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異世界道中のお道具屋さん  作者: 一色創
第二章  リカード王国滞在記
50/66

第46話 『眠れぬ夜を越えて』

先週は更新お休みして申し訳ありませんでした。。

ちなみにこれで50話に到達しました!

 


「…………」



 寝床の上で仰向けになり、どれぐらいの時間が経っただろうか……。

 チクタクと……時計の針の音でもしていれば少しは気が紛れたのかもしれないが、今の俺にはこの空間の寝息の方が似合っているのかもしれない。

 風呂から上がり――フランカに一声かけて――部屋へ戻ってきてからというもの、俺はずっと考えていた。


「…………」


 頭の後ろで両手を組み、寝っ転がり、木製の天井を眺め……俺はずっと考えている。

 フランカに、どうすれば元気になってもらえるのか――ということについて。

 今一度、真剣にだ。


『イトバのアニィに……今のおじょうをどうしてあげられるって言うんです……?』

『イトバのアニキは、フランカのおじょうの何を知ってるって言うんです?』

『……アニィは、自分が思っている以上に、フランカのおじょうのことを知った気になっているんじゃありませんかい……?』


「~~~~っ!」


 そして解決案の参考として、先程のカルドの言葉を思い返していたのだが……思い返すたびに、こうして俺は寝床の上で苦悶していた。

 あまりにも的確で、正論で、俺のおごりをほじくり返してむちを打つようなそれに、歯向かって……恥ずかしくて……情けなくて……みじめに思えてきて……それでも認めたくなくて……でもどこかではちゃんと納得してて……そうなったら今度は悔しくて……また歯向かって……。

 そんな堂々巡りの葛藤かっとうおちいってしまうのだ。


 ……だが一方で、


『アニキの今できることを、一生懸命やってくだせェ。とっくの昔に人間を忘れたおいらには、それぐらいの助言しかできません。――愛してるぜ、アニキ』


 とも言われた。

 カルドが俺を応援してくれているのかいまいち分からないが、しかしせっかく与えてくれた唯一の助言――俺の悩みを、俺とフランカのうやむやな関係を解決するであろう光明を無駄にはできない。


「俺が今できること……。できること…………。できること……? …………。できること、かぁ……」


 先程から頭上を旋回せんかいしている疑問はそれに尽きた。


 いざ“フランカのために何かできることはないか”と思考を巡らせてはみたものの、俺には仕事を手伝ったり家事を少し手伝ったりすることが関の山で、とてもじゃないがフランカを驚かせるような才能も特技も持ち合わせていない。

 こういった結論にたどり着いてしまうと、自身という存在がいかにちっぽけで弱々しいものなのかという現実が再び突きつけられるようで、「俺ってやつは……」とひがみ、それに反発するなけなしのプライドとのつば迫り合いが幕を開けてしまう。


 つまり、何一つとして進展が見られないのだ。


「う~む……………………」


 俺はまた、考えに考えを重ねた。

 時には寝床から起き上がり、部屋の中を歩き回ってもみた。ヒントなどあるはずもないが、なんとはなしに本を開いてもみた。床で軽く筋トレもしてみた。じっと、窓から星空を眺めもした。


 ……けれど。

 再び寝床へ戻ってきた時には、それらがすべて無意味だったことを知るのだった。


「んー……………………」


 今度は寝床の上に腰かけ、両手で頭を押さえる。髪を後ろへ流す。……流す。

 ……数秒間の静止。そして沈黙――を経て。


 俺は……今のままでは一向にラチが明かないことを再確認するのだった。


 ……ただ、


「どうすれば…………」


 カクン、と項垂うなだれる。

 “俺が今できること”をいくら考えても、答えは果たして無いのか、見えてこない。ならば一度、そこから脱して再考した方が良いのだろう。

 俺が“今”したいこと――フランカに対して、俺が“今”()()()()()()()()()は何なのか。


「……。……元気づける、こと……か……」


 その時、俺はハッと顔を上げた。

 なんてことはない、ひょっとしたらもっと前から分かっていたであろうその言葉に、しかし俺は真新しい新鮮さを感じていた。


 本来はそれが俺の純粋な本音だったのかもしれないが、余計な熟考を繰り返し、もっと器用にカッコよく振舞おうと意気込んだ結果、いつしか虚飾に覆われた“原点”は本人の俺でさえも気付かない茂みの奥に隠れてしまったのかもしれない……。

 今のその一言で、俺は忘れかけていた“想い”を連れ戻すことができたのだ。


「とは言え、元気づける……ってのは、これまた難解だな……」


 “目的”を明確にできたのなら、次は“方法”という問題が立ちふさがった。

 人を元気にさせる――さぞ簡単なように聞こえるが、いざ自分が手を変え品を変え、あれこれ実践した場合を想像してみると、相手を心の底から楽しい気持ちに満ちあふれさせ、元の活気を取り戻させることは相当難しいように思えた。特に斜め下へ落ち込んでいそうな人には。


 あごに手をやり、ふーむ、と眉根を寄せてはいるが……って、これも止めだ。こんなんじゃいつまで経っても変わらない。

 よし、と言って、パン! と俺は両手で両ひざを叩いた。


 立ち上がり、俺はとりあえず本棚へ歩み寄り、適当に本を取ってページを開いた。

 現状を打開するヒントを探していたのか、依然として自分でも分からなかったが、こうしていると気が紛れるのは確かだった。じっと悩んでいても仕方がないのなら、とにかく動こうというわけだ。


 ガサゴソ……と、目についた本を適当に抜き出した。


 俺が手にした本は、またしても『魔術基礎 ~これであなたも一流魔術師~』だった。

 客人に“商品”として提供する場合もそうだが、未だに魔術の自主学習に取り組む際にもお世話になっている、もはやお馴染みの魔術参考書である。

 今のは手癖で取ってしまったのか……。にしても、異世界ここへ来てからの付き合いとなると、俺はどれだけこの本との縁が深いのだろうか……それこそ笑えてくる。


 ペラペラと、遊ぶようにページをめくっていく。


 今日はもう遅いし、明日も仕事があるから魔術の勉強はひかえるが、軽い読書としてそのまま流すように文字を目で追っていった。

 ……“魔術”の基礎知識がぎっしりと詰まっている。改めて見ると、一つ一つを丁寧な筆致で解説してくれていてとても読みやすい。


 参考書だから当然のことなのかもしれないし、見慣れた今となっては別にどうということはない。

 しかし、異世界ここへ来た当初の俺にとって“魔術”というのは、概念の大まかな知識はあれど、夢と希望の広がる未知の世界だった。この本は言わば“宝箱”のようなものだ。最初に出逢った時は、それはそれは興奮をおさえられるはずはなかった……。


「…………」


 ページをめくる……。


「――――」


 ――ふと。



『――だって、こんなにも楽しい世界があるのは“魔術”のおかげだから』



 …………。


 ……誰の声だったか。

 いや、そう……これは夕方店を訪れた幼子――名前は…………イーシャ。

 そう。イーシャだ。


 “魔術”が好きで、フランカが現役の“魔術師”であることを知った途端、フランカに食い気味に詰め寄り羨望せんぼうの眼差しを向けていた。終いには、オリジナルの強化魔術まで披露していた。

 あの時の彼女の瞳は、とてもキラキラと輝いていた……。


 ……ページをめくる。


『わたしは……“魔術”を学んで、まず最初にお母さんを笑顔にしてあげたい。それがわたしの目標です』


 …………。


 そんな彼女に対し、フランカはどんな様子だっただろうか……。


 ペラ……。


『魔術はいいものだよって……絵本の中に出てきたような、人を笑顔にして幸せにするような、そんなステキな道具なんだよって、教えてあげたい』


「…………」


 ……ペラ。



『わたしが認めさせたいんです』



 ――――パタン。

 本を閉じた。


「…………。だよな……。…………そういうモンだよな」


 一つ息を吐き、吸い。

 目を開け――キッと顔を引き締めると。


 俺は本を棚へ戻し、大股で歩いて部屋を後にした。


 …………。


 しばらくして……。

 片手に植物の種を大量に、もう片方の手に水を入れたバケツをぶら下げて俺は部屋に戻ってきた。


「ぃしょっと……」


 寝床のかたわらにある作業机の近くにバケツを下ろし、机の上に植物の種を静かに置く。

 次に、再度本棚へと歩み寄り、魔導書を何冊か選んで抜き出し、それも机の上に置く。

 それらがそろうと、俺は椅子を引っ張り出しそこへ腰かけた。


 そして、机の引き出しを開け、中から一枚の紙を取り出す。

 ――てのひら一杯分ぐらいの大きさをした、少し頑丈な四角い紙だ。


「…………」


 それを見つめ、にぎやかになってきた机上の一員にそっと加えると、


「よし……!」


 シュボッ! とマッチをり、カンテラをともした。

 ついでに、机の隅でいくつか寝転がっているそれも、一員に加える――。



 その夜。

 広大な闇の世界に突如現れた、か弱い体躯の小さきあかりは、いつまでも消えることはなかったのだった……。



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