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Ⅴ デザイア(1)

 車内に流れるラジオは、カラフルに色を変えていく空の話題で持ちきりだった。

 DJやコメンテーターたちは天変地異の前触れだとか、千年に一度の自然現象だとか、好き勝手な事を言っては盛り上がっていた。

「単幌と結び付ける人はまだ出てきていないみたいだけど、時間の問題だろうね」

 年代物のアコードクーペのステアリングを軽く握りながら、日景はルームミラーへと視線を走らせる。

 鏡の中には、後部座席で不安げな表情を浮かべている千恵の姿があった。

「堂崎ならなんとかできるかもしれないって、どういうことなんだよ」

 すると、日景から振られてきた話題を無視して、千恵は粗野な口調で運転席へと返した。

 隣に座る岳は、あれからずっと意識が混濁した様子で、ぐったりとしていて四肢に力がなかった。

 そして時々、手の中で紅い結晶が光ると、呼応するように何かを呟いていたが、まともに聴き取れる言葉はほとんどなかった。

「たんぽろ幼稚園の園児たちは、遺伝形質的にアウロラとの親和性が高いと判断された子供たちでね、その体細胞から依代を作ろうとしたんだよ」

「依代?」

「そう。アウロラは仮死状態のままだったからね、我々には彼女をコントロールすることができなかったんだ。なので、彼女の力を我々がきちんとコントロールできる形態にしたらどうか、という事が検討されたんだ」

 車通りが疎らな交差点に差し掛かると、日景はステアリングをゆっくりと左へ切っていく。

 ウィンカーの無機質な音が車内に鳴り響き、ステアリングに施されたイーグルの意匠が陽の光を受けて鈍く輝く。

「具体的には、アウロラの力を持った新たな人間を造ろうと考えたんだ。実はその少し前に、彼女のクローンを造ることに失敗をしていてね、アウロラの特質を少しでも引き継いだ人間を造る方向に計画をシフトさせたわけだ」

 左に切られていたステアリングが滑らかに中央へと戻ってくると、怠惰なメトロノームのようなウィンカーも鳴り止んだ。

「人を造るとか、まるで人間を物みたいに言うんだな」

 千恵は嫌悪感を露骨に滲ませた口調で、日景の物言いを批難した。

「僕らの倫理観が一般と乖離していることは認めるよ。その自覚もある」

「神様か何かにでもなったつもりでいるんじゃねーのか?」

「いや、僕たちは神を再現しようとした、と言った方が近いと思うよ」

「なんでもいいよ。でも、そのあんたたちの傲慢さが、あの街を消滅させたんじゃねーのかよ?」

「なかなか手厳しい。失礼だけど、君がそうやって自分の意見を持っている人だとは思っていなかったよ」

「ホントに失礼だな。んで、本題から逸れたけど、人間を造ることと堂崎はなんの関わりがあるんだよ?」

 千恵はシートの上でそっと手を伸ばすと、岳の手を探し当てて握りしめた。

 日景と対等に話をしようと気を張って努めてはみたが、そろそろ限界が近かった。

 心細さを紛らわせてくれる確かな温もりが、いまは無性に欲しかった。

「あぁ、そうだったね。岳君たち、遺伝形質にある一定のパターンを持っている園児の体細胞を使って、アウロラの亜種を造ろうとしたんだ。言うなれば、アウロラと人間のハイブリッドだね。まぁ、動物実験ではそれなりに成果も出ていたから、そこまでは必要ないという意見もあったんだけど、どうしても人間でやってみて欲しいと求められてね、スポンサーサイドに」

「……っ、反吐が出そうだな」

 千恵は鼻の頭に皺を作りながら、唾棄するように言い捨てた。

「まぁ、美しくはないね。でも、人間ってやつは、本質的にはどこまでも己の欲望に忠実になれるものだよ。なのにそれをひた隠しにして、しらばっくれて毎日よろしくやってるんだ。自身の欲望を隠したり恥じたりしない野生動物なんかと比べたら、人間なんてこの世で最も醜悪な生き物だと言えるんじゃないかな」

 すると、千恵は日景の言葉に奇妙な引っ掛かりを覚えて、思わず問い返していた。

「欲望は否定されるべきものじゃないってことか?」

「そうだよ。世間では欲望に忠実であることは忌み嫌われるけれど、人間を前進させてきたモチベーションは間違いなく欲望だ。こんなにパワフルで豊富なエネルギー資源は、どこを探したって他にはないよ。人間はもっと欲望に対してシンプルに、衒うことなく素直に、そして真摯になるべきだと僕なんかは思うけどね」

「なんっつうか……自分を正当化しているだけに聴こえるけどな」

 日景の陶酔気味な言葉の羅列に、千恵は興が削がれたような気分になって、知らず、つまらなそうに唇を尖らせた。

 しかし、その日景の独善的な考え方は、千恵の中でわだかまりとなって、すぐには消えてくれなかった。

「絶対的な正しさなんて存在しないからね。最後は自分がどう思うかだよ。まぁ、それはいいとして話を戻そう。君と話していると、どうも脱線していけない」

 そう言って日景は愉快そうに笑い声をたてた。

「なぜ彼なのか。そう、我々のような普通の人間ではアウロラに干渉することはできないが、岳君にはその可能性があるんだ。何と言ってもそれについては遺伝子レベルで検証済みだからね。それに、君もあの結晶の輝きを見ただろう? あれは普通、自らは何の反応も示さない。外部からの入力があって初めて反応を返すんだ。しかし、さっきのあれはどうだい。ディープクリムゾンの方から岳君に干渉してきたんだよ。これで期待をするなと言う方が無理だとは思わないかい?」

「なんだか嬉しそうだな」

 日景の興奮した様子に、千恵は思わず嫌味っぽく呟いてしまう。

 やはりこの男を信用してはいけない気がする。

 どこかで一線を引かなければ。千恵は更にぎゅっと強く岳の手を握りしめた。

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