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異世界道中のお道具屋さん  作者: 一色創
第一章  普通でない日常の始まり
24/66

第21話 『ポルク村へ。その道中』

 ――翌日。

 俺は昨日言っていた通り、朝の仕事を終えた後の“昼休憩”の合間に、ポルク村の能天気村長へ、例の長剣ロングソードを届けに行くことにした。

 フランカには昨日の夕刻に事情を説明し、既に了承の意を得ている。


 先に昼食(具材てんこ盛りのハムカツ玉子サンド)を手早く済ませ、俺は『LIBERAリーベラ』の出入り口付近に予め立てかけてあった長剣それを両手で慎重に持つと、


「よっ、と……。そいじゃあ、ちょっくら行ってくるわ」

「はい、お気を付けて!」


 玄関先でフランカに笑顔で見送られ、俺はこうして独りポルク村へと旅立った。


LIBERAリーベラ』からポルク村までは、凡その体感時間では二十分もかからない。が、余計なお荷物があるせいで、いつもはスキップの一つでもはずませる道のりも果てしない旅路に思えてしまう。

 まったく、今回の依頼は時間的にも労力的にも苦でしかないのだ。

 でも、


 な、なんだかさっきの俺とフランカのやり取り、ああいうのって新婚生活始めたての夫婦――リーマンの夫とその新妻にいづま――によく見かけられる光景だよな……。


「…………」


 頭上の天を仰ぎ、しばし妄想の海に溺れる。


 新婚夫婦…………ムホホン!


 重い足取りがわずかに軽くなったような気がした。




「はぁ……。にしても、なんでまた村長はこんな長剣ロングソードを発注したんかねぇ。狩り……にしては大袈裟おおげさだし、ましてやモンスターが出るわけじゃあるまいし……」


 砂利道の街道をのんびりと歩きながら、俺は左手に広がる若草の生い茂った大地に視線を投げる。

 今日も今日とて、お日柄の良い昼時だった。

 雲一つ無い、青々と澄み渡った晴天――とまではいかないが、それでも小鳥たちは歌い、木々は風に身をゆだねるようにそよぎ、そして今し方過ぎ去った道の路傍ろぼうに咲いていた名も無き花は、こちらに笑いかけてくれる――。


 平和。

 それ以上でもそれ以下でもなく、これこそが正しく――平和。


 そこはあまりにも“平和”以外の表現が似合わず、“平和”以外の表現が思い浮かばず、“平和”の二文字しか体現しておらず、“平和”と安寧に満ち満ちていた。いや満ち過ぎていた。


 本当に……俺としては少し不気味なくらいでもある。

 こんな平和な世界が、日常が続いて良いものなのだろうか……。


「ま、平和なのが一番だけどな」


 しかし事実、それに越したことはないというのが毎度の結論である。

 ならば、このままでも良いのだろう。


「――あら、あなた『LIBERAリーベラ』の……」

「ん?」


 と、若草の大地から長閑のどかな田園風景へと景観が移り変わろうとしていた時。

 前方から気品のある奥方がこちらへ歩み寄って来た。

 俺はその夫人を知っている。リカード街道三丁目にお住まいのロプツェンさんだ。


「あ、どもっす」

「偶然ね。これも豊穣の女神様の悪戯かしら、うふふ」


 やはり気品を感じさせるたたずまいで、ロプツェンさんは手を口に当てて貞淑ていしゅくに笑ってみせる。

 対して俺は適切な文句が浮かばず、返答に詰まり、結局――


「い、いやぁ〜、そうっすよね〜」


 などと社交辞令がましい失礼な返答をする羽目になった。


 度々“マダムごっこ”をしているにもかかわらず、こんなリアルマダムを前にして言葉が出ないとは、まったく情けない……。


 後ろ頭を掻き、そんな廉恥れんちを隠すために愛想笑いを浮かべるが、一方のロプツェンさんは微塵も気にしていない様子だった。


「っと、ごめんなさい私ったら……。イトバさん……でしたわよね?」

「あ、はい。そうです、糸場です」

「ああ、良かった。実を言うと、最近物忘れが少しばかり酷くてねぇ……って、これも余計な話よね」

「ははは……」

「改めまして、ご機嫌ようイトバさん。今日は良い天気ねぇ〜」


 眩しい陽光をさえぎるように、ロプツェンさんは手を頭上にかざしながら目を細めた。


「そうですね、散歩日和って感じっすね。……でも、この雲行きから見るに、しばらくしてから――今晩辺りに一雨来そうっすね」

「あら、そうなの?」

「はい、おそらく……」


 ロプツェンさんは僅かに目を丸くするが、やがてにんまりと、両頬にえくぼを形作った。


「まあ大変。じゃあ、早く帰って洗濯物を取り込まなきゃ……。教えてくれて、どうもありがとうねイトバさん」

「いえいえ、なんのなんの」


 俺は柔和にゅうわな笑みを浮かべ、手を顔の前で横に振ってみせる。

 すると、ロプツェンさんは先程の天気の話が気になり始めたのか、少し早足で俺の横を通り過ぎていった。


「それじゃ、またお邪魔する機会があったらお願いするわね。あの可愛らしい店長さんにも、よろしく言っておいてくれないかしら?」

「あ、はい。わかりました」

「ふふふ、じゃあ失礼するわね」

「はい。道中お気を付けて」


 その言葉を最後に、俺とロプツェンさんはやり取りを終え、それぞれの旅路へと戻った。




 俺は再び砂利道の街道をのんびりと歩き出す。

 しばらくして、また前方から誰かがこちらへ歩み寄って来た。しかも今度は二人。


「こんにちは――って、あら……? もしかして、イトバさんじゃないですか? 『LIBERAリーベラ』の」

「あ! イトバの兄ちゃんだ! こんにちはーっ!!」

「ん?」


 声に呼ばれ、ふと顔を上げると、そこには見知った親子の顔が――。

 一人は物腰が柔らかそうな母親で、一人は腕白盛りの息子。お互いに全身は栗色の毛並みに覆われていて、さらに頭上には異世界もはや馴染なじみの獣耳――小くて丸っこい、“犬”のような獣耳――が垂れている。

 俺はこの二人も知っている。

 フランカとは少し違う『半獣種』という亜人で、よく『LIBERAリーベラ』に雑貨を買いに来てくれるお得意様だ。


「こんちはーっす」


 親子に比べて覇気の無い挨拶を返すや否や、腕白わんぱく小僧が俺の胸元目掛けて飛び込んできた。


「ぐは――ッ!」

「ねえねえイトバの兄ちゃん! この前教えてくれた『やきう』? って遊びチョー面白そうだったから、今度ボクがそっちに行った時にでも一緒にやろうよ! ね!」

「お、おう……。それはまた、今度時間があったらな……」


 さ、流石は亜人(加えて元気爆発の子供)の突進攻撃……。『獣人種』や『半獣種』は、『人間種』より体力面や筋力面において数倍は優位にあるとフランカから聞いてはいたが、まさかこれほどのものとは……。


 しかし本当は、鳩尾みぞおちに腕白小僧の顔面がめり込んだのが原因で、俺はそれを悟られないよう必死に愛想笑いを拵える。

 なんたって“紳士”ですから。冷や汗だらだらだけど……。


 と、そんな俺を見兼ねたのか、はたから傍観していた母親が咄嗟とっさに助け船を出してくれた。


「こーら、イトバさんが困ってるでしょ。それに、イトバさんは『LIBERAリーベラ』のお仕事で忙しいんだから、あんまり無理言っちゃ駄目なの」

「えーッ! だってえ! イトバの兄ちゃん、いいでしょ? ね? ね?」

「…………」


 俺はチラリと、母親の方へ視線を向ける。

 非常に申し訳なさそうに頭を下げていたが、折角出してくれた船だ。甘んじて乗るとしよう。


「ナハハハ! おう、お前は今日も元気が良いなあー! それならまた、絶対『LIBERAリーベラ』へ寄ってくれよな!」


 高笑いを交え、俺は腹部にある腕白小僧の頭を片手でガッチリと掴む。そして、わしゃわしゃと強めに頭髪を掻き回してやった。

 すると、気持ち良さげな表情を浮かべ、


「うん! 分かった! じゃあ次行った時は、ついでにフランカお姉ちゃんのオッパイも揉ませてね!」

「おうよ! 幾らでも揉んじまえ!!」

「わーい! やったーっ!!」


 喜色満面の笑みを俺に向けるこの小僧は、やはり年頃の健全男子である。今にも小躍りしそうな勢いだ。


 ……って、冗談とは言え、ここにフランカさんがいたら間違いなく殺されそうだな俺。


 昨日のフランカさんが俺に放った渾身の一撃――“モフモフシッポ打法”で、俺が夜天に突き刺さる白球と化したことが脳裏をかすめ、思わず背筋に寒気が走る。

 あれは間違いなくサヨナラの当たりだった。今度同じやつを食らったら、カルドの予言よろしく、確実にあの世からの招待状が手元へ届く自信がある。


「コラッ、いいわけないじゃない! 重ねてすみません……元気だけが取り柄なんです。ホントにもうこの子ったら……」


 手が付けられない息子の腕白さには日頃から悩まされているようで、母親はほとほと呆れるように嘆息たんそくした。

 ですがお母様、どうかご安心を。男の子という生き物は、みんな大きなオッパイが大好きなんです。


「ハハハ。まあまあ、小さいうちはこれくらい元気で活発な方が良いんですよ。な?」

「うん!」


 調子の良い腕白小僧は意見に同調すると、俺の腹に顔を埋めた。


「はぁ……ありがとうございます。……あ、そういえば先日頂いた『ニコレットの塗り薬』、あれ大分と効くんですね。ビックリしましたよ、息子の膝の怪我が三日もしない内に完治しましたから」

「ほら、つるぴか!」


 ズボンのすそまくって、俺に膝の具合を見せてくれる腕白小僧。毛並みのせいで分かり辛かったが、確かに栗色の毛並みはきちんと生え揃っていて、そこに外傷など見受けられない。


 実は数日前、この親子が来店してきた理由がそれだったのだ。

 腕白小僧の膝は来店当時、若干骨が見えるくらいにまでエグれていて、“とにかく膝を治療して!”とのことだった。

 それならまずは医者へ行け、と言いかけたが、適切な処置はもうとっくに済ませており、結果として市販の治療薬としては一番効果覿面と名高い『ニコレットの塗り薬』を推奨した――というわけだ。


 それにしても、一体どんな悪事をどのようにしでかしたのだろう……。

 フランカなんて瞬間的に血の気が引いて、それこそ卒倒しかけていたし、俺でも終始眉根を寄せ続けていたほどだ。あれはあまりにもグロ過ぎる……。


「ほうほう、そうかそうか。それは良かったな。じゃあ、また怪我した時にでもうちに来いよ。盛大にもてなしてやるから。野球と……それからフランカ特製の“ハムカツ玉子サンド”付きでな」

「えっ! いいの!? ヤッタァ――!!」

「もう、まったくこの子は……。イトバさん、ホントにすみません……」


 ペコペコと、ただひたすら平謝りする母親に、俺は頭を上げるよう促した。


「いえいえ、気にしないでください。忙しいって言っても、『LIBERAリーベラ』の客足はその日によってまちまちなんで、日によっては俺とフランカも暇してるんですよ。……だから、案外こういうガキンチョが訪ねて来てくれると嬉しいもんなんです」


 俺がそう言うと、母親はようやく微笑を漏らした。


 ――――と、気付けば随分と話し込んでいた。そろそろ行かねば。


「んじゃあ、俺はそろそろこの辺で……」


 昼休憩もそんなに長くないわけだし、出来る限り早く店の手伝いに戻らなければ――。

 そんな焦燥感しょうそうかんあおられるように、俺は少しだけ早足でその場を後にしようとする。――が、


「兄ちゃん、そんな大きな剣持ってどこ行くの?」


 不意にそう問われ、振り返ってみると、腕白小僧が俺の片手にたずさえられている長剣ロングソードをしげしげと見つめていた。

 僅かに逡巡しゅんじゅんし、俺はそれに対して適当にあしらうことにする。


「ふむ、よくぞ聞いてくれたな。……如何いかにも、俺は今からこいつで魔王を討伐しに行き、世界の平和と秩序を守るのだ」

「おおっ! 兄ちゃん勇者になんの!? カッケ―!!」

「フハハハ!! そうだろうそうだろう! どれ、もっと敬うがよい」


 フッ、所詮しょせんはガキだな。ちょろいもんだぜ。


 純粋で潔白な少年の心をもてあそんだのは悪いが、今回は内心でほくそ笑ませてもらおう。

 一方で、そんな二人のやり取りを傍から微笑ましく見守っていた母親は、


「でも、かなり大きいですよね……。布に包んでいるということは、誰かへの贈り物とかですか?」


 腕白小僧とキャッキャ騒いでいた俺は、その至極まともな質問で我に返った。


「ええ、そうなんですよ。実は数週間前、ポルク村のあの能天気村長が『ファクトリー』に長剣これの製造を依頼してきたらしいんですけど……正直俺も“なんでこんなモノが必要なのか”、てんで見当が付かなくて」

「まあ、そうだったんですか……」


 意外な人物の名前が俺の口から出たためか、母親は口に手を当て、やはり驚きを隠せないでいた。

 心境としては、俺が初めてそれを知った時と同じようなものなのだろう。だから何となく察することができた。


 まったく……改めて憤慨ふんがいするが、こんなクソ重くてわずらわしい荷物をわざわざ徒歩で届けに行ってるのだから、少しは事情くらい掻い摘んででも教えてほしいものである。それに、こうしてわざわざ俺が届ける羽目になったのは、その張本人そんちょうが昨日『ファクトリー』に置き忘れて帰ったのが原因なんだし……。


 そうして、暫し胸裏でぶつくさと不平不満を垂れ流していると、ふと何かを思い出したのか、母親が改まってこちらに向き直り、


「そういえばイトバさん。今ポルク村に、中央大陸のオーティマル王国からやって来た魔術師さんが滞在なさっているのはご存知ですか?」

「えっ? あ、そう言われてみたら、昨日村長がチラッとそんなことを言ってたような気がするようなしないような……」


 腕を組み、俺は昨日の出来事を脳裏に思い起こしてみる。


 確か、村長がついでに一緒に連れて来た“放浪魔術師”――全身を暗緑色のローブで包んだ彼女としばらく雑談して、それからボッフォイと村長のいるかまど付近に戻った時だ。

 その時に、僅かではあるが聞いた覚えがある。


 ……そう言えば、あの時の彼女の様子は少し変だった。

 俺の隣で、まるで何かに魅せられ、魂を奪われてしまったかのように呆然自失としていた。――あれは何だったのか?


 そう……村長だ。

 俺たちが正しく村長の『今、ワシの村に他所から来た女性の魔術師さんが滞在しとるんじゃ』とか、『行方不明になっている知人を探しに』だとかの発言を聞き始めた辺りからおかしく――――ん?


 するとその瞬間。

 ふと、ほんの些末さまつな量ではあったが、妙な違和感が脳裏に生まれ、そしてうごめいた。


 …………っ。



 ――つまり、たった今俺の脳裏なかで、何かが一つに繋がったのだ。



 それは、突発的な閃きなどに近しいたぐいのものだった。

 しかしその“何か”が判然とせず、思考を巡らせて再び熟考じゅっこうしようとするにも、やがてその“何か”は“黒いもや”へと風貌ふうぼうを様変わりさせ、正体を覆い隠そうとする。

 だから俺は、その実体の無い黒い靄を必死になって掴もうとした。掴んだ。

 まだ完全に消えてしまわない内に。あざけるように脳裏を撫で、奇妙な違和感だけを勝手に置き去りにしたまま、遠くへ逃げてしまわないように――。


 …………が、結局掌には何も残っていなかった。


「……で、その端正な美貌びぼうもあってか、昨日から村では彼女の話で持ちきりなんですよ。イトバさんも、これからポルク村へ行かれるのであれば、是非一度お会いしてみてはいかがですか?」

「!」


 パチン、と風船を間近で割られたような感覚だった。

 優しく鼓膜を揺する母親の声に、俺は夢からでも醒めるみたいにハッと我に返り、


「あ…………はい。そうですね……」


 思考が、空白に戻ってしまった。


 ――と、気付けばまた随分と時間が経っていた。そろそろ本当に行かねば。


「……あ、すみません。なんか道中で引き止めてしまって」

「まあ、そうでした! いえいえ、こちらこそ引き止めてしまってごめんなさいイトバさん。また近いうちに、『LIBERAリーベラ』に寄らせていただきますね」


 さらにその一言で、俺の思考の何もかもが、完全に忘却のふちへと追いやられてしまった。


「はい! 是非いらしてください。『LIBERAリーベラ』一同、大歓迎致しております!」

「まあ。ウフフ」


 執事さながらの丁重なお辞儀を繰り出すと、母親は可笑しさ半分嬉しそうに微笑んだ。

 そして俺とその親子は、再びそれぞれの行き先へと足を向ける。


「さようならー! イトバの兄ちゃーんっ!!」

「おう、あんましはしゃいで母ちゃんを困らせるなよ! ほどほどにな!」

「ありがとうございました! 道中お気を付けて」

「あ、はい! そちらもお気を付けて!」


 こうして、俺たちはその言葉を最後にやり取りを終え、それぞれの旅路へと戻った。


 にしても、俺にも泥団子作ったり野球したり、木に登ってセミ捕りしたりって、そんな時期があったんだよな……。


 足元に視線を落とす。

 時の移ろいに、ほんの少しだけ哀愁あいしゅうを感じるのだった。




 俺は再び砂利道の街道をのんびりと歩き出す。

 歩きつつ、俺は先程の母親との会話――中央大陸のリカード王国からやって来た魔術師についてつらつらと考えていた。


 オーティマル王国の魔術師、か……。

 そういや村長も、『そんじょそこらの美しさとは一際違う輝き』とか『よもや神々しさまであった』とか絶賛してたな。そんなにスゴイ美人さんなのか、その人。……なんか、ちょっとだけ楽しみになってきたかも。ジュルッ。


LIBERAリーベラ』からポルク村までの道のり――。

 店を出て右方を見渡せば、そこには緩やかな左カーブを描きながら地の果てまで一直線に伸びる砂利道の街道があり、ポルク村の一端を遥か遠くに拝めることができる。


 ――ポルク村がようやく見えてきた。

 鼻の下を伸ばしている間に、いつの間にか大分と歩いていたらしい。

 とは言っても、先程二組のお得意様と道中で談笑していたものだから、思った以上――いや、さらにそれ以上に時間を要してしまった。店のことが気掛かりである。


 まあでも、お得意様はフランカにとっても大事な存在に違いないし、少し遅くなっても事情を説明すれば、またいつものように理解してくれるだろう……。うんうん。


 などと一人で勝手に納得しつつ、俺はまたのんびりとした歩調でポルク村を目指し始めた。


 ――が、またまた前方から誰かがこちらへ歩み寄って来た。


 おいおい。普段はこの街道でほとんど誰とも遭遇そうぐうしないってのに、一体なんなんだよ今日は……。


 これで三組目である。

 また魔術師か、はたまたそれに類する誰かなのか――その人は全身に、今日の空模様のようなあま色のローブを羽織り、フードで頭をすっぽりと覆っていた。

 しかも、先日『ファクトリー』に訪れた“放浪魔術師”の彼女よりも被り具合は深く、身長も彼女のように長身でないためか、様相がまるで判然としない。


 しかし、先の二組と一つだけ違うところは、俺はその人とこれまで出逢ったことのない――“全く知らない”、初対面さんだということだ。

 ……まぁ、異世界ここに来て一ヶ月ぽっちなのだから、そういう人が多いのは当然だし、不思議ではないのだが。


「ごきげんよう」


 ふと気付くと、その人がりんとした、涼やかな声で挨拶をして、俺の脇を通り過ぎようとしているところだった。

 反応に遅れるも、こちらも挨拶を返す。


「はーい。こんにちは――――



 その時だった。



「――ッ!?」


 突如、脳が焼き切るような痛みに襲われた。

 そのあまりの激痛に、俺は咄嗟に後頭部を手でかばうと、そのままバッ! と勢いよく背後を振り返り、


「――――」



 ……けれど。

 そこには、誰もいなかった。



 ただ、ここまで自分の歩いてきた砂利道が向こう側まで延々と続いているだけで、その道の路傍に生い茂っていた雑草も風になびくだけだった。

 小鳥たちは歌い、木々も風に身を委ねるようにそよいでいる――。


 何も、変わってはいなかった。


「な…………」


 何だったんだ……。今の……。


 脳裏に思い起こされるのは、すっかり忘れたはずのあの感覚――。

 あの奇妙な感覚がよみがえり、再びさいなまれているようだった。


「……………………」


 ゆっくりと、ゆっくりと振り返っていた体を元に戻し、俺は再び旅路へと戻る。

 一歩一歩、力強く大地を踏みしめるたび、どうも胸の辺りが騒ついてならなかった。

 ドクン、ドクン、と拍動が速まり、呼吸が無意識に浅くなっていた。


「…………」


 止まり。

 背後を一度見――服の左胸の部分をギュッと掴むと。

 俺は少しだけ歩調を早めた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] Twitterから来ました。一章まで読みました。忙しくてすいません。タイトルから見る感じは異世界と書いてあるので、いつものかぁと思って読もうとしたのですが、どっちかというと少年誌でやってい…
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