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異世界道中のお道具屋さん  作者: 一色創
第一章  普通でない日常の始まり
16/66

第14話 『されど陰鬱な旅人』

入り組んでおりますが、サブタイトルの関連性にもあります通り、またフランカサイドの三人称視点の回です。

「――――これから、少々込み入った話をするからだよ」



「ッ」


 その薄く吐息を漏らすようにつむがれた一言には、やけに緊張感をあおられた。

 言葉自体にそういう意味合いがあるからかもしれないが、もっと違う、別の何かがこの感情をき立てているのだとフランカは確信する。

 無意識に左胸に手が伸び、ギュッと服にシワを寄せた。


 何だろう、この違和感……。


 得体の知れない緊迫感に圧せられながらも、フランカは平生へいぜいを保とうと喉の奥から声を絞り出す。


「……込み入った話、ですか?」

「ああ。と言っても、身構えなくて平気だよ。私事の、単なる野暮用やぼようってところだ。与太よた話程度に聞いておいてくれ」


 明朗な美声は変わらず、対してフランカの方も問題はなかった。

 強いて言うなら、声音に摯実しじつさが加味されたことで全体的に婀娜あだっぽくなったのだろうか。


 と言うより元々、フランカと対話するルミーネは艶美えんびな雰囲気をただよわせていた。それは言葉を交えるだけでも容易に感じ取れることで、他にも口調や仕草、丸机テーブルを指でリズミカルに叩くという何気ない挙動にまで反映されている。

 全身を包むローブのせいで風貌ふうぼうがいまいち掴み辛いが、スタイルもそこそこ良い。

 出るとこは出て、引っ込むべきとこはちゃんと引っ込んでいる。正に女性らしさを象徴するなめらかな曲線美だ。


 むぅ、私ももう少し背丈せたけがあれば……。


 フランカは頭上――ルミーネの頭の天辺てっぺんと同じ位置に手をかざす。が、むなしくもくうを切るばかりだった。


「お待たせ致しました」

「……!!」


 ――しかつめらしい声。

 不意に二人の間に割り込んだそれに、フランカは反射的に手を膝元まで引っ込めてしまう。


「ああ、済まないね」


 声の正体はマスターだった。

 ガシューの入ったポットを手に、丁度戻ってきたところのようだ。ガラス製の丸い入れ物は光沢を放ち、中身である純白の団塊だんかいはこちらからでも見通すことができる。

 フランカは、両頬がほんのりと上気するのを肌で感じた。


 ――ガシュー。

 肉眼ではおよそ目視すらままならない、小さな小さな雪の結晶。その一粒一粒が、無限個に近い“集合体”という形で存在している。“肌理きめ細やかな真砂まさご”、と言い換えた方が妥当かもしれない。

 おそらくこの大陸全土――いや、この世界において、その甘味料を知らない者はいないだろう。日常生活や街中で見かけない日は一日たりともないし、“最も多く使用される調味料の一つ”としても有名だからである。


「それでは、ごゆっくり。豊穣の女神が微笑み止むまで」


 職務を終えたマスターは一礼し、おごそかな挨拶を一言だけ済ませるときびすを返した。

 さっさと店内へ舞い戻っていくマスターの背中を横目に、どうしてそういつもいつも型苦しいんですか、とフランカは尻尾を逆立てる。


 だが一方で、ルミーネはそんなことを気にする素振りは欠片かけらもない。

 ポットのふたを開け、蓋の隙間に挟まれていた銀色のティースプーンを指間しかんに収めると、


「使うかい?」

「い、いえ……私はモミールク派ですので」

「おや、そうかい? 微糖好き同士なのに残念だよ。私の中では、コヒノコ“七”にガシュー“三”の塩梅あんばいで淹れる一杯が、至高にして頂点なのだがね……」


「いやあ、実に残念だ」と肩をすくめつつ、ルミーネはスプーンでポットの中のガシューをすくい上げる。スプーンの縁をかたどるぐらいの小盛りになる量、それを二杯。

 声の抑揚よくようがないことから、好みについては正直どうでもいいようだ。

 フランカもルミーネにならい、モミールクの入った陶器ピッチャーを持ち上げ、グラスの上からゆっくりとモミールクを垂らしていく。


 氷の先端を伝い、流れ落ち、途端に白みを帯び始めるコヒノコ。

 深く、深くまで浸透する。果てのない、無窮むきゅう常闇とこやみを晴らすように、絶対的な白の輝きがそれを上から塗り潰していく。打ち消していく。飲み込んでいく――。


 次の瞬間。

 ハッと気付くと、もうそこに“黒”という名の色は存在していなかった。


「それじゃあ~」

「そ、それでは……」


 ガシューを入れ終え、モミールクを入れ終え、


「豊穣の女神のご加護があらんことを♪」

「わ、我らはとして主からの祝福を受け入れます……」


 二人は、


「「乾杯っ!」」


 キン、とグラスの額をぶつけ合い、お互いに一口含む。


「「プハァ~」」


 至福の一時である。


 う~ん! なんて濃厚な味わいなのでしょうか、ここのコヒノコは。何度飲んでも飽きませんねぇ~。豆の風味が鼻の奥まで広がっていきますよぉ~。


 今さらではあるが、念のために再度言っておこう。

 フランカは“モミールクコヒノコ”が大好物だ。


 そもそもコヒノコは、『コヒノコミル』で『コヒノコ豆』を焙煎ばいせんして淹れるやり方が一番だとされているのだが、器具や豆を一から取り揃えるのが難しいとされ、大抵はこういった店で出される味わいに満足する。

 ところが、ちょっと値の張る良質な器具をリカード王国まで遠路はるばる買いに行き、ラマヤ領のごく一部でしか採取できないとされる厳選された豆(お値段はご想像にお任せします)を定期的に仕入れているフランカは本物だ。

 そのため、『LIBERAリーベラ』に長居する客人に軽食と一緒に振る舞うと喜ばれるほどである。フランカの知る限り、コヒノコ目当てで来店した客人も中にはいた。


「ふむ、ポルク村は農作物の品質がかなり良好だと聞いていたが、どうやら噂は本物のようだな……」


 ゆらゆらと溶け、意識のふちに沈みかけていた自我を呼び覚ますと、向かい側ではルミーネがグラスを片手に独り言を呟いていた。舌を動かし、じっくりと味わいを噛み締めているようにも見える。

 飄々とした態度で「ふむ、やはりこの一杯だね」と言い放つのかと思っていたフランカからすれば、これもまた意外な反応だった。


「って、こんなにゆったりしている場合じゃないと言ったのは私の方だったな……。さっきの話の続きをしよう」

「は、はい」

「フッ、だから身構えるなって。本当に与太話程度のものだから……」


 自嘲じちょう的な笑みを浮かべ、ルミーネは巾着きんちゃく袋を取り出した時と同じようにローブのポケットをまさぐり始める。

 そして何かを掴んだのか、まだ半分も減っていないコヒノコのグラスを丸机テーブルの隅に退けると、代わりに一枚の紙切れを丸机テーブルの中央に乗せた。

 静かに、語りかけるように、ルミーネは言う。


「――君に一つ、尋ねたいことがあるのだよ」


 言の葉を乗せ、なめらかに動く唇。

 声音こわねに、フランカのコヒノコを飲む手が止まった。


「尋ねたいこと……ですか?」

「ああ。……訊いてもいいかな?」

「え、ええ。お役に立てるのなら。全然構いませんけど」

「そうか。なら良かった」


 特に断る理由も無いので、フランカは首を縦に振る。

 するとその返答に、ルミーネは心底安堵したように口元を緩めると、丸机テーブルに乗せた一枚の紙切れをフランカの方へと押し寄せた。

 静かに、語りかけるように、彼女は問う。


「――この人物に、心当たりはないかな……?」


 それは、古ぼけた一枚の羊皮紙だった。

 大きさとしては王国などで発行される許可証や文書と似ていて、文字を書くにしろ持ち運ぶにしろ、使い勝手の良いサイズ感だ。

 だが、その亜麻色の羊皮紙に記されていたのは走り書きされたメモでも、格調高くつづられた許可証や文書などでもない。――“絵”だった。

 それも本物の情景と相違ない、かなり精緻せいちな描写で。


「こ、これは……」


 ……『複写魔術』だ。


 羊皮紙を一目見て、フランカが真っ先に思い浮かんだのはその単語だった。

 複写魔術とは強化魔術の一種で、“魔術使用者本人の瞳に映った光景をありのままに転写できる”という、中級魔術の中でも高度な部類に入るものだ。

 転写できる物は様々で、それは使用者の才能や技術にもよるのだが、極めれば樹木の幹や大地といった“自然”にも痕跡を刻めるようになる。一般的には、やはり羊皮紙がセオリーなのだが。


「おや、こういう絵画は見慣れないかな?」

「い、いえ、ただ複写魔術を使った現物は初めて見たものですから……」


 この魔術は元々、“描写する”という行為を強化し、大幅に短縮したものなので、使用用途としては伝令・伝達などにも適用されたりする。『LIBERAリーベラ』に所蔵されてある、古典文献に携わる歴史書によると、かつての大昔に繰り広げられた大戦の残り火として、今でも世界の各地に複写魔術の使用形跡が残っているのだとか。

 フランカはそれを、既に知識の一つとして知っていた。が、知識として知っていても実際に目に触れたことがなかったのだから、驚きを隠せないのも無理はないだろう。


「ほほぅ、複写魔術を知っているとは……。そんなに年若いのに大したものだ。最近じゃ滅多に名前を聞かない、古典的な中級魔術なのに」

「あ、あはは……」


 どう反応していいか分からず、はにかんでしまうフランカ。


「んで、どうだい? 何か心当たりはあったかい?」

「あ、はい。今確認します」


 うながされ、フランカは差し出された羊皮紙を上から覗き込む。


 ――そこに映っていたのは、二人の人物だった。

 一人は嫌々そうに、もう一人はにこやかな表情で。

 お互いに肩を組み、まるで正反対な気質を遺憾なく発揮しながら、こちらを向いてポージングを取っている。

 背景を見る限り、複写されたのはどうも緑豊かな丘の上のようだ。また、複写魔術を使用した魔術師の腕が良かったのだろう、羊皮紙に転写された絵は鮮明で、花が咲き乱れている様子がありありと伝わってくる。

 ただ一つだけ残念なのは、随分と年月が経っているからか羊皮紙が痛んでいて、おまけに転写された情景も所々の色がかすれ、せていた。


「右の人物だよ」


 どこか素っ気なく言い放つと、ルミーネは二人の内の、右の人物に指先で焦点を当てた。

 二度、軽く指で小突く。


「私は……こいつを探しているのさ」


 右の、にこやかな表情をしている人物――。

 ここだけ特に色褪せが激しかったので容姿は判別し辛かったが、その絵から漂ってくる雰囲気はなんとなく好感の持てる人物だった。

 唯一の特徴としては、天然の癖っ毛のような、はたまた手入れをおこたっているような、そんなボサボサで黄金こがね色の長髪と無邪気に微笑む太陽のような笑顔だけ。

 気力旺盛で生気に満ち溢れているのは言わずもがなとして、特に笑っている口元の歯は白く輝いており、何物にも代えがたく、素敵だった。

 それこそ、誰もがその笑顔に元気付けられ、励まされ、救われるような――。


「探してるって…………この方は今、行方知らずになってるんですか?」


 躊躇ためらうように口を開くと、ルミーネも一瞬躊躇うように視線を伏せ、椅子の背もたれにゆったりと背中を預けた。

 カラン、とテーブルの隅に追いやったグラス――その中にある氷が涼しげな音を立てる。


「……そうさ、御名答だ。そいつは今、行方不明となっている。だから私はそいつを見つけるために、世界中を放浪しているのだよ」

「旅、ですか……?」

「ああとも。私は旅人さ。……いや、やはり“浮浪人”と名乗った方がしっくりくるな。フッ、まあいい。ところが先日、『セリウ大陸にそいつがいるかもしれない』という情報を小耳に挟んだんだよ。で、中央大陸からセリウ大陸までの旅路を一ヶ月に渡って歩き続け、旅費がかさんだおかげで、一文無しの現況に至るという経緯なわけさ。このラマヤ領に行き着いたのも、つい三日前の話でね……」

「そう、だったんですか……」


 過去に一度、似通った経験をしているフランカからすれば、中央大陸からセリウ大陸の東端――ラマヤ領まで赴くことが如何いかに過酷だったかということは容易に想像が付く。

 すると生まれるのは同情の念だ。

 ふつふつと湧き上がるに連れ、かけるべき適当な文句は徐々に数を減らし、最後は全てを見失ってしまった。


「ああ、紹介が遅れて申し訳なかった。言い忘れていたが、私は魔術師の端くれでもあるのだよ。先程の情報は私の同僚が教えてくれたもので、その同僚も一緒にこいつを探しにセリウ大陸へ――って……話を聞いているかい?」

「……………………」


 正直に言って、フランカには心当たりがなかった。


 否、語弊ごへいがある。


 あるにはあるのだが、それが誰なのか思い出せないのだ。

 前にどこかで、出会ったことのあるその人を。

 もしかすると、大事な人だったような気がするその人を。


「…………すみません、心当たりは、ないです……」


 胸をギュッと締め付ける罪悪感は心苦しく、慙愧ざんきの情は張り裂けそうだった。

 カラン、と手元にあったグラス――その中にある氷がにごった音を立てる。


「…………そうか、残念だ」


 ポツリと、ルミーネはただその一言のみを口ずさむ。

 そしてその時になって初めて、ルミーネは悄然しょうぜんとし、眼差しに悲哀の色を織り交ぜた。


 ――だからこそ、



「その人は、ルミーネさんにとって、とっても大切な人なんですね」



「――――」


 カラカラン、とテーブルの隅に追いやったグラス――その中にある氷がかまびすしい音を立てる。

 ポルク村の中央広場を行き交う人々の喧噪けんそうが、よみがえる。


「…………」


 しばらくして。

 カラン、とテーブルの隅に追いやったグラスを持ち上げたルミーネは、



「――ああ。まったく、その通りさ」



 無邪気に笑い、一飲みした。




「さて、私の質問も終わったことだし、そろそろ君のことについて聞かせてもらいたいな」


 二人の会話に軟が戻ってきたところで、ルミーネはフランカに興味を示し始めたのか、唐突にそう口火を切った。


「え? 私ですか?」

「そうだよ。君の他に誰がいる」


 あ、そう言えば、まだ名前を名乗っていませんでしたね……。


 ぼんやりとした思考の海で彷徨ほうこうすると、フランカはグラスに付けていた口を離し、簡単な自己紹介をすることにした。

 これも特に拒む理由はない。


「申し遅れました。私は、フランカ=バーニーメープルと言います」

「フランカ、か……。可愛らしい名前じゃないか。可憐かれんな響きがするよ」

「あ、ありがとうございます……。恐縮です」


 やはり謙虚であるからか、おどおどした様子でペコリと頭を下げるフランカ。

 ルミーネはマドラーでグラスの中を掻き回しつつ、静かな口調で言葉を続けた。


「で、フランカは普段は何を? あ、待て、折角だから当ててやろう。ふーむ、そうさなぁ……外見から判断するに…………分かった! 魔術師の行儀見習い、さらにはその人の住居の家事使用人というところか!」

「だぁ~かぁ~らぁ~」


 バン!! と強烈にテーブルをど突くと、


「何度も言ってますが、これは“お掃除こすちゅーむ”なんかじゃないんですよッ! ただお気に入りの服装ってだけなんですってばッ!」

「…………」


 激情をあらわにがなるフランカ。

 グラスを守るように、全力で後ろへるルミーネ。

 けたたましい怒声に驚き、歩みを止める中央広場の群集。


 事態は一瞬で同時に起こり、世界は途端に静止した。

 けれど、当の本人だけは直ぐ様我に返る。


「す、すみません……。急に怒鳴ったりして……」


 ぎこちなく椅子に座り直すと、ルミーネもしばしの間を空けてグラスをテーブルの上に置き直した。

 ――頭を掻く音がする。戸惑いが仕草に表れている証拠だ。

 こうなると、こちらから話を戻さなければ、間を埋める沈黙は永遠に打開できないだろう。


「……わ、私は魔術師です。見習いではなく、本物の。でも仕事は別で、このポルク村から少し離れた所にあるリカード街道の道中に雑貨店を経営していて、そこで営業をしつつ生計を立てています。今日は買い出しのついでとして昼食を取るために、ここを訪れたんですよ」

「へぇ、そうなんだ」


 かと思いきや、ルミーネは静かな口調で、雄弁な調子でグラスの中身をマドラーで掻き混ぜ続ける。動揺を見せる気配など、微塵もない。

 いよいよ、『ルミーネ』という人間が分からなくなってきた。


「あの……」

「ん? どうしたんだい? また何か、口元に付いているのかい?」

「いや、そうではなくて……ルミーネさんは、これからどうするおつもりなんですか?」

「私かい? んー、これからと言われても、セリウ大陸に来てからの計画がまるで無いからね。アイツがどこにいるのか見当が付かない以上、下手に動くのは徒労で無駄なだけだ。となると、この村で同僚を待つのも一つの手だし……その間にセリウ大陸の名所を探勝たんしょうすることも可能だが……」


 語尾を濁し、またマドラーでグラスの中身を掻き混ぜ始めた。


「……そうだね、もうしばらくはここら近辺に滞在するつもりだよ」

「滞在って……宿泊の宛てでもあるんですか?」


 余計な心配をする、心配性の母親をなだめるかのように、ルミーネは困り顔で浅く息を吐く。


「まぁ、一応ね。君――ああ、フランカと出会う前に、親切なポルク村の住人と出会ってね。この村に一定期間滞在することを許可されたよ」

「そうか……そうだったんですね……」


 ここでも『気を遣わなくていい』と暗に仄めかされているようで、フランカは一歩、引き下がらざるを得なかった。

 随分と話し込んでいたせいで忘れていたが、ルミーネとはつい先程道端で偶然知り合った仲だ。

 そで振り合うも多生の縁とは言えど、たかが一時間程度でこうして懇意こんいになったから、それでルミーネが“特別な存在”だと認識することは有り得ない。畢竟ひっきょう、あくまで他人だ。赤の他人だ。


 ――けれど。

 ――それでもやはり。


 少しだけ寂しいことに、嘘偽りはなかった。



「――――フランカ」



 ふと。

 名前を呼ばれた気がして、咄嗟とっさに顔を上げる。


 と、そこには――


「そう言えば、まだ君に素顔を見せていなかったと思ってね。これで正真正銘、お相子だ」


 フードを取り払った、ルミーネの顔があった。


 初めて拝む、ルミーネの容貌ようぼう

 ――レモン色の瞳、それ以外の全ては、白色透明の銀世界。前に垂らした、片方だけ編み込みがほどこされたお下げ髪。

 それらで構成された、一言では言い表すことのできない、息を呑むほどまでの美貌びぼうがそこにあった。


「ところで、フランカ。先程から数えてはいるんだが、どうもテーブルの上に置いてあった銅貨が一枚消えているんだよ。最初は三枚無くなっていて、それで二枚までは見つけたんだが、どうしてもあと一枚が見つからない。……一緒に探してくれないか?」

「……ほえ?」


 チャリリン、とルミーネのてのひらの上で硬貨が転がされる。

 ――十一枚。と、テーブル端に二枚。

 数えると、確かに一枚欠けていた。

 まるで白昼夢はくちゅうむうなされているかの如く茫然自失ぼうぜんじしつとしていたフランカだが、その一声で心は元いた場所に帰し、今目の前にいる人物が『ルミーネ』であることを再認識する。


「………………ああ、はい」


 はじかれるように神経が動き出し、フランカはそれの赴くままに周囲を見渡し、テーブルの下を覗き込む。

 すると、丸机テーブルの下を覗き込もうと身を屈めた辺りで、ずっと被っていたツバの広い帽子の中に何やら違和感を感じた。


 ? 何でしょうか、何か、ゴロゴロするような……。


 違和感の正体を確かめるべく、フランカはひとまず帽子を脱ぎ、頭の裏の裏地を確認すると――――一枚のセリウ銅貨が、陽光に鈍く反射した。


「ほうほう、やはりそうか……」


 え? と視線を向けると、向かい側に悠然ゆうぜんと座っていたルミーネがたのしげな声を上げ、不敵な笑みをこぼしている。

 ヒョイヒョイ、と頭の上に乗せた両手を折り曲げながら。


「…………?」


 小首を傾げ、視線を赤錆びた銅貨に戻し、フランカもルミーネに倣い、同じように頭の上に手を持っていく。

 ゆっくりと、頭の上まで手を持っていく――。


 そして、気付いた。


「君は、『獣人種』だったか。フフッ」



 ――“耳”が丸出しだった。



「~~~~~~~~っ!?」


 訳が分からず、現状の理解が追い付かず、しかし総身の血潮ちしお沸騰ふっとうしそうになることだけが手に取るように分かる。それによって、真っ赤に熟れた、リンゴのような顔をしていることも。

 対して、その様子を悠々と眺めていたルミーネは、


「『獣人種』は初対面の相手に“耳”を見られることを嫌う……。そういう特質があることは、案外周知の沙汰さたなのだよ。ククク、そうして赤面する君も素敵だよ、フランカ」

「んもうッ! だから私をからかうのはいい加減にしてくださいってばッ!!」

「ククク……ナハ、ナハハハ! ナーハッハッハッハッ!!」


 腹を抱えて笑う。

 高らかに、そして無邪気に、ただ笑う。

 まんまと策略にめられたフランカは、はち切れんばかりにぷーっと両頬を膨らませると、忌々しげにルミーネをにらみ据える。もうこの人だけは絶対に信用しない、と尻尾を逆立て、固く心に誓うのだった。


 でも。

 抱腹ほうふくするルミーネを見て、フランカの心中にとある人物が想起された。

 二人はまだ出会ったこともないはずなのに、彼女とその人物の面影は、不思議と重なる。

 しっくりくるのだ。


 ルミーネさんって、ちょっとユウさんに似てるかも……。


これで場面の交錯は終了です。

次話から平常通りに進行していきます。

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