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異世界道中のお道具屋さん  作者: 一色創
第二章  リカード王国滞在記
38/66

第34話 『不可解な事案』

一日遅れて申し訳ないです。。

「んん? え……どゆこと?」


 村長を二度見してしまった。

 唐突に村長の口から飛び出た不可解な発言には、疑問符を浮かばせざるを得なかった。


「はぁ……本当はワシがそれを聞きたいぐらいなんじゃがの」


 口調は皮肉めいているが、ほとほと困り果てたような嘆息たんそくは本心なのだろう。

 そんな村長よりも頭の理解が追い付いていない俺は、ただただ戸惑うばかりだ。


「言葉の通りじゃよ。誰が通報したのか分からんのじゃ」


 村長は存外にも冷静なようで、返答は素っ気ないものだった。


「いや…………え? つまり、その……待って。ポルク村にいるみんなの中の誰かが被害を受けて、それで通報したんじゃないのか……?」

「じゃったら、もうとっくに衛士さんに名乗り出とるわい。……けれど誰に聞いても“そんな被害は受けてないし通報もしていない”の繰り返しじゃ。勿論ワシも含めてな」

「いやいやいやいや。普通に考えたら有り得ないだろ、そんな話。ってことはなにか? 通報した被害者が不明なのに“犯罪者が出没した”っていう情報のみがリカード王国の衛士さんの元に届いて、それで衛士さんがポルク村へ駆け付けに来たら、誰もそのことについて露知らずでしたと? ははっ、これじゃまるで子供のイタズラみてぇじゃねぇか」

「おっほぅ~、流石は『雑技を極めし魔術師モノ』。勘が鋭いわい」

「その言い方は止めなさい。……んで、何が鋭いんだ?」


 率直な感想というか、話を聞いて最初に脳裏に思い描いたのが“オオカミ少年”とか“イタ電”の図だったからそう言ったのだが、どうやら核心的な何かを掴んだらしい。

 咳払いを一つ挟み、村長はこう言った。


「衛士さんもイトバちゃんと似たようなことを言っておったんじゃ。誤報か、はたまた“子供のイタズラの可能性もぬぐえない”、と」

「その根拠は何なんだ?」

「ええとな……なんかこう、通報の内容が途中で途切れとったらしい。魔道具の波長の乱れか何かで」

「えぇ……なんじゃそりゃ」


 溢れ返りそうになっていた水瓶すいびょう水嵩みずかさが途端に半減した。

 まだ完全に興醒めしたわけではないが、ここまでくるとますます“子供のイタズラ説”の疑念が濃くなってくる。ぶっちゃけかなり濃厚だ。


「通報を受けた当時、リカード王国のお偉いさんはそう判断を下したらしいがの」

「なんだ、案外冷めてんのな」

「……じゃが、律儀で心配性な衛士さんが万が一を懸念けねんして――」

「五日越しの今日、ポルク村にやって来た……と」


 コクリ、と村長がうなずきを返す。


「村長の立場であるワシとしては、誰かに危害を加えるような村民がこの村にいるとは思いたくないのじゃがのぅ……」


 顎髭あごひげを撫で、憂いの面持ちで嘆く村長にもはや賛同する者さえいなくなってしまった。

 チラッと横に視線を走らせたところ、周辺にいる村民の表情がさらに曇ったように思える。

 ……天気は良好なのに空気が悪くなる一方とは、全く以って笑えない冗談だ。


「けど……けどさ、まだそうと決まったわけじゃないんだ。だろ? その被害者だか通報者だか知らない誰かが不明で、事案の存在そのものがあやふやってことは。この村にいる誰かが犯罪者なんて――」

「当然じゃ。イトバちゃんよ……これは前にイトバちゃんに言ったかもしれんし、今もこうして二度言わせてもらうが……ワシはこのポルク村の村長じゃ。そして一叢ひとむらおさであるが故に、それ以外の何者でもないのじゃよ」

「…………っ」


 珍しく語気を強めた村長に対して俺は鼻白んだ。

 雨雲を徐々に晴していこうと比較的柔い送風を試みたつもりだったが、寧ろ余計なおせっかいで嵐を招いたかもしれない。

 言葉を選び、慎重に、村長に尋ねてみる。


「だ、だからどうした――」

「故に――ッ」

「――!」


 ビクッ、と。

 雷に打たれたかのように総毛立ち、瞬間的に俺の全身が硬直した。


「…………」

「…………」


 やがて、村長は――



「ワシは、ただの村長なんじゃよ……。――この村のみんなを信じとる。たとえ、何があろうともな」



 ニッコリと、花が咲いたように笑った。


「そ、村長……」


 なんだったんだよ、今のやり取り……。


 訳の分からない安堵感が俺を包み、心を満たしていく。

 まぁ、つまるところ村長も村のみんなを疑う気なんて毛頭無いってことなんだろうが……ったく、ヒヤヒヤさせやがるぜこのトリッキー爺さんは。


 苦笑しながら後ろ頭を掻いていると、先程の村長の言葉を受けてか、周辺にいた村民たちの表情にもいささか陽光が照り始めた。嵐の一夜が過ぎ去った明朝、雨滴にさらされていた花々が、その項垂うなだれていた内気なつぼみを次第に開かせ、太陽のもたらす祝福に呼応し咲き誇るかの如く――。

 場の空気全体が、いつの間にか明るさを取り戻していた。


 いやはや流石は村長、と称賛を送るのはさて置き、これで話の全容はおおむね把握できた。

 後は例の不明な通報者と、犯罪者についてだが――――と、ちょっと待てよ……?


「…………」


 ……否、今し方の発言に訂正がある。

 俺はまだ話の全容を理解してはいない。もう一つ、知っておかなければならないことが残っていた。

 それは――


「なぁ、村長。今日ここに来た衛士さんは通報の内容を村長たちに伝える際に“犯罪者が出没した”って……そう言っていたのか?」

「ん? 確かそうじゃが……それがどうかしたのかの?」


「よっこらせ」と、立つのに疲れたのか、村長は俺の身長と同等のサイズを誇る御杖の上に飛び乗った。

 村長の持ち芸で度々これを見せられてはいるが、相変わらず凄まじいバランス力である。地面に対して垂直に直立した御杖は微動だにしていない。

 少し見上げる形で村長に視線を合わせ、俺は言葉を続ける。


「いや、そこなんだけどさ……衛士さんは“容疑者”って言わずに“犯罪者”って言ったんだろ? ってことはつまり、その人物は既に犯罪を犯してるって意味合いになると思うんだが……」


 そう、俺が引っ掛かったのは正にそこである。

魔導衛士マーキュリー』というのは、俺の元いた世界で言うところの“警察”に近しい存在だ。その“魔導衛士けいさつ”が村長たちに“犯罪者”と断定した上で通報内容を報告しに来たということは、少なくとも通報内容に“何者かが犯罪を犯した”と示唆するような言葉が混じっていたに違いない。はたまた通報者が直接そう言ったのか……。

 どちらにせよ、


「“犯罪者”って呼ばれてる誰かさんは、一体何の罪で通報されたんだ?」


 俺が疑問の声を上げた直後、眼前の御杖が前後にゆさゆさ揺れ始めたかと思うと、村長が天を仰いで高らかに笑い出した。


「おっほぅ~! あー……そう言われてみれば、イトバちゃんには罪状について詳しく話しておらんかったのぅ」

「えぇ……頼むぜ村長」


 反応をうかがうに、“犯罪者”に関しての推測は的中していたようだ。

 このすっとこどっこいが、と俺は内心で毒づくが、こういうお気楽マイペースなところは毎度のことなので特に気にしない。


「おっほっほ、すまんすまん。実は罪状なのじゃが、途中で通報が切れてた割にはしっかり報告されておっての。犯罪者の特徴まで言っておったらしいぞ」

「え? 犯罪者の特徴が分かってんなら一発じゃねぇか。捜すのなんて楽勝だろ」

「イトバちゃんや……あくまでポルク村近辺と言えど、ここら近辺と言ったら『マルチーズ地方』一帯を指しておるのじゃ。そうそう容易には捜索できまいて」

「あー、そうか……」


 異世界こっちには“魔術”があると言えど、そりゃ現実世界むこうの警察の最新技術と比べたら『魔導衛士マーキュリー』が劣るのは至極当然か……。そもそも捜索に使うアシが車じゃなくて馬だしな。またカルチャーアンドヒストリーショックに陥りそうだぜ。


「んで、その罪状って?」

「ああ。それはな――」


 ――来た。

 さて、一体どんな犯罪者のどんな罪を告白されるのか……。それなりの覚悟はできているつもりだ。


 ゴクリ、と。俺は生唾を飲み込んだ。

 村長の口がやけにゆっくりと開かれたように見える。


 そして、村長はこう言った。


「――『獣人種』の少女の着替えを覗き見したらしいのじゃ」



 …………………………………………ん?



 その時、俺は頭上に一つ、疑問符を浮かべた。


「罪人は二十歳手前ぐらいの『人間種』の青年で……」



 …………おい。ちょっと、待て…………。



 構わず村長は言葉を続ける。


「で、その特徴というのが……」



 そのフレーズ、どこかで…………。



 最後に村長は、こう締め括った。


「――正に性欲剝き出しの下賤げせんな面構え、だそうじゃ」



 聞き覚えがあるような、ないような――――って、あったアアアアアアッ!!



 はい、聞き覚えがバリバリありました。しかも――



 ――俺ェええええええええ!? 俺じゃねぇかァああああああああああああッ!!



 思い出した。

 そうだ……五日ほど前、俺が『LIBERAリーベラ』の『ファクトリー』でスーパーヘイトマッスルクソジジイことボッフォイと“メガネ”を作るか作らないかであれこれめた時だ。

 あの時、眼鏡一つに銀貨五枚(下級魔術師の一ヶ月分の給料に相当)というアホな金額を請求してきたボッフォイに、俺が“等価交換”という名目でとある情報を売ったのである。

 その情報というのが、


『フランカの昨日の下着、――黒でした』


 これである。アホである。


 で、これを聞いたボッフォイが俺の眼前に防護魔術を張り巡らせ、『魔導衛士マーキュリー』へ即刻通報しようとしたのだが……途中で通報に気付いた俺が無我夢中で防護魔術を殴り続けてボッフォイを諦めさせ、間一髪難をまぬがれたはず……のように思っていた。今! この瞬間になるまでは!

 そして防護魔術の結界――水色の薄い膜に耳を押し当てた際に漏れ聞こえてきた会話の内容が、確かそんな感じだったような気がしなくもない……って、おそらくそのまんまですねハイ。


「……………………」


 全っっっ然、まぬがれてねーじゃんッ!! 

 え? なに? ってことは俺、ただ今絶賛お尋ね者ってこと――!?


「イトバちゃんや」

「――びゃいっ!!」

「うおっ、なんじゃ……いきなり変な声を出して」


 ハァ……ハァ……。やめろ、村長……ハァ……ハァ……。俺を……ハァ……心臓発作で、ハァ……殺させる気か……?


 ここで不意に話しかけられたら、そりゃ一撃必殺になりかねないだろう。俺だから良かったものの、もしご年配の方が今の俺と同じ境遇に立たされて同じことをされたら昇天待ったなしだ。


 ていうか、ここら近辺で出没した上に特徴が二十歳手前ぐらいの『人間種』の青年って……それほぼ俺じゃんっ!! 異世界ここに来て一ヶ月ちょっと経つけど、多種族混交のこの世界で真・人間の純・青年なんて中々見かけなかったぞ! しかも他にこんなジャストマッチな条件の奴ってかなり少ねぇだろ!!


「そういえば、イトバちゃん……」


 ちょっと村長さぁん! 村の皆さぁん! それとさっきポルク村に来た『魔導衛士マーキュリー』さぁん! ほら、黒づくめならぬ黒づくしの真犯人わたくしがここにいますわよ~! もぉ~、ホントにちゃんと捜索してるんですかねぇ~!


「よくよく思い返してみたら、この犯罪者の特徴――イトバちゃんにそっくりじゃの」

「――――」



 息が、止まりました。



「まさかとは思うが……イトバちゃん」

「――――」


 ジロリ、と村長がこちらに視線を注いだような気がします。が、そんなこと知りません。怖くて向けません。

 それよりも冷や汗が、ダラダラです。


「イトバちゃんが今回の件の張本人だったりとかは……」

「――――」


 心臓が、先程からバックン! バックン! と電気ショック並みの痙攣けいれんを起こしております。

 ……もう、死にそうです。


 誰か、助け――



「――なーんての! ちょいと驚かせるための軽い冗談じゃわい。おっほっほ、ビックリしたかの? そもそもイトバちゃんがここ五日間ほど寝たきりじゃったのは承知済みじゃし、仮にイトバちゃんが犯罪者じゃったとしたら、今こんな所で呑気に油を売ってはおらんしのぅ。それにワシは、イトバちゃんも深ぁ〜く信用しとる。有り得ん有り得ん。おっほっほぅ!」



 突然、村長が御杖の上でまた高笑いを始めた。それに続き、周辺にいた村民たちも次々に笑いの渦に飲み込まれていく。

 ワッハッハ、ワッハッハと。

 非常に和気あいあいとしていて、たのしげに……。


「…………」


 このジジイ、いつかブチ呪ってやる……。


 その時俺は静かに、けれど心の奥底ではしっかりとした決意の苗を植えるのだった。主に泥のような怨恨えんこんで塗り固めて。


「あらやだ、イトバさん。物凄い量の汗が出てますけど大丈夫ですか?」

「本当だ。やはりまだ、体の具合がよろしくないので……?」


 憂慮ゆうりょしたような声に振り返ると、何人かの親切な村民が俺の身を案じてくれていた。どうにもこの、尋常じゃない新陳代謝に目を見張ったようだ。

 無論そんなわけがないので誤魔化すしかない。もし俺が普段からこれだけの発汗体質であれば、とうの昔に脱水症状でこの世からおさらばしているだろう。


「あ、あははっ! あははのはっ! 最近ず〜っと屋内に閉じこもってたから、外の体感温度が狂っちゃってんのかもなぁ〜。いやぁしっかし、今日は暑いな~! なんて」

「あれ? 今日そんなに日差しあります?」


 群衆の中から疑問の声が上がるが無視して耳をふさぐ。

 ごめんな、嘘が下手で……。ホントはこんなつもりじゃなかったし、これだけ事が大きくなるとは思わなかったんだよ……。


「にしても、酷い話ですよね……。そうは思いませんか? イトバさん」

「へっ……?」


 一方で、心配して汗を拭くための手拭いを貸してくれた女性が、かたわらでポツリと呟いた。

 名前を呼ばれ、内心穏やかじゃない俺は反射的に素っ頓狂な声を上げてしまう。

 すると、さらにその女性の傍らにいた男性が同意を示すようにウンウンと相槌あいづちを打つ。


「まったくですな。幼気な『獣人種』の少女の着替えを覗き見とは、破廉恥はれんちにも程があるというものです。ただでさえ『獣人種』は、他人に耳や尻尾を見せるのを嫌うと言いますのに……。そんなことをしてしまっては、その子に余計な心的外傷を与えただけでしかありません。これから何年も傷を抱えて生きていくことを考えますと……なんとも、不憫ふびんで仕方がありませんな」


 男の言葉に、周囲がザワザワと騒めき立つ。


「本当に、ねぇ……」

「とんでもなく悪辣あくらつな輩ですよね。早く捕まればいいのに……」

「ウチの娘も被害に遭わないか心配だわ」

「ウチもウチも」

「お前さんとこのせがれじゃあるまいな。最近、女癖が悪いと耳にするが……」

「な、何をバカなことを! 俺の息子はまだハイハイしたての赤ん坊だぞ!」

「ほんっと、最低よね……」

「醜いわ」

「変態野郎よ」

「いいえゴミ虫よ」


 …………。


 疑心暗鬼生じる中、震えた手で手拭いを握り締め、黙々と汗を拭き取る俺が一人。


「まあまあ、イトバさん。先程よりもお顔が青ざめているじゃありませんか! やっぱり、まだお身体の調子が悪いのでしょうか……。それに手拭いの端から水滴が垂れてますけど、汗……そんなにかいてたんですか?」

「涙です。多分」

「は?」


 女性の言葉通り、確かに俺の握っている手拭いはバケツの水に浸した雑巾の如くビチャビチャだ。眼下にはオタマジャクシが優雅に泳げる程度の水たまりが形成されている。

 でもね奥さん……“涙”というのは間違ってないんですよ。次元一つまたいだ故郷に健在する親の涙を頂戴ちょうだいする分も含め、懺悔ざんげから染み出た悲涙ですけど。


 村民たちの犯罪者に対しての罵詈雑言ばりぞうごん――言い換えると俺に対しての罵詈雑言は、未だ勢いがおとろえる様子はない。

 んがァああああああ!! 殴りてぇええええええええ!! あの日見たアホな俺を俺は殴り飛ばしてェええええええええええ――――ッ!!

 村長も村民たちも、今は“五日間の療養”という俺の卑怯ひきょう且つほぼ完璧なアリバイで勘違いをしているものの、今後捜査対象から外されるとは限らない。犯罪者の特徴からもう一度考えを洗い直した結果、先程の村長みたく疑いの目を向けられる可能性だって十二分に有り得る。

 そうなれば、俺はまたたく間にお縄にかかり、世の中から爪弾つまはじきにされるだろう。……さらには、


『ユウさん……』

『フランカ! ち、違う、違うんだっ! ほんの少し俺の心が若くて弱いばっかりに生まれてしまった、出来心だったんだ! 俺はお前を傷付けようなんて微塵みじんも……!』

『もうたくさんです! えっちなことも何もかも! 言い訳なんて聞きたくありませんっ! ユウさんって実は、そういう人だったんですね……。私、ずっと……信じてたのに……』

『ふ、フランカ……?』

『触らないでくださいっ! うわっ、キモッ! 二度と私に、そして『LIBERAリーベラ』に金輪際こんりんざい近寄らないでください! うわっ、キモッ! ユウさ……イトバキモォッ!!』

『は、ハートブレェェイク…………』――チュドォーン!


 愛すべき人を、居場所を、信頼を……一遍いっぺんに失う――そんな事態になりかねない。


 ではそうならないよう、この危機的状況から如何にして脱出するのか……。

 決まっている。話題を強引にでもじ曲げ、みんなの関心を他に移すしかない。出来る限りインパクトがあり、加えて持続性のある話題へと。


 はて、しかしそんな話題が果たして即座に見つかるだろうか……。――いや見つけろ。見つけるんだ糸場有!

 お前の人生を棒に振りたくなければ、フランカに嫌われたくなければ無理にでも絞り出せ! 最悪を想定するな! 呑まれるな!

 こんな時のための崇高すうこうなる“灰色の脳細胞”だろ!? 今使わずしていつ使う! 

 何か、何か、何か……!


 ふと、俺の脳裏に五日ほど前の記憶が薄っすらとよみがえる。“あの日”の記憶だ。

 帰ったら真っ先に殴りたいと考えていたからだろうか。俺をこんなにもコケにしてくれた、そもそもの根源的な要因に当たるボッフォイという名のクソジジイを。

 まぁ、今はそんなことより優先すべき課題がある。何か……何かないのか話題ぃ……。


「おっほぅ~、スゴイ汗の量じゃな……。大丈夫かの、イトバちゃん。さっきから口数が少ないようじゃが……。気分が優れないのなら、無理せず直ぐに帰った方がええぞ」


 ――その時。手拭いを貸してくれた女性のものとは違う、また別の声を隣からかけられた。

 チラリ、とそちらを見やると、御杖に乗ったまま器用に移動してきた村長がそこにいた。


 ……そして、


「――――あ」


 俺の内に秘める“灰色の脳細胞”は、その存在を明晰めいせきなるものにした。


「そ、村長……」

「ん? どうしたのかの」


 焦燥感しょうそうかん駄々漏れの顔貌がんぼうさらけ出すのもいとわず、俺は村長にイチかバチか、例の“話題”を振ってみる。


「そういえば、なんだけどさ……。――あの長剣ロングソードって、どうなったんだ……?」


 本日二度目となるゴクリ、が喉を通過した。

 緊張して震える自分の声は、俺にはどこか祈りを捧げているようにも聞こえた。祝詞のりとには程遠い凡庸ぼんような言葉だが、そこへ全身全霊で願いを込めるように。なんじゃこりゃ。


「あの長剣ロングソード……?」


 が、村長は見事に話題エサに引っ掛かってくれた。やったぜ。


「そう……村長が新調した手斧と一緒にクソジジイに頼んでたやつさ」

「おっほぅ~! あぁ、アレのことか。はいはい、すっかり忘れておったな」


 存外にも見事な食い付きっぷりだ。

 また、村長が大袈裟に反応してくれたおかげで、あれだけにぎわっていた外野も徐々にこの話題に引き寄せられつつある。俺は賭けに勝ったらしい。

 フハハハ!! いいぞいいぞ! もっとじゃんじゃん食い付けぇ~!!


 ……と、それはいいのだが。

 奇跡的にたまたま思い付いたから話題にはしたものの、俺自身、長剣ロングソードのことが気になっているのが本音である。

 五日ほど前の“あの日”――村長は『LIBERAリーベラ』の『ファクトリー』へ発注していた手斧と、そして長剣ロングソードを取りに来たのだが、その時いつもの能天気さで長剣ロングソードの方を持ち帰るのを忘れていたので、後日俺がわざわざポルク村まで届けに行ったのだ。

 ルミーネの集会が催されていた“中央広場”で村長を発見し、渡したところまではなんとなく覚えているのだが……その後の行方については今日まで誰からも何も聞かされていない。

 それに長剣ロングソードについては、フランカとボッフォイ含め村長に会うまでの道中で何人かと話していたように、その使用用途や目的が不明瞭で判然とせず、“なぜ村長は発注したのか”という謎に包まれた代物だった。偶然にせよ、良い機会に巡り会えたものである。


 というわけで、俺としてはこの話題を根こそぎ掘り返したいのだが――


「――おぉっと、その話で思い出したわい!」

「ん……?」


 何事かと俺が思うや否や、村長はそう言うなり御杖から飛び降り、クルリと身をひるがえして再び俺の方へ向き直った。

 そして、霜の降りた体毛の奥でニッコリと微笑み――


「イトバちゃんや。帰る前に、ちょいとこれからワシの家に寄ってくれんかの?」




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