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異世界道中のお道具屋さん  作者: 一色創
第一章  普通でない日常の始まり
18/66

第16話 『三人目の子羊:能天気な村長』

お待たせしました。

 ポルク村の村長が発注していた品は、至ってシンプルで手頃な道具だった。

 それは、“手斧ておの”である。


 話を聞くところによると、どうも数週間ほど前に長年愛用していた農耕用の手斧がついに寿命を迎えたそうだ。

 刃の材質は一般的な鉄鋼らしく、手斧自体は決して高価な代物ではなかったらしい。が、それを購入したのがこの『LIBERAリーベラ』の『ファクトリー』で、しかもあまりの出来栄えに感動を覚えた村長は、以来畑仕事や木こりの相棒として数年間苦楽を共にしてきたと言う。

 またなんでも、ボッフォイが『LIBERAリーベラ』に雇われて間もない頃、村長が初めてボッフォイと顔を合わせた時に発注したのがそれらしく、思い入れは一層強いそうで。


「いやぁ、あいつとは結局長い付き合いになってしまったわい。一度刃こぼれが酷くなったことがあったじゃろ? 実を言うとあの時、本当は買い替えようかどうか迷っていたんじゃ。家内にもそう勧められておったからの。……でもワシは最後まで捨てられんかった。どうしてもな。なんかこう……あれじゃ、使い心地が絶妙と言うかの、“ワシに見合った、これほどまでに完璧な手斧はこの世に二つと無い”と思うてな」


 パチパチ! と雪のように火の粉が舞い、カンカンカン! と甲走かんばしった音が鳴る――。

 客人二人の来訪によって、それまで死んだように静まり返っていた『ファクトリー』は再び生気と騒々しさを取り戻していた。

 村長は先程俺が座っていた焦げ茶色の台座に腰かけ、涼しげな顔で揚々と昔話を繰り広げている。

 対して、ボッフォイは筋骨隆々でたくましい半裸をあらわにしながら、無言で作業に没頭していた。


「…………あのぉ、もしもし村長様?」

「ん? どうかしたかのイトバちゃん」


 村長の傍らに立ち、手をこまねいていた俺は、一つだけどうしても気になっていたことがあったので尋ねてみることにする。

 すると、村長は気質の底からにじみ出たような温厚さで満面の笑みを形作った。顔中がしもの降りた、あらゆる体毛に覆われていても判別できるぐらいの。


 ……ちなみに俺は、村長から親しみを込めて『イトバちゃん』という愛称で呼ばれている。まぁ、ポルク村でサボっ――もとい立ち寄った際は何かと世話になってるしな。ゴホン。


「前々から……ていうか、ず~っと前から気になってはいたことなんですけれども……」

「おっほう~。何かな何かな? イトバちゃんらしくないのぅ。そんな勿体付けたような言い方は」

「いや、勿体付けるっていうか……」


 言葉尻をにごし、俺はこめかみを掻きながらチラリと自分の手中に収まっている物に視線を移す。

 そして一拍置き、その手中に収まっている物を目線の高さまでかかげてみせた。

 それは、


「これ、別に村長には必要ないような気がするんですけど……」


 紛れもなく、“村長”という人物を特徴づけるのに一番の役割を担っている例の御杖みつえだった。


 彼は台座に腰かける際、足腰の悪い老人らしく椅子の背に片手をかけて「よっこらせ」と体重を預けるわけでもなければ、俺に「手を貸してくれるかの?」と頼んだわけでもない。

「ほい」と、まるでそれが当たり前であるかのように、なんの躊躇ちゅうちょもなく御杖を俺の手に渡して「よっこらせ」と台座に深く傲慢ごうまんに腰かけたのだ。

 実は村長と知り合ってからここ数週間余り、こういった行動は多々見受けられた。その都度俺は、「あれ、杖の役割って一体……」と頭上に疑問符を浮かべるも質問する機会を見失っていた。

 しかし今回こうして質問する機会がもうけられたので、俺は拭えない疑問を解消するべく、こうして理由ワケを尋ねているのである。


「おっほぅ~。ああ、なるほどなるほど。そのことか。どうりでそんな特大の便意を我慢しとるような顔をしておったんじゃなイトバちゃんは」

「そんな顔してねぇよ! ただそのことが気になっただけだわ!」


 質問に対し、村長は納得したような表情でうなずき、間を置かずに即答した。

 普段通りの柔和にゅうわな口調や声色は変わらず、蓄えた顎髭あごひげに手を突っ込んで顎をさする仕草もまた同じだ。

 ということは、年齢によって筋力がいちじるしく低下しているわけでもなければ、特段触れてはいけない内情の、足腰の病気などでもないらしい。ま、健勝けんしょうなのは見りゃ分かるが。


 村長の金のモノクルが火の光を受けて反射し、眩い光沢を薄闇に放った。


「簡単なことじゃよ。“力”を我が誇りとして掲げる種族の一つ――『小人種ドワーフ』の血が混ざっておるこのワシが、一体どうして杖なぞを携帯して持ち歩いているのか……。それは――」

「単なる趣味、だろ?」


 答えを口にしたのは村長本人ではなく、意外にも鍛冶場の作業で汗水を流すボッフォイだった。

 俺と村長は顔を見合わせ、それからボッフォイの無愛想な横顔へ視線を投げる。

 村長はわずかに片眉を上げて、一瞬何かを黙考するような素振りを見せた後、ただ静かに首を縦に振った。


「うむうむ、その通りじゃ。流石はボッフォイの旦那じゃのぅ。長い付き合いなだけあるわい」

「……フン、俺の記憶では“たった”数年の付き合いなのだが?」

「おっほっほ。それでもじゃよ。現にお主はワシが言いたいことを直ぐに察せられたじゃろう?」

「あんたがここへ来る度、毎度毎度口癖のように杖の自慢をしてきただろ。この杖は材質がどうの手触りがどうの、酷い時はそこら辺に落ちてる棒切れを“自然が産み出した造形美”だとか何とか……。はぁ、俺はそれに数年間も付き合わされているんだぞ」


 過去の記憶を想起している内に苛立ってきたのか、ボッフォイの一定した口調は徐々に早口になり、いつもより強めにつちを振るい始めた。

 いや、でもボッフォイの気持ちも分からないでもない。流石にそれは俺でもキツイかな……。


「道端に落ちとる棒切れでも馬鹿にはできんぞ? あの中でもごくまれに役に立つものがある――そういうものに目を向けんといかんのじゃ。……それになんじゃ、お主は相変わらず恥ずかしがり屋さんじゃのぅ。思えば数年前と何にも変わっとらんわい。もう少し素直になればええものを」

「…………フン。大きなお世話だ」


 でもやはり村長のマイペースな態度が崩れることはない。四倍近い体格差を誇るはずのボッフォイに微塵もおくすることなく、寧ろ余計なお節介まで焼いてボッフォイを黙らせてしまった。

 まぁ、言ってることはあながち間違ってないし、本人も的確な指摘だということを重々承知してるからあまり強く反論できないのだろう。

 改めて思うが、色々な意味で凄い爺さんだ。


 ……それはそうと、


「で、“御杖を携帯して持ち歩くのが趣味”だというところまでは把握したんだが……なんでそんな趣味を始めたんだ?」


 尊老二人の、尊老二人にしか共有できない会話に軽く置いてけぼりを食らっていた俺は、軽く咳払いを挟んで話を元に戻そうとする。

 すると村長は顎髭を摩り、子供をさとすような微笑みを見せた。


「おっほっほ。……なにイトバちゃん、それも簡単な話じゃ」

「簡単な話?」

「ああ、そうじゃ」


 そう言って退けると、村長は台座の上でほとんど寝そべっていた体を「よっこらせ」と起こし、体ごとこちらに向けてきた。


 そして、


「――ただ単純に、持っていると“便利”だからじゃよ」

「は……? 便利って――」


 瞬間。

 俺がまだ言葉を言い終えていないにもかかわらず、村長は俺の手中に握られている御杖目掛けて飛び込んできた。


「おあッ!?」


 金のモノクルが眼前でまたたいた時は既に遅く、突然の事態に対処できなかった俺は頓狂とんきょうな声を上げると共に、反射的に手中の御杖を宙に放り出してしまう。

 ――しかし、その直後に物音は何一つしなかった。


「……?」


 あまりに瞬間的な出来事だったので、脳の処理が未だ追い付いていない俺は、現状をいち早く認知するため周囲に視線を行き渡らせようとする。が、わざわざそんなことをせずとも、答えは逃げずにその場で待機していた。

 悠然ゆうぜんと、非常にまったりと時の流れを楽しむように。


「おっほぅ~。……そうじゃな、例えばこんな風にの」


 一瞬前に聞いた馴染なじみのある柔和な声を耳で捉え、俺はそちらへ焦点を合わせ――――焦点を合わせた。


「…………………………」


 そこにいたのは、やはり村長だった。

 霜の降りたあらゆる体毛に覆われているという、これだけ特徴的な容貌ようぼう一際ひときわ小さい矮躯わいくを見れば、まず間違えることはないだろう。


 ではなぜ俺が言葉を失っているのかと言うと――それは村長が“直立している杖の先端に座っている”からだ。


 俺にはそんなサーカスの劇団員みたいな芸当なぞ到底できないし、おそらくそれを会得えとくするためにはすさまじいバランス力を要し、数百年という長い年月をかけた計り知れない努力も必須なのだろう。

 それに、ここは素直に拍手喝采はくしゅかっさいの演出を講じた方が得策なのだろうが――


「え、それだけ?」


 俺の頭に真っ先に浮かんできた言葉はそれだった。


「じゃから、“例えば”じゃと言っておろうに。道中で歩き疲れた時はこうすることもできるぞ、という話じゃ。……あ、台座空いたから座ってもええぞ」


 どうぞどうぞ、と杖ごとピョンピョン飛び跳ねて傍らに退いた村長。

 なんてアクロバティックな爺さんなんだ、と俺は表情を引きつらせるも、折角ご丁寧に席を譲っていただいたので、そのご厚意に甘えさせていただくことにする。

 俺は悟りを開いていそうな村長を尻目に、おずおずと台座に座り直した。


 そもそも、そんな杖の使い方ってアリなのか……?


 “杖”という物の有用性に新たな可能性を見出した気がする。今度暇ができたらやってみよ。


「ところでイトバちゃんよ。話は変わるが……ボッフォイの旦那は、ここ最近何か嬉しいことでもあったのかの?」

「ん? 嬉しいこと?」


 よもや杖と一体化している村長は、ピョンピョン飛び跳ねてこちらにやって来ると、幾分か声を潜めてそんなことを聞いてきた。


「いや、と言うのもじゃな……本当はワシの思い過ごしなのかもしれんが、今日のボッフォイの旦那はいつもとどこか雰囲気が違う、そんな感じがするのじゃ」

「……っ」


 俺はそれに関して思い当たる節があったのだが、一応このまま聞き進めてみることにする。

 ……ていうか、杖どんだけ傾けて顔寄せてんだよこの爺さん。


「…………具体的には、どこがどういった感じで?」

「うーむ、それがよう分からんのじゃ。筆舌ひつぜつに尽くしがたい気持ちじゃな、これは……。こんなの久々じゃわい。イトバちゃんは何か知らんのか?」

「いや、特には。……でもまぁ、確かに今日の雰囲気がどことなく違うってことには俺も同意見だな」

「そうじゃろ? うーむ…………何か、何かが違うんじゃ」


 顎髭を撫で、思考を巡らせる村長。

 こうしてモノクルの奥で慧眼けいがんを光らせていると、歴史に名高い聡明そうめいな老子に見えてしまうものだから、人の外見というのは困る。先程までの“お気楽マイペース爺さん”とは雲泥うんでいの差だ。


「…………あれから二年と一ヶ月、か……。それだけあれば、変わるもんも変わるかのぅ…………」


 モニョモニョと、時折小声で何かを呟いて遠い目をしていたが、やはり諦めたのかかぶりを振る。

 ボッフォイもそうだが、この村長も何を考えているのかまるで読めない。尊老方の思考回路は俺にはさっぱりだ。


 と、それより俺はまたしても気になる疑問ができてしまったので、肩をすくめている村長にそれとなく声をかけてみる。


「ちなみになんだけどさ、クソジジイって昔からあんな感じなわけ……?」


 隣をやや警戒しながら尋ねると、声に気付いた村長が「おっほっほ」と緩やかに喉を鳴らし、そして感慨かんがい深そうに語り始めた。


「ああ、ちーっとも変わっとらんわい。口数が少ないところも無愛想なところも……そのくせして体格だけは一丁前なところも、何もかもじゃ。ワシの知る限り、二年前――初めて出逢ったあの日からな」


 へぇ、と俺は適当に相槌あいづちを打つ。


「二年前っていうと……丁度クソジジイが『LIBERAリーベラ』に雇われた時期じゃないのか?」

「そりゃそうじゃ。なんせワシとあいつが初めて会ったのは、丁度あいつがポルク村へ挨拶に来た時じゃからの。おっほぅ~、そう思うと色々懐かしいわい。まだあの時はウェヌスさんもいたしのぅ。今や『ふぁくとりー』と呼ばれとるこの場所も、元々屋根の無い簡素な鍛冶場が一つあっただけだったのじゃが、建物の設計から外壁の構築、また内部の仕組みやカラクリに至るまで、全てあいつ一人で一から創り上げおったのじゃ」

「あー、それはフランカから聞いた覚えがあるな……。確か一年ほどかけて完成させたんだっけ?」

「正確にはもう少しじゃな。ボッフォイの旦那も、あの時だけは珍しく表情の一片を崩しておったわい。ほんの口端程度のものじゃったがな。ワシとしては、ここへ来る度に言っておるが、もう一度あの笑顔を見せてほしいんじゃがのぅ……。そうすれば、遠慮がちだった客足も自然と増えるじゃろうに」


 憂鬱ゆううつな面持ちで嘆息たんそくし、時の流れに逆らえない村長の腰が余計に曲がったような気がした。

 どうも改めて第三者からその話を聞かされると、にわかに信じ難い気持ちが心中で芽生える。おそらく誰だってそうだと思う。

 でも俺はそれと同時に、もしその逸話いつわが本当だったらスゲェなと、密かに心の奥でボッフォイの知る人ぞ知る鍛冶師の敏腕に興味が湧いたりするのだった。


「…………」


 ぐるり、と俺は何気なく周囲を見渡す。


 視界に映るのは大半が赤褐色のレンガ壁と武具の数々だったが、それをもう少しだけ上へ向けると、複雑に入り組んだパイプらしきものが確認できる。

 また、注意深く耳をそばだててみると、一定の規則性を保ちながら稼動かどうし続けている多種多様な機械たちの旋律が鼓膜を震わせてきた。

 それは歯車の回転であったり、パイプの蒸気噴射であったり、赤錆びた鎖たちの摩擦音であったり――。


 確かに、これだけのものを一人で創るとなると相当なものだ。それも一年強で。

 一体どうやって創り上げたのだろうか。俺には無論見当もつかないが、ただそういった技術面に素人な人間が指先で触れるのも躊躇ためらうような、おそろしく緻密ちみつな計算と技術がほどこされてあるのは容易に想像が付く。

 しかし不思議なのは、それら『ファクトリー』を支える上で重要な役割を果たしている“歯車”の一つ一つが綺麗に噛み合い、全体的に一つの大きな歯車となって稼動していることだ。

 そういった緻密で複雑な計算式を用いているのだから、建物そのものの老朽化は抜きにして、多少の設計ミスや不備ズレはありそうなものだがそれが全く無い。


 詰まる所それは、結局ボッフォイがたぐい稀なる技能と実行力を有していたということであり――。

 一人の“人間”として、尊敬すべきところでもあるのだった。


「それはともかく村長さん。村長さんよぉ、最後に一つだけ、つかぬ事をうかがいますが……」

「うん? また渋ったような顔をしてどうしたのじゃ」


 俺の些細な表情の変化は、やはり金のモノクルが正確に見抜いていた。

 いくら客人相手の接待とは言え、これ以上他人の事情に土足で踏み込むような質問をするのは流石に気が引ける。これは、そういった意味での顔だ。

 しかし、おそらく村長はそれを分かっている。分かっていながら俺の質疑を許している。

 前にポルク村に住んでいるとある村娘が村長のことをベタ褒めしていたが、今はなんとなくその気持ちを理解することができた。


「いやさ、クソジジイのことなんだけど………………あいつってちゃんと歩けるの?」

「? それはどういう意味じゃ?」

「あー、言い方が悪かった。俺、クソジジイがこの閉鎖空間ファクトリーから出て外出するところを見たことがなかったからさ……。それにあの体躯だろ? ちょっと想像できなくて」

「おっほぅ〜。なるほどなるほど、そういうことじゃったか。確かに、あいつは一年ほど前に『ファクトリー』を建設してからというもの、一歩も外に出ておらんかったはずじゃから、言われてみればそうじゃのぅ……」

「一歩も!? むぅ、『ヒキコモリ』のくせして、それであんなムキムキマッスルボディなのは実に解せんな……。でもなんで外に出ないんだ? 歩くたびに小規模の地震が発生するとか、それとも巨人警報が発令されてご近所大パニックになるからか?」

「おっほっほ、それは見当違いじゃぞイトバちゃん。実はの、あいつああ見えても意外と紳士でな、歩く姿などまるで虫一匹殺さぬような静けさでそろ〜り――」


 転瞬。


 フッと、俺と村長の間に横薙ぎの微風が生まれた。

 刹那せつな的に生まれたそれに俺は硬直し、村長も言葉を失ったことで、半ば強制的に会話が中断される。

 反応が一拍遅れた二人の鈍感者は、そこでようやく状況の整理をしようと風の過ぎ去った方へ視線を向け、


「…………」

「…………」


 村長の御杖の持ち手部分に、例の刃渡り二十センチもあるボウイナイフが突き刺さっているのを視認した。


「………………」

「………………」


 それこそ亀のようにゆっくりと、鈍感者たちは視線を戻し、次はボウイナイフが飛来してきたであろう方向へと視線を向ける。


 すると、そこには――


「……お客さん。もうそろそろ手斧の調整が終わりますので、帰り支度をお願いします」


 仏頂面を引っ提げた、寡黙かもくだが物腰の丁寧な鍛治師が、いつもの憮然ぶぜんとした調子で一言だけそう言い放った。


「…………」

「…………」


 俺と村長は顔を見合わせる。

 すると村長は呆れたように肩を竦めると、苦笑しながらこう呟いた。


「……ほれ、何も変わっとらんじゃろ?」



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「刃の材質は前とあまり差異は無いと思うが、持ち手部分の木の材質を少し変えてみた。これでさらに手軽に扱えるようになったと思うぞ」


 軽く二、三度振って手斧の感触を確かめるボッフォイ。

 膂力りょりょく溢れる巨躯のせいだと思うが、はたから見ればおもちゃの斧を振っているようにしか見えない。


「おっほぅ〜、済まんな旦那。世話になった」


 そしてボッフォイは小さくうなずき、満足そうな表情を浮かべて村長に手斧を手渡した。

 御杖から降りて、村長は丁寧にそれを受け取る。持ち手の部分を指でなぞり、これまた満足そうな表情で何度も感嘆の声を漏らしていた。

 俺には手斧の違いとか材質の感触とか分かるわけもないが、どうやら村長は新調した手斧を気に入ったようだ。


「……っと、それとお前。手斧と一緒にもう一つ発注していた長剣ロングソードがあっただろ。あれも完成しているから、持って帰るのを忘れるなよ」

「おっほぅ〜、了解したぞ。流石に仕事が早いのぅ。助かるわい」

「フン、世辞などいらん」


 無愛想な文句を最後に短いやり取りを終えると、ボッフォイは再び鍛冶場の作業に取り掛かろうとする。もう村長のことなど見向きもしていない。

 あまりボッフォイの仕事ぶりを見てこなかった俺でも、そこに職人の多忙さというものが垣間見えた気がした。

 鋼のマッスルボディーがあるとは言え、こちらの爺さんも歳の割には随分と健勝である。


 ――と、


「……おい。そういえば、あそこにいる奴は一体誰なんだ」


 もう一つ言い忘れていたことを思い出したかのように、ボッフォイは村長にそう尋ねた。

 親指で指し示す方向――その先にいる、暗緑色のローブに全身を包んだ、もう一人の来客を。


「おっほっほ。ああこれはいかんな、話に夢中ですっかり言い忘れておったのぅ」


 その怪しげな雰囲気を放つ来客は、俺たち三人のいるかまど付近から少し離れたところで、無造作に展示されてある武具やら装飾品やらに目を走らせていた。

 村長もボッフォイの視線の先を追って彼女の存在を認識すると、カラカラと愉快気に喉を鳴らす。

 そして、さも自然であるかのような口振りで、こう言って退けた。


「いやな、ワシが『LIBERAリーベラ』へ来た時に店先でまごついておったから、ついでに連れてきたんじゃよ」

「「いや待て待て」」


 寸分の間も置かず、俺とボッフォイは思わず同時に声を発していた。

 一拍遅れてそれに気付き、俺とボッフォイは顔を見合わせる。お互いに“こんなヤツとハモる瞬間が、まさか人生において一度でもやってこようとは”と思ったからだ。

 ボッフォイは少し不愉快そうな表情を形作ったが、やがてこめかみに手を当て、大きな嘆息を漏らした。


「……待て。話が見えん」


 やはり言いたいことは俺と同じようだった。


「話が見えんも何も、ワシは本当のことをただそのままに言っとるだけじゃぞ?」


 対して村長は、俺とボッフォイの意図が分からないようで小首を傾げている。

 このままではらちが明かなさそうだったので、俺が助け船を出してみることにした。


「いやだからそうじゃなくて……彼女は一体何者だって聞いてるんだよ。どこから来た人で、なんで店の前でまごついてたのかとか」

「素性など一切知らんわい。他人のこと――特に女性の内情を詮索すのはあまり好きでないでの。『迷子のついでに、ワシと一緒に「ふぁくとりー」へ入らんか』と聞いてみたら『じゃあ……お言葉に甘えて』と言われた、じゃから連れてきた、それだけのことじゃよ」

「なんだよ『迷子のついで』って。はぁ……あんたよくそんな素性も知れないバリバリの初対面さんを一緒にここまで連れてきたな」


 外人並みのコミュ力かよ、と俺は呆れて首を振る。……あ、一応外人か。

 だとしても、どうもこのノホホン爺さんは、見た目以上の能天気さと無防備さを兼ね備えているらしい。

 今回はたまたま良心的な人だったから良かったものの、女性とは言え、それが必ずしも善良的な人間である保証などどこにもない。

 まして女性の外見は、いささか怪しい雰囲気をただよわせているのだ。行動を共にするのであれば、まずお互いの素性を知るのは当然だと思うのだが。


 それに女性も女性だ。

 “知らない人に声をかけられても付いて行かない”というのは子供でも知っていることで、ましてその相手が男――見た目は温厚そうな老人ではあるが、若干の警戒ぐらいはしてもいいはずである。

 まあ、例えば男複数人をまとめてぎ倒せる膂力を持っているとか、超高位魔術を扱える一流魔術師だとかなってくると話は別だが……。


「でも彼女、中央大陸から来たとは言っておったぞ。あと……あーそうそう、“知人を探している”とも言っておったのぅ」

「知人? どんな?」

「じゃからワシは詮索せんさくするのが嫌いじゃと言っておろうに。それに、彼女も流石にそこまでは言っておらんかったわい。なんせワシと彼女が店先で出会って交わした会話は、それほど長くなかったしのぅ」

「ふーん、そうだったのか」


 ということはつまり、女性はその“知人”を探すべくして、わざわざ遠路はるばるセリウ大陸までやって来た『旅人』というわけだ。

 フランカから大陸横断の過酷さを既に聞かされていた身としては、その“知人”が女性にとってかなり大切な存在であることは多分間違いなかった。


 ……しかし思い返せば、今日はやけに個性的な客人たちが来訪している気がする。

 周囲に個性的な人しかいないと言われると確かにそうで、さらに今日は俺が久々に『ファクトリー』の“作業場”に顔を出しているからというのもあるが、俺にはどうも珍しい日に思えてならなかった。


「それよりイトバちゃんよ。ワシは用事が済んでそろそろおいとませんといかんから、彼女を呼んできてはくれんかの」


 と、しばし黙考していた俺の耳にそんな声が飛び込んできた。

 一瞬反応が遅れた俺は曖昧な応答をするも、台座から腰を上げ、ゆったりとした調子で彼女の元へと歩み寄っていく。


「…………」


 ――その後ろ姿を、ボッフォイが怪訝けげんそうな目で見つめているとは露ほども知らずに。


次回の更新はそんなに遅くならなさそうです。

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