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異世界道中のお道具屋さん  作者: 一色創
第一章  普通でない日常の始まり
13/66

第11話 『ひょうきんな旅人』

この一週間で様々なことがありました。

本当に、理解が追い付かないぐらい嬉しいことがたくさんありました。

これも全て、この拙作を読んでくださっている皆様のおかげです。この場をお借りして、厚く御礼申し上げます。

ありがとうございます!


ちなみに、フランカサイドの三人称視点の回です。


「いやぁ〜、悪いねお嬢さん! 見知らぬ私なんかにご馳走ちそうしてくれて! おかげで助かったよ!」

「……………………」


 はぁ、とフランカ=バーニーメープルは嘆息たんそくする。


 私は一体、何をしてるんだろう……。


 しみじみと思い、フランカはまた嘆息した。

 先程からため息ばかり吐いている気がする。

 もう何度吐いたかなど、数えることすら面倒だ。


「それにしても、ここの料理は格別だね! 特にこの『コンタポージ』のスープとパンズーが相性抜群で……ハグッ! モグモグ、モグ、わらひがこれまへにたへてきたりょうりのなかへもでっぴんにはたいするど!(私がこれまでに食べてきた料理の中でも絶品に値するぞ!)」


 透き通ってはいるが、わずらわしさまで覚える明朗な美声が耳に付く。


 気怠けだるげに頭を持ち上げると、フランカの正面にある使い古された丸机テーブルには大量の料理皿が占拠していた。

 その純白の料理皿を惜しげも無くいろどるは、これもまた大量の品々。

 一目見てよだれが溢れ出てきそうな暖色のそれは静かに湯気を立ち上らせ、ひとたび鼻腔びこうをくすぐれば食欲を掻き立てずにはいられない。空腹であることが罪であると、認識させられるほどに。


 ――そして、フランカの向かい側で料理皿それらむさぼるように、片っ端から平らげているやからがいた。


「食べるか喋るか、どっちかにしてください……」

「おっと、これはこれは。失敬したね」


 嘆息し、向かい側の椅子に座る輩――灰色のローブで全身を包んだ女性に、フランカは横着おうちゃくな食べ方を止めるよううながす。

 すると女性は失態に気付いたのか、頰を薄っすらと紅潮させるとしとやかにたたずまいを直した。意外な反応だ。


「……って、これも邪魔だな」


 垂れ下がっていたローブのそでも肘の付け根辺りまでまくり上げると、女性は食器片手に再び食事を再開させた。

 どれだけお腹が空いていたんですか、この人は……。


「君も食べるかい?」


 厚みの薄い唇を存分に汚している女性は、ズイッと手前の皿をこちらに寄越してくる。親切ですよ、と顔貌がんぼうに落書きしてあるような微笑みを添えて。

 遠慮しているのか定かではないが、少なくとも気を遣ってくれたのだろう。

 フランカは首を横に振り、丁重ていちょうにお断りした。


「いえ、私は平気ですので……。気にせず食べてください。お勘定かんじょうの方も、私が支払っておきますから」


 ――ポルク村の中央広場にある一軒の酒場。

 フランカと女性は、そこの外席であるテーブル席に、向かい合うように腰を下ろしていた。


 多くの家々が立ち並ぶ中央広場には村人も多く、村で唯一の情報伝達手段として用いられている『ポルクの掲示板』や、ポルク村の象徴シンボルとして村人からあがめられている『カピトの聖像』があるなど、“村の心臓”とも形容できる、正に村の中心地だった。

 また、掲示板の近くには中央広場の目印となっている『ポルクの噴水』もあり、酒場はそんな中央広場の一角に大きく店を構えていた。


 確かに、ここの料理には誰もが舌鼓したつづみを打つだろう。

 現にフランカも足繁あししげく通っては、酒場の料理が放つ芳醇ほうじゅんな香りと濃厚な味わいに何度も心を奪われていた。

 それは仕方がない。

 何せ、料理にはポルク村で取れた農作物や食肉が使われているからだ。


 と言うのも、元々この酒場は『娯楽の少ないポルク村に、せめてもの快談の場を!』と大勢の村人が切望の声を上げ、造設されたお食事処だった。

 新設された当初、村人は初めての娯楽施設に歓喜し、そこで大枚を叩いては、毎晩酒場を中心にどんちゃん騒ぎ。

 終いには、『この酒場をもっと多くの人々に知ってもらおう!』ということで、農業を営む者が商売に使うのとは別の農作物や食肉を提供し始めたのだ。

 これがキッカケとなり、酒場の料理はどれも舌がとろけるような美味になったというわけである。


 ――が、今のフランカには、たとえ人より優れている嗅覚を以ってしても食欲は沸き起こらない。


 向かい側で料理皿を片っ端から平らげている輩がいるのも理由の一つなのだが、それは明確な理由になり得なかった。

 例えるなら、感情がある一定のラインでき止められ、虚無感で埋め尽くされているような感覚。丁度、目の前の丸机テーブルと同じように。

 ふわふわと、目的もなくただよう雲のようだった。


「そうかい? そう言ってもらえると嬉しいよ。恥ずかしながら、路銀も底を突きかけていてね……。君みたいな聖人がまだ地上に残っていたとは……ここも、まだ捨てたもんじゃないな」


 ゴックン、と喉を鳴らして。

 女性は、口一杯に頬張っていた“コンタポージに浸したパンズー”を一息に胃袋へ流し込んだ。

 そして彩った口元をローブの袖口で拭うと、お冷として出されたが手付かずの冷水を、これまたプハーッと一息に飲み干した。


 こちらは食事風景をただ眺めているだけなのだが、思わず顔がほころんでしまいそうな、本当に気持ちの良い食べっぷりである。


「聖人だなんて、そんな……大袈裟おおげさですよ」


 突然おだてられ、フランカは赤面する。被っていたツバの広い帽子の端をギュッと両手で握り締めると、目深まぶかに被り直した。

 そんな汗顔の至りとでも言わんばかりのフランカに、女性は丸机テーブルに片肘を立て、頬杖をつくと艶笑えんしょうを浮かべる。

 頭を覆っていたフードの間隙かんげきから覗かせた、レモン色の瞳をわずかに細めて――。


「おや、“天使”の間違いだったかな?」

「もう、揶揄からかわないでください」

「ナハハハ! ――冗談さ」


 快活な笑い声を上げる女性はとても愉快そうだ。明らかに物笑いの種にされていることが分かる。


 ユウさんもそうですけど、どうして私は色んな人からいじられるんでしょうか……?


 糸場、眼前の女性、それとかつての恩師――ウェヌスの三人を脳裏に思い描いたフランカは落胆した。

 さらには体に視線を落とし、私って生まれ付きそういう体質だったのでしょうか、としょんぼり肩を落とす。久しく忘れていた、懐かしの自己嫌悪という感覚やつに陥りそうだった。

 魔術の腕を認められて、お師匠様に店を任されたこと、かなり鼻が高かったのに……。


「いやいや、そんなに膨れなくても……。本当に冗談だってば」

「……本当ですか?」

「ああ、少し軽口を叩いたまでさ。私の悪い癖でね……。揶揄い甲斐がいのある可愛い子を見つけると、放っておけない性分なんだよ。気にさわったのなら謝ろう」

「それ、単に拍車はくしゃがかかってる気がするんですけど」


「ナハハハ、ないない」と女性は両手を左右に振り、冗談めかしく口元を緩める。

 フランカはいぶかしげに女性を見つめていたが、女性の言う通り、その笑顔から悪意は毛頭感じられなかった。


「あ、口元……」

「……? どうしたんだい?」


 と、その時。

 フランカの目に映り込んだのは、拭き残しであろう、女性の口端に引っかかる料理の残滓ざんし

 きょとんとフランカを見つめ返す女性はどうやら気付いていないらしく、首を傾げたり、その首を背後へ巡らせたりしていた。

 しょうがないですね、と嘆息したフランカは外出用のローブのポケットから手巾しゅきんを取り出すと、身を乗り出して女性に肉薄にくはくする。


「ぬおっ、急にどうしたんだ……むぐっ!」

「いいから、じっとしててください。動かれると拭き辛いですから」

「むぐっ……むぐぐっ……んん……」


 布地を肌に当て、円を描くように口端をこするフランカ。

 最初は何事かと身構えた女性だったが、やがて抵抗しなくなり、されるがままに身を任せるようになった。

 なんだか子供みたい、と思わずフランカは笑いそうになったが、すんでのところで咳払いを挟む。

 私も人のことは言えない……と。


 そして、


「……よし、取れた」


 優しく残滓を拭き取ったフランカは、花柄の白い布地に生まれた紅一点の汚れを見ると、満足気にその手巾をローブのポケットに仕舞い直す。

 そんなフランカの様子に、女性は驚いたように目を見張ると肩をすくめ、


「……君は、どうやら本当に優しい子のようだ」

「い、いえっ、ただ妹の世話とかで、こういうのは慣れっこだったので……」


 はにかんでうつむくと、女性は「ほぅ」と心底納得するようにうなずいて指を鳴らした。


「どうりで。世話好きなお姉ちゃん、というやつだね?」

「はぁ……。ま、まぁ、勝手にそういう性格になってしまったって感じで。あはは……」


 その言葉には、懐かしい響きがある。


 ――“お姉ちゃん”。

 そういう風に呼ばれたのは随分と久しく、ポルク村を出てかれこれ七年、そんな呼び名など記憶の彼方に置き去りにされていた。

 当然のことだが、妹のフローラ以外にフランカをそう呼ぶものは誰一人としていない。だからポルク村を長い間離れてしまったことで、フランカはいつしか自分が“お姉ちゃん”という立場であることを、今の今まですっかり忘れていたのだ。


「…………っ」


 不意に目頭めがしらが熱くなり、喉の奥から感情が込み上がりそうになった。


「うむうむ、でも分からなくもないよ君の気持は。手を焼く妹を持つと、姉は気苦労を重ねるものだからね。改めて思うが、不思議な関係だよ、兄弟姉妹ってやつは……。時として争うが、血としては争えない、稀有な因縁を持つ大切な間柄……。私も妹――じゃないが、妹分みたいなやつがいてな? そいつと私は生憎と反りが合わず、正面衝突の連続だったんだが――って、話を聞いているかい?」

「え……? ……あっ、すみません。ボーッとしてました」


 悟られないように唇を噛むと、フランカはどこからかこぼれ出しそうになった感情を押し殺し、たかぶりをしずめる。

 それから下手くそな愛想笑いを浮かべ、明るく気丈きじょうに振る舞った。


「そ、それにしても妹さんがいたんですね! 少し驚きです」

「ハハッ、本当に血を分け合った妹じゃないけどね。ま、私からしてみれば、アイツは妹みたいなものさ」

「?」


 眉をひそめる神妙な顔付きに、僅かではあるが含みのある言い方。

 話をする分には見過ごすそれも、普段から接客と商売を仕事にしているフランカの目は誤魔化せなかった。


 あまり触れちゃいけないのかな、と察したフランカは話題を切り替えることにする。


「あ、あのっ、それよりあなたは……ええと……あなたは……」

「ルミーネ」

「えっ?」

「私の名前だろ? ルミーネだよ」

「あっ、じゃあ……ルミーネ、さん。ルミーネさんは、どうしてポルク村に?」


 談笑で盛り上がっていたために、見失っていたこの疑問。

 改めて掘り返すと、雷にでも打たれたかのように、その女性――ルミーネは大仰おおぎょうな身振りでポンと手を打った。


「おおっと、そういや君との話に夢中ですっかり忘れていたよ!」


「いやぁ、参った参った」と今度は頭を掻き、バツが悪そうに視線をらすルミーネ。

 反応からするに、ただの“農作物目当て”でポルク村を訪れたようではなさそうだった。


 では一体、観光目的以外で、こんな辺境の片田舎を訪れる理由って……?


 到底見当が付くはずもないが、それでも正解を模索しようとフランカは思考を巡らせる。

 セリウ大陸、ラマヤ領、ポルク村。そこに足を運ぶ御用を――。

 と、そんな熟考じゅっこう最中さなか。何かが視界を横切り、目の前のテーブルに置かれた。


「ん?」


 それは、『コヒノコ』が入った透明なグラス――。

 いつの間にやら、あれだけあった食器類は見事に片付けられていた。


『コヒノコ』とは、子供の頃は苦くて嫌いで、だけど大人になるとコクと甘みを見出せるようになる、摩訶まか不思議なあの黒い飲み物のことだ。

 それにコヒノコには、『モミールク(『モーモー』と呼ばれる哺乳類動物のメスから採取される母乳)』を入れるとたちまち白くなるという魔法が備わっている。そして白くなったコヒノコは、これまた美味なのだ。


「あ、あの……私、コヒノコは頼んでないんですけど……」


 食器を片付け、グラスを運んできたのは、ロバ耳をした亜人のマスター。

 初老を迎えたマスターは相も変わらず物静かで、手際よくコースターを敷いてグラスを置き、小脇に抱えたアイスペールからトングで数個の氷を掴み、グラスに放り込む。その一挙手一投足には、ブレがなかった。


 トポポンと、軽やかな音色が弾んだ。


 けれども、登場したコヒノコは頼んだ覚えがなく、フランカはマスターに困惑顔を向ける。

 するとマスターは、最後にモミールクの入った陶器ピッチャーをグラスの隣に置くと、親指で向かい側を指し示した。


「……?」


 小首を傾げるもマスターの指先を視線で追うと、そこには当然ながらルミーネが座っている。

 よく見ると、ルミーネの方にも同じコヒノコが入ったグラスが置かれていた。

 ルミーネはフランカの視線に気付くと柔和な微笑みを返し、片手でピースサインを作ると、


「これは私のおごりだ。なに、昼食をたらふくご馳走になったんだ。これぐらいの謝礼はさせてくれ」

「で、でもルミーネさん……その、お金が……」

「フフッ、優しい上に謙虚とは……。だが心配はご無用だ。コヒノコ二杯分を頼める程度には、懐にも余裕があるよ」


 証拠を見せようか、とでも言いたげに、ルミーネは灰色のローブのポケットをガサゴソとまさぐると小汚い巾着きんちゃく袋を引っ張り出してくる。どうやら資金が逼迫ひっぱくしているというのは出任せではなく、せ細った体躯の黄色い巾着袋は萎びており、底の方に僅かな出っ張りがあるだけだ。

 ルミーネはその口紐を緩めると顔先までかかげ、上下逆さまに転覆てんぷくさせた。


 チャリリン、と数枚の硬貨が盤上に転げ落ち――。


 姿を現したのは、セリウ銅貨が十四枚。スズメの涙ほどの枚数で、たったそれだけだった。

 しかしなるほど、コヒノコ一杯はセリウ銅貨五枚なので二人分のコヒノコを頼むことは可能だ。

 だけど、


 たったセリウ銅貨四枚ぽっちで、これからどうするつもりなのでしょうか……。


 先行きが思いやられるルミーネに、『いっそのことウチに泊めてあげましょうか?』とフランカは提案しかけたが、それをさえぎったのは他でもない、ルミーネ本人だった。


「おいおい、さっきも言ったが遠慮はしないでくれよ。君の場合、そういう気配りが得意そうだからね……。それに、私が今こうしてコヒノコを頼んだのは、決して君と日が暮れるまで団欒だんらんするためじゃないよ」

「え……じゃあ、なんで……?」


 ルミーネはそこで一旦言葉を切ると、傍らで待機していたマスターに「『ガシュー』をいただけるかな?」と尋ね、承ったマスターはガシュ―の入ったポットを取りに、店の奥へと消えていった。

 それからルミーネはフランカの方に向き直ると、「私はガシュー派なのでね」と補足しつつ軽くウィンクを挟んだ。


 そして息を吸い――吐き。

 ルミーネは話の続きを、こう切り出した。



「――――これから、少々込み入った話をするからだよ」



誤字脱字があるなら遠慮なくどうぞ。

私としましても、教えていただいた方が探す手間が省けますので笑

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