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Ⅵ アウトロダクション

「えー、いま爆発のあった峠の上空にやって来ました」

「元の景観を知らないわたしが見ても、ここが大きく様変わりしたことは一目瞭然です」

「山が一つ丸々なくなっているとでも言いましょうか、大きな隕石が衝突して、周囲がえぐり取られたかのように陥没しています」

「山火事の方は鎮火をしたとはいえ、未だに白い煙を上げて燻っている様子が、肉眼でも確認できます」

「伊東さん、スタジオの石田です。専門家のお話では、陥没した部分は湖になる可能性があるとのことでしたが、その兆候はあるんでしょうか?」

「はい、えー、そうですね。一番底にあたる部分には、ここからでも水が溜まりはじめているのがわかります」

「空撮が許可されたのは最近ですが、なにか他に変わった部分はあるんでしょうか? 先日までは煙が酷くて、まともに視認できる状況ではありませんでしたが」

「そうですね、一部現場検証が始まっていますので、麓から人が上がって来ている様子が確認できますが、あとは……ちょっとなんとも……」

「そうですか、ありがとうございます。では、また後ほど声をかけますので、中継の方、よろしくお願いします」

「はい、わかりました」

「ということなんですが、高坂先生。事故の原因としては、地中のガス溜まりに静電気が引火したのではないかと言われていますが、反社会的組織や宗教団体によるテロ行為だとの噂もあります。また、一部では十二年前の北海道単幌町で起こった、爆発事故との類似性も指摘されていますが、実際、どうなんですかね?」

「そうですね、わたしはガス溜まり引火説は苦しいと思っています。これほど大規模な事故となると、他に前例がありませんからね。テロ行為云々も、ちょっと被害妄想が過ぎますよ」

「では、高坂先生的には何だとお考えになりますか?」

「わたし個人としては、単幌の事故と関係があると考えています」

「それはまた、どうしてなんでしょうか? 妙に確信をお持ちのようですね?」

「わたしが掴んでいる情報によるとですね、今回の事故が起こる前に、ファーイースト製薬の元関係者が周辺地域で目撃されているんですね」

「しかし、それだけでは何とも言えなくありませんか?」

「えぇ、しかし、いまここで詳しくお話することはできないんですが、今回、あの事故における非常に重要な人物が関わっているらしいのです」

「えっ!? 先生、それは初耳ですね。そんな特ダネをお持ちなら、早くお願いしますよ」

「いや、まだ情報の確度を精査できていないんです。適当な事を言うわけにもいきませんからね……」

「そんな高坂先生の衝撃的なお話ですが、一旦、CMへいった後、あらためてお伺いしたいと思います」



「で、彼から連絡はあったのかね?」

 超高層オフィスビルの最上階。

 開けた眺望に割り込んでくる他のビルは存在しなかった。

「いえ、現在に至るまで音信不通の状態です」

 末席に控えていた秘書が即答する。

「何のためにいままで泳がせていたんだか……。別でオリジナルアダムを用意するのは骨だぞ」

 男は苛立たしげに吸っていた煙草を揉み消した。

「そんなことはわかっている。そもそも、あんな男にやらせたのが間違いではないのか?」

 漂う残りの紫煙を手で払いながら、別の男が眉を顰めた。

「いま、それを言っても始まらんだろう。直接的に動けない以上、ああするしかなかったのだ。それは、この場でも了承したことだろうに」

 ペンを走らせていた左手を止めて、第三の男がうんざりとした様子で答える。

「結晶の所在は?」

「反応が消失して以降、掴めておりません」

 タブレット端末を操作しながら、秘書が抑揚のない声で答える。

「もう彼らが来るというのに、そんな悠長なことも言ってられんぞ」

 言って、男は新たな煙草に火をつける。

「先延ばしにはできないのか?」

 その動作を見ながら、別の男が眉間の皺を更に深くした。

「もう契約は済ませてあるのだ、いまさら変更はできまい」

「しかし、三島木君には失望させられたよ。あんな風にしか扱えないとは……」

 左利きの男がうんざりとしながら、ボヤいてみせる。

「所詮、人には余るチカラだからな」

「デモンストレーションにもならん」

「こんな状態で本当に売り物になるのかね?」

 男は紫煙を吐き出しながら、足を組み直す。

「欲しいと言ってるのは彼らの方だ。彼らにとってもロストテクノロジーなんだよ」

 別の男が、煙たそうにわざとらしく咳き込みながら答えた。

「授けたはずのチカラを買い戻すだなんて、皮肉な話だ」

 同情とも嘲笑ともつかない調子で、左利きの男が鼻を鳴らす。

「今更だがな、そう易々と売り渡してもいいモノなのか?」

「なぁに、いざとなれば、帰らせなければいいだけだ」

「おいおい、そんなことができるのか?」

「オリジナルアダムなら、彼ら以上だ」

「だから、そいつを手に入れるチャンスをフイにしたんではないか」

 すると、いままで黙って三人の話を聴いていた、最後の一人が口を開いた。

「果たしてそうでしょうかね……」

「何かあるのかね?」

 紫煙を鼻腔から出しながら、男が尋ねた。

「なくはない、ですよ。例のライブラリーの解析は順調に進んでいますからね」

 そう言うと、尋ねられた最後の一人は、口元に僅かな笑みを浮かべた。

「ほう。では、聴かせてもらおうか、堂崎博士」



 インターフォンからは何の反応も返ってこなかった。門扉に手をかけると、施錠はされていないようで、簡単に扉が開いた。

 そのまま敷地の中へと入り、玄関ドアを引いてみるが、こちらは施錠されていた。

 仕方がないので庭の方へ回り、中の様子が窺えそうな箇所を探してみる。

 明かり取り用の小窓から中を覗けそうだった。

 岳は松葉杖とギプスで固定された右脚を慣れた様子で操ると、園芸用の踏台へ器用に上がって小窓を覗き込んだ。

 あれから二ヶ月が経とうとしていた。

 あの時、枯葉が堆積した藪の中へと落下した岳は、右脚の複雑骨折と全身打撲という、転落した高さを考えれば軽傷ともいえる重傷で発見され、昏睡状態のまま病院に搬送された。

 岳はそれから一ヶ月の間、眼を覚ますことなく昏睡を続け、叔母の茜を不眠症にし、また、手掛かりを掴めずにいた捜査関係者たちをヤキモキとさせた。

 そして、意識が戻ってからの岳は、事情聴取とリハビリに追われ、今日ようやく千恵の自宅へと来ることができたのだった。

 右眼で小窓から室内を覗くと、部屋に荒れた様子はなく、せいぜいが長期間留守にしているぐらいの印象だった。

 蒔山一家が失踪したことは茜から聴いていた。

 事故の直後、茜が千恵の母親である蒔山聡子と連絡を取ろうと電話をしたところ、コール音ひとつしない無音の状態だった。

 所在や安否に関する情報が錯綜し、事態の確認と状況の整理を必要とした茜は、直接、蒔山宅を訪ねてみたのだが、誰に会うこともできなかった。

 そんな最中、岳が意識不明の重体で発見されたとの連絡が入り、茜はその対応に忙殺されてしまう。そして暫くすると、警察から蒔山一家の所在が不明だと事情を訊かれることとなった。

 室内には生活の跡はあるものの、人のいる気配は感じられなかった。時間が止まってしまっているかのような違和感だけが、そこへ静かに横たわっていた。

 つつじヶ丘の事故現場からは、三島木博士と思われる人物と、身元不明の男性二人の遺体が発見されていた。

 あれだけの爆発にもかかわらず、ほぼ原形を留めた状態で見つかったことは、おそらく偶然ではないだろう。岳はそう考えていた。誰かの明確な意思によるものだと。

 そして、残る三人の痕跡がまったく見つからないことも、同じ理由であると。

 不自然なまでに拭い去られた痕跡は、岳に三人の生存を期待させた。

 なので、意味のないこことは知りながらも、岳はこうして接点のありそうな場所を訪れずにはいられなかった。近いうちに単幌にも脚を運ぶつもりでいた。

 門を抜けて敷地を出ると、岳は立ち止まって顔を上げた。

 その視線は、二階にある千恵の部屋へと向けられる。

 しかし、閉め切られたカーテンに遮られて、窓の外から中の様子は窺い知れない。

 岳は暫く見上げたまま佇むと、松葉杖を繰って静かに歩き出した。

 そんな岳の背中を、カーテンの隙間から見つめる瞳があった。

 その視界から岳の姿がいなくなると、窓際を離れ、部屋の中央へと戻っていく。

 そして、千恵のデスクの前までやってくると、コルクボードにピン留めされた一枚の写真に指をかけた。

 それは集合写真のようで、数人の子供たちと何人かの女性が写っていた。

 そのまま引っ張って写真を外すと、両手に取ってじっと見つめはじめる。

 写っている子供たちの中には、幼くあどけない顔をした堂崎岳と、考え事でもしているのか、漫然とした表情をしながら下唇を摘んでいる、整った顔立ちの女の子がいた。

 手の主は写真を見つめたまま、思案するかのように、指先で下唇を折り摘む。

 そして、写真の中央では、少年のような雰囲気を持った、活発そうな女の子が満面の笑みを湛えていた。

 その背後には垂れ幕が掲げられており、『ちーちゃん、お誕生日おめでとう』と書かれていた。

 きっと、この娘が主役の『ちーちゃん』なのであろう。

 そんな写真を眺め終わると、手の主はゆっくりと唇から指を離し、静かに薄い笑みを浮かべた。

 その微笑を浮かべる整った顔立ちが、写真の『ちーちゃん』と同じものであったことに、気付く者は誰もいなかった。

 ただひとつ、その面差しが写真と異なっている点は、彼女の両の瞳が、まるで美しい宝石を溶かし込んだかのような、深い紫色をしていることだった。


                                                         

                                     〈了〉

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