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異世界道中のお道具屋さん  作者: 一色創
第二章  リカード王国滞在記
51/66

第47話 『ちょっとした得』

第二章の前置きが長くてすみません。。

一応次回で一区切りつきますので、これもまたドラマの一つとして楽しんでいただければ幸いです。

「…………………………………………」


 スー……………………………………。


「………………………………」


 ヵアー…………………………。


「……………………」


 サー………………。


「ンー…………」


 ムニャ…………。



「……ハッ」



 目が覚めた。

 ……。ということは俺は――


「やべっ、寝落ちしたか!?」


 咄嗟とっさにガバッ! と上体を起こすと、確かに眼前には作業机が。

 記憶の切れ端をたぐり寄せてみても、開きっぱなしの魔導書やらマッチ箱やらが散乱している光景に相違はなかった。


 途端に冷や汗が出てきた俺は、反射的に窓の外を見やると――幸い、空には所々薄闇がかかっており、まだ日が昇り始めて間もない頃のようだった。


「ふぃ~…………」


 ひとまず安堵あんどの吐息が漏れる。

 自分勝手に夜更かしをして寝坊して、翌日の業務に支障を出すなど、“社会人”(一応肩書きは)――それも働かせてもらっている身分としてはあってはならないことだ。


 にしても、昨夜は“徹夜をする”と意気込んでいたはずだが、よっぽど睡魔が強敵だったのだろうか……。

 記憶が曖昧ではっきりと思い出せない……。


 だが……ここ最近に比べたら、とてもぐっすりと快眠できたような気がする。

 不思議と目は冴えているし、肉体にも疲労はあまりこびりついていないようだった。


「ちょっとばかし、筋肉はってるけどな……」


 きちんと寝床の上で睡眠を取らず、不安定な体勢で机に突っ伏してしまったせいだ。

 高校時代にも、昼食後の授業や体育の授業後によくこうして寝たものだが、いかんせん慣れるものではない。


「よっこらせっと……!」


 尻で椅子を押し――立ち上がると、俺は真上に腕を伸ばして思いっきり()()をした。

 パキポキ……と、肩部周辺から小気味よい音が響き、ジワーッと徐々に筋肉がほぐれていく感覚が鈍く伝わってくる。


「……! っと……」


 ダランと腕を下ろし、氷が熱に溶けていくような快感をしばし味わうと――――目を開け。


「…………」



 そこが、いつもの部屋であることを認識するのだった。



「……。…………。……。――っ」


 うしっ、と両頬を叩いて“活”を入れると、俺はいつもの服装にきちんと着替え。

 軽く机の上を掃除し、魔導書を元の場所へと戻し、植物の種を三つとマッチ箱を一つ、それから例の紙も一緒にポケットに詰め込むと、


「…………」


 ……手に当たったのは、これまた例のペンダントだった。

 昨日の夕食時、掴み損ねたペンダントだ。


「…………」


 紐の先端に小さな銀色の輪っかがぶら下がているだけの、何度見ても本当にシンプルな作りだ。輪っか自体にも特徴は無く、ただ綺麗な円環がそこに有るだけだった。あまりにも“普通”すぎるペンダント――。


 てのひらの上に転がし、俺はしばらくそれを見つめた……。


「……。神頼み……いや、それでもいい。今だけは俺に、力を貸してくれよ。豊穣の女神さん――」


 普段からそういった類のものに信心深いわけではないため、非常に身勝手で滑稽こっけいな話だとは思うが、それでも俺は祈らずにはいられなかった。


 ――フランカと仲直りできますように、と。


 一瞬間だけ目を閉じ――ぎゅっと。

 両手に包まれたそれに願いを込めると、俺はそれを首元に身に付けた。


 それから俺は、もう一度しゃんと胸を張り、先程よりも明るみの増した早暁の空へ視線を投げると……。

 大量のマッチ棒と枯れかけの花々で埋め尽くされたバケツを手に、部屋を後にした――。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「オッパイサイコー……」


 寝起きだからか緊張しているのか、俺にしては覇気のない声だった。

 ……目の前の切り株はウンともスンとも反応しない。


「……。……オッパイサイコー」


 …………。


 今度は少し腹から声を出すように、言い直してみたが。

 ……こいつは、それでもまだ納得いかないらしい。



「…………。……。……ハァ…………。……。スゥー…………――オッパァアアアアアアアアッ!! イサァアアアアアアアアッ!! イコォォォォオオウウゥゥゥゥ――――ッ!!」



 両足を広げ、上半身を少し反らし、まるで応援団のように声高々に腹の底から精一杯叫ぶと――ギュルルルン! ようやっと反応してくれた。


「……うっし」


 心なしか、胸中がすっきりと爽やかな気持ちで満たされた俺は、切り株階段をズンズンと降りていくのであった――。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「ほいよ。コレ、いつものね」

「はい、確かに。いつもご苦労様です」


 チャリリン、と俺はそこそこ大きい袋の中から銭を取り出し、彼に手渡す。

 “彼”――とは、たった今、『LIBERAリーベラ』の玄関先で俺と対話している“モミールク配達員”のことだ。

 マルチーズ地方のような片田舎に住む人たちは、王都のような都会に住む人たちに比べて、食料品や日用品といった生活物資を容易に取得することができない。そのために、こうして生活物資の一部を各家庭に配達してくれるサービス業があるというわけだ。現実世界で言うところの“ネット通販”のようなものである。


 ただ、幸いなことに、俺たちはポルク村の露店商で日々の生活物資をそろえることができているし、逆に『LIBERAリーベラ』の周辺地域に住む人たちは、『LIBERAリーベラ』そのものを生活物資を充足させる場として重宝している。

 つまり、サービス業にほとんど頼らずとも、お互いに地域のコミュニティを活かして、生活を上手にやりくりしているということだ。


 では、なぜこうして“モミールク配達員”に来てもらっているのか……。

 それは、単純に消費量が激しいからだ。『LIBERAリーベラ』が提供している自家製オリジナルコヒノコを淹れる時もそうだし、俺とフランカは毎朝の朝食時に欠かさずモミールクを飲んでいる。

 ならば小まめに買い足すよりも、定期的にまとめ買いをした方がお得なのではないかということで、モミールクだけはこうして配達を依頼させてもらっているのだ。


「……。そういやぁ、今日はお嬢さんじゃねぇんでな。あの『獣人種』の」


 支払いを終えると、配達員の彼は思い出したかのような口振りでそう言った。

 珍しいのだろう、俺の格好をじろじろと興味深げに見つめている。


「あ、あぁ……まぁ、そうですね。今日は俺の方が早く起きてしまったみたいで……」


 俺は苦笑いをし、手で後ろ頭を掻きながら視線を逸らした。


 そういえば、俺は配達員の存在はフランカから知らされていたが、まともに応対したのは今回が初めてだった。

 ちなみに、レジ付近に収納されてある、この時のための金銭が入った袋の場所もその時教わった。


 やはり珍しいのか、配達員の彼は時々眉をひそめたり、俺の背後を覗き見るかのように、首を伸ばしたりしていた。

 って、そんなに俺よりフランカの方が良いのかよ……! まぁ、気持ちは分からなくもないがな……うむ。アナタもれっきとした“男”であり、かの耳の生えた天使様の尊さを見抜ける、優れた感性を持つより良い同士であるということなのでしょう……。ならば俺は、ここでは何も言いますまい……。


 フランカへの理解者がまた一人増えたことを静かに喜び、俺は鼻下を指でこすった。

 ――「ハァ……」と。

 そんな俺とは対照的に、配達員の彼はどこか物憂げだ。


「……? どうされました?」

「ん……? あぁ、いや……。恥ずかしい話、ここのところうだつが上がらないもんで、今も嘆いてたんですわ……。特にリカード王国。昔よりもはるかに商売がしづらくなってしまいましたわ」


『リカード王国』という単語が、俺の耳に引っかかった。


「リカード王国が、どうかしたんですか……?」

「あん? なんだ、アンちゃん知らねぇんか? 今どこもかしこも、商売を生業としてるヤツぁ前から口々に……いや、ほとんどここ最近だっけか……。とにかく、社会の流れは知っとくに越したこたぁないぜアンちゃんよ」

「うっ……」


 ……確かに、俺はほとんど現在の異世界における社会の流れをほとんど把握できていない。一応、商売人として働いている以上、一定量の知識を備えておかなければならないのはごもっともだ。


 にしても、情報はどこから入手すればいいのだろうか……。

 現実世界にいた頃であれば、スマホにテレビ、新聞といったあらゆる媒体から情報をサクッと入手できたが、こんな片田舎の、しかも現実世界に比べて文化レベルが極度に退化している世界で情報を集めるのは少々困難だ。

 まさか、あふれ返る情報の山々にお腹いっぱいになっていた頃がうらやましく感じられるとは……。もっとたくさん有効活用しとけばよかったぜ……。


「そこで、だな」

「?」


 声に、我に返ると……配達員の彼は一度馬車まで戻り、“何か”を手にしてまた戻ってきている最中だった。

 そして、再び俺の元まで歩み寄ると、その“何か”を俺の鼻先へ突きつけた。


「一部、いらんかね?」

「っぷ。って、なんだコレ……」


 払い除けるように受け取ると、俺はそれを目の当たりにした。

 ――丸まった細長い紙の束。広げた紙面には端から端まで黒々しい文字が羅列している――“新聞”だ。


「いやあったんかい」


 と、思わず素でツッコミを入れていた。


「さぁさ、どうするよアンちゃん。買うかい? もちろん買うよな?」

「…………」


 見ると、配達員の彼が両手をニギニギと揉みほぐしており、こちらに満面の笑みをぶら下げている。

 ……是非とも買ってほしいのだろう。先程の話を聞いていただけに、容易に想像がつく。

 だが、これは思わぬ幸運なのかもしれない。彼のアドバイスにそそのかされたわけではないが、これからのためにも社会の流れを大まかに把握しておきたいと思ったのは事実だ。


 一部……買ったとしてもバチは当たらないだろう。


「んじゃ、お言葉に甘えて」

「よしきたっ」


 配達員の彼は嬉しそうに指を鳴らした。

 取引は成立、金銭の授受はすぐに終わった。支払いは無論、俺のポケットマネーからだ。

 思っていたよりも安くて少し安心している……。いい買い物をしたんじゃなかろうか。


「マルチーズ印のモミールク、またご贔屓ひいきに。どうぞよろしく」

「いえ、こちらこそです。またよろしくお願いします」


 短い別れの文句と会釈えしゃくを交わすと、次の配達先へ急ぐのか、配達員の彼はせっせと荷物をまとめて御者台に乗り込んだ。

 ……と、せっかくなので、俺はずっと気になっていることを彼に尋ねてみた。


「あ、あの……アナタって、その……『人間種』なんですか? それとも――」

「……あなたは何に見えます?」


 ドスン、と配達員の彼は御者台に深く腰かけた。


「へ……?」


 まさか聞き返されるなどとは思っていなかったので、俺は素っ頓狂な声を上げてしまう。


 配達員の彼は、そんな唖然としている俺を横目に、ニヤリと口角を持ち上げ、


「アンちゃんが見えたものが、そのままの答えなんだぜ」

「――


 息をつく間もなく、パン! と乾いた音が鳴り――。

 配達員の彼を乗せた馬車は、土煙を巻き上げながら、あっという間に彼方へ走り去ってしまった。



「…………」



 “配達員”というのは皆ああなのだろうか……それよりも、フランカがこれまでの生活で“新聞”なるものを手にしていた光景を見たことがない方が気になっていた。

 思い返せば、『LIBERAリーベラ』の店内にも、そういった類のものは置かれていなかった。また、それを買い求めに来訪した客人もいなかった。


 改めて、手中にある新聞に目を落とす。


 俺の思い過ごしで、異世界ここではそんなに“情報”の一切合切は貴重とされていないのだろうか……。

 いや、先程の配達員の彼の口振りから察するに、そんなことはないはずだ。ただ、片田舎の住人からすれば、都会がどうの社会がどうのと、私生活にあまり関係のなさそうなブルジョワ的世情には興味が湧かないのかも……。


「いや、でも待てよ。そういや、フランカはよく客人と世間話してるよな……。まさか、アレが情報収集に役立ってるのか……?」


 それで事足りているのであれば、わざわざ新聞を定期購入する必要がないのは確かだ。

LIBERAリーベラ』の経営維持のためにあれこれ奮闘している彼女からすれば、“無駄である”と判断するのは妥当なのかもしれない。


「ま、うだうだ考えても仕方ねぇよな」


 とりあえず、新しく交換してもらった、モミールクがたっぷりと入った金色のタルを二個、それと金銭の入った袋を収納し直さなければならないので、俺は一度店内へと戻ることにした。



 …………。



 レジ付近にある“隠し棚”へ袋を収納し、そしてモミールク入りの金色の樽を今し方キッチンへすべて運んできた。

 ていうか、想像以上に樽が重かった……。

 まさかフランカお嬢さんは、あんな華奢きゃしゃな二の腕で毎回運んでいたというのか……。俺は一回目の片道だけで息を切らしたというのに……。


「ゼェ……ゼェ……。男として……情け、ないゼェ……ゼェ……」


 ドジなフランカがなぜたくましく見えるのか、少しだけ分かった気がする。

 ……ついでにフランカのアレをワンダフルにボンボンしてしまった理由もなんとなく分かりました。


「ゼェ……。…………。さて、と……」


 息を整え、両ひざについていた手を離し、背筋を伸ばす――。

 また軽く伸びをし、終えると――背後を見やった。


 開かれた緑の扉の向こう――――フランカはまだ来ていない。


 そんなに早い時間帯だったのだろうか、と俺は顔を戻した。

 そろそろ起きてきてもいい頃合いだと思うのだが、と空を見上げる。


 ……とは言え、確かにまだ朝ぼらけといった感じだ。

 周囲には若干肌にまとわりつくような冷気がただよい、朝独特の優雅な静寂が降り立っている。……どこかで、聞き覚えのある声が小さく鳴いてもいた。かすかに、青草の匂いも。


 さてさて、これからどうしましょう……。


「まぁ、まずは顔を洗いますか」


 切り株階段を降りた直後に、ちょうど配達員の彼が訪ねてきたので、そういえばまだだった。

 思い立つと、俺は『LIBERAリーベラ』の本館の左隣――『ファクトリー』との狭間にある井戸へと足を向けた。



 …………。



 また店頭へ戻ってきた。


「んー……! ッタァ…………。あー、でもまずはフランカが起きてこないと話になんないんだよなぁ……。待つかぁ……。でもその間、何すっかなぁ……」


 いつもは朝食前に開店準備に取りかかっている。だから早めに開店準備をして余裕を設けるのも一つだが、こうしてせっかく超早起きできたのなら、もう少し別の時間に費やしたいと俺は欲を出すのだった。

 ただ、何かをやるにしても、時間的にそんな大層なことはできそうもない。


「…………」


 とりあえず、スゥ――…………と、この時間帯にしか味わない空気を存分に堪能たんのうする。


「ップハァー……。いつも早起きっちゃ早起きだけど、こんな空気は久しぶりかもな……。懐かしいなー、こういう時はアレがしたくなるんだよ。そう、アレ」


 そして、俺は閃くのだった。


「そうだ、ラジオ体操をしよう!」


 こうして俺は、フランカを待つがてら、元気にラジオ体操に取り組むのだった。



 …………。



「ごぉー……ろく……しち…………はちぃぃー……………………」


 まもなくして、ラジオ体操は終了した。

 終わった時点での感触からして……悪くない。この早朝のひと時を素晴らしいものにしたのではないだろうか。


「それに、やはり昨日と比べて身体の調子が良いような……?」


 自分でも自分の健康状態に疑問を抱きつつ、肩をそれぞれグルグルと回してみる。

 これも昨日の、アイツの“差し入れ”のおかげなのだろうか……。


「……フッ。だとしたら、ますますアイツに感謝だな……」


 例の恩人の白い顔を思い浮かべ、合いの手のように挟まれる騒音とウザったらしいノリに眉をひそめつつも、俺は心中でそっと愛を告げた。



「――――ユウさん?」



 …………。


 ……さぁ、いこうか。


 俺はクルリときびすを返し――「おはよう」と。

 手を振り、まずは朝の挨拶から始めるのだった――。


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