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異世界道中のお道具屋さん  作者: 一色創
第一章  普通でない日常の始まり
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第12話 『一つの会話、二つの声』

第9話『寡黙な鍛治師』の続きです。

※ここら数話は時系列が少しだけややこしくなっています。

 


 ――声が、聞こえる。



「ほっほ〜。ここまでの上物じょうものわずか半年足らずで創り上げるとは……。いやぁ〜、恐れ入った! かれこれ長い付き合いにはなるが、未だにボッフォイさんの手腕には、文字通り脱帽だつぼうするしかねぇなあ」


 ――感嘆する声。

 声の主はおそらく、お調子者ではあるが気前の良い人物なのだろう。少し下賤げせんな言い方ではあるものの一方では厳格さが秘められ、声質せいしつの渋みから規律をわきまえた紳士の様相がうかがえる。

 シュルリ、と言葉通り帽子を脱ぐ音も聞こえた。


「世辞はいらん。それと醜い禿頭とくとうをわざわざ見せんでもいい」


 ――辟易する声。

 声の主はおそらく、謙虚ではあるが恥ずかしがり屋な人物なのだろう。突っねた言い方ではあるものの一方では喜びが見え隠れしており、澄ました声音こわねから素直でない老人の様相がうかがえる。

 ……嫌な老人の様相が。


 二人の男。

 どうやら、それぞれの声の主である二人は雑談にふけっているようだ。


「ガハハハ! おっとと、これは失敬した」


 卑俗ひぞく狂笑きょうしょう

 それに混じり、シュルリ、と帽子を被り直す音がする。


「……とにかく、さっさとその“棒切れ”を持って帰ってくれ。前金のセリウ金貨五枚は、発注された時にちゃんと受け取ってる」

「まーたそうやって武器を揶揄やゆする……。あんたの悪い癖だよ、それ。まぁでも、こんな立派な“サーベル”を“棒切れ”扱いできるのは、世界中のどこ探したって一流技師のあんたぐらいだろうよ」


 スチャッ、と剣をさやから出し入れする音がする。

 研ぎ澄まされた、清廉せいれんな音だった。


「……世辞はいらんと言わなかったか?」

「おいおい、そう青筋立てなさんなや。人の好意は親切に受け取っておくべきだぜ? 俺は本心で語ってるんだ。人との交流の助言も含めてな」


 キンッ、と剣を鞘に収める音がする。


「フン、それこそ余計なお世話だ。俺は『LIBERAリーベラ』で雇われてる鍛冶師であって、客とたわむれるためにつちを振るってるんじゃない。見世物じゃないんだよ、この仕事は……。それはお前も例外じゃない。どうしても友達作りに困ってるって相談したいのなら、俺じゃなくて他所よそを当たれ。お門違いだ」

「いや、違ぇんだよ……。俺はそういうことが言いたいんじゃないんだよ。そうやってさ、常に眉間にシワを寄せ続けても幸せは歩み寄って来ないって言ってるのさ。ほら、楽しそうな雰囲気がする奴には自然と人も集まっていくだろ? 要するにそういうことなのさ」

「…………で、結局お前は俺に何が言いたいんだ。説教か? フッ、生憎あいにくだが、こんな老いぼれを指弾しだんしてもほこり以外何も出んぞ」


 鼻から息を吸い、吐く――。

 空間に生じた一呼吸の静寂は、一拍の間を置いたことを意味する。


「――もう少し、険をいだらどうだって言ってるんだよ」

「……………………」


 もう一方の声の主は、途端に押し黙った。

 何も言わず、終いには呼吸音さえも聞こえなくなってしまう。


「はぁ……やれやれ」


 しばらくして、静寂を打ち破ったのは一つの嘆息たんそく

 渋みのある声の主だ。

 だが先程とは違ってさとすような、あるいはなだめるような、そんな優しく包み込むような声音が、静かに、段々とつむがれていく。


「なぁ、ボッフォイさん……。無理にとは言わないけどよ、一度素直になってみたらどうだい? 色んな人と話してみたらどうだい? そうすりゃ、少なくとも今よりかは楽しくなるだろうぜ。それによって大きな変革がもたらされるかどうかは、天上の神様次第だろうけどよ」

「………………」

「あんたもいい歳――いや、本当は分かってるんじゃないのか? 俺も大人ってやつを何十年と過ごしてきた。リカード王国にある我が家には、カミさんも子供もいる。まぁ、あんたほどじゃないにせよ、少なくとも、自分の子供や街中のガキを見てて、その頃に郷愁を抱けるほどには経験してきたつもりだよ。だから、あんたの方がよっぽど身に染みて分かってるはずなんだ。……そうじゃねぇと、おかしいんだよ」

「…………」

「そうじゃねぇと…………」


 また一拍置き。


「あんたは、まだまだガキのままってことになっちまう」


 するともう一方の、澄ました声の主は小馬鹿にするように「フン」と鼻を鳴らした。

 だけど、少しひかえめな。


「ガキ、か……。いちいち相手に気遣う手間が省けるのなら、死ぬまでそれでいるのも悪くないかもな」


 とても馬鹿馬鹿しい、とあざけっているようだ。

 けれど、どこか弱々しい。


「そう、正にそこなんだよ。何でもかんでも斜に構えて、冷淡に物事を捉えるその態度。俺は旧知の仲だから百歩譲って看過できるとしても……ボッフォイさん、そりゃあそんなに喧嘩腰で無愛嬌ぶあいきょうじゃダメだよ」

「……だから、さっきからそれが大きなお世話だと――」

「ああ、そうさ。これは大きなお世話だよ。本来なら俺が口を挟むべき事柄じゃないんだ。ったく、俺もいい歳こいて何を熱くなってるんだか……」


 乱暴に頭髪を掻き回す音がする。

 パチパチ、と。

 続けざまに、かまどの中の火の粉がはじけたようだ。


「……これで満足か?」

「満足? おいおい、勘違いしないでくれよボッフォイさん。何度も言うようだが、別に俺はあんたを説教しに、今日ここへ足を運んだわけじゃない。金をせびろうだなんて意地汚ねぇ魂胆こんたんも一切無い。かく言う俺も仕事をしてる身だから、仕事上でのやり方は人それぞれだと思ってるし、そこら辺もちゃんと弁えてる。これ以上、俺があんたにとやかく言う権利はないよ」

「フン、そうか。ならその“棒切れ”引っ提げて、とっとと帰ってくれないか。発注依頼は九ヶ月先の『ツバキの月』まで埋まってる。見ての通り……俺は忙しいんだよ」


 澄ました声の主は、素っ気なくそれだけを言い捨てた。


 カンカンカン! と。


 唐突に甲走かんばしったような音が鳴り渡り、周囲に満ち、空気を振動させる。

 それが、二人の雑談に終止符を打ってしまった。


「へいへい。じゃあお言葉に甘えて、そろそろおいとまさせていただきますよ。……注文してたサーベル、予想より遥かに出来も見栄えも良かったぜ。改めて礼を言わせてくれ」

「…………」

「ありがとよ」

「…………」


 カンカンカン! と。

 甲走ったような音は止まない。


 澄ました声の主は、もう何も言わなかった。何も喋らなかった。一言も声を発しなかった。

 なぜならそれが、彼だからだ。

 それを重々承知した上でなお、渋みのある声の主は苦笑すると、


「なあ、今から少しだけ独り言を言いたいから、適当に聞き流しといて欲しいんだけどよ……。そうだなぁ、照れ臭いからいっそのこと耳をふさいでいてもらって構わない。それでいいか?」


 返答は、ない。

 渋みのある声の主は、再度確認を求めることなく、朗々と語り始めた。


「人って生き物は辛いよな……。毎日毎日、笑ったり泣いたり怒ったりって、感情とか情欲は忙しなく働きやがるくせに、でもそれを表層にさらけ出すことは色んな場面において禁じられるから、抑制して、心の奥底にでも仕舞っておかなくちゃならない。外を歩いて生活しなくちゃいけない。……フッ、変な話だよな。“感情”を持ってこその“人”なのに、それを自ら押し殺すような真似をするなんてな」


 そこで一拍置き、また再開した。


「で、そうして抑制していくとどうなるかって言うとよ……」


 ポスポス、と衣服が二度擦れるような音がする。

 手で、衣服のどこかを叩いたような音だった。


まってくんだよ。仕舞い込んでたモンが。そりゃそうさ。人の心ってのは、万能の水甕みずがめじゃねぇんだ。甕と一緒で、水を注げば次第に器には水が満たされていき、いずれは必ず溢れ返ってくる……。あるいは割れてしまうかもしれない……。そんで、決まってそうなった時に初めて、人は気付くのさ。身動きが取れないぐらいにまで、よろいや装飾で自分の全身を着飾ってたってことをな」


 鼻をすする音がする。

 そこで一拍置き、また再開した。


「確かに、感情を自制できるってのはえらいもんだ。なぜなら、外の世界で生きていくためには必要なことだからな。そりゃあ、生きてると時には嫌いなヤツとも顔を突き合わせなくちゃならないから、世渡りが上手いのに越したことはねぇがな。ガハハハ!」


 高らかな笑い声。

 やがて止むと、渋みのある声の主は「ただ――」と付け加え、


「ただ……人間ってのは、そんな鉄みてぇに頑丈がんじょうにはできてねぇからよ。たまにポッキリと折れちまうこともあるのさ。自重に耐え切れなくてな……」


 朗々と、語り続けていく。

 もはや間を空けることさえわずらわしそうな、本当に愉快な調子で。


「だからそんな時は、いっそのこと全部脱ぎ捨てて、裸になった方が楽なのかもな。……いや、そんな時だからこそ、そうやって身に着けてる余計なモン全部脱ぎ捨てて空っぽになった方が、意外と楽だったりするかもしれねぇじゃねぇか」


 返答は、ない。

 カンカンカン! と甲走ったような音も止まない。

 なぜならそれが、彼だからだ。

 それを重々承知した上で、渋みのある声の主はまた苦笑すると、たのしげではあるが僅かに真剣味を帯びた声で、



「――あんたも捨てろよ、その屈強な体躯に着けてる虚飾モン



「…………」

「きっと変われるぜ? 何なら、俺が保証してやるよ」


 そしてその瞬間――。

 彼はほんの少しだけ、彼ではなくなった。


「フッ、心許こころもとない保証人だな」

「おっと、そりゃ悪かったな。でもよ、あんたなら多分大丈夫だ。こんな上物のサーベルを半年足らずで創り上げちまう凄腕の鍛冶師だし、それに勿体無いぜ? 折角凛々しい顔立ちしてるのによぉ」

「男にそう言われるとは……気色が悪いな。それと世辞はいらん」

「おや、これは酷いな……。俺は本心で言ってるのに。あんたみたいな男前が王都なんかに来訪した日にゃ、街中の女共が色めき立つことは間違いねぇのになあ」

「………………」

「男にしてもそうさ。嫉妬心を湧かせずにはいられない。……ああ、技量に関してって意味でだよ。俺は特別あんたを贔屓ひいきしてるつもりはないが、それでもあんた以上の腕利きの技師を俺は知らないね。リカード王国にいる“宮廷専属技師”でも、ここまで洗練された武器を一から創ることは難しいんじゃねえかなぁ……。まして商品として店頭に並べるとなりゃ、一体幾らの高値で売買されるのやら。セリウ金貨十、十二…………いや、おそらく十五枚は下らないだろうぜ」

「金貨十五枚だと……? バカ言え。冗談も休み休み言わないと、興が冷めちまうってもんだ」

「冗談なもんか。俺はいつだって本心で語ってんだ。至って真面目だよ。ま、だからあんたにはさ……それだけの二物を神様が恵んでくださってるんだから、余計な矜持とかで腐らせてほしくないんだよ。豊穣の女神様が与えてくださった、“才能”という名の果実をよ……。これは、凡庸ぼんようなる俺からの、純粋にして細やかなる願いってやつさ」

「…………願い、か」


 ポツリと呟かれたその一言だったが、それを掻き消すように、渋みのある声の主が慌てた声を上げる。


「おっとと、いつの間にか大分と長居しちまってたみてぇだな。んじゃ、俺はそろそろ帰ることにするわ。王国での仕事もまだ残ってるしな……」

「……お前、仕事を抜け出してここに来たのか?」

「昼休憩だよ、昼休憩。そう、単なる休憩だ。たまには息抜きも必要だからよ、人間ってやつには。……ほんと、困ったもんだぜ」

「フッ……そうだな。……そうなのかもな」


 ――ゴゴゴゴゴゴ!! と。

 突如として、一階の“作業場”全域に轟く地鳴り。


『ヘーイ!! お客様のお帰りだ~! またのご来店、心よりお待ちしてるぜぃ!』


 どこからか生まれた、陽気で溌剌はつらつとした新たな声。

 どこからか聞こえる、歯車同士が歯と歯を噛み合わせて激しく回転し、幾本もの鎖がこすれ合うことで生まれる金属の摩擦音。

 そこに相乗するように、真新しい革製の靴音が新たな音色を重ねる。


「一歩前へ進みたいと望むのであれば、まずは己が今持っているモノ全てを捨てる勇気と覚悟が必要である。しかしそれは、ほんの小さじ一杯程度の量に過ぎないだろう……」

「そりゃあ、誰の言葉だ……?」

「誰? ――俺だよ」

「……ハッ、小粋こいきな。お前はいつから主義主張を振りかざせるほど偉くなったんだ。ちっぽけな主観でしか物事を語れない思想家か、あるいは哲学者にでも憧れを抱き始めたのか? ……いや、それともインチキ宗教に加盟して啓蒙けいもう活動の真似事まねごとか?」

「ガハハ、そんなんじゃねぇよ。ただ、こうして背中を少しだけ押してやることで、前に進める人だって中にはいるだろ? ……丁度、どっかの誰かさんみたいにな」

「ああ、そうかいそうかい。それは高尚なこったな。じゃあ俺は、精々その素晴らしい思想が世に布教されることを心から願ってるぜ」

「俺は生まれてこの方、人に期待されたり信頼を置かれたりされたことはついぞ無かったが、まさかこんなにも心の込もっていない声援を送られるとはな……。ちょっとガッカリだぜ」

「生憎と、俺は狭い視野で物事の表面上だけをなぞり、あたかもそれが“正義”だと言い張る、奥底の――その先の本質ってのをまるで見抜けていないやからが実に気に食わなくてな」

「ガハハハ! これはこれは。手厳しいねえ」

「…………フン」


 そしてそれは、だんだんと遠ざかっていき――


「なぁ、ボッフォイさん。知ってたか? ……あんたって、笑うと結構良い顔するんだぜ?」


 チャリリン、と石畳いしだたみの床上に反響する硬貨の音。

 計五回、その音が鳴る。


「せめてもの気持ちだ。これからも応援してるぜ、不器用な鍛冶師さん」

「フフッ。――――ありがとよ」



 しばらくすると、全てが止んだ。



次の更新は一週間後です。

もしかすると、土・日に更新する可能性もありますが、一応一週間と記載しておきます……。

毎度更新が遅くて申し訳ありません。

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