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異世界道中のお道具屋さん  作者: 一色創
第二章  リカード王国滞在記
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第45話 『湯けむりお悩み相談会』

「――んで? 悩みってのは何です?」

「…………」


 ……結局、俺は湯船の中へと戻っていた。

 とは言え、これ以上のぼせて本格的にブッ倒れてもいけないので、浸かっているのは膝下までだが。


 どうして俺は戻ってきたんだ……?


 手を組み、両手の親指をクルクルと回しながら、俺は先にそっちの疑問へ意識を傾けていた。

 こんなにも無神経で、おまけに空気の読めないボケガイコツに、まともな回答など望めるはずもないだろう。けれど事実として、俺の身体はカルドの一言に引き寄せられてしまった。


「…………」


 もしかすると俺は、ここで悩みを打ち明けることで、霧がかった視界に何かしらの光明が差すと期待しているのだろうか……。


 カルドは言っていた。せっかく訪れた機会である、と。

 ならば俺は――引き返してきた意味も含め――こうして偶然得た機会を活かして、胸中の奥底に仕舞っている正直な想いを話すべきなのかもしれない。

 カルドだって、そのための心構えができているからこそ、俺にそんな提案を持ちかけたんだろうし……。


 ……よし。ここは一つ、


「いや、そのな……えっと……。……これは、あるお客さんから聞いた話でな、そのことについて俺も頭を悩ませていたんだ……」

「ほうほう」

「で、えっと……そのお客さんは、知り合いのある女の子と……それまでは、仲が良かった――のかもしれないんだけど……最近はどうも、その子との付き合いがあまり上手くいってないみたいなんだとよ……」

「ほうほう。それは、フランカおじょうさんのことですな?」

「……。お客さんの方は、当然その子と()()を戻したいみたいなんだけど……でも、女の子が自分に対してよそよそしくする原因が、心当たりがあるっちゃあるんだけど、明確に断定できないというか……」

「ほうほう。イトバのアニィとフランカのおじょうとの関係に、何やら暗雲が立ち込めていると……」

「…………。それで、どうやったら前みたいな関係に修復できるのか、女の子が笑ってくれるのか、図りかねてる……らしいんだとよ……」

「ふ~む……。つまり要約するところ、イトバのアニィが何らかの理由でフランカのおじょうを傷付けている心当たりはあるけれども、はっきりとした原因が掴めない……。また、その原因を元によそよそしくなってしまったフランカのおじょうともう一度仲良くなりたいけれど、その方法がいまいち分からない――そういうことでよろしいですかな?」

「だァああああああ――ッ!! そうだよッ! てか、こういう例えって『直接言うのやっぱ恥ずいから誤魔化してます』っていうお約束的なアレだろうがよ! ちっとは空気読めよ! でも誤魔化してすいませんでしたァ!」


 怒っているのか謝っているのか……自分でもよく分からない感情が渦巻く中、気付けば俺は拡声器の方に向けて頭を下げていた。

 ――一つ、鼻から息を吸い上げる。


「…………でも。マジなんだ。……カルド、頼む。教えてくれ。俺は今、アイツに――フランカに、どうしてあげるべきなんだ?」

「……。ふーむ…………ふむむん……」


 それに対し、カルドは悩んでいるのか、しばらく黙考を続けているようだった。

 俺はその間、ずっと頭を下げ続け、微動だにしなかった。

 誰かをこんなにも頼もしく感じるのは、ナディアさんが俺をルミーネから守ってくれた時以来だなと思いながら……。


 と、


「……分かりやしたぜ、アニィ」

「ほ、ホントか!?」


 ガバッと、俺は勢いよく顔を上げた。


「ええ……。なに、そんなに難しいことじゃあありません。もっと、頭をやわらか~くして考えたらいいんですよ」

「あ、頭をやわらか~く……」

「そう、やわらか~くですやわらか~く」


 実際に頭の両端に手を添え、グリングリンと回してみる。


 まさかそんな身近にある簡単なことを見落としていたと言うのか……。クッ、“灰色の脳細胞”が聞いて呆れるぜ。


 そろそろ頭の血行が良くなってきたところで、カルドは続けて言葉を放った。


「ええ。ええ、そうですとも。まずはよく考え直してみてください。イトバのアニィとフランカのおじょう……この二人は何なのですか?」

「え……何かって……? 俺と、フランカ…………」


 脳裏でフランカの顔を思い描いてみる。

 まるっとした翡翠ひすい色の瞳、赤っぽい茶色の長髪、キツネのような獣耳……。

 ――ユウさん、と。満面、元気な太陽を彷彿ほうふつとさせる笑顔にあふれたフランカの容貌ようぼうがありありと……って、あれ? 俺、ちょっと泣きそうなんですけど……。


 まぁ、それはいいとして……その神が与えたもうたご尊顔の隣に、恐縮ではあるが、俺の顔を並べさせていただく。

 アップバングになっている赤みがかった黒髪以外に、これといった特徴は何一つとしてない。俺にとっては改めて平凡さを痛感させられて心苦しい限りだ。


 で、この二人が“何か”って……?

 そりゃあ、雑貨店の店長とただの店員とか、あっちが『獣人種』でこっちが『人間種』とか、意味づけをするなら多様にあると思うが……。

 考えれば考えるだけ、余計に答えから遠ざかっていく気がする。


「んもうっ! おいらがここまで言ってあげているのに、まーだ分からないんですかい? このニブチンがっ! ほら、もっとお二人にとって単純なことですよー!」

「単純なこと?」


 しびれを切らしたのか、カルドがそうまくし立てた。

 って言われてもなぁ……ますます分からないんだが……。てかニブチンて……。


「しゃーないですなぁ……。まだまだ純朴なアニィとうら若きおじょうのために、特別に教えて差し上げましょう」

「お、おう……お願いしゃす」

「……。あのですねぇ~、アニィとおじょうはぁ……“男”と“女”でしょうが!」

「あ……お、“男”と“女”……。ははぁ……なるほど、そういうことか……」


 なんだ、究極的に単純な話ではないか……。


「で、それがどうしたって言うんだ……?」

「カァ――――ッ!! ここまで言ってもまだピンとこない!? ほんっっっとうに純粋なんですからアニキは! このニブニブチンチンがっ!」

「そ、そんなこと言われたって、分かんねぇモンは分かんねぇよ。だからこうして、お前に頭下げてでも聞いてるんでしょうがっ」


 カルドの話の要領をまだ掴み損ねている……。てか、ニブニブチンチンて……。これアウトでしょ。


「ハァ~…………。あのですねぇ~アニキ、これまでアニキとおじょうは仲睦まじく寝食を共にしていたんでしょ?」

「ま、まぁ……そうだとは思うんだけど……。最近はそれにも自信が無くなったというか、何というか……。…………。フランカがそう思っていたのかどうかは……正直分からん」

「なるほど、だから会話が妙に噛み合っていなかったんですね……」

「……ん? どういうことだ……?」

「はぁ……あのですね、アニィ。ここだけの話、おじょうはアニィが『LIBERAリーベラ』に戻られるまでの間、それはそれは心配しており、落ち込んだ様子だったのですよ……」

「な、なんでお前がそんなこと知ってるんだよ……」

「いやいや、そりゃあおじょう本人を直接見たからに決まってるじゃあないですか。おじょうは先日の一件――事の経緯いきさつを、おいらと旦那に伝えに来たんですぁ」

「そ、そうだったのか……。近辺であんな騒動起きりゃあ、そら伝えるか……」

「でね? おじょうは何度も何度も、しつこいぐらい口にしてましたよ。あぁ……アニキが心配だ……。あぁ……これからまた一緒にお仕事できるかしらん……とね。アニィが可憐な乙女おじょうに余計な心労をかけさせたと思うのであれば、ここで男気を見せないでいつ見せるって言うんです……!」

「……!」


 なんだか……。

 ……なんだか、その光明らしきものが、徐々に見えてきた気がする。


「ほ、ほう……。と、言うと? 具体的に俺は、何をすればいいんだ?」


 俺の声音は次第に高くなっており、思わずカルドに先を急かしていた。


「んなモン最初から決まってるじゃあないですか! “男”と“女”の()()を戻すと言ったぁ~らぁ~♪」

「ほうほう……」

「そうですねぇ……。ちょうど、こんな空気の澄んだ夜なんて、特に良いじゃないですか。まずは~、イトバのアニィがフランカのおじょうを背後からひしと抱き締め……」

「ほうほ…………は?」


 何やらとんでもないことを言われた気がしたので、俺はもう一度耳を傾け直した。


「そしてですね、アニィが『フランカ……ごめんよ、心配かけちまって……。ひとりで寂しかったよな……ヨシヨシ』なんて甘い言葉を耳元でささやくわけですわ。そーしたらもーイチコロですよ! ついに寂しさに耐えかねたおじょうは、その抱え込んだ想いをあふれさせ、アニィの腕をぎゅっと掴み――『本当に……グスッ、バカ……なんですから……ユウさんは』と身を預けること間違いなし!」

「…………」


 何やら……とんでもないことを言われていた。


「誰がいざなうわけでもなく、手を取り合い、寝室へと二人三脚……♪ あとは~……ただ性と性の、それぞれの本能の赴くがまま……ムチュ~~――――」

「ピィィ――――ッ!! はいピィィィィ――――――――ッ!! 唐突に十八禁ネタぶっ込んできてんじゃあねぇよッ!! つーか全然解決になってねぇじゃあねぇかッ!! むしろ関係そのものが破綻して今度こそサヨナラだわ!!」

「えぇ~。これなら上手くいくと思ったんですけどね~。最近の若人わこうどは、どうも恥ずかしがり屋さんが多いのでしょうかねぇ……」


 まさか冗談ではないのか、拡声器の向こう側にいるであろうカルドは本当に不思議がっている様子だった。

 タハァー……と、俺は頭を抱え、大きな嘆息たんそくを漏らす。

 やっぱしこんなボケガイコツに助言を求めたのがハナから間違ってたんだぜ、と。


「……。……もういい。もういいよ、カルド。わざわざ付き合ってくれてありがとうな。――でも、もういいんだ。俺は俺なりに解決策を探ってみるから……」


 俺はカルドにそう断り、さっさとこの風呂場から退散することに決めた。

 カルドに対する謝辞はウソではないが、感情の大半を占めているのは“面倒くさい”という失望に他ならなかった。

 それに、これ以上長風呂をしてしまうと、いよいよ待機しているフランカに迷惑をかけそうだし……。男の俺が、女の子が大切にしているであろう“入浴時間”を妨げてしまってどうする……。



「――でも。それ以外に、どうするっていうんです……?」



 と、丸まった背中にカルドの声が覆い被さってきた。


「え……?」


 カルドの声音が妙に変調したことに違和感を覚え、俺は顔だけを振り向かせる。


「イトバのアニィに……今のおじょうをどうしてあげられるって言うんです……?」

「……?」


 俺は眉をひそめた。

「そもそも――」と、今度はカルドは前置きをし、



「イトバのアニキは、フランカのおじょうの何を知ってるって言うんです?」



 ……………………。

 …………。

 ……。


 ……水の流れる音だけが聞こえる。


 俺は……気付けば身体ごと振り向いていた。

 何かを言おうと、顔を斜め前へ突き出していた。口を開けていた。

 これまた気付けば、両の拳を痛いほど握り締めていた。


 けれど…………何も、言い返せなかった。


「……おいらだって、好んでこんなことは言いたかねぇんですけど……でも実際、イトバのアニィには何ができるんですか? フランカのおじょうが何に悩み、何に苦しんでいるのかもハッキリと分かっていないってのに、本当に元気づけられることなんてできるんですか……?」

「…………。それは…………。俺が……あの一件で、迷惑をかけて……心配させたから…………」

「ンなこたァ当然ですよ。でも、それ以外におそらく別の原因があって、それが分からないから、アニキは今日おいらに相談してくれたんでしょ?」

「…………」

「アニィは異世界ここに来て一ヶ月……そりゃあこの店と、おじょうと一緒に様々な経験をたぁっくさんしてきたんでしょうよ……。ただね――言い換えればたったそれだけなんですよ。アニィとおいらたちとの関係って。……アニィは、自分が思っている以上に、フランカのおじょうのことを知った気になっているんじゃありませんかい……?」

「……! …………っ」


 これは、何だろうか……。


 怒りなのか、やるせなさのか、悔しいのか……。

 とにかく、どこにもぶつけようのない、どうしようもない感情が胸中の奥底より湧き上がり、満たし……今すぐにでも壁を殴ったり、地団駄したりせずにはいられなかった。

 けれど、今の俺にはそんな気力も活力も度胸もなかった。


 ……ふと、傷だらけの右手を見た。そこから辿って、腕を見た。

 なんて、弱々しく、情けないのだろうか……。


「…………お前も。……。アイツと、同じことを言うんだな……」

「ん? アイツ? アイツって誰です……?」


 俺はそれに対して返答することなく、代わりに「桶、このままにしといていいのか?」と尋ねた。

 ……どうやらいいらしい。


 今度こそカルドに背を向け、俺は風呂場を後にした。

 脱衣所で着替えを済ませ、地上へと続く短い階段をゆっくりと上る。


「――――アニキ」


 途中、拡声器の方からわずかに音がこぼれていた。

 チラリ、と俺はそちらを見やる。


「アニキの今できることを、一生懸命やってくだせェ。とっくの昔に人間を忘れたおいらには、それぐらいの助言しかできません。――愛してるぜ、アニキ」


 …………。


 俺はまたしても返答しなかった。

 階段を上りきり、『ファクトリー』の裏手から『LIBERAリーベラ』の本館――キッチンの勝手口へ、そのまま短い帰路につく。


 …………。


 グッ、と。

 右腕を横に伸ばし、親指を立てて。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 そういや、カルドに俺の姿って見えてたのか……?


 帰り道――伸ばしていた腕を元に戻した時、ふとそんな疑問が頭をよぎった。

 だとしたら……少しうらやましいな――って! また俺はアホゥなことを……! だからいつまで経ってもダメなんでしょうが……!

 ブンブンブン! と頭を振って邪念を払うと、俺は小脇に抱えていたお風呂セットとは別に、左手に握られていた例の牛乳ビンの存在を思い出した。


 視線を落とす――少しぬるくなっているのが肌越しに伝わってくる。


「…………」


 キュポッ! とフタを開け――ゴクゴクゴク!!

 それを勢いよく飲み干した。


「プハァ……! …………ウメェなあ、チクショウ」



 今日の星夜は、いつもよりも数段輝いて見えたのだった――。



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