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異世界道中のお道具屋さん  作者: 一色創
第一章  普通でない日常の始まり
33/66

第一章幕開:第30話 『日はまた昇る』

三人称視点の回です。

 


「……なんだ。まだいたのか、ルミーネ」



 ――夜明け前。小高い丘の頂上うえにて。


 色とりどりの花々が辺り一面に咲き誇っている中、丘の頂上にある一本の巨樹に向かって、ナディアは悠然ゆうぜんと歩みを進めていた。


「…………」


 そしていびつな形をした、そこに書かれている文字は判別することすらままならない、苔塗こけまみれの石碑を前にして、静かに黙祷もくとうを天に捧げていたルミーネは声に気付くと――。

 チラリ、と僅かに背後を見やり、一瞥いちべつした。


「――青年は?」

「家に帰してきたよ。確か……モナ、だっけ? あの綺麗な金髪をした女の子の所だよ」

「…………そうか」


 そのぶっきらぼうな一言で返答を済ませると、ルミーネは再び眼前の巨樹に視線を落とし、黙祷を捧げ始める。

 そんなルミーネに、フン、と呆れたように鼻を一つ鳴らすナディア。

 やがて頂上まで登り詰めると、ナディアはルミーネの右隣に並んだ。


「…………」

「…………」

「……………………」

「……………………」


 チラリ、と横目でルミーネを見やったナディアは。

 コホン、とそれとなく淑やかな咳払いを挟んでから、口を開いた。


「ハァ……なんでお前というやつは…………。もっとこう……表情を和らげられないかなあ? ま、そこに愛嬌あいきょうとか加味されればより上々だけど」

「うるさい」

「その顔……久々に見た感じはするけど、存外にもそこそこ似合ってるじゃないか」

「……うるさい。第一、この顔の湿布やつはお前がやったんだろうが」

「そりゃあ、お前がお前自身とわっちを裏切ろうとしたからね。当然の天誅むくいだ。それに…………最初ハナからイトバ君を殺す気が無かったんじゃなくて、()()()()()()()()()()()()?」

「う、うるさい……っ」

「アハハハハハハッ!! いやぁ、相変わらずその飄々《ひょうひょう》とした見た目と違って、ルミーネは分かりやすいからねぇ……。いい歳して大人気ないし、素直じゃないんだから――この強情っ張り」

「…………っ!」

「ははは。まぁでも、これまで出逢った“可能性”のある強化魔術の使い手で、彼だけじゃない? あれだけ理解してくれて……尚且つ譲歩してくれたのは」

「…………っ」


 揶揄からかわれて機嫌を損ねたのか、ルミーネはナディアからプイッと顔を背けた。

 一方で横合いにいた――その機嫌を損ねた張本人であるナディアは、ルミーネのことなどお構いなしに、腹を抱えて高らかに哄笑こうしょうする。


「…………」


 ――しかし、ルミーネは次第に表情を引き締めた。


「……けれど。先程私が彼に話したことは、事実だ……」

「“最近世界が妙におかしい”……ってやつか?」


 目尻に溜まった涙を指先ですくい取り――払うと、ナディアもいささか真剣味を取り戻した。


「ああ、そうだ。……この世界は――あの青年が来るよりもずっと前から、微細ではあるが、確実に均衡きんこうの歯車がズレつつある。それも年月が経つにつれ……そのひずみは大きさを増している、確実にな。私の記憶では……凡そ二十年ほど前から……空気が変わった」

「二十年前……? んー…………今思い返す限りでは、とりわけ目立ったような革命とか、世界に変革をもたらすような出来事とか大事件は、無かったようにわっちは思うが……」

「そう。――だから奇妙なのさ。…………ハァ。全く以って解せない……。気持ち悪いね」


 ニヒルな笑みを口端に刻み、自嘲するように肩をすくめると――一拍置き。

 ルミーネはナディアを正面から見据えるように、体勢をそちらへ傾けた。


 そして――――


「ナディア。……お前に改まってこう言うのもなんだが……しばらくの間、あの青年のそばで、彼を見ていてやってくれないか――?」

「わっちが、か?」

「……ああ。別に、あいつが『アイツ』に似ているから情が移ってしまった……とかではなく――『アイツ』の二のてつを踏まないようにしたいんだ」

「…………」


 ナディアはルミーネの発する言葉の真意を理解したのか、押し黙ってしまった。

 ルミーネは「それに……」と付け加え、


「『LIBERAリーベラ』という大きな手掛かりも、これぞ偶然の産物と言うべきか、見つけることができたしな……」

「り、『LIBERAリーベラ』――――ッ!? あ、あの雑貨店が、どどどこにあるって!?」

「は? お前は何の戯言ざれごとを抜かしている。ここから少し離れた所にある、あの青年と『獣人種』の小娘――フランカの働いている雑貨店以外にどこがあると言うんだ。…………フッ。改めて思うが――いやもうここまでの偶然が重なれば、逆に末恐ろしいよ。いよいよ“神の奇跡”に至る、“運命”の範疇はんちゅうさえも軽々と突き抜けていそうで……」

「……………………っ」


 ナディアは、一向に黙ったままだった。

 そんな硬直した石膏せっこう状態のナディアに、ルミーネは眉をひそめ、


「……まさかとは思うが、お前……今まで気付いてなかったのか?」

「…………………………………………はい」

「……………………ッ」


 救いようのない愚者をさげすむような瞳で、ルミーネはナディアに対し、盛大に嘆息たんそくを漏らした。


「ハァ…………。呆れついでに、お前のその“わっち”とかいう気持ち悪い自称はひかえろと、それもあれだけ何度も言っているにもかかわらずお前は――――」

「――――あ」


 ナディアが、何かに気付いたような声を上げた。

 ルミーネの眉根はさらに寄せられ、


「おい……まさかとは思うが。もしかしてお前……無意識の内に“素”が出ていることにも、今まで気付いてなかったのか……?」

「…………………………………………ハイ」

「…………。常々思ってはいたが……今日はさらに輪を掛けて一段と呆れたヤツだな、お前」

「おいっ! 常々とか言うなっ! 確かにわっちはドジだし……う~、認めたくはないが方向音痴だけど……それでも――」


 ぐぅぅ~~~~!! と。


 その時、ナディアの飼育しているお茶目な腹の虫が会話に水を差してきた。

 一呼吸の間が空き、コホン、とルミーネは怪訝けげんな様相を崩すことなく咳払いを挟んだ。


「……『それでも』、なんだ?」


 声に、ナディアは我に返ったように肩をビクッと反応させ、僅かに赤みの差した頰を無理矢理動かすと、言葉の続きをたどたどしく言い放った。


「わ、わっちは……! 頑張って! ひ、日々を生きてるんだよ……ッ!」

「……………………。ハァ」


 なんだよもー! と、ナディアは頭上に生えている二本の角を逆立たせ、プンスカと擬態語が飛び出てきそうな憤怒の念を周囲にき散らした。

 対してルミーネは、それにわざわざ取り合わず、体勢を元に戻し、一歩前に歩み出ると――――フッ! と。

 首にかけていた装飾品ペンダントを外し、斜め下の横合いにいるナディアの方に向かって放り投げた。



「――――くれてやる。渡しておけ、あの青年に」



「――――ッ!」


 唐突な飛来物にナディアは若干慌てるも、しっかりと、それを両手で受け止める。


 ――それは。

 簡素なひもの先に付いていたそれは――指輪ぐらいの大きさの、銀色をまとった小さな円環だった。

 本当に何の飾り気も無い、宇宙の概念に離反することなく、整然と定められた秩序に従うような円形で、そこにただ錆びた銀色が付加しているというだけで……それだけだった。


「ルミーネ……これは――――ッ!」

「いいんだ……。それは、私が持っていても仕方のないものだ。……なぜならもう既に、私はそれを一つ持っている」


 言って、チャリ……と、首からぶら下げていたもう一つの“それ”を、ルミーネは持ち上げて見せると――。


 ――彼方よりこちらに射し込んできた一筋の白光が、それを星の一つとして数えるかの如く反射させ、きらめかせた。


「…………」


 それから、ルミーネはローブのふところから一枚の、四角い紙切れを取り出した。

 まじまじと……それに視線を落とす。


「へぇ……珍しいじゃないか。他人のことなんぞ気にも留めないルミーネが、“まだ”そんな物を持ってたなんて……。イトバ君のことだから、ルミーネにも必ず渡していると踏んではいたけど……てっきりもう捨てているものだと思ってたよ」


 ――それは、


『  便利の旗印:何でもお道具店「LIBERA」

     スタッフ 糸場イトバ ユウ(人間種)    』


 という内容が明記されてある、“メイシ”だった。


「たまたまだ。たまたま……あいつがああだったから、一応所持しているだけだ」

「ふーん……」


 腑に落ちていないのが火を見るよりも明らかで、それがルミーネにも十分に、ありありと伝わる反応だった。

 ……しかしナディアは、それ以上そのことについて言及することはなかった。


 ――――と。


 ルミーネが懐から取り出したメイシの背後には、白くて真っ新なメイシとは対照的な、酷く古びて色がせに褪せてしまっている――一枚の紙切れがあった。


 ルミーネはメイシを懐の中へと戻し、代わりにそれを手にすると、まなじりを細め。


 ――――一言。

 呟くような小声で、こう言った。



「お前は一体、どこにいるんだ……。……なあ。――――ウェヌス」



「……………………」


 三人でいた時とはまるで性質の違う冷気が、二人の肌を包み、髪をもてあそび、頰を撫でる――。


 二人しかいない“秘密基地”に、静寂を極めた時間が訪れた。

 それに逆らえる者は……その場には存在しなかった。




 ――――やがて。

 巨樹の向こう側――遥か地平線の彼方より、全ての闇夜を搔き消す純白の暁光ぎょうこうが現れた。


 ――――“朝”が来る。

 沈黙の中の静寂より音が生まれ、“今日”という名の“日”が生まれ、世界はそんな新しい自分あさを迎え入れる。

 たとえ何があろうと、どんなことが起きようと……。

 この世界にも、“明けない夜”など無く、日はまた昇るのだった。


 ――――それと同時に。


 また今日ここから、異世界ここから――――。

 “普通”でない世界の、“普通”でない日常が――――。



 いつもと変わらず、当たり前のように、始まろうとしている――――――――。



ここまでお読みくださり、ありがとうございます。

これで第一章は完結です。

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