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異世界道中のお道具屋さん  作者: 一色創
第二章  リカード王国滞在記
39/66

第35話 『リカード王国への配達依頼』

「おっ」


 成り行きで上手くけて助かった、と胸を撫で下ろし、村長の家の前で待つこと数分――。

 幸か不幸か、また新たな顔見知りと遭遇してしまった。


「モナじゃねぇか……」


 ――モナ=ローレンツァ。

 村長と親しい間柄の、ポルク村に住んでいる『人間種』の村娘だ。非常に歳の近いフランカとは大の仲良しで、それもあって『LIBERAリーベラ』にちょくちょく雑貨を買いに訪ねてくれるお得意さんでもある。

 “類は友を呼ぶ”と言うべきか、俺の個人的観点から見て“ゆるふわ系女子”にカテゴライズされるフランカと似た者同士でもあるモナ。普段からのんびりしている印象がある彼女だが……今日は何やら様子が違うようだ。


「……? まあ! イトバさん!」


 足早に一度目の前を横切り、直ぐに俺の存在に気付いたのか、わざわざ足を止めて戻ってきてくれた。

 正直今はあんまし会いたくないんだけどな……。


「ごきげんようです。あれからお身体の調子はいかがですか?」


 まずはこの前の件について礼を……と思っていたら、予想に反してモナの方から口火を切られた。

 どんっ! と俺は威勢よく自分の胸を叩いてみる。


「お、おぉ……まぁ、お宅で療養させてくれたおかげさまっつーか、見ての通り傷もすっかり回復したし、職場にも昨日から無事に復帰できたぜ」

「へぇ、そうだったんですか。あれだけの深手を負ったのに、たった五日ほどで動き回れるようになれるなんてスゴイ回復力ですね……。まぁでも、フランカちゃんがここ何日かかなり心労気味でしたので、“雑貨店店員”としてイトバさんが復活したら頼もしいと思います。一人だと心細いですし……」

「……。その……色々と世話になったな。それと、心配と迷惑かけてしまって本当に済まなかった……」


 壁面に預けていた背を離し、俺はモナに改めて頭を下げる。

 数日前、何度こうして頭を下げただろうか……。その度に、俺はこの言葉をフランカやモナ、見舞いに来てくれた村長や村のみんなに対して吐いてきた。それこそ数え切れないぐらいに。


「…………」


 すると、そんな俺を見たモナは……口元を緩めたまま、ただ静かに首を横に振るだけで、


「謝らないでください。私……いえ、私たちが“イトバさんを助けたい”と思ってしただけのことなんですから。イトバさんが気に病むことなんて何一つありませんよ。寧ろ元通りになったイトバさんが、またこうしてポルク村へ顔を出すようになって、私は嬉しいです!」

「……っ」


 純白で、それ以上にあまりにも純粋な笑顔だった。

 魅せられたのではない。白地の上で紅色に華やぐ笑顔が、その一瞬間だけ俺の口を透き通る指でふさいでしまったのだ。喉まで迫り出てきた言葉が胃に押し戻され、逆流したついでに淵源えんげんである雑然とした頭も空っぽにされたような感覚だった。


 だからその一瞬間だけ、俺は言葉を詰まらせた。何も言うことができなかった。胸中を何とも言いがたい複雑な感情で支配されたまま……。


 やがて俺は、口元を手でさすり、


「そ、そうか……。……お前がそう言ってくれて、俺も嬉しいよ……」


 たったその一言だけしか、浮かばなかった。


「いえいえ、私なんてほとんど何も……。それに――ふふっ」

「? どうしたんだ……?」

「あ、いえ……すみません。イトバさん、もしかしたらお気付きになられていないのではないかと……。そうだったら、意外と鈍感な人なんだな、と失礼にも思ってしまいまして……」

「……? 何の話だ?」


 いまいち要領の掴めない話に首を傾げていると、再度はにかむように笑ったモナが、一拍置いて答えを述べた。


「ここにいる村の方々や村長さん、勿論フランカちゃんだって、みーんなイトバさんのことが大好きなんですよ? だからもっと、私たちに遠慮なんてせずに頼ってくださればいいんです。何かお困り事や、どうしても助けてほしい時などがあれば、いつでも」

「――!」


 それは、どこか懐かしい響きを内包した言葉だった。


「そ、そんなに信頼あるかな……俺……」


 モナの言葉が小っ恥ずかしくて思わず顔を逸らし、照れ隠しに鼻を掻いたが、モナは至って真剣なようだった。

 さらにそこへ付け加えるように、モナはこう言った。


「――イトバさんの人徳だと思いますよ、それは」


 真昼の太陽というのは、どうも眩しさの加減を知らないらしい。嘘から出たまことではないが、本当に暑くなってきそうだ。


 ……まぁ、でも。

 こういう熱さというのも、たまには悪くない。


「…………」


 俺の口元が自然とほころんでいくのが分かる。

 俺はモナの方に向き直り、


「……そうか。――ありがとな」

「はい。ウフフ」


 会話はひと段落ついたものの、村長が家の中から出てくる気配はまだない。「長剣ロングソードを取ってくるから、しばらくそこで時間を潰しといてくれ」と言われて随分経つが、一体家の中で何をしているのやら……。


 ――と。

 そこでモナの額に薄っすらと汗がにじんでいることに俺はようやく気付き、思い出した。


「そういやぁ、さっきここに来た時どうしたんだ? あんなに慌てて……。何か急ぎの用事でもあったのか?」


 今になってよく見てみると、モナは犂先すきさきが悪魔のやりの如く四つに分かれた熊手鍬くまでぐわを肩に担いでおり、服装もいつものようにフリルの付いたすその長いワンピースやロングスカートを穿いておらず、見慣れないオーバーオールのようなものを着用している。ついでに首に巻かれた白い手拭てぬぐいも。

 あまり目にしていないせいかもしれないが、こうした比較的ラフな格好をするモナというのは、それはそれで新鮮に映える。……というより、実家が農家の田舎娘感がバリバリ出てるな。いや、髪が金髪だからホームステイしてる外人感もあるな……。突然「この『マトマ(トマトに似た野菜類)』しったげんめぇ(秋田弁で「マジで美味い」の意)!」とか「コノ『マトマ』マジウマスギナンダヨネ!」とか言い始めたらどうしよう……。


「あ~、そういえばそうでした。私、可愛らしい動物を見かけたので、それを追いかけてここまで来たんですよ。ここら辺に逃げたと思ったんですけど……イトバさん見てませんか?」

「なんだそのメルヘンチックな理由は……。いや、俺は見てねぇな。可愛らしい動物って、どんな?」


 一応特徴を尋ねてみたところ、モナは「う~ん」と頬に手を当て、眉根を寄せた。言葉での説明に難儀しているらしい。

 ガキンチョでもない年端の人間が追いかけるほどの可愛さとは、一体どれだけの魅力を秘めた魔獣なのか……。さぞよっぽどの可愛さのだろう。ワクワク。


「えーっと、ですね……なんかこう……全体的に小さいですね」


 言語表現の垣根を飛び越え、ついにはジェスチャーも交え始めるモナ。

 俺はその動きを目線で追っていく。


「ほうほう。全体的に小さいのか……」

「はい。で、あと全体的に黒っぽくて……」

「ほうほう、黒っぽくて……?」

「黒っぽくて……あと、は…………。あ、耳と尻尾もありました」

「ふむ、耳と尻尾があったんだな?」

「はい。で、それから……瞳が、確か……碧色あおいろだったような……」

「ふむふむ。瞳がアオ色ね……。それから?」

「それから~……ええと……」

「うんうん」

「……ええっと…………」

「うんうん」

「…………」

「……?」

「……わ、忘れました……」

「え?」


 どゆこと? つまりこの、全体的に小さくて黒っぽくて、そこに耳と尻尾の生えた、あと申し訳程度に瞳のアオい生物――総合的に推察してまっくろくろすけの進化系と思われる得体の知れない小動物を、わざわざ必死こいて追いかけ回していたと……? 


「え……じゃあさ、今お前が肩に担いでるその危なっかしい凶器は一体何なわけ?」

「はい? ……あぁ、これですか? これは先程まで父の農園で農作業をしていたので、そのまま担いできちゃっただけですよ」

「ふーん」


 ……やっぱ、モナって変わってるんだな。


 異世界ならではの動物かもしれないが、モナの話を聞く限り、そこまでして捕まえたいほどの珍妙な動物でもない気がする。あと全然可愛くねぇし。ウチで昔飼ってたコーギー・『またざぶろー』の方が断然可愛いし。

 それに、忘れっぽいモナの見た小動物それが本当にそんな特徴だったのかどうかいまいち確証が持てないし、結局期待しただけ無駄だったようだ。……けれど、ちょっと見てみたい気はしなくもない。


「なーんだ、そうだったのか。てっきり俺は、モナがその物騒なくわで小動物とやらを狩りに行ってるのかと……」

「え? 一応そんな感じですけど?」

「ぬぉいっ! 冗談だよ! なにサラッと真顔で怖いこと言ってんだよ!! それと食う気満々じゃあねぇかよ! 生き物は皆平等に愛して優しくしなさいっ! 豊穣のヴィーナスに教わらなかったのか!!」

「ん~、豊穣の女神様はあくまで神様ですので、動物などは寧ろ供物くもつとして捧げるべき対象にあるのでは……」

「正論ごもっともありがとうございます。でも大切にしなさい」


 ビシッと指先をモナの鼻先に突き付けると、「は、はい。わかりました……」と腑に落ちない表情をしながらも素直に引き下がった。うむ、こういうところは良い子だ。


「……はぁ〜あ。折角後もう少しで捕まえられたのに……」


 ねたように、若干俯き加減で髪をいじるモナ。その滑らかな絹糸のような毛髪が、陽の光を受けて黄金色の煌めきを放つ。


「…………。そういえば――」

「え?」

「あ、いや、髪型……いつもと違うんだな」


 そう。今日のモナの様子が違うのは、泥んこにまみれた農園娘の服装コスチュームだけではない。――髪型だ。

 肩先まで緩やかに伸びている金髪が、普段通りのストレートだったり三つ編みのハーフアップだったりせず、下方で二つに束ねている二つ結びなのだ。


「髪型……あぁ、農作業する時はいつもこうして紐で結っているんですよ。農作業は基本的に膝や腰を曲げて屈んだりする機会が多いので、髪はその時に前に垂れてきて邪魔になりますからね」


 片方の房を撫でながら、モナは農作業あるあるを淡々と語っていく。

 小麦色のそれが宙で遊んでいる様を眺めつつ、俺は脳裏でフランカの顔を思い描いていた。特に彼女の赤みがかった茶色の長髪を。


 モナと一緒で、フランカもいつもストレートに伸ばしたまんまだけど、たまにはこんな髪型にしてみるのもアリなんじゃないか……? いやでも、モナより癖っ毛が強そうだから、束ねたら束ねたでまた手入れとか面倒なのか……。そもそも、今はあいつにそういうこと頼み辛いっつーか……。


「……という苦労もあったりするんですよ。……? イトバさん?」

「あ、ああ……。その髪型、似合ってんじゃん」


 とにかく、髪型のアレンジとしてお下げが素晴らしいのは紛れも無い事実である。ビバ、お下げ! ビバ、ツインテ! である。


「あっ……ホント、ですか? ……嬉しいです」


 その言葉通り、モナははにかみつつも嬉しそうに髪を手櫛てぐしで整えた。

 瞬間――キラリ、と。

 小麦畑の中に沈んでいたスミレ色が姿を現した。


「すっかり馴染んだよな、それ」


 笑いながらそれを指し示すと、モナは慣れた動作で手をそこへ持っていく――。

 あてがい……しなやかな細い指で、まるで我が子を愛でるようになぞった。


 目を細め、頬を僅かに紅潮させ、


「……ええ。だって、フランカちゃんが私のために選んでくれたものですから……。それに……」

「?」


 モナが、唇の上に次の言の葉を乗せようとした刹那せつな――



「おっほぅ~。イトバちゃん、大変長らくお待たせしてすまんかったのぅ~!」



 能天気な声に合わせて村長が家の中から登場した。麻布に包まれた、柄の細長い長剣ロングソードを片手で抱えて。


「おいおいおいおい。たかが剣一本取りに行くのに、どんだけ時間かけてんですか村長さんよぉおい」

「おっほっほ、近い近い。そんなにワシを責めんでくれイトバちゃんや。家は広いし剣は重いしで、ワシみたいな老骨にとっちゃあ、これだけでも十分に応える重労働よ」


 まぁ確かに、村長の言い分も一理ある。

 村の長とあってか、村長の家は他の村民の家屋と比べてやはり壮麗だ。俺は今までに訪れたことはほとんどなかったが、広大な敷地面積や堅固な外装からかんがみても、通行人が一目見ただけでそこに暮らすのが高雅なあるじであるということは容易に想像がつくのではなかろうか。

 一応裏手には幾つか納屋や蔵、馬小屋もあるらしく、それと、例のあの人が収監されている“離れ”もそこに……。


 ――と、


「あ。じゃあ私、そろそろ行きますね……」


 すっかり蚊帳かやの外に放り出されていたモナは、場の空気を察したのかその場から立ち去ろうとする。


「おや、モナではないか。なんじゃ来ておったのか」


 村長は俺が陰になって見えていなかったのか、モナの存在に気付くとその後背こうはい柔和にゅうわな声を投げかけた。

 モナがこちらを振り返る。


「はい……。でも、現在イトバさんとお取り込み中なんですよね?」

「その言い方には物申したい感じがしなくもないが……まぁ、あながち間違っちゃいない」

「ポッ。イトバちゃん、ワシとそんな風になりたいと――」

「黙れジジイ」


 村長とモナが仲の良い親密な間柄にあることは熟知しているが、こうして並んで会話していると改めて本当の家族――祖父と孫娘の関係に見えてきてしまう。


「でしたら、私はお二方のお話を邪魔しちゃ悪いですし……」

「ふむ……。ワシは別にいつまでいてくれても構わないのじゃが……」

「右に同じく」


 俺が村長の意見に賛同すると、モナは勢いよくブンブンと首を横に振った。


「そう仰っていただけて大変嬉しいのですが、そういうわけにもいきません。……農作業もまだ残ってますので」


 モナは肩に担いでいた熊手鍬を軽く揺らしてみせた。


「そうか……。悪かったな、足止めさせてしまって」

「いえいえ。こちらこそ、イトバさんと久々にこれだけ長くお話しできて楽しかったです。また近々お会いしましょう。お店の方にも寄らせていただきますので、フランカちゃんによろしくお伝えください」

「そう、だな……ああ。農作業、頑張れよ」

「はい! イトバさんも、お仕事頑張ってください」

「おう」


 最後は短い挨拶でやり取りを終え、モナはペコリと丁寧なお辞儀をしてからそそくさと退散しようとする。相変わらず礼儀正しくて几帳面きちょうめんなやつだ。


 ……が、直前。

 何かを思い出したのか、「あ、そうだ」とこちらを振り向き、


「そういえば知ってますか、イトバさん。最近ここら近辺に覗きの不審者が出たとの情報が……」

「ギクリ」

「え……? 何ですか、今の音?」


 ――ま、マズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイィ……ッ!!


 まさか、ここで例の件について触れられるとは……。なんつータイミングだ。

 フランカと一番親交のある大親友モナにこの事件の真相がバレたら、間違いなくマズイ。マズイに決まってるだろーが!

『うわっ、キモッ!』の連呼に飽き足らず、挙句の果てには『ほらほらイトバさぁん。不祥事をバラされたくなければぁ、舐めてくださいよ~靴~』とかニッコニコの笑顔で言い出すやも……。こ、怖ェエエエエエエエッ!!


「嫌な話ですよね……。よりにもよって、『獣人種』の女の子の着替えを覗き見してたらしいじゃないですか。許せないにも程がありますよ」

「全くじゃよ。それをさっき、“中央広場”でワシとイトバちゃんを交えた村のみんなとで談論していたんじゃ」

「まあ、そうだったんですか。この世から一刻も早くお亡くなりになることを願うばかりですよ、そんな外道……。もしフランカちゃんが同じような被害に遭ったらと思うと身震いするどころか……ハァ、恐ろし過ぎて寒気までしてきますよ」

「…………」


 ごめんなさい。そのキツネっ子、もう既に手遅れです……。


「ねぇ? イトバさんもそう思いますよね? ……って、先程からガチガチ鳴ってるこの音は何なのでしょう……」

「ふ……ふはっ、フゥハハハハハハ!! ったく、一体どこぞのクソの皮被ったクソ野郎だ? おまけに性欲剝き出しの下賤げせんな面構えとあっちゃあ……俺みたいな紳士とは程遠い、極悪非道の愚劣な落ちこぼれに違いないんだろうなあ……アハハのハ!!」

「そうですよね。その犯罪者も、少しは紳士なイトバさんを見習ってほしいぐらいです」

「そ、そうだそうだ……っ!」

「まぁとにかく、ここ最近は近隣界隈もそこそこ物騒ですので、くれぐれも注意してくださいねイトバさん」

「お、おおおおうっ! あ、あったりめぇよ! 寧ろそんなド変態おたんこなすの一人や二人ぐらい、俺自らの手でとっちめてやりてぇぐらいだぜ」

「まあ、頼もしい! それならフランカちゃんも心強いですね!」

「そ、そうっすね……っ!」


 どんっ! と胸を叩いて“頼れるアニキ感”を毛穴から存分にかもし出す俺。

 そんな意気軒昂いきけんこうとした俺を見てモナは一安心したようで、今度こそ俺たちに背を向けて走り去っていった。満面の笑みを引っげて。


 あんな汚れなき純朴な乙女をだましてしまったのか、俺ってアホゥは……。――うっ……胸が痛いです。色々な意味で。


 それからしばらくの間も歯の根が噛み合わないでいたが、やがて村長が嘆息たんそくを漏らすようにボソリと呟いた。


「……この件は、本音を言うとイトバちゃんには伏せておきたかったんじゃ」

「えっ?」


 視線を元に戻すと、村長が顎髭あごひげを手で摩りながら苦い表情をしていた。


「何せつい先日にあんな大惨事に巻き込まれたんじゃからのぅ……。こんなくだらない事案でも、イトバちゃんの心を掻き暗してしまうと思うてな。ワシだけじゃのぅて、村のみんなも同じ意見じゃった。これ以上、イトバちゃんを不安がらせてはいけない……とな」

「…………」


 返答に迷う言葉だった。

 だから迷った末、俺は白い歯を出して笑ってみせた。


「そんなこと言わないでくれよ、村長。一度知ってしまったものはもうしょうがねぇんだろ? 俺は全然気になんてしてねぇから。……それに村長がそんなんだったら、余計に不安になるじゃねぇか」

「イトバちゃん……。…………そうじゃな、すまなかったの」


 すると村長も顔を上げ、段々と口元をにやつかせた。


 ……さて、大分と脱線した話を元に戻さなければならない。


「でよ、その長剣ロングソードが俺に何の用なんだ?」


 尋ねてみると、村長が片手で抱えていた長剣それを無言で俺に手渡してきた。俺はふらつきながらも、両手でしっかりとそれを受け取る。

 そして、村長は語り始めた。


「いやの、その長剣ロングソードなのじゃが……実はそれ、発注したのはワシなのじゃが受取人はまた別なのじゃよ」

「……ん? それは初耳だな。依頼人と受取人が違うって……? どういうことだ?」

「まぁまぁ慌てるでない。そこら辺も今からちゃんと説明するでの」


 それから順を追って説明された話の要旨をまとめると――一ヶ月ほど前、リカード王国のとあるお偉い衛士さんから“魔道具”を介して村長宛に一本の連絡が入ったらしく、“近場に腕利きの鍛冶師がいると小耳に挟んだので長剣ロングソードの発注を依頼したい”と直々に頼んできたのだとか。


 これでようやく、“なぜ村長は長剣ロングソードを発注したのか”という疑問がすっきり解消された。長剣ロングソードの使用目的が村長にあったのではなく、村長はただ頼まれたから発注しただけだったというわけである。

 なるほど、俺の中での辻褄が見事に合った。そりゃ幾ら頭数揃えて考えたところで、疑問が疑問を呼ぶはずだ。


 またその人曰く、長剣ロングソードの代金含めて旅費は上乗せするから、完成したらできるだけ早く持って来てほしいとのことなので、


「だから俺がリカード王国まで行って、長剣これを届けてこいと?」

「ま、要はそういうことじゃ。――ほれ」


 俺が長剣ロングソードを両手で寝かすように持っていることをいいことに、それを台代わりに使用する村長。

 ポン、とふところから取り出したのは二つ――赤い封蝋ふうろうほどこされた一通の茶色い封書らしきものと、底がふっくらと丸みを帯びている真新しい巾着袋をその上に置いた。


「それがワシからの紹介状と配達依頼の料金じゃ。紹介状には長剣ロングソードの件諸々のことについて記載しておるから、リカード王国に着いたらまず門兵に渡すとええじゃろ。無事に通してくれるはずじゃ」

「うーん……」


 俺は村長の声を拾って納得しつつ、片や脳裏で先程の話を咀嚼そしゃくし直していた。いぶかしげに眉根を寄せて。


「どうじゃ? 頼めんか?」

「まぁ……距離的にかなり面倒な配達にはなりそうだが、配達は仕事の一環だし、こうして依頼人から依頼料を受け取っている以上『LIBERAリーベラ』の“雑貨店店員”として請け負うのは当然の義務なんだが……」

「なんだが……?」

「なんで、今までそのことについて黙ってたんだ?」


 疑問をぶつけると、意外にも村長は酷くあっけらかんとした調子でこう答えた。


「おっほっほ、簡単じゃよ。忘れておったからじゃ」

「はい、依頼料倍にしまーす」


 苛立ちから割と本気で実行してやろうかと思案した冗談だったが、「おっほぅ〜、それは流石のワシでも懐が痛いのぉ〜」と軽く受け流されてしまった。


「で? 結局受諾してくれるのかの?」

「……不本意ながら」

「よし。ほいじゃあ、後はよろしく頼んだぞイトバちゃん。焦らんでもええが早めにな。……それと、受取人の方は聞けば相当のお偉いさんらしいから、くれぐれも無礼のないように気を付けるんじゃぞ」

「するわけねぇだろ。いい歳こいた青年にオカンみたいなこと言ってんじゃねぇぜ村長」

「おっほっほ、すまんすまん。そう言ってもらえると助かるわい。ほな、またのぉ〜」


 一方的に話を切ると、村長は家には戻らずどこかへ行こうとする。コツコツと、お馴染なじみの御杖を手にして。


「お、おい、どっか行くのかよ?」


 慌てて呼びかけたが、村長が歩みを止めることはなかった。

 首だけを後ろに振り向かせたまま、村長は嘆息交じりにこう言った。


「これから欠伸が出るほど退屈な集会じゃわい。この頃これの忙しなさに参っておってな。……かと言って、“あの日”の出来事の事後処理も村長の役目じゃから、出向かんわけにもいかんしのぅ」


「はぁ……あちこち責任だらけで身体が重いわい」と、愚痴に似た言葉を吐き捨てる村長の小さな背中がどんどん遠退き……あっという間にさらに豆粒の如く小さくなってしまった。


「…………」


 手元で横長に寝そべる長剣ロングソードに視線を落とし、誰に言うでもなく俺は呟いた。


「リカード王国、ね……」


 はぁ……これまた面倒な手間しごとが一つ増えてしまった。フランカにどう話したものか……。


「まぁ……昼休憩もそろそろ終わりそうだし、ひとまず帰りますか」


 誰もいない村長の家の玄関先でたたずんでいても仕方がないので、俺もとっととその場を後にしようと、フランカの待つ『LIBERAリーベラ』へと足を向けた――――



 フッ――――。



「……?」


 と、何かが俺のこめかみに当たった。

 痛みはほとんどない。ほんの小さな破片程度の大きさで、風によって運ばれてきた小石か何かが偶然当たったのだろうか……。


 俺は咄嗟とっさにこめかみに手をやり――


「イテッ」


 もう一度、同じ感触が首筋に発生した。

 痛くはないが、少々痒みを覚える感触。


「な、なんだ……?」


 偶然が立て続けに到来すれば必然的に不気味に思うもので、俺は首を巡らして周囲をぐるりと見回してみる。が、何ら変哲のないポルク村の情景に、異変や違和感などは特に見受けられない。


 すると――――



 フッ――――!



 カツン! という小石が窓ガラスに当たったような乾いた響きが、村長の家の玄関先辺りから確実に聞こえてきた。

 眉をひそめ、俺はその音に導かれるように、そーっと一歩ずつ近寄ってみる。

 そこは、人一人が通れるぐらいの、村長の家とお隣さんの民家の立地的空間により生まれた“隙間”だった。


「――――あ」


 その隙間の先に拝める光景――村長の家の裏手。

 前にも言ったが、その裏手には納屋や蔵、馬小屋などが幾つか存在しており、その中の一つ――。


 主屋おもやに最も近く隣接している裏手の建物――“離れ”にある小窓から、顔を覗かせている人物がいた。

 それは、



「や。久方ぶり」



 ――ルミーネだった。


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