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異世界道中のお道具屋さん  作者: 一色創
第一章  普通でない日常の始まり
20/66

第18話 『別れと分かれ』

二週間も更新空けて申し訳なかったです。

でも大分と作業が捗りました笑

「ところで旦那よ、知っとるかの? 今、ワシの村に他所から来た女性の魔術師さんが滞在しとるんじゃ」


「「――ッ!」」


 と、不意に村長のそんな声が聞こえて――。

 俺と彼女の会話は中断された。

 そう、俺とその名前を聞きそびれた旅人――魔術師の女性は、気付けばいつの間にやらかまど付近にまで戻ってきていたのだ。


「……フン。そんなこと、俺が知るわけないだろう」


 その傍ら、竈で作業中のボッフォイは、相変わらず憮然ぶぜんとした態度で村長の言葉を軽くあしらう。

 しかし村長はしつこくボッフォイに詰め寄ると、口元をにんまりといやしく歪め、


「まあまあ。そう言わずに、是非とも聞いて欲しいのじゃよ旦那~。実はの、その魔術師さんはなんと、中央大陸のオーティマル王国からわざわざ遠路はるばるやって来たらしいのじゃ」


 ボッフォイは嘆息たんそくした。


「…………ほぅ、それで?」

「でな? これがまたえらく美人さんでのぅ。最初は灰色のローブで顔を隠していたのじゃが、ワシとの対面の際に素顔を見せてくれての。それはそれは……そんじょそこらの美しさとは一際ひときわ違う輝きがあったわい。よもや神々しさまであったのう、あれは」


 感慨かんがい深げに語る村長は顎髭あごひげの奥の顎をさすりつつ、その時の様子を鮮明に思い出しているのか、わずかに天を仰いで金のモノクルを光らせていた。


「……で、『しばらく滞在する』というものじゃから、ポルク村の宿屋を紹介してやったんじゃ。でも、その時は生憎あいにくと満室での……。他に宿泊する所と言うても、ポルク村の宿屋は唯一そこだけしか無かったし、村の皆も『素敵なもてなしができるのは村長しかいない!』と言うしで……まぁつまりそのコは、結果的にワシの家に滞在することになったというわけじゃ」

「ハッ……なんだそれは。お前は結局それを自慢したかっただけか」

「おっほっほ、そうじゃ正しくその通りじゃ! どうじゃ旦那? さぞ羨ましかろう? 美麗な容貌ようぼうもさることながら、体躯もほどよい肉付きながらほっそりしておるしのぅ……ムホホ」

「ハァ……いい歳してまだそんな色事に躍起やっきになっているとは……。正直呆れて物が言えん。それにお前は妻帯者じゃなかったのか?」

「おっほぅ~。旦那や、男は何年時が経とうと魂に情熱の火を灯し続け、浪漫ろうまんを追い求める……そうじゃろ? それに心配せずとも、家内も彼女を歓迎しておる。そこはちゃあんと了承済みじゃわい」

「…………まったく」


 鼻白み、再び作業に取りかかろうと巨大なつちを肩に担ぎ直すボッフォイと、愛想を尽かされたにもかかわらず、未だしつこくその巨躯の周囲を犬のように駆け回る村長。

 俺は二人のやり取りを見るのは今日を入れて二回程度で、二人がどんな間柄なのかはいまいち判然としないが、それでも大体の立ち位置が分かってきたような気がした。


 さっきクソジジイには対人関係についてあれこれダメ出ししてしまったが、あいつもあいつなりに苦労してるんだな……。


 話を聞いてくれ! と村長に尚もしつこくせがまれているボッフォイの様子を遠目から見て、俺は苦笑を禁じ得なくなるも彼に同情する。

 ――と、そこで俺は、隣にいる女性がこの場に来てから一言も声を発していないことに気が付いた。


「……?」


 不思議に思い、静止したように固まっている彼女に呼びかけようとしたところで、



「…………………………………………………………………………………………………………ウソ」



 ポツリ、と彼女の口から吐息のように漏れ出たのは、そんなか細い響きを持った言葉だった。

 フードのせいでこちらからでは表情がうかがえない。が、様子から察するに何かに唖然としているか、あるいは心を奪われているようだ。


「お客さん……?」


 俺は直感的に違和感を覚えた。

 そしてもう一度彼女に呼びかけようと――今度は肩に触れてみようと試みる傍ら、ボッフォイと村長の会話は続いている。


「…………分かった。お前の話したいことは大体分かった。……でも、一つだけ肝心なことを聞きそびれているんじゃないのか?」

「ん? 何か言い忘れておったかの?」

「――目的だ。その“他所から来た女性の魔術師さん”とやらは、一体何の目的で、わざわざこんな遠い所まで足を運んだんだ?」

「おっほぅ~。ああ、そのことか。やはり言い忘れておったわい……。それは最初にワシと会った時に言っておったぞ。確か……えっと確か…………『行方不明になっている知人を探しに――――」



 瞬間、眼前にいた彼女が消えた。



 ……いや、異世界に滞在し過ぎて頭が“ドリーム希望ミラクルに満ち溢れた御花畑ファンタジア”状態になっているだとか、文学的表現などでもなく、本当に視界から彼女が消失してしまったのだ。

 まぶたを閉じて、開いて。閉じて、開いて――。俺はそれを三回ほど繰り返した。

 と言うより、あまりに唐突な出来事に俺の思考回路は本来の役割を放棄し、ただ呆然とまばたきを繰り返すことしか許されなかったのだ。


 か、ちょっ、ま……ッ! ……か、彼女はどこだ……?


 鈍い頭はようやく“ここが異世界である”ということを再認識したらしい。

 “彼女が何らかの魔術を行使して移動した”という仮説を受け入れ、それによって身体が再び本来の役割を思い出したことで、俺は彼女を捜すために周囲に視線を走らせようと――――


「そ、その話、本当なのか――――ッ!?」


 するまでもなかったようだ。

 わざわざこちらが捜す手間をかけずとも、彼女は自ら存在を誇張した。

 いつの間に移動したのかはやはり定かではないが、彼女は竈付近で団欒だんらんしていたボッフォイと村長の間に割って入っていた。


「……あ、ああ。本当じゃとも」


 無論突然の大声に二人は目を丸くし、あの感情をあまり表に出さないボッフォイでさえもビクッと肩を震わせ、一歩身を引いていた。

 一方で、彼女を改めて視認した村長はホッと胸を撫で下ろし、


「ふぅ……。まったく、ワシみたいな年寄りを驚かせてどうするつもりじゃ。心臓に負担がかかって、あの世からのお迎えが早まるだけじゃぞ」


 ま、それだけ早く豊穣の女神様には会えるがの、などとぶつくさ小言を呟いていた。

 しかし、彼女は既に村長の戯言ざれごとになど耳を傾けておらず、何やら顎に手を当てて納得するようにうなずいている。


「…………そうか。来ていたんだな、あいつ……」


 俺も三人のいる竈付近にまでゆったりと歩を進める。

 と、その時、真剣に考えふけっている彼女の両肩が僅かに下がったのを俺の視界がとらえた。

 そして、


「あ、あの……村長さん。先においとまさせていただいても構わないだろうか?」

「ん? どうかしたのかい?」


 村長はいつもの柔和にゅうわな表情で彼女に微笑みかける。

 すると、背筋を伸ばした彼女はローブのすそを片手でつまみ、こうべを垂れた。慣れているのか、その丁重なお辞儀の所作一つ一つにはまるで無駄がなかった。


「虫が良すぎる、ということはウチも重々承知している。ウチの都合であなたを待たせておいた上にこんなことを言うのは。……しかしそれでも、至急行かなければならない所がある。どうしても、直ちに向かわねばならない場所があるんだ。……承知していただけるだろうか?」

「…………」


 パチパチ! と竈の中の火の粉がはじける。久しく耳にしていなかったような懐かしさを覚えた。

 ギュッとローブの裾をつまむ彼女の指。それが時折震えると、布地にシワを生ませた。


 そうしている彼女を村長はしばらくじっと見据えていたが、やがて表情の断片を崩した。


「おっほぅ~。ええじゃろ、そんなに大事で急ぎの用があるのなら、早く行ってくるといい。ワシに構わずな」


 そう言うと、彼女はバッと勢いよく顔を上げ、強張らせていた表情を徐々に弛緩しかんさせていく。まるで、曇天どんてんの雲間から射し込んだ陽光に歓喜する花のように。


「か、感謝する。この御恩は、豊穣の女神の名において決して――」

「おっほっほ、じゃから気にせんでもええと言うとるのに。さ、時間は有限じゃ。早く行きなさい」

「はい!」


 村長の許可を取るや否や、彼女は大袈裟おおげさにお辞儀をすると、一目散に不格好で粗雑な玄関――『ファクトリー』の入口の方へ突っ走っていった。


「……………………」


 ――と、直ぐ様戻ってくると俺の元へ駆け寄ってきた。


「……す、済まない。出口ってどこだ」

「出口? 出口ならあっちっすよ」


 ゼェゼェと息切れを繰り返すも、焦燥感しょうそうかん駄々漏れの足はやはり駆け足状態。

 そんな彼女に、俺は親切に出口の場所――入口とは別方向にある暖炉だんろ――を指し示す。


「あっち? あの暖炉だな? そうか分かったありがとうでは機会があればまた会おう!」


 確認するとまた脇目も振らずに駆けていこうとしたので、俺が「ちょっと待ていッ!!」と彼女の首根っこを引っ掴まえる。


「はぁ……少し落ち着いてください。あの、焦ってて急ぎたい気持ちは分かるんですけど……入口の時と同じで、出口の“構成”も少しばかり時間がかかるんですよ。まぁ、今カルドがやってくれてるとは思いますけど……」

「そ、そうなのか……。ハァ、済まない取り乱してしまって……。はしたないところを見せてしまった」


 ようやく冷静さを取り戻した彼女は、己の失態に汗顔しているのか、しゅんと項垂れてしまう。


 ころころと反応が変わって面白い人だな……。


 これは動物で例えるなら完全に“犬”だなと、昔実家で飼っていたコーギー・『またざぶろー』と彼女を照らし合わせ、俺は独り内心で微笑んだ。


 ……しかし先程も言ったように、カルドが出口の準備を整えるまで少々時間がかかる。あいつの“自虐ネタワンマンショー”が始まるまで何をしておこうか。まぁ、ほんの少しの間だけだし、何か世間話でも――――


「…………」

「…………」


 と思ってはみたものの、いざとなると話のネタがパッと浮かんでこない。昼間の“昼食騒ぎ”やボッフォイとの会話でもそうだが、気分でコロコロと思考回路が停止するとは、まったく我ながら調子の良い頭だぜ。


 や、やべぇ……でもこのままじゃ気まず過ぎる。なんか……何かないのか話題ぃぃぃぃ!!


 ほぼヤケクソ気味に服を上からまさぐっていると、ふと、制服の胸ポケットの上から感じた固い感触が俺にひらめきを与えた。


「じゃ、じゃあ、折角なんでこれをお渡ししておきましょう」


 そう言って、俺は懐から取り出した一枚の紙切れを彼女に手渡した。


「ん? 何だ、これは」


 その紙切れに眉をひそめるも受け取った彼女は、しげしげと小さな紙面に視線を落とす。

 そこに書かれてあったのは、


『  便利の旗印:何でもお道具店「LIBERA」

     スタッフ 糸場イトバ ユウ(人間種)    』


 誰もが一度は目にしたことがあるであろう、初対面の人間に“自分”という存在を認識してもらうため、本名や職業や電話番号アドレスなどを明記した小型の紙――名刺。

 俺が今彼女に手渡したのは正しくそれだ。

 その名刺に明記されてあるのは“本名”と“職業”の二つで、どちらもセリウ大陸特有の言語――アオ文字で書かれている。ていうかそれしか知らん。


 実はこの名刺、俺がつい二日ほど前に『あれば少しは便利かな?』と思い立って作り始めたものだった(この世界にはそういった文化がなさそうだったからな)。

 “丁度手に持ちやすい大きさ”を探求すべく、紙の厚みやら紙面の幅などをあれこれ試行錯誤しながら調整しつつ、そしてようやく納得したサイズが決まると、そこに俺の丹精たんせい込めた字を丁寧につづっていく――。


 ……と言ってはいるが、実際は慣れない羽ペンの手書きなので、文字自体のバランスや大きさはかなりいびつだ。文字の形を覚えたてということもあるが、しかしそれでも元の世界の人間から見れば、小学生の落書き程度に見えるかもしれない。俺が客観的に見てもそう思うからな……。

 ちなみに、現在はその“紙”自体が『LIBERAリーベラ』にあまり無かったため、ストックとしては一応十枚というところである。


「……何でもお道具店、LIBERAリーベラ……従業員は……イトバ君で、人間種っと」


 フムフム、と目で文字を追いながら納得するように頷く彼女は、やがて顔を上げると感嘆の意を含んだ声を発した。


「へぇ、個人の名前や職業、人種……そういった自己の詳細な情報を書き記した紙か……。生まれて初めて見たよ、これ。一体どこの地方で流行っている習慣ならわしなんだい?」

「え、えっと……それは……じ、自分の生まれ故郷、ですかね……」


 適当な文句が浮かばず、曖昧な返答になってしまったが、「ふーん」と彼女はあまり気に留めていない様子だ。

 こういう時、何と言うのがベストアンサーなのやら……。

 今度上手い返し文句を考えておこう、と決意したところで、彼女はまたも感嘆したように頷いた。


「それにしても……男の子なのに丁寧な字を書くんだね。……いや、本当に綺麗だよ。今時の若い物書きとかそこら辺にいる物書きよりも、断然に上手いんじゃないかなぁ、とウチは思うけど……」

「そ、そうっすかね」


 ただでさえ幼稚じみた字を見られて気恥ずかしいのに、そこへボディブローを食らわせるかの如く飛んできた、まさかの称賛。

 それに加え、見た目は大人だが心は少年の名残を残す歳――十八の俺に向けてアッパーの如く放たれた“男の子”という魅惑の一言。決め手となったのはまさにそれだ。

 そんなこんなで、再び純情な少年の情欲をもてあそんでくれたお姉さんのせいで脳内がくっしゃくしゃになった結果――


「あんたどんだけ優しいんだよチクショウッ!!」

「うわっ!! ……って、いきなりどうしたんだ?」

「あ、すみません。俺の内なる声がついご迷惑を……」


 突然の奇声に、先程まで積み上げてきた親睦しんぼくはどこへやら、彼女は咄嗟とっさに距離を取るといぶかしげに俺を見据える。が、一つ嘆息を交えると、彼女は直ぐに俺の元へ戻ってきて名刺を差し出した。


「はい。内容についてはちゃんと確認した。良いものを見せてもらったよ、ありがとう」


 彼女が若干警戒を緩めていないのはさて置き、俺は手を前に出して首を横に振った。


「ああ、別に返さなくて大丈夫ですよ。これは“名刺”と言って、元々相手に渡すようにできているものなんです」

「メイ、シ……? ふむ、そうなのか……。イトバ君がそういうのであればありがたく頂戴しておくが、困りはしないのか?」

「あ、それに関しては問題ないですよ」


 そう言って、俺は胸ポケットから紙切れ――彼女にプレゼントした名刺と全く同じ複製版を幾つか覗かせてみせた。

 すると彼女は僅かに驚いた素振りを見せると、口元を緩めた。


「何ていうかこう……君は意外と抜け目がないんだね」

「え? い、いやぁ、そんなことないっすよ」


 褒められたのかどうか分からなかったが、彼女の非常に落ち着いた声色が俺の片手を後ろ頭へと誘った。

 一方で彼女は、もう一度手中にある名刺に視線を移す。


「にしてもこの『メイシ』とやら、ますます興味が湧いてきたな……。これだったら、あの腕の立つ御仁ごじんの分も作ってあげればいいのに」

「あー……一応そのつもりなんですけど、何しろ一枚作るのが結構大変でして。でもいずれ作ろうとは考えてます。あと、店長のフランカの分も」

「……そうか。とても良いことだと思うよ、それ。じゃあ、ウチは今度こそ快くこの『メイシ』を頂戴ちょうだいするとしよう」

「あ、はい。それを頼りに、またいつでもご来店ください。明日でも明後日でも……『LIBERAリーベラ』はどんな時でも、あなたを歓迎致しますので!」

「……ああ」


 と、その時。


 また例の如く、“作業場”全域にゴゴゴゴゴゴ!! と耳障りでわずらわしい歌声じなりが轟き――。

 そして、さらにそこへ耳障りで不快な歌声が加わったことで、史上稀に見る最悪の調律ハーモニーが惜し気もなく奏でられた。


『ピンピンパンポ〜ン! イエ~イ!! 「亡霊種ファントム」になって三百年になるおいらからの通知だぜー!』


 周囲に鳴り渡る甲高い雑音うたごえに、俺は思わず顔をしかめて片耳に小指を突っ込んだ。

 こいつにもし来世があるのなら、ほぼ間違いなくDJの道だろうな、うん。少なくとも、雑貨店ここにいる人材ではない気がする……。


『なにっ!? そろそろイトバの兄ちゃんが人生の最終回を迎えるって!? ……そうか。豊穣の女神様によろしくな。おいらも……直ぐに後を追いかけるからよぉ』


 ……………………ん?


『短い間だったが、それなりに楽しかったぜぃ。……うん、それじゃ……おやすみ――』

「――って、勝手に湿っぽくして勝手に人様殺してんじゃねぇぞボケガイコツゥゥゥゥ!!」

『カーッカッカッカ!! んまっ、そんなことは有り得ねえけどな! …………たぶん』

「不安をあおるような言い方止めろい!」

「ふふっ」


 あんにゃろ、毎度毎度言いたい放題だな。はぁ……まったく勘弁してくれ――って、そう言えば隣のお姉さん。あなた、少し笑ってませんでした?


『ヘーイ!! そんなことよりお客様のお帰りだ~! またのご来店、心よりお待ちしてるぜぃ!』


 そんなことって、と思った直後、継続していた地鳴りが止んだ。

 出口の準備が完了した合図である。これでようやく帰ることができるわけだ。


「それじゃあ、イトバ君。今度こそ帰らせていただくよ」


 くるり、とこちらに向き直った彼女がこちらに一礼する。

 俺も反射的に彼女に向き直ると、変にかしこまって深々と頭を下げた。

 その様子を見て、彼女は薄っすらと微笑んだ。


「……本当に、また来てもいいのかな?」

「何を当たり前のことを訊いてるんですか。さっきも言ったじゃないですか。いつでも歓迎してるって」

「……そうだね。それを聞いて安心したよ。では今度は、本店である雑貨店の方にでも赴こうかな」

「はい。自分は普段そっちの店員ですので、是非気兼ねなくお立ち寄りください。フランカも喜びます」


 ――すると直後、俺は無意識に右手を前に差し出していた。

 親愛や絆や親睦をより一層深める行為――“握手”を求めていたのだ。


 あ、しまった……。異世界こっちの人って、そういう文化とかない――


「――――」


 が。

 彼女もごく自然に右手を差し出すと、俺の右手をがっちりと掴んだ。


「…………」

「……? 握手だろ? 何でそんなに不思議そうな顔をしているんだい、君から求めてきたことなのに」

「あ、いや、えっとその……」


 これまた何と言っていいか分からず、でも麗しいお姉さんに手を握られてしまったことで余計に戸惑う俺。

 結局、言葉尻をにごしたまま二人の会話は幕を閉じた。


「じゃあ、行くね」


 スッと、てのひらに感じていたほのかな温もりが消失した。

 それはほんの一瞬の出来事だった。まるで、風にでもさらわれてしまったかのように――。


「村長殿に鍛冶師の御仁! お二方とも、短い間だったが世話になった!」

「おっほぅ~。気にせんでええぞそんなこと。達者でのぅ~」

「……ああ」


 出口である暖炉――竈とは別で、竈付近から少しばかり離れた壁面に設置されている――へ向かう途中、彼女は竈付近にいる村長とボッフォイに大きく手を振った。

 それに対し、村長は杖を高々と振り上げ、ボッフォイは……相変わらずだ。はぁ、少しは愛想よくしろと何度言ったら……。


「――イトバ君」

「ッ!」


 不意に名前を呼ばれ、彼女の方へ視線をやると、薄闇の中でも爛々と、赤々しく燃えるザクロ色の瞳が片方だけこちらを見据えていた。

 彼女は言う。



名刺コレ。――大事にするよ」



 ひらひらと頭上にかかげた俺の名刺をローブの内へ仕舞い、彼女はまた暖炉の方へと歩みを再開させる。

 そして長年使われていない、古びた暖炉の前まで彼女が到着すると、突如青白い閃光が瞬き始める。

 おっちょこちょいな旅人は、その閃光と共に暖炉の中に吸い込まれ、今度こそ消失した。




「……んじゃ、ワシもそろそろお暇するとしようかのぅ」


 魔術師の女性が帰ってから間もなくして、村長が呑気な欠伸あくびを交えながら腰を上げた。


「ん? 帰るのか? もう少しゆっくりしていってもいいのに」

「おっほっほ。いやイトバちゃんの言う通り、確かにそうしてもいいんじゃが、あまり長居をすると誰かさんの迷惑になるじゃろうと思うてな……」


 顎髭を撫で、チラリ、とボッフォイに視線を移す村長。

 ボッフォイはその視線を感じ取ったのか、強く鼻を鳴らした。


「……フン、悪かったな」

「まあまあ、そうねんでもええじゃろ。別に皮肉を込めてこう言ってるわけじゃあるまいし」

「別に拗ねてなどいるか。ならとっとと帰ってくれ」

「へいへい、また来るでの」


 カンカンカン! と。

 作業の手を止めないボッフォイにこれ以上の干渉は無駄かと悟り、村長は肩をすくめつつ自重する。


「ほいじゃ、イトバちゃん。ワシは帰るぞ」

「あ、はい。またのお越しをお待ちしております」


「そんなに固く挨拶せんでもええのに」と苦笑し、村長は新調した手斧を担ごうとする。

 ……が、片手が既に御杖で埋まっているのでこれでは不便である。そこで俺は、もう片方の手ではなく背中で手斧を背負ってはどうかと提案し、近くにあった布を使って“たすきがけ”をイメージした固定作業を手伝った。

 そして、


「おっほぅ~、これは楽でええわい。ありがとうなイトバちゃん。流石、ちまたで『雑技を極めし魔術師モノ』と称されるだけあるわい」

「い、いやぁ~、そんなことないっすよ。全然。なはははははは!!」


 ドゥええ――ッ!! なんすかその小っ恥ずかしい通り名は!? 初耳なんですけど!? つうか巷ってどこだよ! ポルク村? マルチーズ地方一帯? それともラマヤ領全域……ッ! ぐわぁああああああ!! とにかく俺の体裁ていさい死んだぁ――ッ!!


 今ので気分が一気に奈落の底へと急降下する。体もご一緒に。

 ということは今の今まで、みんな表ではニコニコと『イトバく~ん! イトバさ~ん!』と愛想を振りきつつ、裏ではヒソヒソとそんなクッセェェ呼び名を連呼していたということか……ッ!

 うわぁ……そんな中を俺は何も知らずに胸を張って『ファッハッハ!! みんなごきげんよう――って、恥ずかスゥィッ!!


 そんな羞恥しゅうちに身悶えている俺のことなど露知らず、和の伝統である“たすきがけ”に大満足の能天気村長は、意気揚々と暖炉の方へ足を向けた。


 ――と、その直前、


「……のぅ、ボッフォイの旦那や。今度でええから、“腕”の調子を見てもらっても構わんかの? そろそろ調整の時期じゃと思うて」

「ああ」


 ……ん? 腕の調子……? 調整……?


 一体何の話をしてるんだ、と村長に訊こうとした。

 ――が、


「ほいじゃあのぅ~」

「…………っ」


 そこに、既に村長の姿はなかった。


 次に気付くと、視線の遥か先で青白い閃光がまたたいていた。

 先程の女性と同じく、しばらくすると次第にそれは収まっていき、


「………………」


 視線を元に戻し、ふと、槌を振るうボッフォイの剛腕を一瞥いちべつする。


 整体師でも、始めたのかな……?


 発想力にとぼしい『雑技を極めし魔術師モノ』の頭では、この程度の結論を導き出すことしかできなかった。


……いやね、本当にもうそろそろ一章終盤なんですよ。

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