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異世界道中のお道具屋さん  作者: 一色創
第一章  普通でない日常の始まり
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第22話 『ウワサの彼女』

話の途中で、前々回の間話の内容が少しだけ登場します。

ですので、既に間話をお読みになった方は、そこだけ簡単に流し読みしてくださっても構いません。

 結局、『LIBERAリーベラ』を出てからポルク村へ辿り着くまで、かれこれ二十分くらい(あくまで体感時間だが)経ってしまっていた。

 俺はようやくポルク村へと到着した。


 眼前には、相変わらず代わり映えのない景観が広がっている。

 黄金こがね色や渋茶しぶちゃ色の大海に浮き沈みする大人や、若草の生い茂る草原で有り余る精力をぶちけ、キャッキャとはしゃいでいる子供たち。家畜の世話をしている村人もいた。

 ……まぁ、とにかく今日も別段様変わりなどはしておらず、そこはセリウ大陸の東端に位置する長閑のどかな村落――いつものポルク村だった。


 俺は村の入り口まで歩みを進める。

 ポルク村の入口付近には、“獣避け”として設けられている簡素な木製の柵と、魔術的なほどこしを受けた物体――案山子カカシ彷彿ほうふつとさせる――が均等な間隔を空けて横一列に配置されており、入口は荷馬車が一台通れる大きさとなっていた。


「おう! イトバの兄ちゃんじゃねぇか!」

「ポルク村へようこそ。ゆっくりしていってくださいね」

「そうじゃ、ゆっくりしていくとええぞ」

「あ、イトバのお兄ちゃんだぁ~!」


 入口まで向かう途中、ポルク村の近辺で各々てんでんばらばらな行動をしていた村民たちが俺の存在に気付き、温かな言葉を次々と投げかけてくる。

 それは種族やら老若男女やらを問わず、誰もが晴れやかな笑顔で、盛大に歓迎してくれていた。これだけ何度も村にお邪魔している俺に対して、だ。

 最初はその親切過ぎる対応に誰しもが必ず困惑する――俺もそうだったのだが、それから一ヶ月、すっかり村の一員として馴染なじんでしまった今の俺にとっては何ら不思議ではない。


 なぜなら、みんな“良い人”だからだ。

 そう、彼らにとってこれは当たり前のことで、日常茶飯事的に行う“普通”の行為なのだ。

 だから俺も、そんな彼らの行為に応えるべく、好意を持って普段通りの挨拶を返す。


「よう、またお邪魔させてもらうぞー。……あ、念のために言っておくが、今日はサボりに来たわけじゃねぇからな」


 ひらひらと手を振って冗談めかしくそう言ってみると、あちこちで十人十色な笑い声が上がった。


「ガハハハ! なーんだ、違ぇのか」

「あらあら。私はてっきり、フランカちゃんに内緒でまた抜け出してきたのかと……」

「そうじゃ、てっきり抜け出してきたのかと思ったぞ」

「えー! 今日はお兄ちゃん、一緒に遊んでくれないのー?」


 ……え、ちょっと待って。みんなして酷くないっすか?


 ポルク村での俺の評価って一体、と思案していた時、またも彼らは揃って口を開いた。至極納得したような表情で。


「ってもまあ、『雑技を極めし魔術師モノ』だからなぁ……」

「『雑技を極めし魔術師モノ』ですものねぇ……」

「そうじゃ、『雑技を極めし魔術師モノ』だからじゃぞ」

「『雑技を極めし魔術師モノ』だもんね!」

「――って、おいお前らッ!! 三人目の同調してるだけの爺さんはともかくとして、そのどこの誰が伝播でんぱさせたか知らねぇ黒々しい渾名あだなで俺を呼ぶんじゃねぇよ!!」


 まさかここで四方向からの連続ボディブローを食らわされるとは、露程も想定していなかった。

 予想外の不意打ちに俺は軽く腹を立てたが、ハハハハ! とそれでも彼らは朗らかに、快活に笑う。

 そんな幾多もの笑顔に取り囲まれていると、胸の内の怒りも早々にどこかへ流れ去り、


「んじゃ、村長に長剣これ届けないといけねぇし、あんまし時間も無いから……俺行くな」


 片手にたずさえた長剣ロングソードかかげてみせると、俺は軽く会釈をした。


「おう! またな!」

「また機会がありましたら、お店の方に足を運びますね!」

「ならついでに、先日村を訪れた魔術師さんに会っていくとええぞ」

「次来た時は一緒に遊んでね~! 約束だよ~!」


 彼らは手を振り、各々好き勝手に俺の背中へ言葉を投げかける。

 俺はそれらに見送られ、再び歩みを再開させるのだった。


 にしても……まさか、そこまであの渾名が普及していたとは……。昨日村長が“ちまたで噂”とか言ってたけど、こりゃあ心持ちとして、リカード王国ぐらいの範囲を推定しておいた方が良さそうだな……。


 嘆息たんそくを交え、そんなことをぼんやりと考えつつ、俺はポルク村の入り口を潜り抜ける。

 ――と、そこで見知った顔を見つけた。


「……あら?」


 どうやら相手方もこちらの存在に気付いたようだ。

 その人物は肩先まで伸びる金髪を緩やかになびかせ、クルリとこちらに振り向いた。


「まあ、イトバさんじゃないですか!」


 驚喜に満ちた声を上げ――途端に口元をほころばせると、彼女は目を細め、ニッコリと花のように微笑んだ。


 モナ=ローレンツァ。

 村長と親しいポルク村の村娘で、度々『LIBERAリーベラ』に雑貨を買いに来てくれるお得意さんの一人だ。


(彼女には失礼だが)全体的な特徴としてはあまりパッとしないものの、肩先まで伸びた黄金色の絹糸は、まるで穂先を実らせた麦のようで……そこが彼女の最大の魅力でもある。

 まぁ、他にも礼儀正しかったり几帳面きちょうめんだったりと、挙げるべき美点は沢山あるのだが。

 村長も彼女のことを随分としたっており、まるで我が孫のように可愛がっている様子をポルク村でよく見かけた。


 ちなみに、モナとフランカの二人は大の仲良しさん――“親友”に近い関係で、お互いを“ちゃん”付けで呼び合うほどの仲だ。

 と言うのも、モナとフランカは非常に歳が近く、そのせいもあってか、モナが店を訪れるに連れてお互いに自然と打ち解け合ったというわけである。


「こんにちは〜。ポルク村へ、ようこそおいでくださいました! ……それで、今日は一体どのようなご用件でしょうか」


 先程の村人と同様、晴れやかな笑顔と挨拶で俺を村へと迎え入れてくれるモナ。

 が、その思わぬ第一声に、俺は危うく前へつんのめりそうになった。


「って、それはお前が昨日『LIBERAリーベラ』を訪ねた際に説明したろ。明日ポルク村に顔を出すかもしれないから、そうなったらよろしくって」


 片手で担いでいた長剣ロングソードを眼前にかざし、それから丁寧に経緯を説明してやると、モナは何かを思い出したかのような素振りで「あ〜」とうなずいた。


「思い出しました。確か……んーと、帰り際、でしたよね……? 店の出入り口前で」

「そうそう」

「まあ、やっぱりそうでしたか。すみません……忘れっぽい性分で。それでよく父と母にも注意されるのですが、これまた一向に治らなくて」


 それは本来改善すべき短所なのだろうが、なぜかモナは口元に手を添え、弛緩しかんした顔貌がんぼうを引き締めようとはしない。

 うーむ……こういうシャボン玉みたいにホワワンとしたところに、フランカとは何かしらの共通点エンパシーを感じているのだろうか。

 脳裏に二人の顔を思い浮かべ、隣り合うように並べてみると――確かに、“ゆるふわ系女子”というカテゴリーで見れば、どちらも似た者同士な気がしなくもなかった。


 ――と、


「それよりお前、昨日買っていった花飾り……もう早速付けてんじゃねぇか、それ」


 俺は(俺から見て)モナの右のこめかみ辺りに指を差し、そう言った。


「あ、これですか?」


 すると、モナは髪を左耳にかけるような仕草で、指し示された“それ”に触れた。


 それはスミレ色をした、小さな花の髪飾りだった。

 ――『オルトマーレの花飾り』。

 長年乙女に愛され続けてきた、ロングセラーであるオルトマーレ製の装飾品――その代表と言っても過言ではない装飾品シリーズのことだ。


 昨日の夕刻、もうそろそろ店仕舞いをしようかという時間帯だった。

 その時にモナは『LIBERAリーベラ』を訪ねてきたのだが――そう。“これ”と、あと『オホジック・ランタン』という珍妙な代物を買うためだったのだ。

 “何か可愛らしい髪飾りが欲しい”とのことだったので、そういったものにも詳しいフランカがおすすめしたのが、『オルトマーレの花飾り』だった。

 と言っても、オルトマーレ製の装飾品は髪飾りだけでも多種多様に存在するため、モナはあちこちに目移りしながら目を輝かせていた。

 で、最終的に気に入ったのが、そのスミレ色をした花の髪飾りだったというわけである。


 モナが店に来る時は、大抵両親から頼まれたお使いとか、農作業で欠損・不足した農具などを買いに訪ねてくることがしばしばなのだが、昨日は珍しく雑貨らしい雑貨――と言うか、“自分のための買い物”をしにやって来たので新鮮だった。

 また、元々清楚な印象が強いモナがそういった“着飾り”に興味を抱いていたのだと知って、わずかながらに驚いたことを記憶している。

 ま、フランカに言わせれば『モナちゃんだって年頃の女の子なんですから、たまには可愛い髪飾りの一つや二つは欲しくなるものですよ』だそうだ。

 “乙女スキル”持ちのボッフォイ辺りなら理解しそうなものだが、無論俺にはさっぱり分からん。


 それともう一つ、モナが購入した例の珍妙な代物――『オホジック・ランタン』。

 えらく大層な名前をしているが、要するに今巷で流行りの手灯ランタンというだけである。

 全体的なデザインとしては、白い頭巾で全身を覆った小型の幽霊らしきものがランプを飲み込んでいるという、これまた珍妙極まりない姿なのだが……なんでもそれが可愛いのだとか。

 空前の『魔術師』ブームである昨今、魔術師お決まりの格好――“フードを頭から被る”のに模したものらしく、モナもそういった流行りに乗りたい年頃なのだろう。

 これも俺には何が可愛いのかさっぱり分からない……。


「……やっぱり、気付いちゃいましたか。気付いちゃいますよね。すみません……フランカちゃんがおすすめしてくれたこれが、あまりにも可愛らしくて素敵なものだったので、昨日は一晩中肌身離さず持っていました。今日こうして付けるのが、どうしても待ちきれなくて……」

「い、いや、別に謝ることはないだろ。それだけその髪飾りを気に入ったってことだろ? なら、俺とフランカにとっては冥利みょうりに尽きるぜ。特にフランカはな」


 まぁ、こういうところはモナらしいよな……。


 花をでるように、指先で髪飾りを撫でるモナを前に、俺は少し呆れるように苦笑した。

 そんな俺に、モナは「ありがとうございます」と一言添えた後、


「ウフフ、どうでしょうか。似合ってますか?」


 お転婆てんばにも、その場でクルリと一回転してみせた。

 そして丈の長いスカートがそよ風とのたわむれを終えた後、モナはまじまじと正面からこちらの瞳を見つめてくる。

 ふと、陽光が横合いから射し――――彼女の髪も表情も、すべてが柔らかな黄金色に抱かれた時、唯一スミレ色の髪飾りだけが、そのあでやかな色調をさらにきわ立たせていた。


 彼女が、ニッコリと微笑む。


「どう……ですか?」

「ッ!」


 気付き、我を忘れていたことに気付かされた。

 また、モナに少々見惚れてしまっていたことにも。


「お、おう……似合って、ゴホン! …………似合ってるんじゃねぇの」

「まあ! ウフフ、嬉しいです」


 ボッフォイよろしくではないが、俺は後ろ頭を掻き、彼女の瞳から目をらし、そんな無骨でつまらない返事をする。

 それに対してモナは、目を細め、胸の前で両手を小さく固めた。


 ……ったく、調子狂うな。


 フランカというものがありながら情けない、と己の色欲を内心で叱咤しったしていたところ、またもモナの方から声を投げかけられた。


「ところでイトバさん。今日は、ポルク村にどういったご用件でいらしたんでしたっけ? もしかして……またサボりにいらしたんですか?」

「うぉいっ!! 忘れんの早過ぎな上にサラッと事実捻じ曲げてんじゃねぇよ! “記憶”って一体何ですか!? お前の記憶は三分経ったら全部消えるっていう、いわゆる“トリアタマ”タイプですか!?」

「ウフフ、冗談ですよ。これは軽いご愛嬌あいきょう……と言うんですか? そんな感じですよ〜」

「…………」


 赤みの差した両頬に人差し指を当て、モナは意地悪そうな――しかし心根の性分は完全に隠し切れていない、そんな表情を形作った。

 俺はそのホワワンとした空気に耐えかねて、はぁ、と観念したように嘆息たんそくする。


 同時に、俺は確信していた。

 やはり俺にはオトメゴコロというものが、さっぱり分からないのだ、と――。


「コホン。……で、イトバさんは長剣それを配達しにいらしたんですよね?」


 ようやく本題に戻り、モナは俺の手中に収まっている長剣ロングソードに視線を注ぎ、そう確認してくる。


「ん? ああ、だからそうだよ。今日はこれを配達しに来たんだ」

「その、これはお尋ねして良いか分からないのですが……どなたにでしょうか?」

「村長だよ」


 俺はぶっきらぼうに言い放つ。


「まあ、村長さん、ですか……? どうしてまた、こんな立派な長剣ものを?」

「はぁ……実はそれが分からなくて困ってんだよなあ。ま、会ったら全部聞いてみるつもりだけど。……んで、その村長は今どこにいるか分かる?」

「あ、はい。村長さんなら先程、中央広場にいらっしゃるのを見かけましたよ――って、それで今思い出したんですけど、今日はかなり中央広場に人集りができてましたね。臨時集会……でもあったのでしょうか」


 言葉尻がはっきりとしないモナの言葉に、俺は眉をひそめた。


「臨時集会……? 何かあったのか?」

「さぁ……。すみません、そこを通りがかった際に若干覗いた程度でしたので、詳しくは……」

「ふーん。ま、取り敢えず行っているわ。中央広場」

「はい! そうしてみてください。それと、改めてになりますが、先日はどうもありがとうございました。また今度、お店の方に寄らせていただきますね! フランカちゃんにもよろしくお伝えください」


 ペコリ、とモナは両手を前で組み、丁寧にお辞儀をする。


「おう、分かった。ありがとな」


 こちらも軽く会釈えしゃくをし、短く言葉を済ませると、俺とモナは別々の方向へと別れた。


 臨時集会か……。そう言われてみれば、中央広場あちらの方が少し騒がしいような……。


 そして俺はモナの言っていた、村長のいる中央広場――そこへ通ずる、色とりどりの露店商が立ち並ぶ露店街の一本道へと足を向けるのだった。




「おい! そこの兄ちゃ――って、お? ……なんだ、誰かと思えばイトバの兄ちゃんじゃねぇか」

「ん?」


 露店街の一本道を往来し、新鮮な食材などを前屈みで吟味ぎんみする複数人の買い物客――。

 俺がそのなごやかな買い物風景に魅せられ、気を取られていたところ、今し方通り過ぎ去った露店商から不意に声をかけられた。


 すんでのところで立ち止まり、声のした方へ首を巡らす。

 と、立ち並ぶ露店商の一つから身を乗り出してこちらにサムズアップしている男がいた。

 俺はその男を見つけると、手を振り返し、


「おう、なんだオッチャンじゃねぇか」

「カァーッ、お前ってヤツはまったくよぉ……。なぁ、毎度毎度口酸っぱく言ってるよな? 俺もいい歳した若者に説教じみたことはあんまししたくねぇんだ。けどよ……サボるのはいい加減止めろ。そろそろあのコが泣くぞ」

「はいはい、ノーコン投手並みの的外れな意見どうもごちそうさまです。だが生憎あいにくと、今日はそのコに許可を取ってからここに来てんだよ。……ちなみに言っとくけど、ポルク村でそれ言われたの今日でもう三回目だかんな」


 げんなりとした様子で指を三本立て、俺がそう慨嘆がいたんすると、オッチャンは「ナッハッハッハ! ああ、そうだったのか。それは済まねぇな」と口元を緩め、白い歯を陽光できらめかせた。

 俺がここの村人たちから普段どんな印象を受けているのか、ここまでくると大体分かった気がする。


 まったく、相変わらず調子の良いオヤジだぜ……。


 俺が先程から『オッチャン』と呼んでいるこの中年の野郎は、ポルク村の知り合いの中でも随分と親しい間柄の人物である。

 俺がよくサボ……雑貨店の職務の合間、腹拵はらごしらえに軽食を買いに立ち寄った時、ちょくちょく通っている店なのだ。


「んでよぉ、『雑技を極めし魔術師モノ』」

「それも昨日含めて三回目だッ!!」

「ナハハ、まあまあそう怒りなさんな。悪かったって。……で、イトバの兄ちゃんが俺んとこに来たってこたぁ、また何か腹拵えの品をお探しか? なら今日は、セリウ大陸の北東から仕入れたラップルがお手頃だぜ」


 気前の良いオッチャンは陳列ちんれつしている商品棚の一つ――てんこ盛りになっている赤い果実を指し示し、俺にそう勧めてくる。


「あ、いや……今日はその用件で来たんじゃねぇんだ」


 丸々とした真紅の果実は、鮮度が良好である証として、確かに美味には違いないのだろう。

 が、俺は手を横に振って断った。


「ん? 違ぇのか? ……じゃあ、何しに来たんだよ」

「ああ。実は、長剣これを村長に届けに来たんだ」

「ほほう……これはまた、大層立派な代物じゃねぇか」


 あごさすり、オッチャンはそのおっかない凶器を値踏みするようにまなじりを細める。

 俺は片手に携えていた長剣ロングソードを軽く持ち上げてみせ、そしてここまでに至った経緯を簡単に掻い摘んで説明した。

 するとオッチャンは、手渡した長剣ロングソードを物珍しそうに、あらゆる角度から眺め回すと、至極納得したような声を漏らし、


「ははぁ、どうりで。流石はボッフォイの旦那の腕だな……。んまぁでも、あのお気楽な村長の爺さんなら、やりかねん話だわな」

「だろ? はぁ……わざわざ配達するこっちの身にもなれってんだよ。ったく」

「ナハハハ! ま、気の毒なこった」


 そう言うと、オッチャンは憐憫れんびんな眼差しをこちらに向け、苦笑いしながら長剣ロングソードを返してくる。


「しっかし、なんたって村長はこんな物騒な長剣ものを……?」


 この流れで当然浮き出てくる疑問ではあるが、さあな、と俺は首を横に振った。


「ふーむ、そうか……」

「そういうわけだから、村長に直接会って全部問い質したいんだが……確かさっき、“中央広場”の方にいるってモナが――」


 と、その時。

 複数人の村人が、俺の背後を慌ただしい様子で駆け抜けていった。


「お、おい! ルミーネさんが中央広場にいるってよ!」

「なんでも、旅のお話をみんなに聞かせてくれるそうよ!」

「え、ホントに!? そいつは急がないと!」

「ハァハァ……! ルミーネさん! ハァハァ……! ルミーネさん!」


 何やら興奮気味に鼻息を荒くしている集団は、そのまま風の如く土埃つちぼこりを巻き上げると、あっという間に姿が見えなくなってしまった。


「……なぁ、オッチャン。今日って、ポルク村の臨時集会とかあったりすんのか?」

「あん? 臨時集会?」


 集団が消え去った方――その“中央広場”の方に視線を投げながら、俺はオッチャンにそう問いかける。


「なんだよ、その臨時集会ってのは。俺は何も聞いてないぞ」

「ん? そうなのか? じゃあ、さっきの集団は何だったんだ……? 中央広場がどうとか、るみ? がどうとか言ってたが」


 つまり、モナの言っていた“臨時集会”とは違っていたということである。では一体何なのか。


 るみ……。にしても『るみ』って何だ……? 人名か?


 そうして天を仰いで黙考していたところ、オッチャンが目を丸くして間の抜けた声を上げた。


「なぁんだ、兄ちゃん知らねぇのか? よくポルク村にサボりに来るくせして」

「――だからサボってねぇよッ!! 何度言えばご理解いただけるのでしょうか!? わたくしは只今ただいま、絶賛お仕事中でありますぅ!!」


「ハハハ、分かってる分かってる。冗談冗談」と、オッチャンはがなる俺を両手で宥めた。

 それから一拍置き、


「なら、特別に教えといてやるよ。……実は昨日、とある御仁ごじんがこの村に来てな?」


 ……ん? 待てよ。それ、どこかで似たようなフレーズの話を聞いたような……。


「でな? 実はその御仁――おっと、驚くんじゃねぇぞ? ……なんと、中央大陸のオーティマル王国から遠路はるばるやって来た、“放浪魔術師”だって言うじゃねぇか!」


 あ、やっぱりそうだった。

 それ昨日の村長と、さっき会った『半獣種』の親子の口から聞いた話だったわ。

 ……ということは、


「そうか、あの集団って……」

「お? えらく察しが良いじゃねぇかイトバの兄ちゃん。まぁ、要はそういうことよ。中央大陸――それも世界最大の王国と名高い『オーティマル王国』の魔術師なんざ、そう滅多にお目にかかれるもんじゃあねえ。ついさっき……だったか? その御仁が『旅の話をする』と言った途端、またたく間にあのザマよ」


 オッチャンは自分で話していて何か可笑しかったのか、半分呆れたように肩をすくめる。


「ほーん。……でさ、そいつってどんな奴よ。オッチャン、見たんだろ?」


 興味本位で俺がそう尋ねると、オッチャンは『よくぞ聞いてくれた』とでも言わんばかりの表情で、ニヤリ、と口端を吊り上げた。

 それと、声のトーンを若干抑え、顔を少しばかりこちらに寄せて。


「……綺麗なエルフの女さ。それもそんじょそこらの美人とはケタが違う。なんてったって、周囲の女がかすんで見えるほどの美貌びぼうと純白の輝きを兼ね備えてやがるんだからな。……ああ。間違いねぇ。あれはもう天使の領域だな」

「そういや、村長もそんなこと言ってたな……」

「まぁ、お前も見りゃあ分かる。あれは、えれぇもんだぞ」

「そ、そうか……」


 えらくその人のことを押すんだな、と先程とは打って変わって、妙に雄々しい雰囲気をかもし出すオッチャンに困惑する俺。

 と、俺はもう一度“中央広場”の方へと視線を移し、言葉を続けた。


「んで、話を戻すけどよ、村長は中央広場あそこにいるってことでいいのか?」


 オッチャンは大きく頷いた。


「ああ。おそらく、群衆の中心にいると思うぞ。ま、あの人もあの人で、多分に漏れてねぇからな……。それにそもそも、エルフの姉ちゃんが今寝泊まりしてんのが村長のウチなんだし」

「え、そうなの?」

「羨ましい限りだがな。……チッ、俺はあんまし中央大陸に行ったことはねぇが、あんな美女がゴロゴロ住んでる楽園とありゃあ……いっそ引っ越してみるのもアリかもな」

「いやいや、それはあまりにも早計だろーが」


 ――と、こんな雑談を延々と繰り広げていては、しまいにはオッチャンの移住計画について加担させられる羽目になるやもしれない。そんなのはまっぴらごめんだ。

 だから、俺は先を急ぐことにした。


「そいじゃ、俺は『LIBERAリーベラ』で待ってるフランカのためにも、ここいらでおいとますることにするわ。情報、ありがとな」

「あ……っておい! もう行っちまうのかよ!」


 背後でオッチャンが「次にポルク村へ来た時でいいから、今度はちゃんと立ち寄れよ!」と声を投げていたが、俺はただ口元を緩めただけで、それを敢えて受け取らなかった。



 そして俺は、そのまま人波を掻い潜りながら露店街の一本道を通り抜け、とうとう“中央広場”に行き着く――。


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