことは重々理解しており、現在の反省に引き続き、今後そのようなことのないよう努めて――……いいえ」


 こぼれ落ちる声に引っ張られそうになる精神を今一度グッと手繰(たぐ)り寄せ、


「――――豊穣の女神の名に誓って二度と行わないと、恐縮ながらこの場をお借りして申し上げます」


 ……上方より、パチパチと火の粉が弾ける音がする。

 目の前には、多様な形の石が敷き詰められた、無機質な石床があった。青みがかったそれらしか映っていない視界がゆらゆらと揺れ動いていることが鮮明に分かった。


 ……ボッフォイは聞いているのか。

 俺の言葉は届いているのだろうか――否。


 そんなことはどうだって構わない。

 俺は、俺の今の気持ちをボッフォイにぶつける――それだけだ。


 “あの日”のルミーネに、そして先日のフランカに対しての行為と同じことを……。


「……っ」


 一瞬でも気を抜くと目をつむりそうになるところを辛うじて(こら)え、目にシワを寄せながらも、息を整え、俺は自分の心情のもう一歩先へと踏み込む。


「どうか…………どうか私を、この場に置かせてください。これからも、『LIBERAここ』で働かせてください……。お願いします。……。……ここが、大好きなんです。ここで過ごす日常が、今の俺にとっての宝物なんです。ですので、どうか……お願いしますっ…………」


 …………。


 最後の言葉尻だけは、自分でも驚くぐらい空間に響き渡り、“作業場”のみならず『ファクトリー』全域にまで音が行き届いたような気がした。

 そんな波のようなさざめきが耳の奥から引いていくまで一分少々……。

 けれどもやはり、ボッフォイからの反応は所作一つとして聞こえなかった。



「おい」



 が。

 意外性というのは、いつも何の前触れもなく訪れるものだった。


「……。……へ…………?」


 はるか昔に聞いていたように感じる声音が突如としてよみがえったことで、俺は反射的にマヌケな声を上げたのち思わず顔を上げ――「のわぷっ!!」

 ちょうど顔が正面を向いたときに前方から“何か”が飛んできた。――“布”だった。また、目を覆える大きさのそれは、たっぷりと水に濡れていた。


 あわや背後に転倒しかけるが、両手をバタつかせてなんとか踏み留まり、その布のような何かをすぐに顔から引きはがして確認する。

 視界がぼやけて判別しづらいが、おそらく“雑巾”の類に近いものではないかと推測した。


 雑巾を近くに放り捨て、手の甲で目元を拭うと……相変わらずの距離感だがボッフォイが再びこちらに向き直っているような姿が映った。


「ってーな……。いきなり何を――!」

「あの御方は何と?」

「す、るっ…………は?」

「――あの御方は何と言っておられたのか。そう聞いたんだ」

「……。…………。……俺の、好きにしたらいい、と……。『あなたの信じるモノを信じる』……と」

「……。……そうか。ならいい」

「――!」


 ……ぼんやりとした視界のせいだと思いたい。

 ボッフォイが(かす)かに目を細めたのは事実だが、おまけに口元まで緩み、笑んでいたなど……。


 ――どすんッ! と、地鳴りがして。


 ボッフォイが乳白色をした大理石の上に腰を下ろしていた。

 そこは“作業場”においての、彼の定位置だ。


「……で、用件は?」

「…………」

「ハァ……俺に何か用事があるのだろ? 仕事がつかえる。早くしろ」

「…………あ。そうか、そうだった……。……。えーと……あ! 思い出した。いや、実はよボッフォイ――――」


 数刻前、ナイフがこめかみ数センチ横をかすめた時――髪の毛一本分の回避という偶然が、この奇跡を運んできたのだろうか……。

 ともあれ、今はこの結末に感謝したいと、俺は心の底でそっと(てのひら)を合わせた。


 足元の左……右を見て、簡素なヒモで結われた羊皮紙を両手で拾い上げると、俺はボッフォイに十歩分の歩みを寄せる。


 

私もイトバのように、読者の皆様に頭を下げねば。。

お待たせしてすみませんでした。

これからも応援していただけると幸いです。

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