第25話 『――――死んでくれ』
長らくお待たせ致しました。
……今回のお話、結論から言って長いです。
総合文字数、そろそろ書籍二冊分軽く突破しようとしてるのに、まだ伸びます。。
ですが佳境の佳境ですので、皆様には後僅かとなった第一章完結まで、温かい目で行く末を見守っていてくださると幸いです。
それでは、開演です。
「――ッ!?」
あまりにも、それはあまりにも一瞬の出来事だった。
ルミーネの方向から放たれた光速の“何か”が草根を掻き分け、地を抉り――。
俺の腹部に鈍い、それでいて圧倒的な衝撃をもたらした。
しかし今度の衝撃は“身体”ではなく、“体”に。
それが単なる“風”だと気付いた時は既に遅過ぎて、俺は十メートルぐらい後方までぶっ飛ばされ、高々と宙を舞っていた。
「グガッ……!!」
顎先まで伝ってきた汗が地に落ちるのと同じように、俺もまた自然の摂理に刃向かうなどという神への冒涜は許されない。不可能である。たとえ、それがどんな状況下であったとしても、だ。
所詮は『人間種』……。
人間は人間らしく重力に従順に従い、地に叩き落とされるまでだった。
「ガ――――ッ!!」
背面から地に勢いよく叩きつけられ、急速に息が詰まった。
肺の中の空気が全て絞り出され、一瞬間だけ呼吸ができなくなってしまう。
そしてそのまま、俺は無様にもさらに後方へと転がっていく。
ゴロゴロと、風に弄ばれる紙屑のように。
「ゼェ……ッ!! ハァ……ッ!! ゼェ……ッ!! ハァ……ッ!!」
何度目かのうつ伏せの状態になり――ようやく止まった。
「ハァ……ッ!! ハァ……ッ!! ハァ……ッ!! ハァ……ッ!!」
――視界が真っ暗だった。激しい耳鳴りがしていた。清涼な空気に混じって土の匂いがした。味がした。両手に……若々しくて柔らかい、青草の絨毯の感触があった。
それら五つの感覚は、即座に脳が理解した。どうやら俺は生きているらしい。
また、一拍遅れて体の各箇所に襲いかかってくる。
ジワリジワリと、鈍い“痛み”が。
――頭が痛い。首が痛い。肩が痛い。腕が痛い。手が痛い。足が痛い。腰が痛い。胸が痛い。腹が――――
痛い、痛い、痛い。痛い。痛い! 痛い……!
「ハァ…………ハァ…………ハァ…………ハァ……イってぇ……」
けれど肺は、全身は酸素を欲していた。
……ワガママなものだ。
喉はとうに干上がって渇き切っているというのに、それでも体は少しでも……ほんの少しでも酸素を肺に取り入れようと、無理矢理にでも喉を上下に運動させる。
そこに俺の意思は必要とされず、ただ“俺”という存在を生かそうとするためだけに、奮闘していた。
――死なれちゃ困る。生きろ、生きるんだ……! とでも言いたげに。
「うっ……」
けれど、そんな行為を嘲笑うかの如く続けざまに到来したのは嘔吐感。
俺は両手両膝を地に付ける体勢で体を起こした。
額にたっぷりと溜まっていた嫌な脂汗が二、三滴落ち、草花を濡らした。三半規管の振動がまだ治まっていないせいか、眼前の蒼色はぼやけ、湾曲している。
その気持ち悪さも相俟って、喉の奥から熱い溜飲が一気に込み上げてくる。
危うくえずきそうになるが、右手で口元を押さえ、それをなんとか胃に押し戻す。
まさか、ここにきて昼間食べた豪勢な昼食――“具材てんこ盛りのハムカツ玉子サンド”が仇になるとは……。
「一つ、君に忠告しておこう」
ふと、足音がして。近付いてきて――止まって。
気付けば眼前一帯の蒼色に影が落ちていた。
聴覚も未だ完全に回復などしていない。
だから本来ならば、視覚同様にその声はぼんやりとした曖昧な形で鼓膜を揺さぶるはずなのだが、そうじゃなかった。
――凛とした声音。美しい声だった。
でも俺は、これほどまでに美しく、またそれ同等に冷淡且つ冷酷な声を聞いたことは今までになかった。
聞いたもの全てをゾッとさせるような。凍死させるような。背中を刃物で裂かれ、そこで血肉と共に剝き出しになっている脊髄を冷えた指先で撫ぜられるような……。
それは鮮明に俺の鼓膜を叩いてきた。
一言一言、はっきりと。波紋の広がる水面に雨粒が落ち、さらに波紋を広げるように。
そして雨粒は、もう一粒、こう言った。
「フランカ――――あの小娘と関わるな」
「……………………」
俺は声のする方へは向かず、頭を上げず、何もせず、俯いたまま、ただ静かにその言葉に耳を傾けて。ちゃんと聞いて――。
フッ、と。
鼻で笑った。
「……ここで、俺がもし『嫌だね』とかベタなセリフを吐いちゃったらどうするつもり――――ブッ!!」
言葉を最後まで言い切る前に、腹部にとてつもない衝撃が炸裂した。
先程の“風”による衝撃の比ではない。
なぜなら全身の神経――特に損傷を負い、今神経が一番過敏になっている腹部であるからこそ分かる。
これが、魔術とかそういったものではなく、単純に“足で蹴られた”衝撃だということを。
「ウグッ――!! ……ガッ、ハッ……!!」
一回転、また無様に転がり、青草の絨毯に這いつくばる。
と、再び喉の奥から熱い溜飲が急速に込み上がってきて、
「っぷ――おえっ、オェェェ…………オエッ……!」
流石に耐え切れなかった。
嘔吐感を感じる暇も無く、俺は昼間にたらふく食べた昼食を吐瀉物として周辺にぶち撒けた。
些か肉体が逞しくなったとは言え、今回のように直接的な、それもゼロ距離からのドギツイ一発に耐えられるだけの鋼の肉体は持ち合わせておらず……。
それに、食らった感覚からして、今の“蹴り”は明らかに女性――それも可憐な乙女が繰り出せるような威力では到底なかった。
今の一発が大柄な大男によるものだと言われても、俺は頷ける自信がある。
「お、オエッ…………カ、ハッ……! ハァ……ハァ……ゲホッゲホッ!! ク、ハァ……! ハァ…………ハァ…………! んクッ、カッ、ハァ…………ハァ…………」
正直に言って、あばらが複数本折れていても不思議ではなかった。それぐらい、尋常じゃない痛みだった。
「ハァ……ッ、ハァ……ッ、ハァ……ッ。…………。ハァ…………」
その証拠に全身は総毛立ち、珠のような汗が額や腕にブワッと噴き出ると、時雨の如く断続的に地へと滴り落ちる。
――薄汚れた視界が揺らぐ。湾曲する。明滅する。
――意識も薄れる。霞む。ボーっとする。
満身創痍とは正にこのことだった。
震え、痺れる手足を半ば強引に動かし、俺は口元を拭う。
これは、いよいよ冗談とかではなさそうだな……。
愚鈍にも、“今、自分の命が危険に晒されている”という事実を遅ればせながら悟り、では次にどう動くべきかと考えていたところへ――
「うっ……カッ、ハッ――!!」
熱くてドロドロしたものが再び喉の奥から逆流して、口腔まで駆け上がってきた。
酸っぱい胃液と混じって吐出したそれに、思わず咄嗟に手を出してしまう。
べチャッ、と。生温かく、それでいて生々しい液体の感触が掌を覆い尽くし――。
“それ”の正体は、もはや疑う余地が無かった。
「――――!?」
血。
血、血――。
血、血、血――――。
――――――――血。吐血だった。
「…………っ」
虚ろに漂う意識を叩き起こされた。
途端に幾多もの刺激臭が鼻腔の奥深くを強く突き、充満する。
脳が覚醒し、役目を放棄していた神経が再び活気を取り戻したかのように、それら全ては鮮烈に感じ取ることができた(最悪なことに……)。
特に新規加入した“鉄臭い”臭いは別格で、俺はその生理的に拒絶したくなる嫌な臭いに、もう一度噎せ返りそうになる。
歪んだ顔をさらに顰め、口と腹にそれぞれ手を当て……。
が、もはや胃液しか吐き出せなくなっていた空っぽの胃は、何も吐き出すことはなかった。
「綺麗だね、その顔」
足音がして。近付いてきて――止まって。
先程と同じく、眼前一帯の蒼色に影が落ちていた。
ゾクッ! と、背中に悍ましい何かが降り立ったような気配がして――。
四つん這いのまま、反射的に顔を上げると――。
そこには、“危険”がいた。ルミーネが。
彼女は笑っていた。風が吹き、空が澄み、地が揺れていた。
相も変わらず、この均衡の保たれた世界が美しいように、彼女もまた美しくあり続けていた。
平然と、それが当たり前であるかのように。汚れ一つ無い完璧な美貌を和やかに崩し、こちらを俯瞰している。
実に、実に――恐ろしい双眸で。
「ああ、分かってる……分かってるさ。おそらく私の早とちりだったんだ。……聞き間違えちゃったんだよね? 突然蹴ったりしてごめんね。痛くなかったかい?」
膝を折り、そんな心配そうな声音で、ルミーネは俺の身を案じる。
その言葉は、失態を演じた自分を叱責し、戒めているようにも聞こえた。
――と、慈母はニッコリと相好を崩したまま、言葉を続けた。
「じゃあ、もう一度言うからさ、今度はちゃんと聞いといておくれよ。――――あの小娘と関わるな」
「イヤ、だ……」
「――――ッ」
俺が返答するや否や――。
ドスッ!! と。
これまたルミーネの足蹴りによる重い一撃が俺の腹部に命中した。
「カッ……ハッ……!」
尋常じゃない痛み。でもやはり、えずきそうになるも、全てを吐き出し終えている胃袋からは何も吐き出されることはなく、代わりに肺の中の空気が外界に押し出された。
口端から透明な涎が滴り落ち、宙で糸を引く。
吐血し、飛散した紅色の液体が周辺の若草を妖しく湿らせた。
――影が、落ちる。
「…………まったく。これ以上、私の手を煩わせないでもらえるかな。面倒事は嫌いなんだ。それは君も同じだろう? だから……もう一度だけ問うぞ。次は間違えないでくれよ、頼むから」
嘆息に加え、意識が朦朧としていたためにはっきりとは聞き取れなかったが、彼女は俺に何か頼み事をしているようだった。
スゥ……と、彼女が深く息を吸い込んでいる音を間近で捉え、認識すると、彼女は俺に向かってこう言った。飽きることなく。
「あの小娘に関わるな。今後一切、だ」
「…………」
だから俺も、この分からず屋にしつこく言い返してやった。
頭を上げ、見据え、“危険”から一瞬たりとも目を逸らさず、はっきり――――
“嫌だ”、と。
「――ッ!!」
ドスッ!! と、またも腹部に痛烈な一撃を見舞わされる。
ゴフッ、と心中を照らす命の灯が大きく揺蕩う。そして、その灯の温もりを携えた赤黒いものが、完璧であったはずの美しい世界を段々と汚していった。
痛みなど、痛過ぎるが故に“痛い”などという感覚は機能しなくなっていて……もしかすると、俺はもうとっくに壊れてしまっているのかもしれない。
「あの小娘に……関わるなッ」
「イヤだ……」
「ふぅ…………。……なぁ、もう一度“だけ”言うぞ」
「……イヤだ」
「あ・の・こ・む・す・め・に――ッ!」
「嫌だ……ッ!」
「か・か・わ・る・な――ッ!!」
「――――嫌だッ!!」
逆らえれば逆らうほど、訴えれば訴え続けるほど、俺の身体には傷が刻まれていった。
青痣、打撲、裂傷、擦過傷……など、数え上げればキリが無いが、それでもルミーネが攻撃の手を休める気配は微塵も感じられない。満身創痍の俺を、まるでストレス発散の道具であるかのような扱いで徹底的に傷めつけてくる。
先程食らった“風の弾丸”のような、『魔術師』らしい魔術ではなく……。
物理的且つ最も原始的な、“素手”。それのみで。
――ああ、本当に……。本当にこの人は、俺を殺す気でいるんだ……。
男顔負けの膂力に叩き潰されそうになりながら、俺の頭の中では『なんで魔術を使わずに素手で殴るんだろう』みたいな、そんな能天気な思考が生まれていた。
そもそも、俺は今どうして彼女に殺されかけているのか……。
それは当然、俺が彼女の気に障ることをしたからで、反発しているからに他ならない。
――『あの小娘と関わるな』。
どういった意図を込めて、その言葉を連呼しているのかは分かり兼ねるが、要するにルミーネは、“俺とフランカが一緒にいる”現状が気に食わないらしい。
貧弱な人間一人を本気で嬲り殺したくなるほど、実に。
なぜなのかは、やはり分からないが……。
「……………………」
こうして外傷を増やし続け、どれくらいの時間が経っただろうか。
長い間? それとも短い間? ……今となっては、そんなことは知る由もない。そもそもどうでもいい。
骨や内臓に間を置かずに響いていた鈍い感触が突如止み、しばらくして目を開けると、無窮の青空がこちらを覗き込んでいた。
「……………………」
俺はそれを知り――特別何かをするわけでもなく、ただ身体を起こそうと両手両足に力を入れた。
きっと今の自分は、この美しい世界とは対照的な姿態を晒しているのだろう。それこそ、フランカがこの場にいたら発狂し、卒倒してしまうような、見るに堪えない無残な姿態を……。
「…………っ」
つー……と、その時、片方の鼻の穴から静かに鼻血が流れ出てきた。
――あたまが、クラクラ、する……。
鼻血は人中に差し掛かり、そのまま僅かな溝を軽々と越え、早くも口元にまで到達する。
――マジで、ヤバイ……。いや、マジで……。シャレに、なんねぇって……。
舐めとることはせず、鼻血は顎先にまでやって来る。
と、もう片方の鼻の穴からも鼻血が垂れてきた。
――マジで、しんじゃう……シんじゃう……。オレ、死んじゃうのかなぁ……。
もう一方の鼻血も、間もなくして顎先まで伝ってくると――。
そして――落ちた。蒼色の絨毯の上に。
「…………」
ポタポタ、と。
時雨の如く、断続的に。
――――イヤ、だ……。
ポタポタと、真新しい新緑の若草に、その上を覆うように、真っ赤な雨が降り注ぐ。塗り替えていく。
色を。景色を。意識を。感覚を――――。命を。
その全てを、奪っていく。
「嫌、だ…………」
頭に血が上っているせいか、鼻血は止まなかった。
それどころか、出血量は徐々に増す一方で、今や鼻の両穴から止め処なく流れ出る鼻血は、一本の“川”と形容しても相違なかった。
昨日の昼時にも、俺は『LIBERA』の台所でかなりの量の鼻血を噴出したのだが、それとは全く訳が違った。
血液が体外へ放出されればされるほど、身体の体温はみるみる低下し、神経の末端から青白くなり、何か大切なモノまで流れ出ていってるような気がした。
――――しにたくない……。
同時に、心中で忙しなく揺れ動いていた命の灯も、その動作をやがて落ち着けると、か細い体躯をさらに萎ませたように思えた。
「死にたくない……」
…………が、先程からどうも強情に口を衝いて出てくる言葉はそれだった。
『嫌だ』『死にたくない』――。
頭で理解し、きちんとした理性を持って喋っている言葉ではなかった。言い放っている言葉ではなかった。
そこに意識は無く――つまり無意識で。
俺は――――『生きたい』、と。
そう願い、訴え、叫んでいたのだ。
「…………。……分からんな」
――僅かに息を切らしたような息遣い。
それが聞こえて、俺はようやく頭上に“危険”が存在していたことを再認識した。
ルミーネは俺の頭上から、ポツリと、“嫌悪感”に近い煮え切らない感情を秘めた声を零してくる。
「なぜ、そこまでしてあの小娘に固執する? いや、“場所そのもの”と言った方が正しいか……。……どちらにせよ、実に解せん」
「…………」
蒼の大地に拵えられた赤い水溜りに、透明な雨粒が落ち、交錯するように。
「…………なぁ。もういい加減、楽になってくれないか」
一拍置き、ルミーネはそう言った。
「君が今ここで、“もう二度と、金輪際、あの小娘と店には近寄らず、存在そのものを忘れて別の人生を歩んでいく”と、豊穣の女神の御名において固く心に誓ってくれるのであれば――殺しはしない。目を瞑り、見逃そう」
「…………」
「フフッ。なに、恐れることは何一つ無いさ、青年。君はまだ若い。それ故に、終着点には縁遠い人生の長い旅路が、今、君の目の前には無限大に広がっているではないか……! この果て無き、そして美しい空と大地のように。未来への希望も、可能性も、選択肢も! まだ見ぬ人生の途上に、満ち溢れているではないか……!」
「…………」
「それに……別にセリウ大陸でなくとも、感傷に浸りたくないのであればもっと遠くの――他の大陸に身を移すという手もある。職を変えてみてもいい。いっそのこと“魔術”諸々とは関係を断ち、どこかの国に籍を入れ、温かな家庭を持ち、渡世を全うする、とか。世の中には、そういう生き方をしている人たちだって沢山いる。――いや今ではほとんどがそうだ。……ほら、選択肢はこんなにも広がっているじゃないか」
「…………」
「にしても、君は見た目とは裏腹に強堅な肉体と体力を兼ね備えていたんだね。フフッ、そこだけは少し意外だったよ。一発目の“風”に加え、私の蹴りをあれだけ何発も食らえば『人間種』――それも非力な一般人であれば、それこそとっくに死んでいたか……死ななかったにしても、あるいは意識が丸一日吹っ飛んだ植物状態で寝床の上か……。いやぁ、全く。これだけは本当に賞賛に値する――――」
「――――うるせぇよ」
「!」
音が止んだ。
「…………。何か、言ったか?」
ポツリ、と沈黙の間に水を差すようなルミーネの一声を耳で捉えた。
いやにはっきりと、鮮明に聞こえるその凛とした麗しい響きが脳を揺さぶったことで、俺は自分が“生きている”という事実を知り、実感する。
「……っ」
俺は顔を横に向け、うつ伏せの状態で大地に横たわっていた。
――目を開けると、そこには美しくない世界が広がっていた。
蒼の大地はもうすっかりと自身の色を喪失しており、赤々しく黒々しい、そんな嫌な色に塗り替えられてしまっている。
どうしてか、あれだけ濁り無く澄み切っていた空までもが、遥か地平線の彼方までそれと同じ色をしていた。
――呼吸をすると、口の中から血塊が飛び出てきた。
咳き込み、喘ぐように呼吸を繰り返し、酸素を肺に送り込む。乾いた大気が喉を通過するのを感じる。
その直後、吐き気を催すような悪臭が鼻を突いた。
とにかく鉄臭くて、鼻がひん曲がるんじゃないかと思った。
――手を握ると、握れた。
掌の中心辺りに、仄かな温もりを感じた。
ほんのりと、微かではあるけれど。
「……っ!」
――だから、俺は。
両手両足に力を込め、傷だらけの身体に力を込め、しっかりと大地を掴むと再度――――立ち上がった。
「…………うるせぇっつったんだよ」
俺は膝に手を付いて何とか立ち上がるが、心身的な疲労のせいか、足取りが覚束ない。
ヨロヨロと、その場で二、三歩たたらを踏み、体勢を整える。
満身創痍には変わりないが、それでも意識はちゃんと保たれていて、視界がグニャリと湾曲することもなくなっていた。三半規管の振動が大分と落ち着いている証拠だ。
それに心なしか、手足の痺れや震えは嘘のように無くなっていた。
俺は、きちんと両足を地に付け、拳を握り締め、この世界に立っていた。
「……ったく、あの村長の爺さんにしろアンタにしろ……どうしてこう肝心な点が抜け落ちてんだよ……」
「…………」
思わず口を衝いて出てしまった、いつもの口調。
天を仰ぎ――おそらく無意識であるが――口端に冗談めかしく薄ら笑いを浮かべると、俺は独り言のように呟いた。
それを奇妙に感じたのか、ルミーネはまた沈黙を貫いてしまう。
俺は視線を元に戻し、少々ふらつきながらも、ルミーネを正面から見据えた。熱を帯びた瞳で。
「……ふざけんじゃねぇぞ。碌に理由も明かさず、人の日常にズカズカと土足で入り込んで踏み荒らしやがって……。そんで未来に“可能性”があるだの“選択肢”があるだのと、フザけた戯言のたまった挙句、終いには“今の日常を捨てて別の人生を歩め”、ってか? ハハッ! ……テメェ、一体何様のつもりなんだよ」
「…………」
目は一瞬たりとも逸らさなかった。また、それは相手も同様だった。
たとえ多少語気を荒げようと、未だ悠然と身構えている完璧な彼女が動じることなどやはり有り得ない。
この調子だと、ついに『ああ、そうとも。私が神だ』とか本気で言い出しそうだな、と俺は内心で嘆息した。
……どうも先程から視界が悪い。
俺はそんな視界を拭うように、腕でゴシゴシと両目を擦ってみる。
すると――空は本来の色を取り戻した。
「…………っ」
スゥ……と大きく息を吸い、吐く。
「――理由を言え。俺が……“フランカと一緒にいてはならない”、その理由を……!」
「…………」
「どうしてフランカと関わったらいけないのか、そしてその原因は何にあるのか、俺をここまで傷め付けるほど重大なことなのか……。さあ、答えろ。……ルミーネッ!」
「――――お前が“異端”だからに決まっているだろ」
「!?」
真顔でそう言われ、レモン色の瞳に見据えられた刹那――ゾワリ、と身体が小刻みに震え、本能的な悪寒を感じ、膨大な威圧感が背後から迫ってくる錯覚を覚えた。
俺はそれに対して何も言い返すことができず、言葉を失った。
「…………」
「…………」
フワリ、と。そよ風が吹き。
肌を撫で、髪を弄ばれたと同時に、ずっと忘れていた感触が蘇ったかのような、妙な新鮮さを味わった。
ゴクリ、と。
俺は生唾を飲み込んだ。
ここで一つ、鎌をかけてみるか……。
「……じゃあ訊くが、お前がここに来た野暮用――“知人探し”というのは……あれは嘘だったのか?」
「――! お前、どこでそれを――――ッ!」
やはりそうだった。
――昨日『LIBERA』に立ち寄った“暗緑色の魔術師”が話していた“同僚”というのは、ルミーネで間違いない。
これで、俺が最初に抱いていた“違和感”が払拭された。
ルミーネの双眸が驚きで見開かれ、屹然とした態度に動揺の色が垣間見える。
が、暫し黙考すると何かに気付いたのか、俺の生血でべっとりと汚れた両の拳をわなわなと震わし始めた。
「……アイツかぁぁ……ッ!!」
今の俺でなければ慄然とするような、そんな煮え滾る憤怒と怨嗟を喉元でなんとか堰き止めている声音でルミーネは吼えた。
ここまで歯軋りの音が聞こえてきそうな、低い声音で。
もしかすると彼女も、既に完璧ではなくなっているのかもしれなかった。
「で、どうなんだ。あれはやっぱり嘘だったのか……?」
俺は再度問い質した。
すると、ルミーネが今までにないぐらいの先鋭な眼光で、まるで俺を刺し殺すかのような勢いで睨め付けてきた。
「………………嘘ではない。それは真実だ。私がお前と出逢ったのは今日が初めてで、それで今日この場で巡り合ったのも……偶然以外の何物でもない」
しかし感情を抑制しているのか、語気は大分と冷静になっていた。
このまま会話が前進すれば本望だが、これ以上話の中身に首を突っ込めば、いよいよ本当に殺されかねない気もするので、俺は話を戻すことにする。
――と、
「…………解せん。やはり、解せん……」
意外にも、口を開いてきたのはルミーネの方からだった。
最初は独り言のように見えたそれは、徐々に俺の方へと焦点を当てられ、
「では、逆に問うが……」
静かに、ルミーネの口から言葉が零れ落ち、紡ぎ出された。
そこには、先程垣間見えた刺々しい激情の影も形も無かった。
「……お前は、この世界に来てどれぐらい経つ?」
「は? え、えーっと……凡そだけど、一ヶ月……」
突飛過ぎる質問だった。
だから俺は素っ頓狂な声を上げ、その想定外の変化球を上手く対処できず、思わずご丁寧に返答してしまう。
けれど、ルミーネは構わず言葉を続けた。
「……ならば、尚更解せんな。お前があの小娘に固執していることが」
「? どういう意味だよ……」
いまいち要領を得ていない俺に、軽く嘆息するルミーネ。
心底呆れたような眼差しをこちらに向け直し、さらに言葉を続けた。
「お前がどういった経緯であの雑貨店で働くことになったかは知らんが……それでも一ヶ月だ。確かに、あの村でお前に対しての村民の反応を鑑みるに、この一ヶ月間、お前はお前なりの接し方で村民一人一人の信頼を勝ち得てきたのだろう。……フランカにしたってそうだ。お前が固執しているということは、それなりの信頼や愛情を以って彼女に接したことで、フランカの心も徐々に氷解していき、友好的な関係を築くことができたのだろう。……多少なりとも、お前の方に特別な感情があった故な」
「…………だ、だから、それがどうしたって言うんだよっ」
まだ要領を得れない。
ルミーネが今、俺に何を言おうとしているのか、何を伝えようとしているのか、さっぱり分からなかった。
――が。
間もなくして、答えは自ずとこちらに歩み寄ってきた。
「では、逆はどうだ……?」
「なに……?」
「相手もお前のことを“信頼している”と、なぜそう言い切れる?」
「――――!!」
その時、俺は本当に、次に我に返るまで呼吸をするのを忘れていた。
息が詰まり、動悸が早まり、心臓を何かに鷲掴みにされているような息苦しさを覚えていた。
これは……アレだ。
もう一つの、胸中に根を下ろしている“違和感”だ。
「人々を信頼し、愛し、優しく接する。……が――それでも一ヶ月。たかが一ヶ月に過ぎないではないか。お前にとってのこの異郷の地での日常は……お前はもうとっくに住み慣れていて、“普通”になってしまっているかもしれないが……」
「…………っ」
どんどん、どんどんと、胸を締め付けてくる――。
「――お前は、己が“異界人”であると、そういう“異端”の存在であるということを、いつしか忘れてしまったのではないか?」
「…………っ!」
「それに、あまりにも短過ぎるとは思わないか? 人の信頼を“完全に”勝ち得るには、まだ。……くどいようだが、お前はこの一ヶ月、汚れの無い純心で人々に接したのだろう。――だが、相手もお前と同じような誠意を以って接するとは、必ずしも言い切れないではないか」
「……ッ!」
胸が、張り裂けそうだった――。
「だから、その疑問を解消するべく、私はこうしてお前に問いかけている。――――なぜそこまでして、あの小娘に、人々に、そして居場所に固執しているのだ、と」
…………………………………………。
…………確かに。
確かに、よくよく考えてみれば、ルミーネの言う通りなのかもしれなかった。
俺は一ヶ月前、突如現実世界のコンビニからこの世界に呼び寄せられた“異世界人”。
当時の俺――『糸場有』は、こちらの世界の住人からすれば、素性の知れない、得体の知れない、おまけに珍妙な格好をしている――言わば“宇宙人”。
一度、相手の立場――第三者の視点に立って考えてみたらどうだろう……。
果たしてそんなヤツを、俺は快く受け入れ、友好関係を築こうと思えるだろうか……?
――いや、おそらく無理に近い。無理だ。
そんな未知の塊でしかない恐怖と、心を通わせられる自信がない。
それは勿論、『LIBERA』の連中――カルドとかボッフォイとか、それこそフランカも例外ではないはずだ。
まだ“俺のことを信頼していない”と断定したわけではないが、思い返してみると、現にフランカはこれまでにも幾度か自分の身の上話を聞かせてくれたことはあったが、
「…………」
――――『LIBERA』。その雑貨店自体のこれまでの軌跡については、一切語られたことはなかった。
まぁ、こちらから直接問い質したわけではないし、意図的なのかどうかも判然とはしないが……。
少なくとも、そういった意味では、懐疑的になる根拠の一因となり得るだろう。
「――――」
では、逆に。
俺がこれまであいつらと過ごしてきた日常は……嘘だったと言うのだろうか。
ポルク村の人たちも、露店商のオッチャンも、村長も、モナも、これまで『LIBERA』に足を運んでくれたお客さんも、カルドも、ボッフォイも。……そして、フランカも。
この一ヶ月間、俺に接し、見せてきた感情の一つ一つは、その全ては……嘘だったと言うのだろうか……。
「……無言、か。肯定の意と捉えて構わないんだな? ハァ……やれやれ、お前の“想い”というのも所詮その程度か。……悪いことは言わん。今からでもまだ間に合う。選択の余地はあるんだ。さあ、とっとと荷物を纏めてこの地から去れ」
“みんなも俺のことを信頼し、慕っている”と、勝手に思い違い、俺が独り浮かれているだけだったとでも言うのだろうか――。
「思い出せ。己が何者であるのか……。そして自覚しろ。お前は本来、この世界の住人と交わり合うべきではない存在――異郷の地より現れた“異端者”だということをッ」
……………………。
「――なぁ、分かったか? 分かったのであれば、もう私からお前に言うべきことは何もない。早急にこの地を去り、せめて少しでも幸多き人生を歩めるよう、豊穣の女神に祈って――――」
「――――イヤだね」
「…………………………は?」
一言、俺が返答して。
それを聴いたルミーネが今度は素っ頓狂な声を上げ、眉根を寄せた。
ふと、風が吹き――。
俺はそれに言の葉を乗せるように、流れるように“想い”を紡いでいく。
「聞こえなかったのか? ――“嫌だ”って、そう言ったんだよ」
「な――――ッ!?」
「未来への希望? 無限大に広がる選択肢? 約束された人生? フッ、ククク……フハハハハハハハハ!! バァーカ!! イ・ヤ・だ・ねッ!! んなもんクソ食らえだッ!!」
「――――ッ!!」
『俺がこれまであいつらと過ごしてきた日常は……嘘だったと言うのだろうか』
――――いや、違う。そうじゃない。
フランカと初めて出逢った時……それから今日に至るまでの一ヶ月間、あいつが見せてきた“優しさ”が、“笑顔”が、全て嘘だったとはどうしても思えない。
他のみんなだってそうだ。彼らが俺に対して接してくれた“優しさ”が、全て演技だったとは信じられない。信じたくない。
「き、貴様は……先程の話を理解していないのか……ッ!」
「いいや、ちゃんと理解してる! 悔しいけど、確かにお前の言ってることもあながち間違っちゃいないし、理に適ってるよ。俺は一ヶ月前に、何を目論んでるか分からねぇ誰かさんの手引きでコンビニからこっちの世界に連れてこられた“異端者”だ。この世界の住人が俺を不審がっても何ら不思議ではない。その事実は、お前の言葉で改めて気付かされた――思い出したんだよ」
「こ、こんびに……?」
「……ああ、そうだよ。そんで自覚したんだよ、俺が“宇宙人”だってことをな。だからもしかすると、フランカとか、周囲のみんなは俺のことを警戒して、俺と同じような誠意を以って接してくれていたわけではなかったかもしれない……。信頼してくれていなかったのかもしれない……。……ま、仮にそうだったとしたら、悲しいことこの上ないけどな」
『……ユウさん、私は、この場所が好きです』
『不思議なんですよね。ユウさんと一緒にいると、何ていうかこう……“気を遣わなくて済む”っていうか、“本心のままでいられる”っていうか……』
『だから、私は今毎日が楽しいんです! ユウさんと一緒にお仕事ができて楽しいんです! そして、それらがあるこの場所が、この日常が、私は大好きなんですっ!』
『――――私は、ユウさんのそういうところ……嫌いじゃないですよ……』
これは、昨日フランカが俺に告白してくれた“想い”。
ではこれも、全て嘘だったと言うのだろうか――――?
――――いや、違うッ! 違うに決まってるだろッ!
あの時見せてくれた彼女の“笑顔”が全部嘘だっただなんて……そんなの信じられるはずがないだろッ!!
「……でも。今、一つだけ、これだけははっきりと言えることがある」
「……?」
“みんなも俺のことを信頼し、慕っている”。
その確証は無い。保証も無い。根拠も無い。
…………そう。
けれど、これだけは一つ、はっきりとしていた。
それは――――
「――――俺がこれまであいつらと過ごしてきた時間! 日々! 生活は! それだけは嘘じゃないはずだッ!!」
「――――!!」
心の奥底から声を絞り出し、叫ぶと、ルミーネの双眸がより一層見開かれた。
またも風が吹き――。
俺はその時、誰かに背中を押されているような気がして、続けざまに、心中を――俺の“想い”の全てを吐露するように、叫んだ。
「ああ、そうだよ! 俺はフランカが好きだ! 大好きだ! 将来の結婚を視野に入れた未来予想図を毎晩寝床の中で考えんのが俺の楽しみだよ! ……そうさ。だから最初は、そんな卑しい動機だったんだよ。あそこで働こうと思ったのは」
「…………」
「最初は……確かに“普通”と違うこの世界にワクワクした。でも同時に帰りたいとも思ったさ、元の世界に。父さんや母さん……それに友達も心配して、迷惑かけてるだろうなって思ったから……」
「…………」
「――でも、でも。それから一ヶ月の間、色んな人たちと出逢って、話して、笑い合って……。そうしてたらいつの間にか――好きになっちまってたんだよ! この、何の変哲も無い、“普通”の日常が! あれだけ忌み嫌ってた“普通”の日常をよぉッ!」
「…………!」
「だから今、毎日がスゲェ楽しいんだよ! フランカと一緒に仕事ができて! あの村の連中とバカ騒ぎして!」
ぶつけるようにして、叫ぶ。
「そんでそれらがあるこの居場所も――――愛してるんだよッ!!」
みんなの顔が脳裏に去来し、それぞれが俺の名を口ずさみ、俺を呼ぶ。
『イトバの兄ちゃん』、『イトバのおにいちゃん』、『イトバさん』、『イトバちゃん』、『イトバのアニキ』、『クソガキ』――――。
ポルク村の人たち、露店商のオッチャン、村長、モナ、これまで『LIBERA』に足を運んでくれたお客さん、カルド、ボッフォイ――――。
そして――――
『ユウさん!』
フランカ。
「この気持ちだけは、嘘じゃない、信じられる……。信じられるから、何度だって言ってやる……! 言ってやるさ! 俺がこの世界に望むモノ、それはただ一つ――――ッ!!」
刹那――ゴゥ! と。
その日初めて強く吹いた一陣の風は、幾重にも重なった分厚い層のようになって俺の髪を弄び、衣服を靡かせ、背中を強く押した。
スゥ……と深く、大きく息を吸い込み、グッ! と拳を固く握り締め、ダンッ! と一歩前へ大地を力強く踏み締めた、その瞬間――。
その瞬間だけ、おそらく……いや、歴然とした力の差があったであろうルミーネより、俺は強かったように思えた。
もう、恐いものなど、何も無かった。
「平和。――――――――以上ッ」
ブチ壊すように……この理路整然と均衡の保たれた、美しく完璧な世界を盛大にブチ壊すように、俺はルミーネに、世界に、“想い”を解き放った。
「……………………」
一方で、その“想い”を真正面から全身に受けたルミーネは、
「…………ハァ…………」
盛大に長く、重い嘆息を内側より吐き出し終えると、
「……まったく……」
天を仰ぎ、ボソリと、一言か細く呟いた。
「まったく。……反吐が出るよ。“オレが日常を守る”だの、たった一つの願いが“平和”だの、どれも耳障りこの上ない、聞き覚えのある言葉ばかりで……。……どうして君はそう、アイツと似ているんだ……? ……まったく、気持ち悪いよ」
「……?」
ルミーネが何を言っているのか、俺にはさっぱりだった。
俺にはまだ、その言葉を理解するだけに足る知識が無かった。
――が、それも一瞬のことで。
ルミーネは元の怜悧な美貌を取り戻すと、神経を研ぎ澄ませ、再び俺を正面から睨み据えた。
けれど、そのレモン色の瞳には先程のような濁りが一切無く、俺は一人の“相手”として認識されていた。
「……愚鈍にも程があるぞ。人間」
「たとえそう言われても……そうだったとしても、俺の意志は変わらない」
「ではそれを守るために――命を懸ける覚悟が……あると言うんだな?」
「――――ああ」
「……後悔は、しないんだな?」
「ああ。無論」
「…………これが最後の忠告だ。――後悔するぞ、この選択にお前は。必ず」
「はっ。嫌だね」
俺ももう一度、傲慢に鼻で笑ってやった。
「未来の可能性ってのは無限大に広がってるんだろ? だったら分かんねぇじゃねぇか。その選択が正しいかどうかなんてよ……。俺はただ、この選択に未来への希望を託し、それを信じることに決めた。――ただ、それだけだ」
「…………。……ハァ」
やれやれ、とでも言いたげに、ルミーネは首を横に振り、肩を竦める。
聞き分けの悪い子供に呆れるような、そんな慈母の微笑みを俺は口端に垣間見たような気がした。
「…………」
「…………」
やがて、お互いに口を噤むと、時の流れに身を任せた。
そうすると、次第に風も、音も止み――――。
世界は、静寂した。
「……いいだろう。ならば望み通り――――今からここで貴様を殺す。貴様の全てを否定してやる」
「生憎と、『人間』って生き物はどうも惨めで愚かで……だけど、それでも“『生』に貪欲に喰らい付き、希望に足掻く”ってことだけが唯一の取り柄らしいんでね。諦めが悪いんだわ」
…………………………………………そうか。
「――――ッ!!」
「――――ッ!!」
ルミーネが手を前に翳したのと、俺が走り出したのは、ほぼ同時だった――――。
次回の更新はそれほど遅くならないと思います。